No.021 人口に膾炙(かいしゃ)する
開かれた扉を潜り抜けると、煌びやかな明かりが室内を照らしている。
それなのに、奥だけがやや薄暗くなっていた。
光が当たらない玉座に座っている王様は、レースの幕に遮られて顔が見えない。
「お主がカイト・サカイか」
重々しく響く声に、思わず背筋が伸びた。
返事をしようにも、喉が乾いてしまったのか声が出てこない。
王様の言葉を無視するわけにもいかず、僕は何度も頷いた。
「カトブレパスからエリザベスを奪還したと聞く」
そこで、と続けた声は少しだけ高くなる。
「その腕を見込んで、お主にひとつ命じたい」
内容を問う声も出せないまま、僕はひたすら頷いた。
「ほう、直ぐに応じるか。従順な者は良い」
声のトーンは変わっていないのに、少しだけ向けられる重圧が和らいだ気がする。
僅かににじんだ唾液を飲み込んで、恐る恐る口を開いた。
「僕は、何を、すれば……」
「なに、簡単なこと。ある人物を連れ出すだけだ」
「連れ出す……?」
「我が都の北東に位置する“ガユル森林”。彼の者はそこに居る」
「彼の者、とは……」
「道案内はエリザベスを連れて行け」
「えっ、あの」
「出発は日の入りだ。それまでに装備を一新してくるが良い」
「僕は誰に――」
――話が噛み合わなくなった。
そう思った直後に部屋を連れ出され、城兵さんから重い袋を渡された。
どうやら僕らと王様の初対面は、こんなにも性急に終わるらしい。
「……重い。なんだろう、これ」
右腕に京を抱え、左手で重い袋をしっかりと握りしめる。
王様の言う通り夕方出発するのはいいとして、それまでの時間をどうするべきだろう。
「……部屋に戻ろうかな」
装備品を新しくするようなお金を僕らは持ち合わせていない。
王様の言葉を無視するようで気が引けるけれど、こればっかりは仕方がない……よ、な?
「……なんだか京も重くなった気がする」
僕が部屋に戻るまでの独り言は、幸い誰の耳にも入らなかった。
「くぁ……」
「あ、おはよう京。もうお昼だよ」
部屋に戻った後は、ただひたすらに外を眺めていた。
塀に囲まれたお城は高くそびえたっているようで、部屋の中だと言うのに都一帯見渡せる。
太陽が真上に来てようやく、京は目を覚ました。
ベッドの上で器用に跳ねた彼は僕に笑いかける。
そして横に置いてある袋が気になったのか、口を使って引っ張った。
「さっき城兵さんに貰ったんだ。中身はまだ確認してないけど――」
ジャラッ。
「――ジャラッ?」
京が引いたのは袋を縛っていた麻縄で。
するりと開かれた袋の口からは、硬質的な音と共に何かが溢れだした。
僕らの眼に映りこんできたものは、ビックリする量のソル硬貨。
紙幣よりも格段に高価な硬貨が、こんなにも。
『それまでに装備を一新してくるが良い』
王様の言葉が、今になってようやく頭の中に響いてくる。
確かに装備を一新するお金は無かったけれど、まさかこれで買えってことなのか……!?
「おかね、たくさん!」
「ここここんなに、そんな、使えないよ!」
「なんで、たくさん?」
「王様に貰ったんだけど、まさかこんな……どうしよう、返さなきゃ」
「それはなりません」
「そんなわけには――……って、イッシュさん!?」
いつの間にか目の前に来ていたイッシュさんが、慌てた僕を宥めようとしてくれている。
いや本当、いつ入って来たんだろう。
黙り込んだ僕を見て満足したのか、頷きながら言葉を繰り返した。
「それはなりません。王からの賜り物を無碍にするなど、万死に値します」
「そんな、無碍になんて……!」
言葉を返そうとすると、今までずっと真剣な顔つきだったイッシュさんが笑顔になった。
「で、す、か、ら」
ニッコリ。そんな効果音が付きそうな笑顔に後ずさるけれど、それを許してくれる人ではないらしい。
「直ぐにでも、装備を一新してきてください!」
袋を取られ、腕を引っ張られ。
僕らはお城の外へと連れ出された。
「でも、これ……」
門の真ん中に立って敬礼するイッシュさんは、有無を言わせまいと口を閉じている。
「……じゃあ、その……いってきます」
「いってきます!」
「お気をつけて」
門番にも見送られてしまっては、お城の中には戻れない。
「……行こうか、京」
「いってきます! いってきます!」
「うん、どこに行こうかな」
京が楽しそうに繰り返すおかげか、なんだか僕も楽しくなれそうだ。
いってきます。だなんて、最後に言ったのはいつだっただろう。
辛かった日々を思い出しても、不思議とすんなり受け入れている自分が居た。
それがなんだか、胸のつっかえを少しだけ解せたようで。
いつもよりも、進む足は軽くなった気がした。
「おやまあ! 貴方がエリザベス姫様を救ってくださった冒険者様かい!」
「おい! カイト・サカイ様がいらっしゃったぞ!」
「姫様を救ってくださった英雄が来たって?」
「カイト・サカイ様! 是非こちらへご来店ください!」
どういうことだろう……城下町にあるお店に入った途端、一気に人が集まってきた。
フードを被ったまま名乗ってすらいないのに、どうして僕だと解ったんだろう。
それ以前に、どうしてそのことを知っているんだろう。
このままじゃ、装備を買おうにも選べない。
第一こんなにたくさんの人から言葉を向けられて、耐えられる気もしない。
「ごめんなさい失礼します!」
唯一の出入り口に向かって後退した僕は、そのまま一息で逃げ出した。
そして、店を飛び出したその先で。
「うわっ!」
「キュウッ!」
真っ直ぐ前しか見ていなかった僕は、視界の下に在った何かとぶつかった。
何かじゃない。
直ぐに人だと気が付いて口を開いたのに、その姿に釘付けになってしまう。
ごめんと紡がれるはずの口がようやく動いて、謝罪とは違う言葉を紡がせた。
「――フェイ……フェイ!」
「また会ったなの、カイト」
会いたいと思っていた少女の、その名前を紡がせた。




