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パーフェクト  作者: 有羽妃
1/8

7回裏、チェンジ

(この作品は、十数年前にとある雑誌に掲載された自作小説を一部改訂の上、公開したものです)


真夏のマウンドは、太陽という照明が描きだす、まるでひとり舞台だと思う。

銀色のバットが、悔恨をまといながら空を切ったのを横目に、オレはマウンドを駆け降りた。

第七幕は、最後のバッターを空振り三振に斬って取って、三者凡退。

ダッグアウトへ引き上げる足取りは、試合の終盤を迎えてもいっこうに重さを感じないままだ。


「ヨネー、次、おまえから!」


一塁のベースコーチをつとめる控え選手が、オレに向かってベンチの前からヘルメットを振ってみせる。

彼の方へ急ぐかたわら、グローブを外した左手で濃紺の帽子を脱ぐと、隣に並んできたキャッチャーの中村が、オレの手から無言でそれらをかすめ取った。

代わりに、ベンチに戻しておいてやる、という意思表示らしい。


「サンキュ」

「ヨネ。狙っていけよ」


何を、とは言わず、そのまま正面に監督が待ち構える円陣に中村は収まってしまう。


狙う? 

狙うって、まさかホームランを狙うのかよ、オレが。


そう心の中で問い返しても、もちろん中村は答えてくれない。

ひとり不可解さに首をひねるオレに、にこやかにヘルメットを手渡して、一塁コーチはすぐ目の前のコーチャーズボックスへと駆け出して行った。

白い、羊革を張り合わせたバッティング・グローブをはめた手に、金属バットのグリップを馴染ませる。

いつもは、カタチだけやっておく素振りにも、自然と腰が入ったり。


打席に立つオレに、ふつうなら誰も期待したりしない。

投手の九番バッターなんて、相手にしてみれば、打線の中の一回休みみたいな存在だ。

オレだったら、まともに相手もせず、外角の球を三回振らせて終わり。

だから、中村の言葉はえらく意外なものだった。

もっとも、ホームランなら、ダイヤモンドを悠々と一周するだけ。

どうせ三回バットを振って帰ってくるなら、駄目元で狙ってみろ、そういうことかなと、ふと思う。


投球練習をしている相手バッテリーから離れて、電光のスコアボードに視線を投げた。

回は、八回。

点差は、二点。

確かに、ここで一点取れば、駄目押しにはなるだろう。


「あ、れ……」


合計得点の、横。

Hの下、つまりヒット数の欄に、0という数字が見える。

うちのチームじゃない、相手チームのだ。


「そ、う、いえば」


この試合、まだ一本もヒットを打たれてなかったかもしれない。

いや、実際に打たれていないから、表示が0になっているわけで。

もちろん、失点も0。

つまり、現段階で、オレは相手の打線をノーヒットノーランに抑えている、ということだ。


「……なんだ」


中村が言った『狙っていけ』は、バッティングじゃなくてピッチングの話だったのか、ととたんに肩の力が抜ける。

だったら、そうと言ってくれればいいのに。

身の程知らずな大振りで、要らぬ恥をかくところだった。



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