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No.025 蛇は一寸にして人を呑む――少年もまた然り

本日より、1日1話更新に戻します。

 むかーしむかし。それはもう昔の話。

 いや、そうでもないかな? 悪い、そんなに昔じゃねーわ。


 たかだか20年程前に、ひとりの少年がこの世界に生まれ落ちた。



 その都市に住む人も、親戚も、両親だって、綺麗な金糸の髪を持っていたというのに。

 その赤ん坊の髪は闇のように真っ黒だった。

 なかなか開かなかった瞳も、禍々しいほどの赤い色を持って生まれて。

 赤ん坊を見つめるたくさんの金瞳は、どれもが恐怖に染まっている。


 平和な都市に、ひとりの赤ん坊が生を受けた。

 平和な家族の元に、異質な少年が生を受けた。

 平和なこの世界に、忌むべき存在が生を受けた。



 それがこの“俺”だ。






 人間は、他と異なる物を排除したがる生き物だ。

 それは大人も子供も変わりなく、いつだってそれが当然のように時間は流れていく。


 そうなれば必然、俺は周りから迫害されて生きてきた。


 名前を与えられなかった俺を呼ぶ為の呼称。

 大人は苦虫でも嚙み潰した顔で“忌み子”と呼び、子供は虫の手足でも引き裂くような笑顔で“鬼の子”と呼んだ。


 時に避けられ、時に無視され、時に攻撃され。

 ここはいつだって変わりなく、周りは俺を嫌う人間でいっぱいだった。




 まあ、だからと言って内に籠る俺じゃねーけど。

 むしろ毎日のように近隣を歩き回ったわ。


 何故かだって? んなもん決まってんだろ。



 家に居ても暇だから、だ。



 俺を避けて歩く大人になんざ興味はない。

 俺を無視する存在を気に留める必要はない。

 俺を標的に石を投げつけてくる奴らにはきっちりお返しも忘れない。


 目には目を。

 歯には歯を。

 無視には無視を。


 攻撃には、最大の力をもって攻撃を。


 俺は何不自由なく、生まれた都市を好き勝手に歩き続けた。




 そんなことを繰り返していれば、気が付けば俺はもう8歳になっていた。

 隅々まで歩いたせいで、もうこの場所に目新しいものなんざ何ひとつ無い。

 それじゃあどうする。今度は家にでも引き籠ってみるか?


 当然、答えはノーだ。んなもん退屈すぎて死んじまうわ。


 思い立ったが吉日。それ以外は大凶悪運まっしぐら。

 そうなったらもう、俺の行動は早かった。


「魔物のつらでも拝みに行くか」


 平和で穏やかな都市。もう名前も覚えていないその場所。

 目が覚めた俺は、必要なものだけをかき集めて家を出た。

 何も言わず、誰にも声をかけず。


 くっそ平凡でつまんねー都市かこいの外へ進み、鼻歌を歌いながら別れを告げた。




 さて、これからどうしてやろう。

 魔物の巣を探しに行くのもいいが、寝泊まりする場所は確保しておきたいところだ。


 こんなガキに部屋を貸す宿があるかは解らないが、兎にも角にも行くしかねえ。


 近隣の地理なら頭の中に入っている。

 ここから真っ直ぐに進んだ先。

 そこにあるガユル森林を抜けると、確かカレア王都って場所に行きつくはずだ。

 本には「不用意に立ち入れば、魔術士の餌食になる」なんて書いてあったけれど、行ってみれば何とかなるだろう。


 そんな気軽さで俺は森林の中を走る。


「ぐっ……が、あ……っ!」


 その直後のことだ。

 殴られたような痛みが頭を揺らして、そのまま俺は意識を手放した。






「ぅ……」

「ああ、まだ痛むだろう。寝ていると良い」


 目が覚めると、揺れる視界の端で影が蠢いた。

 ここは何処だろう。

 暖かく柔らかな布団の中に居ることから、室内だということは理解した。


「……ここは、何処だ」

「ワシの家じゃよ」

「俺はガユル森林に入ったはずじゃ……」

「故に、ここはガユル森林でもあるのう」


 おっとりとしていながらも、全く隙が伺えない不思議な声の主。

 ここがガユル森林だとすると、この人物は本の中に出てきたあの人物だとしか思えない。


「アンタは魔術士なのか?」

「クロウリー卿と呼ばれておる」

「クロウリー卿は魔術士なのか?」

「そうさな……その質問に答えるには、ワシの話に応えて貰わねばならん」

「話に?」

「そうじゃ。寄りにも寄ってワシが力を使っとる間にお前さんは森林に入ってしまった。だというのにも関わらず、お前さんはこうして生きておる」

「……生きてちゃおかしいのか?」

「普通はそうなるのう。生きておるということはじゃ、お前さんには力がある」

「俺に力? 一体何の?」

「まあ待て、そう急くでない。お前さん、名は何と言う」

「名前は無い」

「……ほう、そうかそうか。よお解った」


 段々と視界が正常に広がって、目の前には爺さんが見えた。

 爺さんはひとしきり頷いたかと思えば、ローブをはためかせて腰を下ろす。


「それで、話って何?」

「お前さん、ワシの弟子にならんか」

「いいよ。それで話ってのは何」

「今のがその話じゃよ」

「弟子になることがか?」

「それに応えたお前さんはもう、今この時よりワシの弟子じゃ」

「……意味解んねえ」



 忌まれて生まれた“俺”は、8年で家を出た。


 家を出た“俺”は、その日の内に見知らぬ爺さんの弟子となった。


 爺さんの弟子となった“俺”は、爺さんの力を吸収しながら大人になった。


 名前を与えられ、居場所を与えられ、力を与えられ。

 暇だと思う暇すらない日々は続き、そのさ中には勿論いろんな出来事があった。


 まあ、これは今話すモンでもねーし、そこはまた機会があったらってことで。




 何はともあれ、嫌われ者は今現在も嫌われ者に徹している。

 ガユル森林に籠ったまま、汚れきった人間を稀に玩具にするくらいで。


 忌み子と呼ばれた少年は、今日も楽しく暮らしている。




 それがこの俺、“エリファス・クロウリー”だ。


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