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No.044 有為転変は世の習い

 リジーさんは僕を慕っていると。

 マリアさんは僕を仲間だと。

 エリファスさんは僕が必要だと。

 フェイは僕についてくれると。

 京は僕に一緒がいいと。


 みんながそう、言ってくれて。


 胸の奥底から込み上がるこの気持ちを、僕はどうやって伝えればいいのだろう。




 さて、と手を合わせたお爺さんたち。

 そして問われたその内容に、僕はゆっくりと顔を上げた。


『君には、どちらの世界に留まりたいのかを話してもらいましょうか』


 モーノさんとトーンさんは真剣な表情で僕を見つめ、仲間みんなは笑って待っていてくれる。


 どちらの世界――

 京と2人きりだったあの世界(﹅﹅﹅﹅)と、こんなにも仲間に恵まれたこの世界(﹅﹅﹅﹅)




 どちらの世界に留まりたいかだなんて、そんなことは考えるまでもなかった。




「僕は、この世界に居たい、です」


 かつて、誰も僕を見もしなかったあの世界で。

 先の見えない暗闇のような人生を歩いていたあの世界で。


「みんなと一緒に、たくさん冒険がしたいです」


 あの世界で唯一得ることが出来たのは、同じ世界に見捨てられた京の存在ただひとつ。



 それに比べて、この世界で僕が得られたものは幾つあっただろうか。

 わざわざ比べなくても、誰だってその差を理解出来る。


 誰が待っているわけでもないあの世界とは違って、この世界には僕を待ってくれる人たちがこんなにも居るんだ。



「みんなと一緒に居たい……僕は、この世界に留まりたい……!」



 この答えが正解なのか、お爺さんたちの望む答えなのかは解らない。


 だけれど、それでも僕は後悔なんてしない。


 信じてくれるみんなの思いが、僕にそう思わせてくれた。






「素晴らしい、お見事です」

「自分ら最高やないかい!」


 訪れた静寂。

 しかし次の瞬間には、2人の拍手が洞窟内で響き渡った。


「これはつまり正解ってことだなそうだそうだろう解ってやがるな爺さん」

「ごしゅじん、すごい!」

「流石はカイト様です」

「ええ話を聞かせてもらいましたわ」

「良く言えました、なの」


 そして、わっと広がるみんなの声。


 みんなが待っていてくれた。

 みんなが駆け寄って来てくれた。

 みんなが僕を、信じてくれていた。


「教えて、くれますか」


 みんなの思いが前を向かせてくれる。

 怖いことや不安なことが無くなるわけではないけれど、それでもそれを乗り越える勇気は僕の中で確かに生まれて。


「僕と京が、この世界に来た理由を」


 だから僕は口にする。



 “僕”の物語が始まるきっかけとなった、その原因を知る為に。











「どっから話せばええんやろ」

「さあ吐くが良い今こそ真実を解き明かす時だぜ」

「そうだね、まずは私たちの目的から話そうか」

「ええ、是非ともお願い致しますわ!」


 ふと冷静になって気が付いた。

 忘れかけていたけれど、僕たちの本当の目的って変異の原因を突き止める為だったような……。


「簡潔に言えば、世界を救いたかったのです」

「別にこの世界がどないっちゅーことちゃうねん。せんど見とったら愛着わいただけやで」


 彼らは世界を救いたくて動いていた。

 それが本当だとしても、僕らがこの世界に来る理由にはならない。


「ほな、お爺はんらが妙な魔物を連れてきたんはどないな意図があるんどす?」

「はあ? なんやねんそれ知らんぞ」

「それじゃあ、本来他の場所に居るはずの魔物がこの付近に居るのはどういうことなの」

「そちらも含め、この世界が危機だということを表しているのでしょう。その魔物たちも恐らく、住んでいた区画から逃げてきたのだと思われます」

「えっと、それはつまり……」

「ええ、その案件と私たちは無関係です」

「全く、誰やねんそんな根も葉もあらへん噂流しおったやつ!」


 話をまとめると――この世界が危機に瀕していて、魔物たちはここへ逃げ込んできている。そしてお爺さんたちは世界を救いたい。ということになる、のかな。



 ……えっと、つまり、どういうこと?



