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屁たれたちの挽歌  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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02 異変

こてこての大阪弁小説です。深く考えずに楽しんでもらえたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

 


 ――3年後。




「いい加減に出来んのか君は!」


 大阪市内のオフィス街から少し離れた川沿いにある「大沢商事」。


 そこに勤務する藤原は、またいつもの事で課長から呼び出しを食らっていた。


 説教が始まって10分、いつもの様に課長のボルテージは最高潮に達していた。


「どれだけ仕事が出来るのか知らんがな、君のその周囲に迎合しない態度は社の規律を乱すと言ってるんだ。いつもいつも好き勝手にルールを捻じ曲げて、一体君は何がしたいんだねっ」


 課長はそう言って、脂ぎった額から頭頂部をハンカチで一気に拭いた。


 そしてぬるくなったコーヒーを飲み干し、再び血走った目で藤原を見据えた。


「何度言えば君は携帯を持つんだ。今の時代、携帯を持っていない者なんてこの大阪市内でも君ぐらいのものだろうが。小学生でも持っとると言うのに、何を訳の分からんこだわりで持とうとしないんだね、ああんっ!」


 ヒートアップしてきた課長は、辺りに唾を撒き散らしながら、恫喝にも近い言い草で藤原を攻め立てる。


 それを涼しい顔でみつめながら、藤原がいつもの様に淡々と返す。


「ですから、勤務中の自分の居場所は常に報告してますし、帰宅しても家には固定電話もあります。私が携帯を持たないことが会社に不利益を与えているとはとても思えませんが」


「緊急の時と言うものがあるだろうが、社会人にはっ!緊急の時、すぐに反応できる環境を整えておくのも社会人の義務だろうがっ!」


「緊急事態を作らない、と言う発想にはならないのですか?確かに以前、課長が原因で先方の担当者を激怒させたクレームがありましたが、しかしあの件に関しましても翌日、確か私が直接出向いて何とか怒りを静めてもらったと記憶してますが」


「だからそんな事を言っとるんじゃない!あの事はいいんだ!わしが今言っとるんは君の訳の分からないそのこだわりが」


「大丈夫ですよ課長、先方も課長の発注漏れの件、なかったことにすると言ってくれてましたから」


「うがあああああああっ!だから、俺の事はいいんだ俺の事は!お前、何笑ってる!お前俺を、俺は小馬鹿にしてるな!いいか藤原、部長にどれだけ気に入られてるのかは知らんがな、お前の直属の上司は俺だ!俺が右を向けといったら右を向いていればいいんだ!」


「……」


「いやだから!なんでお前はそこで笑うんだ!それにお前今、さりげなく左を向いたな!お前、それが上司に対する態度か!」


「はははっ、冗談ですって課長」


「笑うなと言ってるんだお前っ!わしはっ、わしは社会の規律をっ!規律をお前にっ!」


「とにかく」


 藤原がすっと真顔になり、姿勢を正して課長の顔を見据えた。


「課長の話は伺いました。社の規律と言う点では、私も少しばかり反省する事を考えさせてもらいます。ですが携帯に関しては、必要性を感じない限り持つつもりはありません。もしそれが元で会社を去れと言う事であれば、この安い首、いつでも差し上げますので」


