No.007 二の足を踏む
ダンジョン内の森の片隅にひとつ、影があった。
……いや、なんていうかそれが僕なんだけど。
体育座りの僕は、ここへ来てから数えきれないほどの溜息をまた更新した。
発注所で戦闘ステータスが【999】と表示される誤作動が起こって、それに気が付いた人たちが僕の周りに集まってきた。
こんな数字、誰だって見たことがないだろう。
僕だって初めて見た。見る機会なんて来るとは思わなかった。
冒険者が口々に言葉を交わし、だんだんと距離が近づいてくる気がする。
「振り分けはどうなさいますか?」
お姉さんが平静を装ってそう言ったけれど、その眼は未だに驚きに満ちていて。
誤作動じゃない、のだろうか……?
次から次へと経験したことのない出来事が舞い込んでくて、ここまでくれば恐怖さえ通り越してしまう。
「と、とりあえず、全部に【10】ずつ、振っておいてください、っ!」
「振り分けたステータスは元には戻せませんが、よろしいですか?」
「だだだいじょうぶです!」
何とか声を絞り出して、星1ランクのクエストを受注する。
操作を終えたお姉さんから冒険者端末を受け取り、僕はすぐさま発注所を走り去った。
「……はあ」
思い返しても、何が起こったのか良く解らない。
情報登録した端末に何度目を通しても、不思議なことに数字はそのままだ。
5つのステータスに【10】ずつ振られ、残る未振り分けステータスは【949】
「……攻撃力が【10】って、どの程度のものなんだろう」
逃避したさに、そんなことを考える。
今までの僕は攻撃力【1】……最弱だ。
単純に考えて、今はその10倍強いはず。防御力だって【10】だ。
子鬼相手でも攻撃を受けてしまうとごっそり持って行かれた体力が、どのくらいになるのだろう。
ここでいつまでも考え続けていたい。
だけど、ここで立ち止まっていては何も出来ない。
まずは自分の力がどれほどのものか、確かめなきゃ。
そうしなければ、先になんて進めない。
震える足を叱咤して、僕は森の中を歩き始めた。
驚くことに、剣で斬りかかればあっさりと刃先が届いた。
不運のおかげか、攻撃は5回に1回当たればいい方だったのに。
僕が受けたクエストは“スライム討伐”というものらしく、初めて目にする存在はどこが弱点なのかも解らない。
端末に読み込むと、レッドスライムという名前だけは解った。
スライムに触れた剣は濁った赤を切り裂き、飛び散った粘液が蠢いている。
そんな中、足元にころりと転がってきた木の実のような物体。
何の気なしに刃先で触れれば、再び一塊に成ろうとしていたスライムが一気に膨れ上がって。
驚いた僕は力を込めてしまい、その木の実を刃先が貫いた。
一瞬の間を置いて、スライムは弾けていく。
壊れた木の実を読み込むと、どうやらそれがスライムの心臓だったようだ。
こんなにもスムーズに討伐できるなんて……やっぱりこの世界にきてから僕は、おかしな目にばかり合っている。
なんと言ってもこの“幸運”だ。
悪魔の子だなんて言われる存在。
不運であることが僕。僕だからこそ不運。
自分でもそう思ってしまうほど、僕は不運に憑りつかれているはずなのに。
偶然コアが足元に転がってくるなんて、そんなことが僕の人生に起こり得るはずがない。
「と言うか、これじゃあステータスの強化具合が解らないよ……」
さっきよりも重くなった足取りで奥へと進めば、今度はブルースライム、グリーンスライムと遭遇した。
だけどやっぱり、コアはすぐ近くに落ちてきて。
「スライムが戦いやすいだけ、なのかな?」
スライムの攻撃も僕には当たらないまま、太陽が真上に来てもその現象は続いた。
「これ、もしかして、ちゃんとご飯食べられるんじゃ……」
コアがたくさん入った袋を手に、僕は町へと戻った。
道中、町が騒ぎになっているなんて冒険者たちの会話が聞こえてきたけれど、きっと僕には関係のないことだ。
そんなことよりも、この数を報告すれば今まで買っていたポーションが5日分は買えてしまう。
今朝貰ったばかりのものも、まだ使ってすらいないんだ。
ギリギリじゃない収入なんて初めてで……だけど、だからこそ。
「京と一緒に、喜びたかったなあ……」
折角紛らわせていた気持ちが、少しだけ前から逸れてしまった。
何とか心を持ち直して、換金所までの日陰を歩く。
じろじろと向けられる視線が落ち着かなくて、僕は開き切った麻袋を頭に被った。
無事に換金所へ着くと、日中でもそこは凄い人だかりができていて。
その間を縫ってカウンターに辿り着く。
ガラス越しのお兄さんは、僕の姿を見ても何も言わない。
それが心から有り難かった。
「10,600ソルです。お疲れ様でした」
鑑定を終え、お兄さんが言ったその金額に耳を疑った。
「えっ……あの、そんなにするんですか……!?」
この世界では紙幣の価値が違うのだろうか。
それとも品の単価が高いのだろうか。
でも、それにしたって、こんな額は持ったことすらない。
絶対に何かの間違いだ。
そう思ったのに、そんなことはない、なんてことがあるらしい。
お兄さんの言葉に、僕の頭はもう働くことをやめてしまった。
だって、僕の人生で一度だって、レアドロップなんてするはずがないのに。
「5つほどコアの褒章が上がります。なので、この金額で間違いはないでしょう」
「あ、ああ……ありがとう、ごじゃ……ございます」
差し出されたソル紙幣を受け取りながら、僕はいつ不運にあうのだろうと考えていた。