No.038 風が吹けば桶屋が儲かる
「大丈夫ですかカイト様!」
「盛大によろけおしたなあ」
「なんだあの爺さん」
「ごしゅじん、ころんだ、だいじょうぶ?」
「怪我は無いなの、カイト」
別れたはずのみんなが、僕を心配して駆けつけてくれた。
嬉しさと申し訳なさで慌てて立ち上がると、安心したように笑ってくれて。
差し伸べられたその手も、温かかった。
「今ん人、なんやけったいな感じせんかった?」
「えっと……どんな感じ、ですか?」
ふと、神妙な声を零したマリアさん。
居なくなったお爺さんの痕跡を探すように、じっと遠くを見つめていた。
「ええ。匂いっちゅーか、空気っちゅーか」
「なにかおかしなことでもありましたの?」
僕らも同じ方向を見つめ、記憶をたどって思い出す。
お爺さんの姿を。お爺さんの声を。お爺さんの言葉を。
言葉に出来ない既視感を、鮮明にする為に。
「なんやろ、今まで出会ったことのないような……カイトはんに初めてお会いしたときも、似た様な匂いを感じたけど」
「カイトと同じような?」
「うーん……不思議やわあ」
「不思議、ふしぎ…………ああっ!」
そして、思い出した。
『ちょいと、兄さんや。そこの真っ白い頭の兄さん』
『負けに負けて30,000ソルでええで』
『そら特注品やで。兄さんを守ってくれるマントや』
スライムを倒して手に入れたお金と、トロール、そしてローパーを倒して手に入れたお金。
あの日、換金所から出た僕に話しかけてきたお爺さんが居たはずだ。
このマントと鞄を売ってくれた、真っ黒なスーツを着ていたあの人。
今の人と色こそ真逆だが、纏う雰囲気はなんとなく似通っている気がする。
「なんだなんだ心当たりでもあるのかカイトならば言うがいいその言葉を紡ぐ時が来たそれが今ださあ勇気を出してサンニーイチゼロ!」
「以前、ミノウ街に来た時のことなんですけど、僕、今の人似たような人と会った、と思います」
「それは確かなのですか?」
「えっ……確証は、ない、けど……マリアさんの言う通り、なんだか他とは雰囲気が違う、ような」
「そんお方も真っ白やったん?」
「あ、いえ、真っ黒なスーツでした」
思い出したからといって、何かに繋がるなんてことはないだろうけど。
でも、何でだろう。気になってしまう。
「真っ黒……んでもってさっきの爺さんは真っ白……なあ、これって」
「変異についての情報と一致しているなの」
「そ、そういえば……!」
「フェイたんそれ俺の台詞」
久し振りの不運だと思ったのに、蓋を開ければそれは吃驚するくらいの幸運で。
もうそれが何度目かなんて、数えることをやめてしまった。
「……はっ! それじゃあ、さっきの人を早く追わないと……!」
「そりゃあ無理だぜカイト」
「よう何処へ行かはったか解れへんなあ」
当然ながら、お爺さんの姿は既に無い。
何処へ向かったのかも解るはずが無く、折角見つけた手がかりも現状使うに使えない。
これは幸運……だったのかなあ?
「振り出しに戻ってしまいましたわね……」
「うん……僕がもっと早くに思い出していれば良かったんだけど」
「カイト様は何も悪くありません! むしろ手がかりの手がかりは掴めたのですから一歩前進したほどです!」
「2人の特徴を手当たりしだい聞いて回るのが妥当なの」
……そうだ、後ろ向きに考えちゃいけない。
元々ゼロから始めるつもりだったんだし、そう痛手にはならない……と、思わなくちゃ。
「……なあ、カイトはん」
「どうしました?」
「あんさん、かなお人ん落し物か何や持ってへん?」
「えっと……いえ、何も落としてない、と、思います」
「なんやまだ残り香がある気ぃするんやけど……心当たりはあらしまへんか?」
心当たりといわれても、僕の周りに都合よくお爺さんのものが落ちているわけではない。
このマントも黒スーツのお爺さんから買ったというだけで、あの人のものでもなんでもない。
それじゃああとは何があるのだろう?
僕が持っているものなんて、片手で事足りる数しかないし……。
やっぱり何も持っていな――
――……いや、そうだ、ひとつだけあるぞ。
僕が持っていて、なおかつ僕の物では無い“何か”。
鞄の中に仕舞いっぱなしで、手にすることも無かった唯一の物。
「落とし物じゃないんですけど……これ、だったり、しますか?」
それは、高そうな装丁が施された本。
僕が初めてこの世界に来た時。
怒涛の幸運に苛まれたあの日。
キルカ旅館で子供がぶつかったお詫びにと差し出された、あの1冊。
捨てることも出来なかったそれが今、久しぶりの日を浴びた。