 そう言って一礼し、後ろを向くとドアのノブに手をかけた。


「うおおおおおおおっ!待てっ!待て貴様っ!勝手に話をまとめるんじゃないっ!話はまだ終わって」


「いや、もう十分だ」


 課長の話を遮り、部長が部屋に入ってきた。


「西田君、隣で話を聞いていたが、今日はもういいだろう。それに君、部下と話す時はもう少し落ち着いた方がいい。それだけ興奮していたらまとまる話もまとまらないぞ」


「いや、これは部長……ですがその……私は彼の社会人としての……」


「今日はもういいと言ったんだ。聞こえなかったかね。さあ藤原君、君も仕事に戻りたまえ」


「分かりました、失礼します」


 藤原が再び一礼し、部屋を後にした。




「ふううっ……」


 会議室から出た藤原が、ネクタイを緩めて息を吐いた。


「社会の規律なんぞ、知った事かボケが……」


 そう言ってニタリと笑った藤原を、部下たちも一様にニヤニヤしながら見ていた。


 中には藤原に親指を立て「ナイスです、係長」と小声で言う者もいた。


 彼らに軽く手を振り、藤原はパソコンの前に座った。

 彼のデスクの上には、整理されていない書類が山積みになっている。

 背もたれにもたれかかり、太い眉毛を眉間に寄せながら彼は一つ溜息をついた。


(どいつもこいつもアタマ大丈夫なんか?道歩いてても、電車ん中でも公園でも、挙句の果てに連れや女と一緒におっても携帯眺めて何してんねん……それがないと死んでまうみたいな呪いでもかけられてるんか?まあそれでも、それがええって()うやつらは構わん。そやけど人にまで押し付けるなや。そう()うのが嫌いなやつもおるんや……


 世の中、便利だけやあかんのや……このパソコンにしてもそうや。大体こいつは、俺ら人間の面倒くさい計算をするだけでええんやって……こいつらのおかげで、俺らの生活が余計複雑になっとるやなんておかしいやないか……何で他のやつらは分からんのや、何かおかしい、何か間違っとるって)




