No.008 時は金なり
またひとつ、解ったことがある。
どうやらこの世界でも紙幣の単位や価値は変わらないらしい。
周りから向けられる視線がどうしても居心地悪くて、僕はもう一度発注所へ向かった。
スライム討伐と同じ永久クエストであれば、この時間でもまだ残っているはずだ。
掲示板を見渡して、ランクを見てクエストを決める。
さっきと同じ星1クエストを受けても、また攻撃力が解らないかもしれない。
ここは危険かもしれないけれど、星2クエストに挑んでみようかな……。
「おっと、ごめんよ」
掲示板に見入っていた僕の背に誰かがぶつかった。
その拍子に麻袋がパサリと音を立て、僕の目の前に落ちてしまう。
途端、賑やかだった室内が静寂に包まれた。
「あの白い髪の人って、もしかして」
「ああ、瞳も青緑だ。間違いねえ」
「随分とみすぼらしい恰好をしているようだけれど……」
「それもフェイクってことだろう」
一体何の話をしているのだろう……。
話を理解出来なくても、その対象が僕だということは流石に解る。
横目を動かせば、じりじりと距離を詰めてくる人の姿が見えた。
「あの、これ、お願いします!」
この場に居続けることに耐えられなくて、僕は依頼書を抜き取り手続きをするため抜け出した。
受付のお姉さんがかけてくる言葉も、ロクに頭に入って来ない。
ひたすら無言で頷いて、周りの視線から逃げたい一心で麻袋を被った。
「あれが戦ステMAX? 信じられねえな」
部屋を出る間際に耳に入ったその言葉。
……そんなことは解っている。
誰よりも僕が、そのことを信じきることが出来ていないのだから。
僕が京と出会ったのは、家を出てから1年と少し。
16歳の冬が終わるころだった。
その日も僕はひとり。
いつも通り、たったひとりで森に居た。
洞窟で最弱の子鬼を何とか倒して生活していたけれど、いつだって1体討伐が限界だった。
そんな毎日を過ごしていたある日、子鬼のコアを拾おうとした僕の前に2体目の子鬼が現れて。
命からがら逃げだした僕は、手持ち最後のポーションを使うかどうかで悩んでいた。
――……キュウッ。
すぐそばにある大木が揺れて、僕の身体も大きく揺れる。
またモンスターが出てきたんじゃないだろうか……。
その可能性は大いにある。むしろその可能性しかないくらいだ。
まだ気付かれていないことを切に願って、慎重に木から離れることにした。
大丈夫。まだ、大丈夫だ。ばれていない。
そう考えた時点で、僕の不運は確定しているらしい。
一際大きく揺れた大木は、激しく若葉をまき散らす。
その中から、白い何かが飛び出てきた。
「――ッ!!」
上から来る……!
