7回裏、チェンジ
(この作品は、十数年前にとある雑誌に掲載された自作小説を一部改訂の上、公開したものです)
真夏のマウンドは、太陽という照明が描きだす、まるでひとり舞台だと思う。
銀色のバットが、悔恨をまといながら空を切ったのを横目に、オレはマウンドを駆け降りた。
第七幕は、最後のバッターを空振り三振に斬って取って、三者凡退。
ダッグアウトへ引き上げる足取りは、試合の終盤を迎えてもいっこうに重さを感じないままだ。
「ヨネー、次、おまえから!」
一塁のベースコーチをつとめる控え選手が、オレに向かってベンチの前からヘルメットを振ってみせる。
彼の方へ急ぐかたわら、グローブを外した左手で濃紺の帽子を脱ぐと、隣に並んできたキャッチャーの中村が、オレの手から無言でそれらをかすめ取った。
代わりに、ベンチに戻しておいてやる、という意思表示らしい。
「サンキュ」
「ヨネ。狙っていけよ」
何を、とは言わず、そのまま正面に監督が待ち構える円陣に中村は収まってしまう。
狙う?
狙うって、まさかホームランを狙うのかよ、オレが。
そう心の中で問い返しても、もちろん中村は答えてくれない。
ひとり不可解さに首をひねるオレに、にこやかにヘルメットを手渡して、一塁コーチはすぐ目の前のコーチャーズボックスへと駆け出して行った。
白い、羊革を張り合わせたバッティング・グローブをはめた手に、金属バットのグリップを馴染ませる。
いつもは、カタチだけやっておく素振りにも、自然と腰が入ったり。
打席に立つオレに、ふつうなら誰も期待したりしない。
投手の九番バッターなんて、相手にしてみれば、打線の中の一回休みみたいな存在だ。
オレだったら、まともに相手もせず、外角の球を三回振らせて終わり。
だから、中村の言葉はえらく意外なものだった。
もっとも、ホームランなら、ダイヤモンドを悠々と一周するだけ。
どうせ三回バットを振って帰ってくるなら、駄目元で狙ってみろ、そういうことかなと、ふと思う。
投球練習をしている相手バッテリーから離れて、電光のスコアボードに視線を投げた。
回は、八回。
点差は、二点。
確かに、ここで一点取れば、駄目押しにはなるだろう。
「あ、れ……」
合計得点の、横。
Hの下、つまりヒット数の欄に、0という数字が見える。
うちのチームじゃない、相手チームのだ。
「そ、う、いえば」
この試合、まだ一本もヒットを打たれてなかったかもしれない。
いや、実際に打たれていないから、表示が0になっているわけで。
もちろん、失点も0。
つまり、現段階で、オレは相手の打線をノーヒットノーランに抑えている、ということだ。
「……なんだ」
中村が言った『狙っていけ』は、バッティングじゃなくてピッチングの話だったのか、ととたんに肩の力が抜ける。
だったら、そうと言ってくれればいいのに。
身の程知らずな大振りで、要らぬ恥をかくところだった。