No.020 張り子の虎
活動報告にてお知らせがあります。
「お兄はん、かいらしいね。どこから来はったん?」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
目の前には、ふわりと衣装をはためかせて踊る女性が。
「こんお神酒は極上やから、ようけ飲みよし」
「いや、お酒は、まだ」
真横には、密着するほど近付いた女性――マリアさんが。
「名前は確か……カイトはんどすやろ? そないに緊張せんでもええのに」
「むっ、無理です……!」
独特な口調で紡がれる言葉が。
甘ったるくも良い匂いが。
腕に触れる温かい身体が。
脳を思いっきり揺らされているようで、少しだけ距離を取ってしまった。
そうでもしないと落ち着かない。
「つれへんお人やね」
くすくすと笑いながらも、マリアさんはこの距離を保ってくれるようだ。
ありがたいような残念なような……。
「ほな、改めて自己紹介しよけ」
そう言った彼女はゆらりと姿勢を変え、ぺたんと座っていた片膝を立てて僕に向き直る。
「アタシの名前はマリア・エドゥアルダ。本業は踊り子やけど、こう見えて冒険もしたはるんよ」
頭の形に添うほど短い髪は紫色で、くるりとうねる天然パーマ。
褐色の肌に浮かぶ瞳もまた紫色で、それを覆い隠すように豊かな睫毛が何度も瞬きを繰り返す。
大きな胸とあまり身体を隠せてないその衣装が、正直目のやり場に困ってしまう。
そんな女性に微笑まれて嬉しくない人間なんているだろうか?
いや居ない。居ない……と思う。多分。きっと。僕だけじゃないはず。
この世界は僕のステータスだけじゃなく、周囲の美醜感覚も反転しているようなのだから。
「やから、カイトはん。冒険話を聞かせておくれやす」
「えっと……僕なんかの話で、よければ」
肯定すれば、もう一度微笑んで彼女の視線は僕から逸れた。
それが合図だったのだろう。楽しげに流れていた音楽が音を止め、踊っていた女性たちがマリアさんの後ろに腰を下ろして僕を見る。
10人分の視線が一気に僕に集中した。
僕が話すのを今か今かと待ち受けている熱い眼差し。
それを受けながら、僕は話さなきゃならないらしい。
……話す? 僕の冒険を?
そんなこと、京にしかしたことが無い。一体どこからどうやって話せばいいんだろう。
どうしよう、どうしたらいい?
「どうしよう京……京?」
声をかけたのに返事が返ってこない。
そういえば、さっきから凄く静かだったな……。
不思議に思って見渡せば京の姿を見つけた。
いつもの場所ではなく、少し離れたテーブルの上に。
「ふふ、お連れはんはお腹ようけで寝とるようやね」
「京……!」
そっと近付けば、彼は面白いくらいにお腹を膨らませて寝息を立てていた。
こんな状況でなければ思わず笑ってしまったであろう、そんな光景。
そう、こんな状況でなければ。
「ほな、お預けはそこまで。早う話しいや」
気が付けば、僕は囲まれてしまっていた。
どこを見ても、踊り子さんたちの笑顔で塞がれている。
退路は無かった。
こうなってしまえば仕方がない。
なんて話せばいいのか解らないけれど。
どうやって話せばいいのか解らないけれど。
大きく吸った息をゆっくりと吐いて、僕は言葉も吐き出した。
「10分だけ時間を下さいすいません!!」
マリアさんたちは皆、面を食らったような顔をしていた。ごめんなさい。
試行錯誤の上、しどろもどろになりながらもどうにか話を始めることが出来た。
内容は、僕らがこの世界に来る前のクエスト。
出来るだけ言葉を選びながら紡いだ過去の出来事を、マリアさんたちは驚くほど真剣に聞いてくれて。
それが少し――いや、凄く、嬉しかった。
「歓談中失礼します、カイト・サカイ様。我らが王より、お呼び立てです」
どれほどの時間が経ったのだろう。
幾つ目かの冒険を話していたところで、警護兵のイッシュさんが入ってきた。
名残惜しいと引き留めてくれる踊り子さんたちにお礼を言って、座りっぱなしだった脚に力を込める。
「またお会いしまひょ、カイトはん」
ひらりと手を振ったマリアさんにもう一度お礼を言って、僕らはイッシュさんの後を追った。
手の中で寝息を立てる京はまだ、ぐっすりと夢の中だったけれど。
長い廊下を進んでいると、城兵さんが一定距離を開けて立っている。
近付くたびに敬礼で見送られ、歩くペースが自然と速くなった。
「あの……王様は、僕に何の用が……?」
「詳しい内容は伺っておりません」
一体何が僕らを待っているんだろう。
「……胃が痛くなってきた」
京はぐっすり寝てるし、王様の用事も解らない。
極力音が響かないように、僕はひっそりとため息を吐いた。
「ご健闘の程を願っています、カイト・サカイ様」
「えっ、あの、ちょ」
この先が王様のいる部屋だと教えられたのはいいものの、イッシュさんはそれだけ言うと来た道を戻り始めた。
詳しい説明なんか一切無い。
王様の前でどうすればいいのかという説明さえ無かった。
「……嘘、だろ」
正に「血の気が引く」なんて言葉がぴったりだと思うくらい、一気に体温が下がっていく。
目の前でゆっくりと開かれる扉が、それを助長させているようで。
「京、起きて……京ってば!」
声を潜めて起こしてはみたけれど、相変わらず気持ちよさそうに眠る彼は起きる気配が全く無い。
ゆっくりと、しかし確実に開かれる扉の先に人の姿が見えた。
脚が震え、身体が震え、京を抱える腕が震えて。
異世界に来てまだ数日。
僕らはこの世界の王様と対面した。




