No.012 一日三秋
向かった先はアタキ山。
街の人たちには裏山と呼ばれているこの場所は、秋夜だというのに肌寒さを感じさせない。
それが逆に寒気を走らせて、僕はマントの前を握り留めた。
「京! 居るのなら返事をしてくれ!」
声を張ってみるけれど、僕の声だけが闇の中に吸い込まれていく。
返事は返ってこない。
立ち止まって振り返ることさえ億劫で、不思議と開かれた山道を登り続けた。
道なりに進んでいると岩壁にぶつかった。どうやら行き止まりらしい。
行く先も解らず岩壁に沿って歩いていると、少し先に明かりが見えた。
もしかすると魔物が居るかもしれない。
右手に装備した剣だけを握りしめ、音を立てないよう慎重に近付いた。
「あれは……横穴?」
覗き込めば、そこは奥深くまで道が続いているようで。
横穴というよりも洞窟と言った方が近いだろうそこは、この間まで居た石造りの洞窟とは雰囲気が違っていた。
壁には灯籠が掛けられ、進む道を示している。
周りを見渡しても、ここ以外に進める道はなさそうだ。
踏み出すと土が煙を上げて。
ゆらりと揺らめく炎の道を、僕はひとりで進む。
しばらく歩くと、だんだんと灯籠の数が減ってきた。
設置はしてあるのに、炎が灯らず真っ暗だ。
「……ん? なんだろうあれ。真っ黒な塊?」
地面の一角に黒い山が出来ていた。
小さなそれは近付くと蠢いていて、僕は思わず後ろに後ずさる。
キーキーと鳴く生き物をよく見れば、大量の蝙蝠だと解って胸を撫で下ろした。
幸い、蝙蝠なら見慣れている。魔物じゃなくて良かった。
落ち着けば周りもちゃんと見えてくるらしい。蝙蝠が何かに群がっていることに気付いて。
「なんだろう……白い――」
「キューーッ!」
「!?」
中央に白いなにかが居る。白い生き物がいる。
そして発したその鳴き声が、僕の脳内で警鐘を鳴らす。
京……京だ! 間違いない!
滑りかけた足を前へと進めて、蝙蝠の群れから彼を連れ出し腕の中に抱え込んだ。
蹲っている今の僕は凄くかっこ悪いだろう。
だけどこれで、京は蝙蝠に噛まれる心配はなくなった。
僕はちゃんと、助けることが出来たんだ。
凄く驚いて。だけど凄く嬉しくて。
折角の再会を喜びたいところだけれど、まずはここから逃げだす方法を考えなきゃ。
この、襲いかかって来る蝙蝠の群れからどうやって――
「……あれ、痛く、ない?」
――さっきみたいに襲い掛かってくると思っていたのに、背中には何の衝撃もやってこない。
居なくなったのかと思ったけれど、キーキーと聞こえる鳴き声がそれを否定する。
それじゃあ一体、どうして……。
少しだけ顔を上げてみると、顔面めがけて黒い影が飛び込んでくる。
とっさに頭を伏せれば、一層高く鳴き声が聞こえてきた。
今の攻撃が嘘のように、そのあとも僕らへ向かってくる蝙蝠は居ない。
伏せていれば攻撃は喰らわない。
だけどこのままではどうしようもない。
かといって、顔を上げればもう一度襲い掛かってくるだろう。
「蝙蝠の弱点は……確か高周波、だったかな」
突破口を考えてはみたけれど、そんなもの今すぐに考え付けば苦では無い。
だけど、じゃあどうする?
光があった洞窟も、この場所は火の光が途絶えて薄暗い。
遠くに灯された炎が、唯一の目印だ。
「ここだけが暗い……じゃあ、もしかすれば」
壁には灯籠が掛かっている。
消されたのだとすれば、蝙蝠は光……もしくは炎が苦手な可能性だって出てきたぞ。
来た道を真っ直ぐに進んで灯籠を取りに行こう。
攻撃されたら……いや、京はマントの中に居るし、僕は目を閉じていればそれでいい。
そうと決まればすぐに行動しよう。
さっきまで京は襲われていたんだ。一刻も早く怪我の手当てをしてあげないと。
……よし、行くぞ。
5……4……3……2……1……。
「ゼロッ!」
バッと立ち上がった、その時。
ボウッ。
瞼を閉じていても感じる光が、僕の前を横切った。
光だけじゃない。漂う熱気が、それを炎だと教えてくれる。
「キーッ!! ギャギュッ!」
なんだ? 蝙蝠たちが騒がしいぞ。
襲い掛かっても来ないし、羽音だって遠のいて……。
「あれ、居ない……?」
そっと目を開ければ、奥へと逃げていく群れが見えた。
今のは一体……あの炎はどこから来たんだろう。
周囲を見渡しても何も解らなくて。
首を捻れば、腕の中がもぞりと動いた。
「そうだ……っ京!」
やっと見つけた。
やっと会えた。
やっと、助けることが出来た。
その事実が何よりも嬉しくて京を抱きしめる。
君が生きていて良かった。
気持ちが伝わるように、ぎゅっと抱きしめた。
「そうだ! 京、怪我は――」
「キュウッ」
ばっと離れて、京を目にする。
久しぶりの再会を喜ぶ前に治療をしないと。
そう思って目の前に抱え上げると、違和感に気が付いた。
「――けが、は……なにこれ、羽?」
小さな背中に、小さな翼が見えた。
……トカゲに羽なんてあったっけ。
心なしか、尻尾も短い気がする。
元々普通のトカゲよりは大きかったけれど、それにしてもおかしい。
これは、もしかして……京じゃない?
そんな不安が浮かび上がるも、直ぐにそれを打ち消した。
そんなはずがない。友達を、僕が間違えるはずがない。
呆然と見つめていると、目の前のトカゲが笑った。
「ごしゅじん! キョウ! ごしゅじん!」
「京!!」
やっぱり京だ。間違ってなんかいなかった。
だけど、じゃあ……京に一体何があったんだろう?