そう、思ったのに。いつもならここで襲われるのに。
「……あ、あれ?」
確かに衝撃はやってきた。
けれど、それはいつものものとは違う。
白い何かは僕に襲いかかったんじゃない……ただ、落ちてきたんだと気が付いた。
「キュ、ゥ……」
胸の上の存在は、両手で収まるサイズの白いトカゲ。
見るからに弱っていく存在に、僕は急いでポーションを口へ流し込んだ。
ところどころにある傷も痛ましくて、僅かに残っていた薬草を押し当てる。
こんなところに居ては、この子はすぐに死んでしまう。
「そんなの、ダメだよ……!」
タオルなんて高価なものは持っていない。
持っていない代わりに、僕は上着でこの子を包み抱えて。
それを極力揺らさないように、僕は自分の仮宿へと必死に足を動かした。
ぺたりぺたりと何かが自分の上を歩いている気配に目が覚めた。
目を開けば、視界に入るのは見慣れた天井で。
使われなくなった古い物置はどこもかしこも傷んでいて、嵐でも来れば壊れてしまうだろう。
ぼうっとしていても、何かが動いていることは感じられる。
夢じゃないのか。
なんて心の中で思いながら、胸の上の存在に目をやった。
「えっと、おは、よう?」
「ッキュ!」
声をかけると、白いトカゲは飛び跳ねるように隅へと逃げていく。
きっと僕を警戒しているのだろう。
その気持ちは、痛いほどに解ってしまう。
「あの、怪我は、大丈夫……?」
敵意は無いと伝えるために両手を上げた。
声も静かに、驚かせないように。
少しでもいいから近付いてきてくれないだろうか。
なんて、期待を込めて。
「……けが、ない。けが、あった」
「……もしかして、言葉を話せるの?」
打ち砕かれると思っていた期待が、まさか10倍にして返ってくると誰が思うだろう。
物置の裏から誰かが喋っているのかと見渡したけれど、当然ながら僕ら以外の気配はない。
単純な驚きが、僕の瞳は目の前の生き物から離れなかった。
「ごしゅじん、おいて、さよなら。いきてる。ふしぎ」
僕の言葉を理解している。
だけど、話せるといっても単語を繋げただけのようで。
要領を得ない言葉を必死に組み立て、僕は彼の話を聞き続けた。
「つまり、その……君はご主人さんに捨てられて、他の魔物に襲われてしまった、ということかな?」
隅へと隠れたまま、彼は何度も頷いた。
彼の元ご主人さんは、この魔物も成長すれば立派な使い魔になると踏んだのだろう。
だけど結果、彼は成体にすらなれずにひとりぼっち。
森の中へ来る冒険者に話しかけても、疎ましがられて受け入れてもらえない。
彼の話は、聞いているだけで辛かった。
辛くて、なにより僕は自分と重ねてしまって。
「ねえ、もし、よかったら……僕と一緒に、暮さない?」
思いついた言葉が、自然と口から零れ出た。
でもこれだけじゃ、裏切られ続けた彼は信じてくれるか解らない。
だから僕は言葉を紡ぐ。
自分が生まれた時のことを。
自分が過ごした15年の月日を。
自分が経験した完全にひとりの時間を。
「あ、でも、僕と居たら、君も不運になってしまうかもしれないね」
肝心なことを忘れていた。
誰だって、不運になると解っていて近付きたくなんてないだろう。
だから、断られても当然なんだ。
怪我が治ったら、仲間を見つけ出してあげたいなあ。
なんて考え始めた僕の足元に、隠れていた彼が這い出てきた。
どうやって断られるのかな。
こう来たら僕はこう返すんだとシミュレーションをして、下からの言葉を待った。
「ひとり、さみしい。ふたり、さみしい、ない」
ゆっくりと、僕の足に前足を添える。
「いっしょ、いる。いっしょ、いたい」
彼は言った。
ひとりだと寂しい。
ふたりだと寂しくない。
そして、一緒に居たいと、そう言った。
「……いいの? 僕と一緒だと、不運になるんだよ?」
何度も頷く彼を、僕は両手で抱え上げた。
「嬉しい……嬉しいよ。こんなことを言ってもらえたのは初めてだ!」
いつだって、誰だって、僕のそばに居たがる物好きは居なかった。
「僕はカイト。境 界人って言うんだよ」
「ごしゅじん」
「ははっ、カイトだってば」
「ごしゅじん、ごしゅじん!」
僕は今、人生で初めて幸せだと思うことが出来た。
僕が今まで生きてきたのはきっと、この子と出会うためだったんだ。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
「なまえ、ない!」
「そうなの? うーん……じゃあ、京で、どう? 僕の名前の別の読み方なんだ」
「キョウ?」
「そう、京」
「キョウ……キョウ、うれしい! キョウ、しあわせ!」
嬉しくて、幸せで。
ふたりならどんな不運も乗り越えられるんじゃないかと感じたあの日。
あの日の出会いはいつまでも、記憶の中で色褪せはしない。