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No.004 諦めは心の養生

「良く言えました、なの」

「……えっ?」


 ふわふわと頭を撫でる、小さな手。

 久しく触れていなかった、温かい人の体温。


 ゆっくりと見上げれば、無表情だった少女が微笑んでいる。

 動けないでいる僕の頬を、もうひとつの手がそっと撫でた。


「……え、あ、あれ?」


 拭い取られてようやく気が付いた。

 いつの間にか僕は泣いていたらしい。


「ごっ、ごめん、なさ……すぐ、止めます、から」


 止めようとは思うのに、拭っても拭っても涙はどんどん溢れてくる。

 泣くのなんて久しぶりで、最後に泣いた日のことを考えるけれどすぐには出てこない。


 でも、そうだ。最後に泣いたのは確か、小さい頃に裏山で飼っていたペットが死んでしまった時だ。

 それ以来、僕は泣いていない。

 泣きそうになっても、涙を流すことは一度もなくて。

 そんな甘えは許されなかった。


 辛くても、悲しくても、寂しくても、何があっても。

 泣いてはダメだと、いつも自分に言い聞かせていた。


「悲しい涙は溜めこんじゃだめなの」


 小さな手が……僕なんかより半分程しか生きていない少女の手が、ゆっくりと目尻を滑る。


「泣いちゃダメなのは悔しい時だけなの。だから」


 その温かさが、き止めた涙腺をほぐしていく気がして。


「辛くても、寂しくても、我慢しちゃダメなの」


 少女の言葉をトリガーに、僕は声を抑えて泣き続けた。






 目を開けると、目元や鼻だけじゃなくて頭も痛い。

 どうやら僕は、泣き疲れて眠ってしまったようだ。

 けれど、不思議なことに思考と心はすっきりしている。

 こんなにゆっくりと眠ったのもいつ以来だろう。


 夢を見た気がするけれど、何を見たのかは覚えていない。

 頭に触れるこのぬくもりを両親に貰ったかどうかさえ、記憶の中には残っていなかった。


「おはようなの」

「あ……おはようござ、い……うわあっ!」


 手のひらだとばかり思っていたぬくもりは、少女の膝から伝わっていたようで。

 そのこと気が付いた途端飛び退いた僕とは正反対に、少女は全く動じず立ち上がる。

 そして、何事も無かったかのように言った。


「それじゃあ、次の場所へ行くなの」


 僕は頷く以外に動けなかった。






 少女に導かれてやってきた場所、それは――


「ここ、さっきの場所、じゃ……?」

「そうなの」


 ――少女と出会った“ミノウ街”の前。


 何故そんなことを聞くのか、と問いたげな瞳を向けられ頭をひねる。

 おかしなこと、言ったかな?


「さっき、わざわざ洞窟へ行ったので、何か目的があるのかと、思ったんだけど……」

「君が行きたい場所へ連れて行っただけなの」

「僕が、行きたい場所……?」


 そんなこと言ったっけ……。

 もしかして、寝言とか、かな?


 立ち止まって考えてしまった僕を置いて、少女は先へと進んでいく。

 その背中を慌てて追いかけ、少し後ろをついて歩いた。


「あの、今更なんですけど……あなたの名前、聞いても、いいですか」

「フェイはフェイなの」

「フェイさん……。えっと、フェイさん、は」

「フェイはフェイなの」

「えっ? いや、あの、フェイさ……」

「フェイはフェイなの」

「…………ふぇっ、フェ、イ」

「それでいいなの」


 なんだろう、凄く恥ずかしい。


「あー、えっと……フェイ、は、どうして、僕なんかと、歩いてくれるんですか?」


 問えば、眉根を寄せた顔がこちらを向く。

 また僕はおかしなことでも言ったのだろうか。


「フェイは迷った人間を導いているだけなの。それが、フェイの役目なの」


 すっと消えた表情は「子供らしくないな」と今更ながらに思う。

 周りにいた子供たちは皆、いつも笑っていた。

 楽しいことをして、馬鹿げたことをして。

 怒られながらも、褒められて笑っていた。


 ……ああ、なんだ、そうだったのか。


 少女を――フェイを見ていてずっと、形容できない感情が胸の中を漂っていた。

 その正体を知ろうにも、怖くて確かめることが出来なかった感情。

 言葉にすれば、なんてことない一言で。


「フェイは、凄い、なあ」


 感情の名前、それは――“尊敬”


 フェイと同じ歳の頃、僕はこんなにも冷静でいられただろうか。

 答えはひとつ、「いいえ」だ。

 環境がそうさせたのだと言われればそこまでだけれど、ひとりだった僕はいつも怯えていた。


 僕を攻撃してくる人が怖くて。

 僕に触れてこない人が怖くて。

 僕が存在しないように振る舞う人が怖くて。


 ただでさえ不運な僕は周りに迷惑をかけないよう、ただそれだけに必死だった。

 僕が出来ないことを成している小さな女の子を、心底凄いと、そう思った。


「何が凄いなの」

「何って……えっ、うわっ!」


 思ったことを口に出してしまったことに初めて気が付いて、痛いくらいに口を塞いだ。

 立ち止まって下を向いている僕を、フェイは不思議そうに覗き込んでいる。


 だけど何も言えない僕に飽きたのか、自ら口を開いた。


「君はもう、迷っていないなの」


 確信めいたその語調に、口を塞いでいた手の力を緩める。

 そうだ、僕は今、迷ってなんかいない。

 やるべきことは決まった。迷ってる場合じゃないんだ。


 不運であることを嘆き続けるより、自分が生きる為に大切なものを見つけ出さなきゃ。

 そう。だから僕は、決めたんだ。


「友達を、探しに、行きます」




 フェイはまた、笑ってくれたような。そんな気がした。




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