表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猪可以飛  作者: ヨシトミ
3/40

第3話 素うどん「ぷはあ」の女

第3話 素うどん「ぷはあ」の女


「お前今、金は要らん言うたやろが」

「うん、金は要らん。だから身体で支払ってみないか」


女は俺の目をじっと覗き込んだ。

あ、こいつ俺のファンか…俺と寝たくてわざわざ事件にしたのか。


「嫌じゃ、誰がお前となんか寝るかい」

「あ、それ違う。私の代わりに働いてみないかって事」

「働く?」


俺も腰をおろした。

女が俺の突き出た腹肉をぎゅうと引っ張る。


「やめんか、俺がデブ言いたいんか?」

「デブの何が悪い、デブってのはアドバンテージでしかないんだぞ。

女と同様にデブは警戒されにくい、有利に標的に接近出来る…うん、いい身体だあ」


女は俺の身体のあちこちをつまんだ。


「そやから何やねんな」

「私もあの事件のケガで引退を考えていたが、なかなか代わりが見つからずにいた。

お前に私の代わりを引き受けてもらいたい、給料はいいと思う。

仕事に必要な訓練は事務所でしてくれる、どうだろう?」


給料はいい、その言葉に俺はぴくりとした。


「何の仕事やねん」

「台湾伊家東京支部、殺害班」

「殺が…!」


俺は飛び上がった。

女はしいと俺の唇に自分の指を当てた。


「もう何も失うものはないはずだ、この仕事はそういう奴…つまりお前にしか出来ない。

魅力的な求人だ、それで賠償って事でどうかな」

「俺断るわ、俺は前科もんやけど殺人はさすがにあかんやろ、殺人は」

「んじゃ、説得するまで」


女はそのまま横になり、あくびをした。

俺は女の腕をぎゅうぎゅう引っ張った。


「あかん! 帰りい!」

「嫌ですう、説得するまで帰りません〜」

「帰りい!」


殺し屋の女は尻をぼりぼり掻いて、無視した。

そのうちにすうと寝息が聞こえだした。


「何っ! 寝る? 他人ん家で?」


いくら叩いてもつねっても女は起きなかった。

疲れていたのだろうか、女の寝息は乱れない。

俺は困惑して、彼女の寝顔を見ていた。

…しかし何とも美しい女だな。

あの時遠くからでもわかるほどだったが、今こうして近くで見ると本当に美しい。

くっきりとした華やかな顔立ちをしている。


化粧はしていないんだな、驚いた。

色白のきめの細かい肌も、カールした長いまつ毛も自前なのか。

狭い部屋を占領する伸ばした手足も長く優雅だ。

あの時の被害者がこれほどの女だったとは…まいったね。


散らかった狭い部屋に女の体温と匂いが充満する。

もう3年以上女に触れていない、むかつく女相手でもしたくない訳がない。

いっその事襲って犯してしまおうか。

でもそれじゃまた同じ事の繰り返し、彼女に脅迫の餌を与えるだけか…。


「むーん」


女が長い腕を伸ばして目覚めると、もう日付が変わっていた。


「起きたか、ならさっさと帰りい」

「断る。そんな事より腹が減ったよ、メシ」

「は?」

「メシい」


女は寝たまま足で俺の出っ張った腹を押した。

女の腹からぎゅうぎゅう音がする。


「ちょう待ちい、そこは頼んでへんのにお前が勝手にメシ作って出してくるとこやろが」

「なんで私がお前にメシを作らんといかん?」

「え…だってお前女やろ、女は手料理アピールとかして来るもんやないんか」


今まで付き合って来た女がそうだったから。

他人の好みもおかまいなしに、下手くそな料理を勝手に出しやがる。

勝手に作って出しておきながら、要らんと言うと怒りやがる。

俺は肉じゃがなんか嫌いなんだよ、あんなの飯と合う訳ないだろが。


「ありえん、お前が作れ」


女の足が俺の腹をどかどか蹴る。

むかつくのでそのまま放置していたが、女は腹をぎゅうぎゅう言わせたまま何もしない。

ただ俺のふとんの上でごろごろ寝転がっているだけだった。

夜明け頃に仕方なく冷蔵庫のうどん玉で、具も何もない素うどんを作ってやると、

女は顔を真っ赤にし、はふはふ言いながらうどんをすすった。


「旨あ〜」


女はハムスターのように両頬をうどんで膨らませ、満面の笑みを浮かべた。

ずいぶん旨そうに食べるんだな…具も何もない、汁だけの素うどんなのに。


「お前、名前は?」

「むぐ…伊心麗、普段はシンレイか日本名の美映子」

「台湾人なんか?」

「今はな…もきゅ」


今はって、何だよそれ。

シンレイと名乗る女は口をもごもごさせながら、汁を最後まで飲み干した。


「ぷはあ」


シンレイは目をきらきらさせて息をつくと、どんぶりをテーブルに置いた。

覗いてみると、一本のうどんも一滴の汁もなかった。

相当に腹が減っていたのだろうか。


「お…お粗末さん」


俺は思わずかしこまってしまった。

素うどんなのに、ここまで旨そうに食べてくれるとは。


「よし。言(イェン)さん、おかわりだ」


シンレイはどんぶりを俺の目の前に突きつけた。

何! おかわり! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