No.011 有卦に入る
1体目は首を断ち、2体目は腹部を切り裂いて、3体目は瞳を突いた。
魔物は一様に硬かったけれど、動かないのなら何度だって攻撃できる。
今度こそ、僕は魔物を倒し切ったのだ。
「やった……やった、やったよ、京!」
嬉しくて声をあげるけれど、伝えたい相手は今ここに居ない。
だから僕は、伝えるために探し出すんだ。
「絶対に見つけるから、もう少しだけ待ってて」
何処に居るかも解らない大事な友達へ伝わるように、心からの言葉を口にした。
あの場所に居れば、またいつ魔物が襲ってくるか解らない。
まずはミノウ街へ戻ろう。
今度こそ発注所へ向かうことにした僕は、助けてくれた祠に手を合わせて森を抜けだした。
そしてそのまま目的地へ向かう――わけではなく、町を囲う塀の傍で座り込んで。
人通りの少ないこの場所で、ポケットの中から4つのコアを取り出した。
黄色の木の実が1つと、緑の木の実が3つ。
胸ポケットに入れていた端末が壊れていないことに一安心して、ゆっくりとそれをかざした。
「まずはこっちの緑からにしよう」
ダンジョン内は基本、受けたクエスト対象以外の魔物を狩ることは禁止されている。
けれど、襲い掛かられたときは別だ。
仕方なく討伐した魔物は、最後にクエストを受ける仕組みになっている。
手を出すこと自体を禁じられている魔物もいるけれど、それも早い内に把握しておかなきゃ。
端末がピコンと鳴り響いた。
魔物の情報が登録された合図につられ、薄い画面へと目を向ける。
「『魔物名・トロール』?」
端末が示した3つのコアは、僕が受けたクエストと同じ名前だ。
星も3つ。確かに場所も違いない。
てっきり最初に会った魔物がトロールだとばかり思っていたけれど。
「ええっと……『トロールは日光に弱く、稀に石化する』」
書いてある内容に、あの時動きが止まった理由がはっきりとした。
確かに石みたいに硬かったけれど……稀に、って書いてあるよなあ。
稀、って、珍しい、はずだよね……?
稀、まれ……あれえ?
駄目だ、ここで考え込んでしまってはまた立ち止まってしまう。
無理やり頭の隅に追いやって、残った1つをかざした。
再び鳴り響く、軽快な音。
さっきとは違う名前や情報が画面に映し出された。
「『魔物名・ローパー』? 星の数……はっ、ええっ!?」
表示されたのはやはり、見たことも聞いたこともない魔物。
そこだけならまだ首を捻る程度で済んだものの、記された星の数が思考までをも捻らせた。
星の数は、驚きの6つ。
1つでも2つでも3つでもない。それどころか倍もある。
僕が倒せるとは到底思えない魔物のはずだ。
「…………運が良かった……のか、なあ?」
果たして「運が良かった」の一言で済ませて良いことなのだろうか。
いつだって死と直面するくらいに不運だった僕が、こんな幸運に恵まれるなんて考えられないけれど。
だけど、もう、それ以外に言い様が無いじゃないか。
手放しに喜べるほど楽観的になることは出来ないけれど、いつまでもこのコアを持ち続けることも出来なくなってしまった。
早々に換金所へ持っていかないと、誰かに狙われてしまうかもしれない。
トロールのコアを先に換金するつもりだったけれど、僕は直ぐに発注所へ向かう羽目になってしまった。
夕方の発注所は、思ったよりも人が少なかった。
この時間はここよりも、換金所に人が集まるのかもしれないなあ。
注目を集めずに済むことが何よりで、深く出たため息を出し切ってクエストを探した。
「何かお探しですか?」
「はっ、はひっ」
永久クエストの中を探してみるけれど、その中にローパーの文字は見当たらない。
それでも探していると、お姉さんから声がかかってしまった。
「申してくだされば、直ぐにお探しできますよ」
「あの、えっと……じゃあ、ローパーの、討伐、を……」
僕がその名前を口にすると、お姉さんは少しだけきょとんとした。
だけど直ぐに笑顔で答えてくれる。
「ローパー討伐クエストは上級クエストとなりますので、その一切をカウンターで承っております。ランクは6となっておりますが、受注されますか?」
「おお、ねがい、します」
一瞬だけ時間が止まったみたいだったけれど、「畏まりました」と言ってくれたお姉さんに端末を手渡した。
そうだよね……僕なんかがそんなクエストを受けるなんて、普通はあり得ないよね……。
「お待たせ致しました、カイト・サカイ様」
「あ、ありがとう、ございます」
「絶対にご無理はなさらないでくださいね」
つまり、直ぐに引き返した方がいい……ってことかな?
