No.015 Make hay while the sun shine.(日の当たっているうちに干し草を作れ)
「……ここは」
「おお……! お目覚めですか姫様!」
「ばあや……ああ、私はいつ戻ってきたのですか?」
「姫様が消息を絶たれてから3日後の昨夜にございます。ミノウ街の宿屋より連絡があり、どうやら冒険者様が救ってくださったとかで」
「冒険者様が……くっ」
「おお、まだ安静になさってください。なんでもカトブレパスの毒霧を浴びてしまったとかで、お命までもが危険にあったようでございます」
偵察部隊の皆も無事ですよ、と続けて。
乳母の言葉を聞きながら、私はあの時のことを思い出していきました。
思い出したものの、記憶があるのは魔物と対峙したところまで。
いつ、どんな方に、どうやって助けて頂いたのかが全く記憶にありません。
唯一、眠っている間に暖かなものが触れていたような感覚はありますが、それも不確かな情報に他ならず。
「本日はゆっくりとお休みください。なにかあれば、このばあやめにお申し付けくださいな」
「いつも申し訳ありません」
「なにを仰いますやら。姫様のお世話をさせていただくのが、ばあやの楽しみにございます」
「ふふ、それでは……ありがとうございます、ばあや」
ばあやが居なくなれば、この広い部屋に私ひとり。
もう一度身体を動かすも、鈍い痛みが離れません。
「お母様……あの小さき魔物は無事でしょうか」
唯一生存不明な彼の魔物は、真っ白でトカゲのような姿をしていました。
生きていることを願って、ペンダントに手を伸ばして。
そこでようやく、大事なものを失ったのだと思い出しました。
突然居なくなったお母様は、生きているのか亡くなっているのかも解らない。
あの日からずっと、形見のように大切にしてきたペンダントを、私は手元から離してしまいました。
「……小さき魔物が無事なら、それで」
しかしながら、そのおかげで民を助けられたのだと考えるべきなのかもしれません。
ですから私は手を合わせました。
カトブレパスに怯える民が居なくなれるように。小さき魔物が無事であるように。
どうかご加護があらんことを。
しばらく祈って、私は再び眠りにつきました。
「なりません姫様! 任務以外で王都を出ることなど!」
「いいえ、私は決めました。助けてくれた者に返礼をせずにいることなど出来ません」
「ですが……」
2日も経てば、動くには支障がない程に回復しました。
そしてまず、自分が何をしたいかを考えます。
と言っても、それはもう横になっている間に散々考えました。
故に、動ける今は行動するのみです。
内密に城を抜け出そうとしたものの、門番に足止めを食らってしまいました。
それからというもの、もう一刻は言葉を交わし合っています。
何度も何度も、出てはならないと止められているのです。
ですが私も決めたこと。絶対に譲る気などありません。
その意思を汲み取ってくれたのでしょうか、彼らは条件を付けてきました。
お父様へは伝える。護衛も連れて行く。
それならばと仰る彼らも、かなり譲ってくれているのでしょう。
私はその条件を呑み、準備が整うまでを部屋で待ちわびることになりました。
私を助けてくれた冒険者様は、一体どのような方なのでしょう。
名前も告げず、私の装飾品に手を付けた様子もない親切な方。
民を護りたいと願う私の言葉も、冒険者様なら真剣に聞いてくださるかもしれない。
募っていく感謝に、冒険者様のことで思考が埋まっていきました。
幸いにも手掛かりはあります。
見つけ出すことが出来たなら、是非ともこちらに招いて感謝の宴を開くことも良いかもしれませんね。
おとぎ話に憧れているわけではありませんが、こんなことが現実に起こりえたのです。
嬉しく思わない女の子なんていないはずです。
「姫様、ご準備が出来ました」
「解りました、すぐに向かいます」
もう一度ミノウ街へとやってきた私は、警護兵の皆様に暇を出しました。
夕方までには門の前に戻ることを約束し、何とかひとりで居ることは達成しましたが……手がかりはひとつしかありません。
「まずは宿屋ですわね」
ばあやから聞いた宿屋を探して歩きます。
すれ違う皆様が私を見るのはきっと、この衣服が珍しいからでしょう。