「あの、僕がこの世界に、来た理由は」

「そうですねえ……有ると言えば有りますし、無いと言えば無いですね」

「えっと……えっ!?」

「いやいやあるやろトーン! この世界にゃ居らへん人材やったとか、唯一境界を越えられるんが兄さんやったとか」

「はは、それを理由と述べても良いのなら、確かに理由にはなりますね」

「流石の俺も驚いたっちゅーねん」

「それは兎も角として、私たちに必要な存在ということには変わり在りません」

「僕が、必要……」

「ちゅーか既に俺らだけやないようやけどな。兄さんを必要としとるんはそこにぎょーさんるし」


 彼らが指差すのは、心強い僕の仲間たち。






「さて、そろそろ私たちは移動しなければなりません」

「えっ、でも、まだ聞きたいことが」

「もう質問は受け付けてへんでー……って、そやそや、忘れるとこやったで」

「ああ、そうでしたね」


 ピュイッ。


 ――甲高い指笛が聞こえた。

 そう思った瞬間には、どこからか嘶きが響いてきて。


「君は人間としても素晴らしい。他者を思い、他者を憎まない。しかしそれは、同時に諦めているのだと捉えられるでしょう」

「ま、兄さんを選んだ俺らの目は間違っとらんかったちゅーこっちゃな」


 軽快な足音が、風と一緒に吹き込んでくる。


「君の姿勢は決して間違ってはいない。しかし忘れてはいけないよ」

「独りじゃどうにもならんことなんざ、生きてりゃ死ぬほど見つかんねん」


 そして、2人の前に3頭の真っ白な馬が姿を現した。


 1頭は大きく、額から1本の角を生やし。

 1頭は大きく、背中に2枚の翼を生やし。

 1頭はまだ子供のようで、角と羽を生やしていた。


「この仔を助けてくれたのは君だそうだね」

「罠なんざ仕掛けとった野郎は俺がボコッとったさかい、安心しい」

「そ、そのお姿は、伝説の……!」


 どこかで見たような仔馬。

 キュウッと鳴いたその姿に、この場所であったことを思い出す。

 3頭の馬を見て、リジーさんだけが興奮気味に目を輝かせた。


「この仔はユニコーンとペガサスの子供でね。界人くんにお礼をしたいらしい」

「これはユニススの角や。失くすんやないで」

「えっ、そんな、貰えません……!」


 欠け落ちてしまったのか、角の先端を差し出されてしまっても困ってしまう。

 近付けたりしたら、仔馬の角とくっついたりしないかな……しないよね。


「いいのですよ。ユニススは未だ子供、しかし既に成体へと近付いている」

「そん時に角も大きくなれるよう生え変わるっちゅー話や」


 ど、どうしよう……貰ったほうがいいのかな。


「凄いですわ、カイト様! その角はとても神聖なものなのです」

「それはカイトの起こした行動への対価なの」

「くれるっつってんだから貰っちまえよ」

「ネックレスにしてもええかもなあ」

「つの、きらきら!」


 僕が迷っても、言葉をくれる仲間がいる。

 それがこんなに嬉しいことだなんて、ここに来なければ知ることもなかっただろう。


 だから僕は頷いた。

 角を受け取って、自らの思いを口にする。




「出来るかはわからないけど、でも、僕も、この世界を救いたい……仲間がいるこの場所を、守りたい、です……!」




 お爺さんたちは笑い、そしてペガサスが大きな翼をはためかせた。



「やはり私たちの判断は間違っていなかったようだよ、モーノ」

「せやな。我ながらええ案やったと思うで、トーン」


 湧き起こる風の音が2人の声を遠ざけていく。


「ありがとう、界人くん」

「そのマント、似合うとるで。弱い魔物やったら寄せ付けへんし、大事に使うことやな」

「弱い魔物……」

「例えば……蝙蝠とかですね」


 またひとつ、解らなかったことが明らかとなった。


 京を見つけたあの時。

 京を助けたあの時。

 蝙蝠たちが何故襲ってこなかったのか。


 僕たちをこの世界に連れてきたのはあの人たちだけれど、知らない間に僕たちを守ってくれていた。


 でも、それじゃあ、僕の戦闘ステータスの変化やこの運の良さもお爺さんたちの仕業かもしれない。




 風に包まれていく2人を前に、そんなことを考え続ける暇なんてなかった。



「あの、ありがとうございます! 僕たちをここに連れてきてくれて、みんなと出会わせてくれて、本当に、っ」






 完全に風が彼らを包み込む前に、微かに見えたその表情。



 風と共に消えてしまった彼らは、その中でも確かに微笑んでいて。






「ありがとう、ございます。モーノさん、トーンさん」




 僕にお爺さんが居たらこんな感じなのだろうかと、場違いなことを考えてしまった。



次回、最終話。

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