No.006 鳩が豆鉄砲を食ったよう
そんな夢みたいな記憶を振り返って、話は冒頭に戻る。
僕は今改めてひとりなんだとため息が出た。
前を向くとは決めたけれど、ひとりになると気持ちを維持するのは難しくて。
なにより、フェイと別れた後に起きた、この原因不明の幸運だ。
こんなにいい旅館に泊まっているのに、心はどんどん後ろ向きになっていってしまう。
「……駄目だ、ちゃんとしないと」
フェイとの約束だし、京と再会するまでに動けなくなっては意味がない。
頭を軽く振って、今夜は寝ることだけを考えた。
目が覚めると、今までのことは夢でした。
なんてことは当然ない。
自分でももう何度目だと思っているけれど、何度だってそう思いたくなってしまう。
布団から這い出た僕は寝巻から使い古したいつもの服に着替える。
埃っぽいその服が、今はなんだか安心感を与えてくれた。
ロビーへ向かえば、夕ご飯とは違いバイキング形式とのことで、ずらりと料理が並んでいる。
バイキングなんてよく解らないし、なにより僕は今、一文無しだ。
僕がお金を稼ぐには、朝からクエストへ行くしかない。
仲居さんに頼んで朝食用に包みを頼むと、サービスだとポーションまで手渡されてしまった……。
この幸運の反動は、一体いつになったら来るんだろう?
まだ人気の少ない街中では、僕は誰ともすれ違わない。
声をかけられることなんて慣れていないし、何より騒がれている理由も解らなくて怖い。
だけどそれも、クエスト発注所へ向かうに連れて人が増えていった。
やっぱり、強そうな人ばかりだな。
冒険者の大半は、朝一番に更新されるクエストへ我先にと飛びついていく。
当然僕もそうしたいところだけれど……あいにく僕に勝てる見込みはない。
何度だっていうけど、僕の戦闘ステータスはたったの【1】なんだ。
だから僕は、いつものように子鬼討伐のクエストを探す。
「えーっと……子鬼、子鬼……あれ、どこだろう」
何度も確認したけれど、そこに「子鬼」の文字はない。
それどころか見たことも聞いたこともない名前があちこちに書かれている。
「クエストをお探しですか?」
掲示板の前で唸っていた僕を見かねたのか、受付のお姉さんがわざわざ話しかけに来てくれた。
だけど、なんて言えばいいんだろう。
「冒険者登録はされていますか?」
「あっ、はい――」
……待てよ、そういえばここは違う世界かもしれないんだっけ?
駄目だ、何が夢で何が現実なのか解らなくなってきた。
「――いや、その……解りません」
違う世界なら、登録されているはずがないだろうし。
僕がそう言えば、お姉さんはにこやかに返してくれる。
「それではまず照合致します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あっ、カイト・サカイ、です」
「カイト・サカイ様ですね。少々お待ちください」
手元に投影されたキーボードに触れ、お姉さんは僕の名前を打ち込んでいく。
お役所仕事でよく見るこの投影端末に憧れる人も多くて、その為に仕事を決める人も多いと聞いた。
それはどうやら、この世界でも同じらしい。
冒険者の中にも持っている人は居るみたいだけど……高価な上に不運の僕が触れて良い代物でもない。
お姉さん待ちの現在、目の前にある遠い存在をぼうっと見つめていた。
「該当はございませんね。登録なさいますか?」
「じゃあ、お願い、します」
やはりというかなんというか。
僕の登録が無いってことは、ここがあの場所とは違う世界だって疑う余地が無くなった。
不運な僕の情報だけが突発的に抹消された……なんて可能性が無いわけではないけれど。
お姉さんの指示に従って、端末から放たれる光を身体に受ける。
これは身体の情報を把握し、戦闘ステータスを数値化する唯一の方法だ。
僕のステータスが【1】だと知ったら、このお姉さんはどんな顔をするだろう。
思わず苦笑が滲んだ。
だけどそれは次の瞬間、驚きに変わる。
「計測完了。戦闘ステータス……えっ、どういうこと……!?」
お姉さんの目の前に浮かんだ数字。
それは紛れもない上限――【999】