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No.005 合縁奇縁

「行きたいところ、ですか?」

「フェイが知ってることなら教えてあげるなの」


 行きたいところと言われても、京のところというだけで明確な場所なんてない。

 それどころか、ここは僕の知らない世界なんだ。

 目にする生き物さえも違うなんて、そうだとしか言いようがない……よね?

 それじゃあここはもう、僕の知ってる世界じゃないとしか言いようがない。


「えっと、この世界のことをしりたい、です」

「この世界っていうのはどの範囲のことなの」

「どの範囲? えー……あっと、その」

「フェイが解るのは、この世界でフェイたちが生きているってことだけなの」


 僕たちは……僕は、この世界で生きている。

 そうだ、僕はまだ生きているのに、何故自分のいた世界なんて気にしていたんだろう。

 僕はいつも、人から隠れるように森の中で過ごしていただけなのに。


 不運の記憶ばかりのあの場所に、未練があるわけでもない。


「じゃあ、この世界で――」


 ふと思ったけれど、僕が他の世界から来たって言っても、フェイは信じてくれるだろうか。

 馬鹿にはしないと思うけれど、やっぱり言っていいものかと迷う。

 僕だって確信があるわけじゃないし……とりあえず、考えがまとまるまでは黙っておこうかな。


「――あー、っと、その……うーん」


 話題を変えるために口を開いたけど、何も言葉が出てこない。

 今までの話し相手と言ったら、裏山の大木か京くらいしか居ないのに。

 とっさの話題転換なんてものはハードルが高すぎる。


 だけど何か言わなきゃ。

 そう思って唸り続けていると、口からではなくお腹からも唸り声が上がった。


「お腹、空いたなの?」

「はい……ごめんなさい」

「不要なごめんは欲しくないの」

「えっと……不要?」

「必要のないところで謝ってばかりだと、肝心な時に言葉が軽くなるなの」


 言葉が軽くなる……なるほど、そんな考え方は全くしたことがなかった。

 僕はいつだって謝りながら生きてきて、誰とも波風を立てないようにと考えていたくらいだ。


「……あの」

「?」

「ごめん、なさい、フェイ」


 フェイの瞳がじっと僕を見つめる。

 謝ったことに対して謝ったんだけど……やっぱり駄目だったのかな?


「フェイは“ありがとう”の方が好きなの」

「あっ、ごめ……じゃ、なくて……あり、がとう、ございます」

「……今回はそれで許してあげるなの」


 相変わらず変わらない表情。

 だけど、そう言ってフェイは僕の横へと移動してきた。

 右手を取られ、再び街を歩き進める。


「ご褒美に、美味しいご飯を食べさせてあげるなの」

「あっ、ありがとう、!」


 笑って言えば、今度こそ満足したのか握る手が強くなった。






 そこで待っていてと路地裏に入り、後ろを振り返ればフェイが姿を消していた。

 追いかけようとはしたものの、彼女が何処へ行ったのか解らない。

 知らない場所ということもあるけれど、それ以上に人が居るところを不運の僕が動き回るわけにもいかないし……。

 はあ、と息をついて、フェイが来るのを体育座りで待つことにした。


「……空、こんなに青かったんだなあ」


 路地裏から見上げた空は狭かったけれど、その青さが空の広さを物語っているようで。

 ゆっくりと流れていく白い雲が、ここにはいない友達の姿を思い起こした。


「京……元気にしてるかな。ご飯、ちゃんと食べられてるかな」


 もしかすると、生きているかさえも……。

 その言葉は飲み込んで、彼が居るかもしれない場所を考える。


 トカゲといえど、京は魔物だ。それも成体になることの出来ない、幼い魔物。

 彼が町や都市に単身で向かえば、どんな目に合うか解ったものではない。

 それは彼自身も良く解っているだろう。

 だからきっと、森の中に居る。

 それか洞窟か……どこか、人の居ないところか。


 重く考えないように、空を見ながら考えた。

 気は紛れるけれど、おかげで少し首が痛い。


 まずはクエストを受けて、この世界のことを知らなきゃならないんだ。


 これから先のことを考えて、少しでも前を向けるように気を逸らす。

 京はきっと、僕を待っていてくれている。

 友達の為なら僕はどんな森だって、どんな煙立つ白い山だって…………白い、山?


