No.043 子曰、由、誨女知之乎。知之爲知之、不知爲不知、是知也。
知っていることは知っているとし。
知らないことは正直に知らないとする。
それが真に『知る』ということなのだろう。
さて、これから話すのはたったひとつの真実だ。
境 界人という1人の人間が選んだ、揺らぎようのない事実。
突然別の世界へとつれられた彼は、如何にしてその結論に至ったのか。
「よっしゃ! それをまっとったんやで俺ァ!」
「君がそこに行き着いてくれて何よりです」
私たちがそう告げると、界人くんの瞳がゆっくりと見開かれていった。
しかし、後ろに控える彼ら彼女らはどうだろう。
私たち……と言うよりも、界人くんを見つめたまま身体は動かない。
界人くんが何を言っているのか、何の齟齬も無く理解出来ている者は絶対に居ない。
王族として、多様な知識を学んだ彼女でさえも。
エドゥアルダの民として、五感の優れている彼女でさえも。
魔導士として、魔の力を導く彼でさえも。
始まりの妖精として、数多の人間を視て来た彼女でさえも。
考える者など居るはずがない。
界人くんと京くんが、全く違う世界から来たなんて。
「さて、君たちも一度は考えたことがあるだろう。この世界とは違う世界が、同じ軸上にあるんじゃないかって」
そう。その考えは間違っていない。
この世界には、この世界だけしか存在しない訳が無い。
同じ軸の上にあるが故に、お互いその世界に気が付けない。
同じ軸の上にあるが上に、お互いその世界に干渉出来ない。
「解りやすく言うと、彼らは幽霊みたいなものだよ」
「エネルギーが一点に集中しすぎると、もうひとつの世界に浮かび上がってしまうねん。オバケが半透明なんはそのせいや」
「君たちから視た彼らは幽霊であり、また、彼らから見た君たちも幽霊というわけさ」
こんな説明をしたのは何世紀ぶりだろうか。
理解力の高い彼ら彼女らは、きっと私の言葉を理解してくれる。
故に私は、言葉を紡ぐのだ。
「さて、ここで君たちに質問だ。正解すると話の続きが聞けるよ」
「間違えたらそこで仕舞いやで」
「なに、簡単なことさ。君たちが思うがままに答えてくれると良い」
私たちは界人くんと京くんに近付いて、未だ立ち尽くす彼ら彼女らに微笑んだ。
緊張。混乱。敵意。
感じ取れる様々な感情に、私の頬は少しだけ緩んだ。
「全員同じっちゅーんも面白ないな」
「ふむ……それじゃあこうしよう。順番に1人ずつ、こちらの質問に答えてくれるかな」
モーノの提案も一理ある。
全員に同じ話をすれば、意見を合わせることだって容易だろう。
だけどそうなってしまえば、あまり意味が無い。
「しっかり聞いていなさい、界人くん」
「えっ……?」
彼ら彼女らと同じく、立ち尽くしたまま動かなかった界人くんへ耳打ちする。
ゆっくりと振り返って私たちを見たことには気が付いたけれど、これ以上のヒントは与えられない。
故に、私たちが視線を交わし合わせることも無い。
界人くんの意思に、私とモーノが介入するわけにはいかないのだ。
「さて、準備は良いかな」
「悪い言うても始めるでー」
さて、彼ら彼女らはどう出るだろう。
どうして界人くんがこの世界にやってきたのか。
どうして界人くんがこの問いにたどり着いたのか。
この物語も既に佳境。
故に、世界の分岐点は今、この瞬間なのさ。
「最初の解答者は~~……おっしゃ自分や!」
「わっ、私ですか?」
「ええ、それでは早速始めましょう」
モーノに指名された彼女は驚きに声を上げるも、直ぐに身なりを整えた。
中々に肝が据わっていて、私たちを見つめる姿は流石王女と言ったところでしょう。
「君には単純に、界人くんについて思っていることを話してもらいましょうか」
「カイト様について、ですの?」
「あんさんが思うとること嘘偽りなく言いなや」
その内容が予想外だったのだろう。
わずかに首を傾げた後、しかし彼女は目を逸らさず気丈に言い放った。
「カイト様は、私の恩人です」
その瞳に揺らぎは無く、そして偽りも無い。
「あっ、勿論それだけではなくてですね……ええっと、その……す、すき……お慕いしておりますわ!」
彼女の放つ全てのものが、界人くんを肯定していた。
「ありがとう、エリザベス・コリン」
「今のでよろしいんですの……?」
「ほなお次はあんさんや」
「アタシやね。いつでも来はり」
モーノに指された彼女は平然とそれを受け、柔らかい笑顔を絶やさない。
「君には、冒険者としての界人くんについて話してもらいましょうか」
「戦う姿は見たことないんやけど」
「それでも話は聞いているでしょう。君の場合は、そこから君の意見を聞きたいのです」
「まあそらええけど……カイトはんはお人がよろしおすからなあ。正直、戦闘には不向きや思うとりますよ」