「もし、そこの貴方様。この町の宿屋はどちらにございますか?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「あの、宿屋は……」
「あああああちらに一軒ございますですますはい!」
「ありがとうございます」
とても慌てていらっしゃいましたが、もしや何処かへ急いでいたのでしょうか。
だとするのなら、申し訳ないことをしてしまいましたね。
ですが、そのおかげで行先は解かりました。
何故だか中央が開けている道を真っ直ぐに歩きます。
手を振ってくる子供様には手を振り返し、挨拶を掛けてくれる皆様方にもそれに応えて進みます。
太陽はもう真上を通り過ぎ、日の影を落とした道は色が二つに分かたれていました。
王都と違う造りの街中が楽しくて、私は思わず周囲を見渡してしまいます。
そんな中、ひとりの御仁に目が留まりました。
人混みの中を紛れて日陰へと進む、真っ白な姿。
たったそれだけの事ですが、何故だか話しかけなきゃいけないような気になります。
突然話しかけるのは迷惑ではないでしょうか。
なんと声を掛けるのが良いのでしょうか。
私が迷っている間にも、真っ白いお方は先へと進んでいきます。
これ以上迷っている暇はありません。声を掛けましょう。
「あの――」
「お探しの宿屋ならあちらですよ!」
「えっ? ……あ、はい、ありがとうございます」
「恐縮です!」
横から掛けられた声につい反応してしまい、真っ白な姿を見失ってしまいました。
一体何が気になったのでしょう。
あの真っ白な肩に、何か居たような気もします。
記憶を遡ってみましたが、靄ががっているようで思い出せません。
「……仕方ないですわね」
過ぎてしまったことは致し方ありません。
まずは当初の目的地へ向かうとしましょう。
相も変わらず中央が開けた道を、私は静かに歩き進みました。
「申し訳ありません姫様。先ほどお帰りになられたのですが、どうやらまた外出されたようです」
「そうですか……どちらへ向かったかはご存じでしょうか?」
「……いいえ、申し訳ありません」
「お気になさらないでください。不備は約束も取り付けずにやってきた私にあります」
「そんな……!」
「ですので、せめてお名前……あとは容姿などを教えていただければ助かるのですが」
「もちろんにございます!」
数日間焦がれていた宿屋についたものの、目的の冒険者様の姿は見られないようです。
お昼を過ぎたというのにまた出かけたのであれば、クエストへ行ったわけではないでしょう。
この時間からクエストに行く方など、そうそう話を聞きませんし……。
それが解かったものの、向かった先については何も情報もありません。
どうしたものかと考えても、冒険者様のことを聞く以外には思いつきませんでした。
「お名前は“カイト・サカイ”様でございます。真っ白な髪が特徴的な方ですね」
「他に目立った特徴はありましたか?」
「そうですねえ……」
女将様は唸り続けて、私のために必死に考えて下さっています。
ですが心当たりがないようで、これ以上お手間をかけるわけにも参りません。
お礼を言って宿屋をあとにしようとした、その時です。
「ああ、そうですそうです! 思い出しました! カイト様は生き物を連れておりました!」
「生き物……ですか?」
「ええ、ええ! あれは確か白くて……いつも肩に乗せていらっしゃいました」
「白くて、肩に乗る……」
以前アタキ山で目にした小さき魔物が脳裏に浮かびました。
それは、もしや、もしかして。
「真っ白なトカゲ……ではありませんでしたか?」
「そう……そう! トカゲでございます! よくお解りになりましたね、姫様」
なんということでしょう。
私が遭遇したあの小さき魔物は生きていたようです。
その事実の嬉しさもさることながら、小さき魔物はなんと、私を助けてくださった冒険者様のお供ではありませんか!
もしかすると、これは本当に運命なのかもしれません!
「ありがとうございます、女将様っ!」
私は居ても立ってもいられなくて、気が付けば宿屋を飛び出していました。
人だかりが出来ている道を走り抜けて。
私の脚は、今日一番に軽やかでした。
小さき魔物と、まだ見ぬ冒険者様のお姿を見つけ出すため。
その為に、私は前を見据えるのです。




