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No.033 明日ありと思う心の仇桜なの

 フェイと居るエリファスはいつも、高く響くような声で笑っていた。



 そんな彼の表情が曇ったのは、フェイたちがこの森を抜けた先でのこと。

 ガユル森林の外はいつも閑散としているはずなのに、今日に限って賑やかなの。


 時間だってもう遅いのに。


 王都へ続く道とは真逆――広く澄み渡る海に向かって、人間たちの姿が絶えずに続いていたなの。


「……なんだあいつら」

「フェイたちには関係のないことなの」


 そう、関係ないなの。


 そんなことに気を取られている暇があったら、フェイたちは一刻も早くクロウリー卿の元へ向かわなきゃいけない。

 フェイの持つ記憶の全てが、彼を探せと叫んでいた。


 彼らとは逆方向へ進むはずのフェイたちの足は、けれど容易くその場に立ち止まる。



『ところでさ、お前らなにしてんの』

『お前知らずに着いてきたのか?』

『悪いかよ』

『悪かねえけどよ。あれだ、この間王妃様が居なくなっただろ?』

『ああ』

『なんでも、あそこの森を縄張りにしていた魔術士が犯人だったらしいぜ』

『魔術士ってそんなことも出来るのかよ』



 エリファスは直ぐに声の主へと振り返り、フェイは言葉を飲み込むのに3秒程たっぷり使って。


「爺さんは何処に居る」

「爺さん? って、アンタ誰?」

「その魔術士は何処に居るかって聞いてんだよいいからさっさと答えろ」

「なに、アンタも知らずに来たのかよ。だから例の魔術士はこれから追放されるんだって。それを見る為に、みんな港に向かってんだからよ」


 静かな声で問い詰めたエリファス。

 返ってきたその言葉を聞いて、信じられないくらい静かになった。



「どうしたなの、エリファス」

「……行こう、フェイたん」



 ゆっくりと引かれた手は冷たくて、港へと向かう足も段々と速くなる。

 前を見ている彼の瞳は、フェイの位置からでは全く見えなくて。


 だけれどエリファスの握る手は強いまま。

 それだけで、フェイと同じ未来を想定内に入れているのだと気が付いたなの。




 クロウリー卿が居なくなるかもしれない、最悪の未来を。











 そして、フェイたちは直面したなの。


 クロウリー卿が両手を縛られ、船へと乗せられるその瞬間に。



「おい! 爺さん!!」

「ここからは立ち入り禁止だぞ、坊主」

「うるっせー知るかそんなもん爺さんをどうする気だ」

「クロウリー卿は王妃様の失踪に深く関わっているとみなし、この国から追放することになったのだ」

「意味解んねーよ滅べおい爺さんなに黙って従ってんだよ帰ってこい!」

「これは我らが王の命令だ。何人なんぴとたりともそれを覆すことはありえない」


 エリファスの声が届いたのか、クロウリー卿はゆっくりとした動きでフェイたちを見た。

 憲兵に一言言葉を呟き、殊更ことさらゆっくりと歩いてきて。


「エリファス」

「もうこんなところどうでもいいだろ爺さん。さっさと帰ろうぜ」

「そういうわけにもいかんのじゃ」

「なんでだよ!」


 エリファスの言葉を受けても尚、クロウリー卿の笑みは絶えることがない。


「お主には大きな可能性が広がっておる。あまり無茶をするでないぞ」

「そんなこと聞く為に来たわけじゃねーよ!」

「力は充分に蓄えられた。残った鍵は“喪失”のみ」

「なあ……俺の話を聞けよ。なんでそんなこと言ってんだよ」


 笑みを浮かべたまま、皺だらけの手がエリファスの頭を大きく撫でる。

 それが彼の言葉の全てを飲み込み、その視線は流れるようにフェイを見た。


「お前さんに比べれば心根が幼いが、共に居るには良き相手になるじゃろう。どうか導いてやっておくれ」


 何かを懐かしむように、遠い瞳を光らせながら。


「エリファスを頼んでも良いか、タイターニア」



 その名を呼ばれて、思い出せなかった記憶が一気に頭の中へ流れ込んでくる。


 タイターニア――それは、フェイの始まりの名前。

 この世界が出来た時、この世界に存在を許された瞬間の名前。


 その名前と共に溢れてきた、フェイがフェイとして生まれ変わる前までの記憶。


 その中に、今と変わらぬ笑顔で笑う人間が居た。



「後のことは全部フェイに任せるといいなの、エドワード・アレグザンダー・クロウリー」



 記憶の中の彼はいつだって穏やかに笑っていて、それは今フェイの目の前にいる彼も変わらない。


 彼と出会った本当のあの日を、フェイは思い出したなの。

 彼と出会ったあの時の自分を、フェイは思い出したなの。


 だからフェイはフェイとして、彼と同じように笑った。

 フェイはフェイとして初めて、心からの笑みを浮かべた。



「おかえり、フェイ」



 その言葉を最後に、クロウリー卿はフェイたちに背中を向けたなの。


 去っていく彼はもう、何の言葉も発しない。






 憲兵を押しのけて声を張るエリファス。

 ざわめきとともに埋もれていく人間たちの声。


 それでもクロウリー卿は振り返らない。


 小さくなっていくその背中は、何の反抗もなく船の中へと消えていった。






「――……っ、師匠」


 小さくこぼれたその声は、クロウリー卿には届かない。

 唯一聴こえたのはきっと、隣に居るフェイだけで。




 彼を守れるのもまた、フェイだけしか居ないなの。











 フェイの名前はフェイなの。

 フェイとして生まれる前は別の名前で、一番初めの名前はタイターニア。

 そして今生を生きるその名前をくれたのは、今はもう居ないクロウリー卿。


 フェイは人間と違って、記憶を受け継ぎながら生まれ変わる妖精。




 フェイはフェイとして、この自分が出来る全てのことを観察続けるなの。


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