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猪可以飛  作者: ヨシトミ
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第25話 縮図の庭

第25話 縮図の庭


上杉のおやじさんはシンレイと上杉のいた組織を、ヤクザやマフィアの運営ではないと言う。

つまり人身売買は裏社会だけの商売じゃないって事だ。


「神政会は裏に徹してきた井上会とは違う。

国内の極道でその組織に対抗出来るのは神政会ぐらいだろう。

でも井上会は吉富さんを通して、台湾黒社会とつながっている。

私らは台湾伊家に助けを求めるしかないと思っている…それで良いかな?」


台湾伊家は自前で銀行を持つほどの家だ。

銀行を所有すると言う事は、黒社会が国家の中枢に深く食い込んでいるという事。

問題の組織と対抗するには国家の力が必要という事。

それはその組織もまた国家だから…そう言いたいのか、おやじさん。


「はい…おおきにおやじさん」


上杉のおやじさんはにこりと微笑み、隣の部屋に控えている組員を呼んだ。

そして、麦茶のおかわりとお菓子を頼んだ。


「高岡くんはこの後、何か予定はあるかな?」

「夜の10時から仕事があるけど…」

「うちで夕飯を食べて行きませんか、悠一も帰って来たばかりで支度も大儀だし、

何か出前でも取ろうと思っているから、みんな一緒に」

「わ、ええのん? そやね…シンレイも今夜は遅うなりそうやし」


それから夕飯の時間まで、おやじさんとはいろんな話をして過ごした。

武田のじいさんとの始まりや、刑務所での暮らし、井上会にいた頃の事、

それから上杉の家の始まり…。

おやじさんは俺の過去には一切触れる事なかった。

彼の前で俺は「上杉悠一の友達」、ただそれだけだった。


玄関にはまったく射さない陽も、小さな池がある和風の庭にはたっぷりと射し込み、

夕陽の赤が混じって、庭石や庭木の葉、池の水面など、

あちこちが燦々と輝いているくらいだった。


「良う見るときれいな庭なんやね…こないだはばたばたしとったから、わからんかったけど」

「小さい庭だけどね。今の時間が一番きれいだと思うよ、出てみようか」


俺はおやじさんから雪駄を借りて、縁側から庭に出てみた。


「この家を買った時、この庭はまだ何にもなかったんだよ。

中古の家だったんだけど、前の持ち主は庭に興味がなかったらしい」

「へえ…」

「それじゃ淋し過ぎるからと、武田が隅っこに白梅を植えてくれたのをきっかけに、

そこから組員らが池を掘ってくれ、皆で庭石を探して置いて、

植木も知り合いの業者から譲ってもらったのを、皆で力を合わせて植えて、

私や若いのらで掃除をし、悠一が花を植えた…」


おやじさんは小さな池のほとりにしゃがみこみ、近くに置いてある蓋付きの缶から、

緑色の粒をつかみ取ると、池の中へとばらり投げ込んだ。

水面に浮く粒に錦鯉たちが集まって華となる。


「この庭は上杉の家の縮図だと私は思うんだよ」

「ほんまやねえ、皆で作るとこはおんなじや」

「上杉の家は訳ありのやつらの集まりだから、どうしてもばらつきが出てしまう。

それぞれの力が微々たる物でも、皆が積んで重ねていけば大きな力になる。

お互いに心を持ち寄って思い合えば、奇跡も起こせる。

そうやって今日までずっと続いてきたのさ」


スーツやジャケットを着ている時のおやじさんは大きく見えるが、

今、部屋着の浴衣姿で俺の隣にしゃがむ彼は、案外細く小さく見える。


「私の後は武田が、武田の後は悠一が、この庭を守ると思う。

この庭が武田の庭に、悠一の庭になっても、変わらず遊びに来てくれたら嬉しいね。

庭は訪れて眺める人がいてこそだから」

「おやじさん…!」


…おやじさんはきっと俺に上杉を頼みたかったのだ。

武田のじいさんのように、上杉を補佐する者にしたかったのだ。

でも台湾伊家は上杉の家にとっては上部組織、引くしかないのだ。


「もう心は決めたのかね?」

「いえ…正直迷うてます」

「台湾伊家角頭から直々のお誘いだ、何を迷う事があるんだね」

「ヤクザになる事も、犯罪に手え染める事も迷うてへん、シンレイとの結婚も迷うてへん。

でも人が人を思う心に俺は迷うてます」


母親が娘を思う心、夫が妻を思う心、娘が家族を思う心、恋と友情…。

出所してからの俺は、人が人を思うたくさんの心に触れた。


「おやじさんも知っとるとは思うけど、俺は声優をしとった男や。

一応は名前も売れた、自分には絶対の自信があった」


あの日、俺の目の前にシンレイが現れるまでは。


「俺はいつだって、自分の利益だけを最優先にしてきた心の冷たい男や。

台湾伊家はそんな俺でん評価してくれて、誘うてくれはった。

たぶんシンレイの婿として、地位も金も用意して迎えてくれはるやろと思う。

でも俺には友達が出来てしもうた、たったひとりの友達や…」


シンレイは俺に恋の神髄を、愛のなんたるかを教えた。

でも上杉は俺の一生にたったひとりの人だ。


「その友達の安全も確立出来てへん、それに失礼やけどおやじさんの方がずっと年上や。

この先おやじさんに何ぞあったら、その友達…上杉はひとりになってしまう。

そんな人を置いて、自分だけ幸せになるやなんて出来しません。

…愛と友情、人が人を思う心に俺は生まれて初めて迷うてます」

「私の目は間違っていなかったと言う事か…」


おやじさんは顔を上げてふふと微笑んだ。


「高岡くん、吉富さんの家に行ってさしあげなさい。

高岡くんにはヤクザにも警察にも負けない心がある、腕も口も鍛えるほどに立つだろう。

それに極道にとって命である、人を思う心もある。

台湾伊家ならきっと高岡くんを最高にしてくれる、上杉の家では何もかもに限りがあろう。

その可能性を上杉の小さな家が潰してはならない」

「おやじさん…」


笑って俺の背中を押してくれてはいるけれど、

おやじさんの目が、顔が、その全身が淋しそうだよ…。


「…でも高岡くん、もしも台湾伊家で何かあった時はいつでも帰っておいで。

この上杉の家に…上杉の家は何も聞かずに、黙って高岡くんを迎えるから」

「…おやじさん、おおきに…!」

「高岡くんは悠一の友達、もう立派な上杉の構成員だよ」


おやじさんは立ち上がると、風が冷たいから中に戻ろうと言った。

それから家にいる組員たちと、起きて来た上杉も加わって、

出前のメニューを見ながらあれこれ悩んでの夕食となった。

上杉の家の皆は酒飲みが多く、結局つまみになる中華がメインで、

俺や上杉など、飲まない者は鮨だった。


「二人とも飲めないのは承知だけど…」


その食事中、上杉のおやじさんが白の新しい盃を俺と上杉に配った。

それを見た組員たちが部屋の左右に別れて整列し、正座して姿勢を正す。

俺と上杉は顔を見合わせた。


「おやじさん、これは…!」


上杉が新しい盃に目を見張った。

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