No.032 送る月日に関守なしなの
フェイは生まれたときからフェイなの。
だから、フェイの名前はフェイ。
生まれ変わるたびに変わるその呼び名――それが、フェイをフェイだと認識する為のキーワードなの。
フェイが目覚めたのは、今からおよそ10年前。
誰も居ない静かな森の中で、フェイはたったひとりで目覚めたなの。
手を見れば小さく、辺りを見れば何もかもが大きくて。
フェイはまた、新しい身体に生まれ変わったのだと理解したなの。
「おはようなの、小鳥さん」
小鳥さんの囀る声で目が覚めて。
熊さんの持ってきてくれるご飯をお腹に収めて。
狼さんの遠吠えを聞きながら眠りにつく。
それが、フェイがフェイとして生きるスタート地点なの。
「おや、こんなところで可愛いらしいお嬢さんに会えるとは」
「君は誰なの」
「クロウリー卿と呼ばれておるしがない老人じゃ」
「フェイに用なの」
「此度の名はフェイと言うのか。やはりワシの見立ては間違っておらなんだようじゃのう」
「君はフェイのことを知っているなの」
「ふむ、どうやら記憶まだ完全では無いようじゃ」
突然現れたお爺さんは、フェイの顔を見るなり嬉しそうに近付いてきたなの。
そしてこの短い会話の中で答えを見つけ出したのか、ひとりで納得したように頷いて。
フェイはその理由が知りたくて、お爺さんを観察続けたなの。
「クロウリー卿は何者なの」
「ワシは……そうじゃのう。しいて言うならば、お前さんを迎えに来た者じゃよ」
「フェイを迎えに……」
「そうじゃ。その様子じゃと、自分が何者かは解っているのじゃろう。ワシはその記憶の補完の為に必要な人間だとでも思っておいてくれればいいわい」
「君とフェイは知り合いなの」
「そうじゃ。考えてみると、ワシが子供の頃からの付き合いになるのう。ひとつ前の記憶が定着するのは時間がかかると聞いておったが、どのくらいかかるかまでは聞いておらん」
「必要なのは5年なの」
「ほお、そうかそうか。それならば話は早い」
何がどうして纏まったのか、何度も頷く目の前の大人に、フェイはいつも通りの言葉を吐いたなの。
浮かんだ疑問は直ぐにでも解消した方がいいと、フェイの記憶がそれを強く促して。
どこへ行くのか、今一番重要なことはそこに他ならないなの。
「ワシの家じゃよ。お前さんも行くんじゃろう」
当然のように向けられた言葉は、ただ事実として彼の口から紡がれる。
これが、フェイがフェイとして、エリファス卿と出会った最初の日。
フェイたちが歩き始めてから、もう5回は太陽が沈んだなの。
エリファス卿が持ってきてくれた服を着て、窮屈な靴は履かずに歩いて。
更に2回太陽が沈んだ先、フェイたちはようやく目的地へとたどり着いたなの。
「おかえり……と言うのも未だ早いのう」
「ここが君の家なの」
「そうじゃ。そして今日からはお前さんの家でもある」
「フェイの家……」
「ようこそフェイ。ここがお前さんにとって住みよい場所になることを願っておる」
「ありがとうなの、エリファス卿」
フェイが生まれて、始めて込みあがってきたこの感情。
なんと言えば上手く表現できるのか解らないこれを、フェイは言葉に出来る日がくるのかな。
なんてことを考えたフェイは、フェイ自身をしっかりと認識出来ているようで少しだけ安心したなの。
「おっと、2歩程後ろに下がっておれ」
扉の前に立ったエリファス卿が普段通りの声色でそう言って。
そしてフェイが動いた次の瞬間、その扉が勢い良く開いたなの。
「遅っせーよ爺さん可愛い愛弟子放っておいて何処行ってんだ全く俺のこと忘れてんじゃねーだろ……う、な――って、誰だよそいつ」
「フェイはフェイなの」
「おい爺さんこいつなんだよ」
「本人が言った通りじゃよ。フェイ、この少年は少し前にワシの弟子になったばかりなんじゃ」
「そういうことじゃねーよなんだ子供誘拐したのか爺さん」
「フェイは確かに生まれ変わったばかりだけど、フェイだけじゃなくて君も子供なの」
「は? 生まれ変わった? どう見たって見た目5歳くらいじゃん何言ってんだお前」
「フェイは誘拐されてないなの」
「んなこと解ってんよなに冗談通じねーのなあ爺さん話噛み合わねー」
「それはお互い様じゃろう」
現れたのは、真っ黒な姿をした10歳くらいの少年なの。
闇を思わせる漆黒の髪が勢いに揺れて、その下にある真っ赤な瞳が光を映し出す。
月夜の下でも浮き出るようなその輝きが、少し上からフェイを見下ろして。
まだローブもフードも被っていない頃のその少年――彼の名前はエリファス。
この日からフェイは、クロウリー卿とエリファスとの3人でこの家に住むことになったなの。
長いようで短かった5年間を、この3人で過ごすことになったなの。
「おはようフェイたん今日もいい天気だぜ!」
「もうお昼なの、エリファス」
「時間なんざモーマンタイ俺が目覚めた時それが朝だぜマイフェアリー!! ところで爺さんはどうしたよ」
「クロウリー卿ならコリンの王に呼ばれて出かけたなの」
「うげえ、俺あそこのおっさん嫌いだわ」
「コリンの王妃が居なくなって、王都は大変らしいなの。彼女を探すためにクロウリー卿が呼ばれたと思うなの」
フェイに敵意を向けているのかと思っていた少年は、驚くほどに気易く好意を向ける。
クロウリー卿曰く、彼は人間が嫌いらしい。
人間の吐く嘘が、大嫌いらしい。
だからこそ、あの男の子はフェイを受け入れたのだと言ったなの。
あの男の子は、彼は、少年は。
どうやらエリファスは、フェイを身内と認識したようなの。
「それにしても遅くねーか爺さん」
「まだ日が沈んだばかりなの」
「だってさーあれだろー俺が起きる前ってことはどうせ朝っぱらから行ってんだろーもうそろそろ帰ってくる頃合いだろー王都に行ったんならさー」
面倒そうに、だけれど待ちわびるようにそう零すエリファスは床を転がって騒いでいる。
言われてみれば、確かにいつもよりは遅い気がするなの。
この時期は日の出が早く日の入りが遅いのに、クロウリー卿は未だ戻らない。
「……」
根拠があるわけでもないのに、嫌な予感が頭の中に浮かんでしまって。
「出かけてくるなの」
「えーどこに行くんだよフェイたん」
「クロウリー卿のところなの」
「んじゃ王都かフェイたんが行くなら俺も行こう40秒で支度すっから待っといてくれよ!」
微塵も不穏さを感じさせないエリファス。
彼が楽しそうにしているのを、何処か遠くに思えて見つめていたなの。