思案する彼女は眉を顰めて口にした。
しかし、直ぐに微笑んで言い放つ。
「せやけど、それでもアタシはカイトはんと出かけたいと思うえ。折角同じギルドの仲間になったんやさかい。ここに居る全員、そう思っとるはずや」
彼女の放つ全てのものが、界人くんを肯定していた。
「ありがとう、マリア・エドゥアルダ」
「おおきに、ご老人方」
「ほな3番手は~~……兄さんや」
「ようやく俺の時代が来たようだ請け負おう全てがカイトの為ならばこの俺エリファス様が例え火の中水の中草の中森の中!」
モーノに指された彼は嬉々として名乗りあげ、フードから覗く口元は笑っている。
「君には、界人くんについて話してもらいましょうか」
「さっき似たようなやつあっただろ何だ手抜きか?」
「さっきんと違うて、兄さんからみた界人の存在についてや」
「まったなんてモンを俺に言わせようとしてんだそれも本人の前でしかしそれもまた良し良いだろうしかと聞けい!」
無駄に良く回るその口は、言葉を放ち続ける。
「俺とカイトはまあ何つーか生まれたときが似通ってんだよなうんうん。だからこそ共感出来るとこもあれば全く共感出来ねー場所もあるうだうだしてっとこはマジで理解不能だわ」
どうやらそれは、止まることを知らないらしい。
「つってもそれはそれこれはこれ。あんな環境に居ながら良く腐らずに生きてきたってもんだよ俺なら真似出来ねーっつーか既にさっさと家出たし俺には必要な人間だしここ直近だと直ぐ後ろ向きなこと言うのは止めてっしそろそろ俺にも気を遣わなくて良い頃だと思うのだがどうだろう!」
彼の放つ全てのものが、界人くんを肯定していた。
「ありがとう、エリファス・クロウリー」
「こんなもんで良いのかよまだまだ言いたいことあるんだけどなああと5分だけでもく」
「ほんで次に来んのが自分やな」
「フェイは何について答えればいいなの」
モーノに指された彼女の表情に変化はなく、口角は少しも上がっていない。
「君には、界人くんの未来について話してもらいましょうか」
「具体的にはどういうことなの」
「つまりこれから先、あの兄さんがここで生きていけるかっちゅー話や」
「解ったなの」
声色は依然変わらず、しかし僅かに微笑んだ彼女の口から放たれた。
「カイトにはフェイたちがついているなの。だから、それ以上の言葉は不要なの」
彼女の放つ全てのものが、界人くんを肯定していた。
「ありがとう、フェイ」
「どういたしましてなの」
「キョウ! キョウ!」
「なんや、自分もやりたいん?」
「キョウ、やる!」
「はは。それじゃあ君には、界人くんにどうしてほしいのかを話してもらいましょうか」
唯一私たちに敵意を向けなかった京くんは、翼を広げて言い放つ。
「キョウ、ごしゅじん、いっしょ! ごしゅじん、みんな、いっしょ!」
彼の放つ全てのものが、界人くんを肯定していた。
「ありがとう、京くん」
「キュウッ!」
さて、これで彼ら彼女らの声は出揃った。
私たちがどうしてこんな話をしているのか。
その意図は恐らく、聡い者なら掴めたことだろう。
今の工程があってこそ、界人くんの言葉は重くなる。
「さて、それじゃあ最後は君の番だ」
今の今まで、彼ら彼女らを静かに見つめていた界人くん。
その沈黙は意図したものではなく、衝撃によるものだと推測出来た。
ゆっくりと見開かれていく瞳。
だんだんと早くなっていく鼓動。
「自分らの答えが無駄になるかどうかは、界人にかかっとるっちゅーこっちゃな」
全ての視線が今、界人くんに注がれている。
その視線はどれも温かく、そして穏やかだ。
「アタシは何の心配もしとらんよ」
「私は良く解りませんが、カイト様を信頼しているので問題ありませんわ」
「俺にかかればオールオッケーモーマンタイだ」
「ごしゅじん、さいご!」
「フェイたちはカイトの決断を受け入れるだけなの」
なるほど、これは私たちの予想を遥かに超える物語となっているらしい。
当初の計画では、現段階で界人くんはまだ京くんと2人きりだったばすだ。
だというのに、現実は私たちの予想を大いに上回ってくれた。
だからこそ、私たちは彼ら彼女らの前に姿を現したのだ。
だからこそ、私たちはあの時うやむやにしなかったのだ。
私たちの願いはただひとつ。
「境界を超える者、カイトくん」
「えっ……は、はい……っ!」
壊れ始めたこちらの世界を救う為に。
綻び始めたこちらの世界を掬う為に。
「君には、どちらの世界に留まりたいのかを話してもらいましょうか」
私たちの願い。
私と、モーノの願い。
たったひとつのそれは――界人くんがこちらの世界を選んでくれること。
ただ、それだけなのだ。




