No.039 氏(うじ)より育ち
「ああ、これやこれ。おんなじ匂いがしはるわ。どないしたん、これ」
「いやあ、ま、いろいろあって……そんなことより、凄いですねマリアさん! 僕も忘れてたのに、よく気が付きましたね」
「ええ、マリアは昔からこういったことに長けていますのよ。私も何度助けられたことか」
「かなんわあ、アタシは人よりちびっと鋭いやけやさかい、そないに褒めんといて」
軽く手を振るマリアさんは照れくさそうに笑って、リジーさんは得意げに微笑んだ。
「エリファスさん、これがあれば、いけます、か?」
「フハハハハハハッハハッハっうえっげっほ……任せておけ我が盟友よ!」
「ですが、魔術士様は魔術士様ではないのですよね……どうなさるのですか?」
「は? 説明要る? くっそ面倒なんだけど」
「カイトはんも知りたがっとるんと違う?」
「お主が望むならば致し方ない説明しよう!!!!」
声高々に歩き出したエリファスさんは、ギルド組合所へと進んでいく。
置いて行かれた僕とリジーさんは、その後ろ姿を慌てて追いかけた。
「カイトにはどのくらい教えたんだったかな俺のこと」
「えっと……名前、とか、ですかね」
「あっちゃーそんだけかよ流石過去でも俺は俺だ揺るがねー」
「話が進まないなの」
「おっと悪い悪い軌道修正すっから拗ねないでくれよ元気よく行こう」
さて、と。
そう仕切りなおしたエリファスさんは、おもむろに辺りを見渡した。
さっきと同じこの部屋は、当然僕ら以外には誰も居ない。
それに満足したのか、彼は勢い良く顔を上げる。
頑なに手放さなかった、そのフードを脱ぎ去って。
「しっかり見とけよカイト。腰を抜かしても介抱してやるから、安心して魅入られな」
エリファスさんが言葉を紡ぐにつれ、机の上に置かれた本に光る線が浮かび上がった。
それは次第に円を描き、そして文字のようなものも見えてくる。
「……――La Bible de la liberté、」
その言葉をきっかけに、本全体が青白く輝いた。
京の時と同じように、眩しい光が放たれて。
その光が、吸い込まれるように一点へと続いていることに気が付いた。
僕らは同じ動きで光の道筋をたどる。
視線は本から離れ、空中、そして行き着いた場所は――エリファスさんの額だった。
「目標捕捉。方位北29度東。距離6,741。人数2」
両目は閉ざされ、開かれた口は淡々と言葉を紡いでいく。
周囲に巻き起こる風なんて、これっぽっちも気にせずに。
「到達予測地点――」
ぶわり。
一際大きく吹いたその風が、エリファスさんの前髪をなびかせた。
その下に隠れるのは額だけだろう。
それ以外のことなんて微塵も考えていなかった僕は、目にしたものを直ぐに理解出来なくて。
「――イニー洞窟。……見つけたぜ」
前髪の下。
額の中央部。
そこには、爛々(らんらん)と光る瞳があった。
ゆっくりと開かれた両目と同じ、真紅に染まったその眼球。
本から光が途絶えると、額の瞳も瞼を閉ざす。
「場所も解ったし早速向かうか皆の衆!」
「ちょちょ、ちょっと待ってください……!」
「なんだどうしたカイト月一の日が来たのかそれはこっそり教えてくれれば良いんだぜ」
「いや違っ……あの、おでこの、あの、目が」
「なに、魔眼が気になんの?」
当然のことのようにそう言われたけれど、驚いているのは僕とリジーさんの2人だけで。
フェイとマリアさんもいつも通り平静だ。
京に至っては、エリファスさんじゃなくて本に夢中だし。
「魔眼……エリファスさんは、人間じゃ、ない……ん、ですか?」
彼は魔術士じゃなくて。
もしかすると、人間でもないのかもしれない。
だけどそんな僕の考えは、張本人の笑い声でかき消される。
「いやいや何言ってんだよカイト俺は正真正銘ただの人間だぜ天使や妖精じゃなければ生まれつき特殊能力を持ってるわけでもねーし豊かな王族生活を送っていたわけでもねーよ」
「でも、じゃあ、それって……」
「これは……まあ、あれだ。師匠の置き土産、っつーか」
「エリファスさんの、師匠さん、の」
フードを被ってないエリファスさんの表情は、いつもよりも解りやすい。
少しだけ曇ったそれは、しかし直ぐに掻き毟った髪の毛で隠れてしまった。
「っあーー良いんだよそんなことはどうでもつーかもし俺が人間じゃなかったら悪いのか不都合があるのか見放すのか問おうカイト」
「っ、そんなわけないですよ!」
「エックセレント流石はこの俺が見込んだ男だぜさあこれでこの話は終わりだちゃっちゃと進めちまおうぜ!」
肩を組まれた僕の視界の端で、彼はフードを目深に被りなおした。
「ま、つまるところ俺は魔導士っつーことでひとつ」
耳元で囁かれたその言葉は、何故かすんなりと受け入れられた。




