No.034 ルビコン川を渡る
「さあさあやってきました俺初来日ミノウ街! 実況はお馴染み俺と解説カイトでお送りするぜ! おらカイトあくしろよ返事は元気良く!」
「はっ、はい!」
気が付けば馬車の中に僕らは居て、そしてたどり着いた先はミノウ街。
京とのこと。フェイとのこと。リジーさんとのこと。
数日振りにやってきたここは、他にも数え切れないほどの出来事が起きた場所だ。
そして、僕がこの世界で初めて目にした場所でもある。
「いい加減腹括れよカイト花も恥らう生娘じゃあるまいし」
「だって……」
「だっては無しでーす」
「で、でも……」
「でもは無しでーす」
「そんなこと言われたって……」
「俺が駄目だと思う言葉は全部無しでーす」
「そんなあ……」
エリファスさんたちが何かを話していた記憶はあるけれど、その内容は全くと言って良いほど覚えていない。
休憩所に居る理由も、どうやって話がまとまったのかさえ、今の僕には解らない。
解っていることといえば、僕の目の前にある用紙が『ギルド結成申請書』だということだけで。
「僕なんかより、エリファスさんたちの方が」
「それ以上言うなら俺がお前の名前を書くぞそうだそれの方が手っ取り早いじゃねーかよしそうしよう反論を聞くのはあと一度だけだぜカイト」
僕の言葉に返してくるのはエリファスさんのみ。
フェイたちは皆、口を閉じて僕を見続けている。
だってもう、反論はした。
けれど、そのどれもが話半分で切り捨てられた。
それじゃあ一体、僕はどうすればいいんだろう。
親にすら受け入れられなかった僕がまだ、言えることなんてあるのだろうか。
ああ、駄目だ。何も解らない。
僕に解ることなんてきっと、これから先も何ひとつ無い――
『解らないからってそこで立ち止まってんなら、お前一生そのままだぜ』
――……いや、違う。そうじゃない。そうじゃなかった。
解らないことだらけの人生で。
聞き入れても貰えないあの世界で。
確かに僕は立ち止まってばかりだった。
現状維持に精一杯で、自分の意思で前に進もうとしたことなんてそう無かった。
僕自身の意志を求める人なんて、あの世界には存在なかった。
けれど、この世界は違う。
「カイト」
この世界で最初に出会ったフェイが。
「カイト様」
僕の大事なものを護ってくれたリジーさんが。
「カイトはん」
悲惨な昔話を真剣に聞いてくれたマリアさんが。
「カイト」
ロクに知らない僕に力を貸してくれたエリファスさんが。
「ごしゅじん!」
そして、いつだって僕の味方をしてくれた京が。
みんなが僕を見ている。
みんなが僕を待っている。
みんなが、この人たちが。僕の言葉に耳を傾けてくれている。
そうだ、ここはあの世界とは違う。
僕が居たあの世界と違って、僕を友達だと言ってくれる人がこんなにも居るんだ。
それなのに僕は、そんな人たちに対してどうしていただろう。
嬉しく思いつつも、初めてのことに距離感を掴めずにいた。
だからだろう。今までと何も変わることが無く、僕は相手ありきでしか考えられなくて。
誰かが居るからこうなるべきだ。
その考えに、自分を介入させることなんて無かった。
それはつまり、彼らのことを信じていなかったということに他ならない。
「……あの、エリファスさん」
「遂に決めたかカイト流石俺たちの見込んだ男だぜ」
「……、はい。決めました」
だから――……いや、そうじゃない。
僕は僕の意思で今、初めて本気で何かを決めた。
これといったことなんて特に無いけれど。
それでも、そんな僕を信じてくれている人がこんなにも居る。
それなのに、その信頼を貰っている僕が彼らを信じないで、他に何を信じられるというのだろう。
「僕なんかじゃ、不甲斐無いし頼りにならないと思います」
あの世界とは違う。
この世界でなら、僕だって変われるかもしれない。
「だけど、それでも。みんなが信じてくれるのなら、やってみます」
いや、変わるんだ。
こんな僕でも変われる場所がある。
その一歩を踏み出すには、やっぱりまだ怖いけれど。
それを乗り越える勇気はもう、僕はたくさん貰ったんだ。
ペンを持つ手は震えていて、やっぱり刻み込まれた恐怖が簡単に癒えることは無い。
それでも僕はその手を動かした。
印字されただけの真っ新な紙に、自分の名前を書く為に。
みんなの視線が僕に注がれる中、気付けば震えは消えていた。
「で、ギルドってどうやって申請すんの?」
エリファスさんのその一言で僕らは閉口する。
てっきり知っているものだとばかり思っていた。
「アタシは知らんなあ」
「フェイも知らないなの」
「キョウ、しらない!」
「僕も知らない、です」
決心した早々、早くも僕は壁にぶつかってしまった。
なにしろギルドになんて参加したことが無い。
「どうしよう……」
解らない。
けれど、それで終わってしまえば今までと何も変わらない。
だから考えろ、境 界人。
僕にだって出来ることは必ずあるはずなんだ。
混濁した思考のままでは何も纏まらなくて。
考える為にはまず、自分自身を落ち着かせよう。
そう思って辺りを見渡せば、ひとりそわそわとしている彼女の姿が目に入った。
「リジーさんは、その、申請方法を……?」
思い返せば、彼女だけが言葉を発していない。
もしかして知ってるんじゃないかな?
淡い期待を込めてそう問えば、目が眩むほどの笑顔が返ってきた。
「はい、勿論存じております。何を隠そう、申請用紙を持ってきたのは私なのですから!」
「まだ居たのかよクソ王女」
「私もギルドの一員になるのですから当然ですわ、魔術士様」
「……なあマリアっち、こいつの心は鋼鉄かなにかか?」
「お褒め頂き光栄です」
リジーさんをあんなに拒否していたと言うのに、ふたりは自然と話す距離に居る。
自分のことでもないのに、そんな変化が嬉しくなった。
「あ……ちょっと待っててください……っ!」
その場の衝動で、僕は休憩所を飛び出した。
そんなことさえ初めてで、なんだかそれすら楽しくて。
走って向かった先は一軒の出店。
あの日、あの時、フェイが僕の為に買ってきてくれたあの食べ物。
温かくて、色褪せないその時の記憶。
この気持ちを共有したい。
あの瞬間の温かさを伝えたい。
その感情が、僕自身を突き動かした。