わざわざ忠告してくれるお姉さんの言葉に心が温かくなったけれど、同時にそのままここを出ることが申し訳なくなってしまった。
……い、いや、すぐに換金しにいかないと。
立ち止まりそうになった両足を、何とか前へ動かした。
換金所へ向かえば、やっぱり中は人で溢れていた。
活気に満ちたこの場所で、仲間がいる者は報酬を山分けしているのだろう。
僕はひとりでそっと、奥のカウンターへと移動した。
「トロール3体。ローパーレア種1体。合計で35,000ソルです。お疲れ様でした」
「さっ……!?」
静かに移動したというのに、あまりの驚きで大きな声を出してしまった。
一瞬だけ静寂に包まれたものの、直ぐに賑やかさが戻ってくる。
ここで僕がとるべき行動はただひとつ。
「ありがとうございましたっ」
それは早急にこの場所から立ち去ること、だ。
目の前に置かれた紙幣を握りしめ、唯一持っている袋の中に放り込んで。
腰に差した剣と背負った盾が音を立てないように、競歩さながら足を動かした。
よし、まずは整理してみよう。
朝から挑んだクエストでは、スライムを相手にした。
不運なんて起こる素振りすら見せず、攻撃すればちゃんと敵にヒットする。
その上、討伐した幾つかはレア種といった幸運。
金額にして、10,600ソルを手に入れてしまった。
昼から挑んだクエストでは、トロールの他にローパーなんて上級を相手にした。
こちらもまた幸運が幸運を呼び、レア種だったようで。
金額にして、35,000ソルを手に入れてしまった。
合計、45,600ソル。
よんまんごせんろっぴゃくそる。
「本当に、何が起こってるんだ……?」
頬を抓ってみても目が覚める様子はない。
手を放しても残る痛みが、夢じゃないと言ってくる。
だけどやっぱり、現実にしては異様に現実離れしているような……。
「ちょいと、兄さんや。そこの真っ白い頭の兄さん」
「……えっ、ぼ、僕、ですか?」
「兄さん以外に誰がおるんや。ちょいとこっちに来ィ」
突然声をかけてきたのは、真っ黒なスーツを着たお爺さんだった。
手招きされた先へ向かうと、そこには露店が出されていて。
「見たところ、兄さん冒険者やろ。せやのになんも持っとらん。どうもみてられん性分でなあ。安くしたるさかい、買ってき」
「いやっ、でも、僕は」
「ええから! ほら、遠慮せんと」
断ろうにも、突然のことに言葉が出てこない。
それどころか、どんどんお爺さんが品を選んでいく。
「お、これもええし……これも似合いそうやで!」
「そんなに、要らない、です」
「そんなに? ほなこれとこれにしよか!」
「えっ! いや、そういう、わけでは」
ポンポンっとテンポよく話が進み、僕の話を聞いてもらえないまま買うことが決定してしまったみたいだ……。
「負けに負けて30,000ソルでええで」
「さんっ!?」
「おう、3や3」
「そ、そんなに、払えな」
「ほなっ、丁度頂きますわー。おおきに、兄さん!」
「ちょ、ま……っ!」
手元の袋からきっちり30,000ソルが抜き取られ、僕の視界がふわりと覆われた。
突然のことに驚いたけれど、夕暮れの光が入り込んできて。
そしてそれが、真っ白な布だと知る。
「そら特注品やで。兄さんを守ってくれるマントや」
布は布でも、その実態はマントのようだ。
髪が白く悪魔の子だと言われた僕は、白があんまり好きじゃない。
脱ぎ去ろうにも、どこかが絡まって抜け出せなかった。
「ぐえっ」
「それもしっかり巻いとき。紙幣が無防備やで。腹が減ってんなら、この道の先にある店がおすすめや」
「まっ、なに、これっ」
「ほななー」
もがいてようやくマントから抜け出した時には、目の前に居たお爺さんは消えていた。
手の内に残るのは、15,600ソルとフードが付いている真っ白なマント。
そして、もうひとつ。
「……ボディバッグ?」
首に掛けられていたのは、横長の鞄だった。色は白じゃなく、真っ黒で。
「…………元気なお爺さんだったなあ」
白い髪と白い髭と生やした、間違いなく歳を重ねたご老人。
話すたびに圧を感じたこと以上に、たった今起きた出来事が不運だと行きついて安心すら感じてしまう。
安心するのもおかしな話だけど、消えたお爺さんと露店の存在が、更にそれを上回った。
再びひとりになった後、急激にお腹が空いてくるのを感じた。
そう言えば、今日は朝に食べた切り。
悩んだ末に、お爺さんが言っていたお店へ行くことにした。
「ご馳走様でした」
お店で一番安いものを注文したのに、完食した頃にはお腹が一杯になって。
なんというか、凄い。それしか言えないくらい美味しかった。
お爺さんから買ったマントは確かに着心地が良く、フードを被れば周りから隠れることが出来た気分にもなる。
高かったけれど、たくさんの紙幣を持つよりは良いのかもしれない。
そう考えることにして、宿へ戻ろうと立ち上がった。
「おい、聞いたかあの話」
「ああ、裏山にカトブレパスが出たって話だろ」
「それなんだけどよ。偵察に言った連中のひとりが、なにかを助けに戻ったらしいんだ」
「なにかってなんだよ。女か?」
「その辺は良く解んねえんだけどよお。確か真っ白な蛇だったかトカゲだったか……」
ガタンッ。
後ろに座っていた彼らの話が耳に入った。
今、彼は何と言った? 真っ白なトカゲと言ったか?
いや、間違いなくそう言った。
机にぶつけてしまった腕なんてどうでもいい。
間違いない……やっぱり、京もここに来てるんだ!
「すいません、その場所、詳しく教えてくれませんか!」
宿に戻っている時間なんてない。
何故ならもう、向かう場所は決まったのだ。
待ってて、京。
もうすぐ、やっと――僕は君の元へと行ける。




