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No.030 欲しいとおもうて苦しんで、いらんと智ったら遊々楽々

 あの日からアタシらは、この大きな街に住むことになった。

 ここにはコリン王家のお城があり、それを囲うように王様の都市が広がっている。


 そんな場所に大きな部屋を与えられ、そこから王妃様の居るお城へと通うことになったのだ。


 まずは持ち合わせていない知識を得る為に。

 そして人との関わり方について。




「ご機嫌麗しゅう、王妃様」

「あらあら、待ってたのよお、あなたたちを」

「? どないかされましたか?」

「あなたたちもだいぶ所作は身についてきた頃でしょう? だから紹介しておきたくって。本当はあなたと同い年の息子も紹介したかったのだけど、なんだか忙しいみたい」


 にこやかに微笑んだ王妃様が呼び寄せたのは、彼女と似た容姿の女の子。

 アタシらなんかよりも更に小さくて、だけれど元気良く姿を見せた。


「おはつにおめにかかります、わたくしのなまえはエリザベス・コリンですの。どうぞよろしくおねがいします」


 ふわりと頭を下げた少女はゆっくりと姿勢を正し、動くたびに金糸の髪が綺麗に揺れ動いて。

 少女の全てが、王妃様の娘だということを伝えてくる。


「……かわええなあ」


 言葉自体を知ってはいたものの、理解に至らなかったその言葉。

 それが勝手に口から零れ落ち、アタシは初めてそれを理解した。


「わたくし、かわいいですか?」

「え、ええ、大変可愛らしゅうおますえ」

「ききましたかおかあさま! わたくし、ほめられましたよ!」


 ぴょこぴょこと跳ねる高い声が。

 嬉しそうに弧を描く表情が。

 彼女の可愛さをここぞとばかりに体現していて、それに思わず頬が緩んでしまう。


「申し遅れました、エリザベス王女様。アタシらはエドゥアルダの民でございます。ほんでアタシが彼女らの長を務めることになりました、マリアと申します。どうぞよろしゅうお願いします」


 満面の笑みを向けるエリザベス王女様は、やはりとても可愛らしかった。






 アタシらが王都に来てもう1年。

 この生活にもだいぶ慣れたこの時期に、王妃様からひとつの提案を頂いた。


「あの、王妃様……これは一体?」

「あらあらまあまあ、似合ってるわよお、その衣装」


 肌の露出がほとんど無かった今までとは違い、王妃様に渡されたのは透明度の高い華やかな衣服。

 これはまるで、踊り子さんの衣装そのものだ。


「あなたたちも、そろそろなにかしたい時期かなあと思ったのよねえ」

「なにか、とは……踊り子のことどすか?」

「ええええ、流石マリアちゃんだわあ。あなたたちにぴったりだと思うのだけど、どうかしら?」


 楽しそうに両手を合わせる王妃様は、アタシらに断られることを微塵も想像していない。

 その信頼が嬉しくて、アタシらもそれを断ることは無い。


「ええ、勿論お受けいたしますわ、王妃様」


 喜ぶ彼女を笑顔で見つめ、アタシらの進む道がまたひとつ決まった。






 踊り子として活動を始めたアタシらは、各地を回って芸を磨き続けた。


 その道中にお城へと寄り、王妃様とエリザベス王女様と歓談することが最高の楽しみで。

 アタシらがどれだけ上達したのかを見てほしくて、彼女の前で踊る為にこの場所へと舞い戻る。


 けれど、それが終わりを告げるのは唐突だった。


「只今戻りました、エリザベス王女様」

「マリア……!」


 アタシらが王妃様に拾われてから既に5年。

 この地の舞台が終われば、いつものようにあのお城へと帰るはずだったのに。


「それで、王妃様は一体……?」

「それが……私にも解らないのです」


 ステージを降りたアタシらの元に、ひとつの手紙が届いた。

 封にはコリン王家の紋章が赤く輝いていて、きっと王妃様の戯れだろうと嬉々としてそれを切る。

 しかし現実は無情なことに、アタシらの期待を最悪の形で裏切ったのだ。


「お母様が居なくなったことに気が付いたのは、一昨日いっさくじつの朝のことです。稽古を見ていただこうとお部屋へ伺ったのですが……部屋には手紙と、このペンダントが置かれていただけで……」


 その内容は、エリザベス王女様からのもの。

 いつもの綺麗な文字の面影もほとんど無く、焦りと混乱がその文面から読み取れる。


「もう……もう、私、どうすればいいのか……」


 手紙を受け取ったのは昨日のお昼。

 まだまだ続くはずだった舞台を中断して、直ぐに馬車へと乗り込んだ。


 それでもここに着いたのはついさっきのことで。

 王妃様が姿を消してからもう、丸2日を過ぎていた。


「ひとまず落ち着きまひょ、王女様。アタシらにも王妃様んお手紙を見してもろてもええですやろか?」

「もちろんですわ」


 差し出されたのは、書面の厚みで盛り上がっている質の良い封筒。

 王女様の手には、いつも王妃様が身に着けていた金色のロケットペンダントが握りしめられている。



『あのお方からのお声を聞きました。

 あのお方からのお言葉を頂きました。

 あのお方が直ぐに行動せよと仰られました。


 また会いましょうね、可愛い可愛い、愛しの子たち』



 黙読してみても意味が解らない。

 声に出してみても意図が解らない。


 あのお方とは誰のこと?

 お声とは。お言葉とは。行動とは。


 解ることなんてなにひとつ無い。



 城内は混乱し、城下はざわめき、当の本人からの音沙汰は皆無。


 誰も彼もが皆、何も出来ずに時間が過ぎるのを待つしかなくて。






 この日を境に、この世界が形を変えた。


 いろどりを手に入れたアタシの視界は明暗し、彼女の姿を見つけ出せない。


 アタシらを生かしてくれた王妃様はもう、ここには居ないのだ。






 そして変わったものがもうひとつ。


 王妃様の後ろからアタシらを見守ってくれていたこの国の王様。


 彼もまた、この世界で歪んで(かわって)しまった。





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