No.019 足元から鳥が立つ
「姫様がお戻りになられたぞ!」
来てしまった。
「こんなにも戻られないので、また何かあったのではないかとこのばあやは胸を痛めておりました」
僕が、僕らが――カレア王都へ。
「宴は明日に致しましょう。本日はゆっくりとお休みくださいませ」
一国を統べる王家のお城へ、来てしまった。
遡ること数刻前。
宿を出たエリザベス様は、慣れた様子で馬の背を撫ででいる。
僕はといえば何も言えず、身振り手振りで意思を伝えようにも通じなかった。
「それでは向かいましょう」
警護兵のイッシュさんが言うが早いか、皆それぞれ馬に跨って。
当然僕が馬を乗りこなせるわけもなく、イッシュさんの後ろに乗せられてミノウ街を後にした。
そして現在。当然のように招き入れられたお城の中に僕らは居る。
エリザベス様はお城の人たちに迎え入れられ、何故だか僕も歓迎された。
あれよあれよという間にどこかへ案内されて、広い部屋に2人、僕らは呆然と立ち尽くす。
だだっ広い部屋の中にあるのは、大きなベッドと机椅子。
机の上には果物が置かれている。
親切なことに「ご自由にお食べください」と書かれたメモまで用意されていた。
「……少しだけもらって、もう寝ようか」
「キョウ、つかれた。あたま、くるくる」
「うん……僕も疲れた。結局なんで連れてこられたのかも解らないし、明日に備えておかないと」
僕はまた、新しい夢でも見てるんじゃないだろうか。
夢を見ながら見るなんて、僕も器用なことが出来るようになったのかなあ。
そんなことを考えながら入った布団はふかふかで、疲れた僕らをすぐに眠りへ誘った。
ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえて目を開いた。
真っ白なシーツ。真っ白なカーテン。真っ白な、真っ白な……――
ここは何処だろう。
そう思うと同時に、昨日の出来事がよみがえってくる。
見慣れた京と、見慣れない部屋。
そうだ、僕は今お城に居るんだ。
コンコンッ。
驚きが許容値を超えても、人はやっぱり冷静になれるらしい。
まるで遠くから自分自身を見ているようで。
短期間でこんな体験をするとは思わなかった僕は、扉から響く音で我に返った。
「おはようございます、カイト・サカイ様。お目覚めの方はいかがでしょう」
入ってきたのは、昨日僕をここまで案内してきた警護兵、イッシュさんだった。
「はい、あの、大丈夫、です」
「それはなによりです、カイト・サカイ様」
「えっと、僕は、その」
「はっ! どういったご用件でしょう」
僕なんかに畏まって、それに背筋を伸ばして敬礼もされている。
響くほどに大きな声にも、驚くことはたくさんだ。
「僕は、どうしてここに?」
「姫様の命を救ってくださった恩人をもてなす為と伺っております」
「恩人?」
「カトブレパスに襲われていた姫様を、カイト・サカイ様に助けて頂いたようで」
「助けたなんてそんな……っ! それに、その呼び方も、ちょっと……」
「恩人ですので」
「せめて様をやめてもらえれば、その」
「恩人ですので」
「僕が耐えられません……!」
「耐えていただきたい」
僕の願いは聞き入れられず、イッシュさんは次々と話を進めていく。
なんでも、既に宴の準備が出来ているから来てほしいとのことだった。
「僕なんかが宴に出るなんて、そんな……」
「主賓が出ずして何が宴です。こちらに着替えて大広間へ向かいましょう。自分は部屋の外で待っていますので」
言うだけ言って、イッシュさんが出ていった。
ゆっくりと閉まる扉の音が、なんだか僕の悲鳴のように聞こえてくる。
「……そういえば、着替えてなかったな」
こんなに良いベッドなのに、汚い恰好のまま入り込んでしまった……あとで謝らなければ。
待たせるわけにもいかず、用意された服に急いで着替えた。
いつの間にか綺麗になっていたマントも羽織って、そっと扉を開く。
待っていたイッシュさんに連れられて、僕は足取り重く移動した。
「姫様を救っていただいた冒険者様に、心からの感謝を」
大広間へ入った途端、たくさんの人に出迎えられた。なんと、敬礼姿で。
兵隊と思われる人の先には、豪華な料理を運ぶ女性が数人。
その更に奥に、僕らを招いたエリザベス様が居た。
イッシュさんに促されて近付くと、真っ白なドレスがふわりと動く。
「この度は、私を助けて頂き本当に感謝しております。心ばかりですが、存分にお楽しみください、カイト・サカイ様」
微笑んで首を傾げたおかげか、彼女の金糸の髪がゆっくりとたなびいた。
小さな顔に浮かぶ碧色の瞳。
腰に届くほど綺麗に伸びている髪。
すらりとした身体は純白のドレスに覆われていて。
頭の上には、銀色に輝く冠があった。
否定するところなんて何ひとつない。
彼女は、エリザベス様は――紛うことなきお姫様だ。
「わざわざ、そんな……っ、光栄です、エリザベス様!」
疑っていたわけじゃないけれど、むしろ初めから信じてはいたけれど。
実際にこの光景を目にしてしまえば、目の前に立つことすらもおこがましいのではないだろうか。
勢いよく頭を下げた僕は当然の行動をしたのだと思ったのに、何故だかエリザベス様に止められてしまった。
「お止めくださいカイト様! 恩人に頭を下げさせるなど……それに、私のことはどうかエリザベスとお呼びください」
「で、出来ません! そんな、お姫様を……僕の方が様を付けられるのも、おかしい、のでは」
「エリザベスが駄目なら、その……リジーと呼んでくださっても……」
あまりの言葉に、声が大きくなってしまった。
それに反比例するように、何故かお姫様の声が小さくなっていった……?
「……いえ、リジーとお呼びくださいカイト様。是非、必ず、そうお呼びください」
「リ、リジー、さん……」
「ふふ、嬉しいですわ」
名前を呼ぶと満足したのか、ずいっと近付けられていた顔がゆっくりと離れていく。
「私はお父様に呼ばれているのですぐにでも席を立たねばなりません。ですがご安心を。私が戻ってくるまでに余興を用意しております。どうぞ心ゆくまで楽しんでください」
そう言ってエリザベス様――リジーさんは、足取りも軽やかに大広間を後にする。
残った僕らの前に居るのは、こちらを見続けるお城の人たち。
余興とはなんだろう。
イッシュさんに問おうと見渡していると、僕らが入ってきた扉が再び開いた。
そこから現れた人たちを目の前に、僕らはまた開いた口が閉じないまま。
姿を見せたのは10人ほどの女性たち。
ずらりと並んだ彼女らの衣装は皆、腕や脚が透けた衣装だった。
その中で唯一褐色の肌を持つ女性が、ご馳走を挟んで僕らの前まで歩みを進める。
すう。
息を吸うような音が聞こえた。
そう思った時にはもう、褐色の女性は声を出している。
「アタシの名前はマリア。マリア・エドゥアルダ。今日はそろっと楽しんでおくれやす」
背筋を撫でられるような声で、そう言った。




