No.000 事実は小説より奇なり
初投稿になります。全部で40話前後を予定していますので、どうぞ気楽にお付き合いください。
前略、未来の境 界人へ。
僕の人生は今、大きく変わりつつあるようです――
「おめでとうございます! 貴方は当店100万人目のお客様です!」
おかしい。
「ねえ、見てみて、あの人かっこよくない? 白い髪も青緑の瞳も、まるで神様の使いみたいだわ!」
おかしい、おかしいぞ。
「拾ってくれてサンキュー! お礼に飯でも奢らせてくれよ」
おかしい、僕がこんな幸運に遭遇するなんて……一体何がどうなっているのだろう。
不運に憑りつかれて、周囲にまで影響を及ぼしてしまうのが常だったというのに……。
僕がこんな幸運にあうなんて、もしや天変地異の前触れじゃないだろうか?
一歩進めば落とし穴に落ち。
一歩進めば上から鉢植えが落ちてきて。
一歩進めば横から大群の虫に襲われる。
それが日常である僕の名前はサカイ カイト。世界の境に居る人と書いて、境 界人だ。
自分のことながら、この説明は不運に憑りつかれた僕にぴったりだと思っている。
しかし今、この現状はどうだろう。
一歩進めば入店を祝われ。
一歩進めば歓声が飛び交い。
一歩進めば落し物を拾って多大に感謝される。
……やっぱり、おかしい。
嘘みたいな話だけど、これがたった10分程度の出来事だ。
一体どうして、僕は不運に遭遇しないのだろう。
全く幸運を喜べない。不運でないことが、僕は不安で仕方ない。
僕は何か、過ちでも犯してしまったのかな……。
「ここがキルカ旅館……で、あってる、よな?」
質屋があると聞いて、僅かな手持ち品をお金に変えるべく立ち寄った百貨店。
そこで出会ったのは質屋の主人ではなく、入店100万人目を待ち構える従業員さんたちだった。
嬉々とした人々に迎え入れられ、様々な特典をもらったそのうちのひとつ。
それがここ、キルカ旅館の宿泊券、なんだけど……立派な門構えに思わず立ち尽くしてしまう。
一文無しの現在、宿泊券だけでも生きる道が開けて泣きそうなのに、なんとそれは今日から3日間の宿泊らしいのだ。
あまりの幸運に最早歓喜すらわかない。
今僕を占める感情は“恐怖”の2文字だけで。
「……い、行こう」
だけどその券を無効にするなんて、そんなの勿体無くて僕にはできない。
覚悟を決めて暖簾をくぐれば、きっちりとした着物に身を包んだ女将さんが出迎えてくれた。
そして言葉を発する間もなく部屋へと案内されたけれど、その室内の綺麗さに僕は落ちつくことが出来ない。
元々2人部屋なんだろう、この部屋は机を挟んで座椅子がふたつ向かい合っている。
それに和室スペースだけで10畳はあるだろうこの広さ。
窓側に目をやればフローリングが敷いてあり、そこから見える景色は自然豊かな緑たちがそよそよと揺れている。
「……吐きそう」
こんなに贅沢な場所で夜を過ごすなんて、夢にまで見たはずなのに。
それなのに、それを目前にした今は胃がひっくり返りそうになっている。
あまりにも分不相応なこの部屋で羽を伸ばすことなんてできなくて、僕は日が暮れていく景色を体育座りで眺め続けた。
そして夜。夕ご飯の時間だ。
座敷へと向かえばすぐさま案内され、僕の目の前には信じられないくらい豪華な食事が用意されていた。
思わず飲み込んでしまった唾液の音が周囲一帯に響いた気がする。
しかし、あまりに豪華すぎだ。
急いで宿泊内容を読み返してみたけれど、やはり最高ランクなはずがない。
元々のプランでさえ豪華すぎて身を引いていたというのに……もしも食べて料金を求められてしまっては、僕に支払う術は無いのだ。
「あ、あの、すいません……これ、多分予約と違うのではないかと思うのですが……」
ドリンクを持ってきてくれた仲居さんに思い切って尋ねてみた。
確認をすると言って去って行った彼女の後ろ姿に、僕はそっと息をつく。
手間をかけて申し訳ないけれど、これで間違いに気付いて変わるだろう。
そう、これは幸運ではなく不運なのだ。僕に幸運が訪れるなんて、死の予兆に他ならない。
やっと不運が起きたことにより、わずかながらも安心を得ることが出来た。
そうなると、人間はやはりお腹が空くもので。
久しく乾パンと薬草しか口にしなかった僕は食事に目を向け、仲居さんが戻ってくるのを今か今かと待ち望んだ。
「ごめんなさいな。あたしからのサービスそやし、気にせずお食べやす」
結果、僕の元へ来たのは仲居さんではなく、昼に出迎えてくれた女将さんだった。
そしてこの一言。
不運が戻ってきたんだと喜んだのも束の間、女将さんの笑顔に僕の胃は痛みを走らせた。
この幸運は、まだまだ終わる気配がない。
天ぷらの敷紙に書かれた“当たり”の文字を発見して、更に1週間分の宿泊券を貰ってしまったり。
勢いよくぶつかってきた子供の母親から、お詫びにと高そうな装丁の本を渡されてしまったり。
露天風呂へと向かってみれば、どういうわけか女の人が入ってきたり。
そして何故か、誰かとすれ違うたびに「かっこいい」という言葉をかけられる。
……どう考えてもおかしい。
僕は小走りで部屋へと向かい、電気をつけることも忘れて隅っこで頭を抱えた。
今までが圧倒的不運だった為に、もしかしたら神様が幸運を与えて下さっているのかもしれない。
だけど、それにしても、今の僕はあまりにも幸運すぎる。
本当に僕はもう、死ぬんじゃないだろうか?
そしてもうひとつの事象。
幸運が絶えないことと同じくらい驚いているそれは、周りが囁く「かっこいい」の一言だ。
かっこいいだなんて、生まれてこの方一度も言われたことがない。
生まれ育った村のみんなは僕の存在を見ていなかったし、街でもかっこいいともてはやされるのは、いわゆる草食動物顔で屈強な大男だ。
僕みたいに細い男は、むしろ妖怪だなんだと揶揄される。
ただでさえ僕は“鬼の子“なんて呼ばれていたというのに……。
「ねえ、京はどう思う?」
ふっと横を見るけれど、声に応える姿は無い。
僕の肩に乗るほど小さくて、真っ白な姿をした僕の友達。
いつも一緒に居るその彼を最後に見たのは、今朝のことだった。
今日の朝。もう半日以上前のこと。
あの時まではまだ、僕は不運だった。明日の命も保証できないほどに。
「……はあ」
唯一の友達が居ないことを再確認させられて、僕の目には涙が溜まる。
それを零さないように、僕は目を閉じて記憶の世界へと耽った。




