No.018 開いた口が塞がらない
緩やかな山道を滑り落ちてきた女の子。
僕は急いで、彼女の元へと駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか……!?」
周囲に魔物の気配は感じない。
何があったのかなんて解らないけれど、抱き寄せて声をかけてみた。
「うう……びっくりしましたわ」
「あ、良かった……大丈夫そうで」
「ええ、お手数をお掛け致しました。どうやら落ち葉に足を取られてしまったようです」
「えっ……あ、その……無事でなにより、です?」
凄い。僕の動揺なんてこれっぽっちも気にしてないどころか、今の出来事を平然と受け入れている。
どう見たってあの時倒れていた女の子だとは思うけれど……そう言えば、見た目だけしか知らないんだった。
「あら、その真っ白な装いは……」
「えっと、このマントのことですか?」
「ええ。もしや貴方様はあの時の」
「あの時……?」
「いえ、失礼致しました。遅くなってしまいましたが、先ほどは私を受け止めてくださってありがとうございます」
「ええっ、あ、いや、その……こちらこそ?」
「私の名はエリザベス・コリンと申します。貴方様のお名前もお聞かせ願いますか?」
「は、はいっ! 僕は、えっと……カイト・サカイという者で――」
僕が名前を口にした途端、エリザベスと名乗る女の子は驚くように目を見開いた。
毅然とした態度で言葉を発し続けた口も、開いたまま動きを止める。
なにかまずいことでも口にしただろうか……となると、僕の名前が?
「あ、あの……」
「い、いえ、そんな、偶然ですわ、きっと、そう、そうですの」
「エリザベスさん……?」
「こんな偶然あるはずがありませんわ、ええ、そうですとも、それが運命でない限り――」
……駄目だ、急に僕の声が届かなくなってしまったらしい。
というよりも、思考の海に浸ってしまったのだろう。
「……どうしよう」
幸運にも気がかりだった女の子の無事が解ったのは良いけれど、かと言ってこのまま黙って立ち去れるはずがない。
女の子を1人で山に残すなんて、心配事を増やしてしまうだけだろう。
混乱した人を前にすると、却って自分が落ち着くって話は本当なんだなあ……。
なんて、沈んでゆく夕陽を見ながらそう思った。
「ごしゅじん、ヒーサマ、ありがとう」
「あー……うん、お礼を言いたいのか。なんだか大変そうだし、もう少し待ってあげようよ」
僕らは2人で話しながら、エリザベスさんが落ち着くのを待っていた。
沈んでいく夕陽。見えなくなった太陽。
辺りはもう、真っ暗だ。
「ごしゅじん……おなか、すく」
「もう少し……多分、もう少しだから……」
エリザベスさんが僕らに意識を向けるまで――あと半刻。
温かな宿。温かな料理。温かな布団。
ああ、寝床がある幸せ。
そんな幸せな空間なはずなのに、今の僕は居心地が悪くて仕方がない。
「本当に、ほんっとーーうに! 申し訳ありません!」
「あの、大丈夫ですから……気にしないでください」
「ですがっ……助けて頂いた冒険者様を放置して私ったら何を長々と……!」
僕が泊まっている旅館の部屋には僕と京の2人だけ……そのはずだけれど。
今僕らの目の前には4人も人がいる。
見知らぬ3人の大人たちは皆似たような恰好をして、横一列に立っていた。
そしてその前の椅子に座っているのが――言わずもがなと言うべきか、崩れ落ちそうなほど下を向いているエリザベスさんだ。
山を下りている最中からずっと、こんな風に悲痛な声を上げている。
音がくぐもっているのは、両手で顔を覆っているせいだろう。
「姫様、そろそろ城へお戻りになりませんと……」
「私はまだ目的の一部分しか達成できていません。それに、貴方たちとの約束を違えてしまって合わせる顔も無いのです」
「我らは姫様がご無事なだけで十分です。日が沈んでも門の前に現れないときは肝を冷やしましたが……それに、そのままであればいつまでたっても冒険者様との話が進みませんよ」
「ですが……そうなのですが……」
「国王陛下も勿論ですが、なによりアレキサンダー王子が心配されていますよ」
「お兄様には何も言ってはおりませんが……しかし……」
ずっとこんな風に言葉を繰り返しているエリザベスさん――いや、エリザベス様は、ここミノウ街を含むカレア王都のお姫様らしい。
本人から直接聞いたわけじゃないけれど、会話を聞く限りきっとそうなのだろう。
それに、見た目が既にそれを物語っているのかもしれない。
山の中で我に返ったエリザベス様は、その時に京が居ることに気が付いたみたいで。
僕と京をひとしきり見つめた後、怒涛の謝罪が口からあふれ出た。
何故謝られているか解らない僕の口からも似たような言葉があふれ出て、なんともおかしな空間になっていたと思う。
そして足を挫いていたエリザベス様を背負って山を下りた僕らは、門の前であの3人と出くわして今に至る……というわけです。
「ヒーサマ、おーと?」
「王都、な。それにヒーサマじゃなくて、お姫様なんだって」
「オヒメサマ?」
「そう、王様の家族だよ」
「オーサマ! オヒメサマ!」
「みっともない姿をお見せしてしまい申し訳ございません、カイト様」
突然違う声が混ざってきたかと思えば、エリザベス様が静かに立ち上がってそう言った。
慌てて僕も立ち上がる。
「急なお話ではありますが、今すぐ王都へ向かいたいと思います」
最初に見た時のように毅然と言い放った言葉を、僕は一拍置いて理解した。
エリザベス様はこのままお城へと帰るんだ。
少し変なところはあるけれど、姿を見ることが出来ただけでも幸運。
お話し出来たことは超幸運といってもいいんじゃないか?
人がたくさんいる部屋が落ち着かなかったからか、安心感が舞い戻ってきた。
きっともう会うことはないだろう。
それじゃあ、せめて最後は見送らなければ。
外へと向かう4人の後ろをついて歩く。
廊下の端から覗く顔は、恐らくこの旅館の人たちだろう。
みんなも見送りに来たのかな。
「いやー、それにしても助かりました」
エリザベス様の後ろに居た警護兵のイッシュと名乗る人が、安堵と共に呟いた。
小さな声で、僕にだけ聞こえるように。
「姫様、自分の決めたことを曲げるのが大嫌いな人でして」
「ああ……なんだか、そんな気がします」
「でしょう?」
思わず小声で返した僕の声も、他の人には聞こえていないだろう。
そのおかげで、僕がこれからどうするのかを知る人は誰も居ない。
「だから、助かりました」
「……なにが、ですか?」
「なにがってそりゃ、カイト・サカイ様が快く城へ同行してくださっているからですよ」
「…………――」
足を止めた僕の思考を代弁してくれる人もまた居ない。
つまり、自分の思考は自分で言葉にしなきゃいけないらしい。
今の僕はきっと、山の中のエリザベス様と同じ顔をしていることだろう。
――僕が、王都のお城へ……!?




