第1話 このモテの歴史にピリオドが
第1話 このモテの歴史にピリオドが
「うーん…高岡さんは今年の恋愛運絶好調です、運命の人に出会うかも」
「今年の」じゃなくて「今年も」だろが、改めろ。
俺の恋愛運絶好調は今始まった事じゃないだろ。
とある雑誌の年始用記事の取材で、俺は占い師に占われていた。
「おー、さすが高岡さんだな」
「モテの歴史を更新か?」
同席の雑魚声優共がはやし立てる。
俺のモテの歴史は毎日更新なんだよ、それも今始まった事じゃねえ。
声優ってのは美味しい仕事だな、半端なホストより女食い放題だ。
あの女は意外と胸ないな、あの女はまぐろだったな。
お前らが夜な夜なおかずにしてるあの女声優だって、俺が食っといてやったからよ。
ただ、その女てのが少々地味なのが不満だ。
俺は派手な女が好きだし、その方が俺には似合ってる。
容姿には恵まれた、だからこそ今こうしてイケメン声優として恋愛運なんか占われている。
ブサイクなオタ女は要らん、BLとか笑いのネタでしかないのがわからんか。
馬鹿でも下品でもいい、俺が連れて歩く女は見映えこそ命。
「でもさ、高岡さんて来年37でしょ? そろそろ結婚してもいいんじゃないすか?」
「馬鹿か、 誰が結婚なんかするかよ」
「だいぶ遊んでるみたいだけど、誰かひとりに絞ったりしないんですか?」
「てか、最近特定の彼女自体作ってないですよね」
同席のやつらは皆俺よか年下だ。
若いな、俺はふんと鼻で笑った。
「昔は俺もそう思ってたんだけどさ、大人になるともう付き合うとか面倒くさくて。
間に合ってるのに、わざわざ付き合って結婚する必要なくね?
てか、男はこれからがいよいよ花なのに、結婚なんかもったいないないだろが」
運命の女? はん、笑えるね。
出会えるもんなら出会ってみろよ、俺が断固却下してやるよ。
俺の自由は俺が守らんとな。
高岡言(たかおか ゆう)、声優だから本名そのままだ。
自由が欲しいから東京に出てきた。
声優ってのは、その時とりあえずの進路を声優養成学校にしたからだった。
高校ではとにかく女とやる事と、むかつく教師に楯突く事しかして来なかった。
そんな奴が当然まともに大学へ進学出来る訳はなく、かと言って高卒で就職するのも嫌だった。
その声優養成学校なら馬鹿でも入れる、とりあえず2年は自由だった。
イケメンが欲しかったのだろう、養成学校で声より演技より顔を見込まれた俺は、
卒業後そのまま声優プロダクションに所属した。
たくさんのアニメに出演している声優を輩出したというのに、
高校は卒業生を呼んでの進路相談会に俺を呼ばなかった。
俺がまた校舎に火を放つとでも思ったかい?
「バーサス☆オトメガールズ」なる百合萌えアニメに、新人が起用されたと聞く。
新井悠(はるか)、彼女の担当する「デボラ」は可愛い、抜けるとすごく好評だ。
一度声ぐらいかけてやるか、気に入ったら寝てもいい。
年明けの事だった、ちょうど彼女の合同レッスンが同じ場所だ。
俺は「はるかちゃん」と声をかけながら、彼女のいる部屋に入る。
「悠はおいじゃっど」
ところがその新井悠は、女どころかすげえ強面のおっさんだった。
「何ね貴様、何か用け?」
どうしたんだろう、俺にしちゃ珍しく勘が狂った。
男の声を少女の声と思い込んでしまった。
そういや最近、声をかけても振り向かない女が増えた。
目当ての女が他の男に夢中だったりもする。
3月はじめのある土曜、俺は他の男性声優らと一緒にイベントに出演した。
外は小雪のちらつく、濁った寒さだった。
出演した腐向けアニメのホワイトデーイベントだった。
他の奴らは必死にはしゃいで、ファンに媚びを売っているようだったが、
なんであんなメス豚共に俺が媚びなきゃいけない、この俺が。
なんで俺が担当したキャラが、他の男キャラとカップルにされなきゃいけない。
キャラだけならまだしも、なぜ声を当てただけの俺が他の男声優と愛し合ってる事になる。
くだらねえな、吐き気がする。
誰かが何かするごとに醜い声をあげる豚共にも、それに答える他の男声優らも。
俺は最小限の受け答えだけをし、後は他の奴らにしゃべらせて、
それを呆れながら遠巻きに見ているだけだった。
「また高岡くんはあ、何スカしてんのさ」
隣に座る同期の小島智太郎が、笑いながら俺の肩を叩いた。
「いっつもそうやってカッコつけてんのずるいよ」
「は?」
「そういや高岡くんてこないだね、うちの兄さんの事女だと思って口説こうとしたんだよ」
観客が智太郎の話にどっと沸いた。
「ちょっ…」
「うちの兄さん」て…まさか新井悠か? てかあのおっさん、智太郎の兄さんだったのか。
嫌な相手に声をかけてしまったな…。
くそ、新井悠め。女性声優枠をいい事にハーレム状態らしいな。
「兄さんああ見えて気が弱いから、どうしたらいいかすげえ困ってたよ」
「えっ、あのおっさんすげえ強気だったぞ…俺やくざかと思ってた」
俺は声を思い切り渋く作って、「何ね貴様」と新井悠の声まねをした。
観客がぎゃあと黄色い声を上げる。
その時、俺はその中の一人にふと目が留まった。
こんなオワコンも近いアニメの、しかも声優とかオタ臭いイベントで、
髪の長いその女はひとりだけ浮いていた。
黒い革のロング丈コートに、中はやはり黒のパンツスーツ、白のマフラー以外小物も全て黒。
舞台から遠くにいるにも関わらず、目鼻立ちがくっきりとわかる。
美人らしい、だがなぜ椅子にふんぞり返って寝ている。
「ふが」
女の赤い唇が動く、俺はぶち切れた。
「そこ! そこん女! 何寝とるんじゃコラ!」
観客は俺の怒号にしんと静まり返った。
すると女は「うご」といびきを途中で止め、けだるそうにぐっと伸びをした。
「貴様! 貴様じゃコラ!」
「は? ああ…お前のつまんなさそうな態度に、こっちまで眠くなってしまったよ」
女はふっと鼻で笑った。
「何やと…!」
もう何も見えなかった。
俺は舞台から降りて駆け寄ると、拳を固めて女の頬を力任せに殴った。