「係長」


「ん?」


 藤原がその声に、両手を頭に組んだまま振り返った。


「どうですか、携帯持つ気になれましたか?」


 そこには事務員の白河恵美が、コーヒーの入った藤原専用のマグカップを持って立っていた。


「いや、俺は絶対持たんよ」


「やっぱりね、係長の頭の固さは半端じゃないですもんね。でも係長、携帯がなくって不便だって思ったことはないんですか?」


「不便さを楽しむってのも、今の時代には必要なんやって」


「また……屁理屈ばっか」


 そう言って恵美は小さく笑った。


「はい、どうぞ。随分と絞られたみたいですし、疲れたんじゃないですか」


「ん……ありがと」


 藤原がカップを受け取り、一口飲んだ。


「砂糖入りか。いつもながら気が利くな、(めぐ)は」


「どういたしまして。でもね係長、私はお茶くみ係じゃないですからね」


「分かってる、分かってる」


 そう言って藤原が、おもむろにポケットから煙草を取り出した。


「係長、禁煙ですよ」


「へいへい。全くもって住みにくい世の中で……ちょっとさぼってくるわ」


「全く……」


 恵美が苦笑した。


 藤原は立ち上がり、煙草をくわえたまま玄関に向かった。


 その時だった。


 藤原が思わず叫んだ。


「な……なんじゃこの音はっ!」


 事務所中の携帯電話が、一斉に鳴り出したのだ。


 くわえていた煙草を床に落とした藤原が、様々な着信音が奏でる不協和音に耳をふさいだ。


「な……何や……」


 着信履歴は全て「非通知」になっていた。


 非通知着信拒否設定をしている電話も鳴っていた。



 携帯を持っていない藤原を除く、事務所内の十数人が一斉に携帯を取った。


「はいもしもし」


 その時だった。


 藤原の目の前で、携帯を取った事務所の全員が意識を失い、バタバタと倒れていった。


 その異様な光景に、一人取り残された藤原は目の前で倒れた恵美の体を抱き寄せた。


「おいっ、大丈夫か!(めぐ)(めぐ)!」


 先ほどとは打って変わり、静まり返った事務所の中、藤原の声が響き渡った。


(めぐ)っ、(めぐ)っ!」


 恵美は藤原の腕の中で意識を失ったまま、ぐったりとしていた。


 藤原の呼びかけにも全く反応がない。


 そして次に起こった現象に、藤原の背中を悪寒が走った。




 恵美の耳から、どろりとした液状の何かがしたたり落ちていったのだ。


 後で分かったことであるが、灰褐色のそれは、恵美の脳味噌だった。


 そして次に、恵美の体温が急速に下がっていくのを感じた。


 藤原が恵美のその透き通るような白い手を握ると、まるで冷凍室から出された魚のような、ひんやりとした感覚が藤原の手に伝わってきた。


 更に藤原が驚いた。

 ぐったりとしていた恵美の体が、じわりじわりと硬直し始めたのだ。

 服や靴を除いて全身が、僅か数秒足らずで硬直し終え、彼女はぐったりとした格好のまま灰色の石になってしまった。


「な……何がっ……!」


 藤原が辺りを見渡す。

 すると横たわっている、事務所の全ての人間が石化していた。


「ど……どないなっとるっちゅうねんこれはっ!」


 藤原が頭を抱えてそう叫んだ。




 その時彼の足元に、とてつもなくひんやりとした、しかし確かな感触が伝わってきた。


 藤原がゆっくりと視線を足元に移す。


「ひっ……」


 石化した恵美の手が、藤原の足首を握っていたのだ。


「ちょっ、ちょっ……やめてくれ、(めぐ)(めぐ)!」


 藤原が必死に、上下左右に足をばたつかせる。


「まじ、まじやめてくれ(めぐ)、頼むから」


 しかし恵美の手は離れるどころか、足首を握る力が少しずつ強くなっていった。


「やめんかいっ!」


 藤原が怒声と共に手首の辺りに蹴りを入れた。


 何度か蹴り続け、ようやく恵美の手首が砕けた。


 藤原は慌てて、自分の足首に(まと)いつく手を払った。


 するとその手首は、まるで磁石にでも吸い寄せられるかの様に恵美の元へ戻り、融合していった。


「……」


 藤原の額を冷や汗が伝う。

 常に冷静沈着で、何事にも余裕を持って対処する藤原も、今目の前で起こっている余りにも突き抜けた状況に、パニックを通り越して思考は完全に停止していた。


 恵美を始め事務所にいる石像たちが起き上がり、藤原に向かってきた。


 藤原は本能の赴くまま、手元にある椅子やパソコンを投げて抵抗した。


 その時会議室の扉が開き、同じく石化した課長が姿を現した。


「とりあえず……お前からじゃっ!死にさらせこのハゲっ!」


 机の上に立った藤原が、ロッカーの中から取り出した金属バットを手に、渾身の力を込めて振り切った。


「ホォォォォムランじゃボケっ!」


 凄まじい衝撃と共に、課長の頭が粉々に砕け散った。


「くたばったかこのエテ公がっ!」


 ひん曲がった金属ハットを投げ捨て、ひりひりする手を握り締めながら藤原が吠えた。


 しかし、一瞬動きが止まったかに見えた課長は、やがてまたゆっくりと動き出した。


 砕け散った欠片がゆっくりと戻っていき、頭部が再生されていく。


「糞っ……きりないやないかっ!」


 藤原が全力でドアに向かって走る。


 ドアを開けると、隣の課の連中も同じく石化していて、藤原の姿を認めるや否や、ゆっくりと藤原に向ってきた。


「糞っ……!」


 藤原が窓を開けた。

 幸いここは二階、藤原は飛び降り、一目散で駐車場に向かった。


 たどり着くと車内に駆け込み、エンジンと同時にギアをローに叩き込んだ。

 車が白煙を上げ急発進する。



「な、何が……何が起こったっちゅうんじゃボケがっ!……げ、げええええええっ!」



 道路を走る藤原の視界に、あちこちで車が衝突し、黒煙があがっている街並みが入ってきた。

 さながら戦場のような光景である。


 そしていたる所に、石像たちがうごめいている。


 藤原の顔が恐怖にひきつった。


 藤原はアクセルを踏み込み、そのままバイパスの新御堂筋(しんみどう)に乗り、彼の親友である山本健太郎の住む高槻市へと向かった。




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