「何か面白いものでも見つけたなの」


 ぼんやりと視界に浮かんだ白い山。

 それは幻覚なんかじゃなく、温かな湯気をまとった食べ物だった。


「おっ、かえ、りなさ、い、フェイ……それは?」

「中華まんなの」


 ずいっと差し出されたそれは、チュウカマンという食べ物らしい。

 そういえば、以前何度か町で見かけた覚えはあるような。

 だけど回復薬で手一杯な僕に、こんな高価なものを買えるはずは無かった。


「食べないなの」

「僕に、ですか?」

「フェイのものはこっちにあるなの」


 視線を動かせば、確かに白い山はもうひとつある。

 美味しそうな匂いに、まともな食事が出来ていない僕のお腹は再び鳴り始めた。

 だけど僕にそれは貰えない。だって僕には今お金が無いんだ。

 口の中に溜まった唾液を飲み干して、開こうとしない口をゆっくりと開いた。


「僕、お金が無い、です」

「次に会えた時で良いなの」

「でも、そんなこと」

「冷めないうちに食べないともったいないなの」


 食べたい。でも何の対価も無しにもらうわけにはいかない。

 そう考えているのに、目の前で揺れる湯気から目が離せない。


「お腹が空いてちゃ、名案は浮かんでこないなの」


 鼻先が付くくらいの距離に差し出され、顔を覆った熱気に手を出してしまった。

 離れていくフェイの手は、早く食べろと催促しているようで。


 大きく喉を鳴らして、小さな一口を飲み下した。


「美味しい……」


 思わず出た言葉と同時に、それだけが頭の中を埋め尽くしていく。

 こんなに美味しいもの、今まで食べたことがない。

 こんなに温かいものも、今まで食べたことがない。


 おかしいな。家に居た時は、ちゃんと母親の料理を食べていたはずなのに。

 作り置きされた品を自分で温めて、ひとりで食べる。

 料理自体は不味くないし、温めなおしたご飯も温かかったはずなのに。


 初めて食べたチュウカマンは、身体だけじゃなく、心まで温めてくれた気がした。






「あれっ、フェイ……何処に、行くんですか?」


 完食して余韻に浸っていた僕は、そっと離れる影に気が付いた。


「フェイはこれから行かなきゃいけない場所があるなの」


 その言葉を聞いて、温かかったはずの手から体温が逃げていく。

 そうか、そうだよ。僕とフェイはついさっき知り合ったばかりで、ずっと一緒に居るわけじゃない。

 ただの知り合いであるフェイと別れると言うことは、何の縛りもない僕とは無関係になってしまう。


 ……無関係?


 そんなの……そんなのは嫌だ。せっかくこんなに話せたのに。人とこんなに話したのは初めてなのに。

 もう会えないなんて……そんなの、辛すぎる。


「……フェイ」


 僕の言葉を待っていてくれたのか、フェイが僕を見つめている。

 待っていてくれてるのに、僕がただ黙っているわけにはいかない。

 何かしないと、何も始まらない。

 前を向こうって……ちゃんと立ち上がろうって決めたじゃないか、カイト!


「あのっ! フェイと僕は、その……友達、ですか?」


 言えた、言えたぞ!

 否定されるかもしれないけれど、拒否されるかもしれないけれど。

 フェイから目をそらさず、僕は言えた。

 だからこそ、どんな返事が来たって悔いはない。

 断られたときは、人伝にでもお金を返せばいいんだ。


 そうやって、出来るだけ前向きに考えた。

 今までロクにしなかったことをしたせいか、頭が少しくらっと揺れたけれど、そんなことはどうでもいい。


 ……でも、フェイが頷いてくれるといいな。


 だから僕は笑った。

 ちゃんと笑えているかは解らないけれど、それでも笑った。



「次にフェイと出会えたら、フェイとカイトは友達なの」



 気のせいじゃない。


 フェイは笑って、今度こそ僕の前から去っていった。




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