16 衝撃の事実
――10分後。
「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」
健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。
「ごっ……!」
衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなった。
そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。
「すまん、ちょっとタイムや……」
ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつけた。
「ふううううぅっ……」
白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。
「…………よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」
煙草を床に捨て、靴で踏み消す。
「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事言いくさって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼んで」
「やっと……やっと正気に戻ったかえ藤原、そやけどちょっと待てや、その話は後や。
おえ屁たれ!先に俺が質問するっ!お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや!さあ、答えたらんかえっ!」
健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。
健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。
「……い、いいでしょう……そうですね、物事には順序と言う物がありますよね、分かりました……まず僕の能力についてお話しましょう」
雄介が両手を後ろに組み、窓から地上を見下ろした。
「僕の家、岩崎家の神社には、代々受け継がれてきた御神体がありました……それは遥か昔、メデューサが首をはねられた時に流した涙のしずくで……そのしずくには、彼女の全能力が残されていました……恐らく、理不尽な理由で魔物に身を貶められ、挙句惨殺された彼女の最後の抵抗だったんだと思います……そのしずくはペルセウスによって封印されていた……しかしある時、彼女の首と共にそのしずくも消えてしまいました……彼女の姉たちが盗んだのです……姉たちは神々から妹を守るため、涙のしずくを首飾りにして人間界に解き放った……
メデューサは、姉たちと違って不死ではありませんでした。しかし彼女には、姉たちにない能力を持っていました。それは他の生物にとりついて転生していくと言う物でした。その能力のおかげで、彼女は神々が去った後の世界の歴史に、大いに関わる事になるのです……
人間の寿命は彼女にとってはちっぽけな物ですが、しずくとなった彼女は、宿主たる人間が死ぬと次の人間へととりついていって……おかげで現在も彼女は生き続けているのです……
彼女の能力に惹かれた人間は数多くいました……クレオパトラ、妲己、褒嫂……数々の女王・悪女として歴史を揺るがしてきました。
中国に伝わる仙術などではメデューサの能力を封印する事は出来なかった。時の中国覇者であった魏の皇帝は、貢物を持ってきた日本に、この厄介な代物を授けました。当時の日本の覇者だった邪馬台国の卑弥呼は狂喜し、それを首にかけて……
しかしやがて卑弥呼の王国も倒され、しずくも封印されました。神道によって……どう言う因縁か、神道にはしずくの妖力をかろうじて抑え込む力があったようなのです……
神道によって絶える事なく受け継がれ、いつの頃からか、僕の家、岩崎神社にて封じられていたのです……
三年前、僕はしずくに導かれて……その時から僕は、この能力を得る事となりました……メデューサは僕に約束してくれました……欲しい物を手に入れてやると……僕には一つだけ、欲しい物がありました……ですから僕の心に、迷いはありませんでした……」
「やっぱしそうかえ。おえ藤原、こんガキはメデューサに操られてけつかるんやっ!」
「違いますよ、健太郎さん……彼女が僕に力をくれたのは事実ですが、僕はあくまでも岩崎雄介です……この力を得てから、僕は僕を虐げてきたこの世界に復讐しようと決意したのです……
僕は三年間、メデューサの能力を如何にしてこの現代に生かせるか、研究を続けました。そしてやっと、第一段階を迎える事が出来ました」
「……それが携帯やったっちゅうんかえ」
「ええ。この現代、携帯は誰でも持っていますからね。ある意味現代人は、コンピューター、携帯の奴隷とも言えます。僕が彼らを隷従させるアイテムとして、これほどふさわしい物もないでしょう。
間もなく第二段階が発動します。端末を伝わって、僕のこの能力は世界中に轟く事でしょう。僕の下僕たちが世界中に広がるのに、そう時間はかからないでしょう……健太郎さん、あなたにも僕の忠実な下僕になってもらいます……
僕はメデューサとの約束通り、藤原君を手に入れ……藤原君と共に、この世界を支配します」
「そこやそこっ!」
健太郎が叫んだ。
「やっとそこに辿り着いたわい。おえ雄介、なんでそこで藤原が出てくんねん。そこがよぉ分からんのや。おえ藤原、お前、この屁たれとそない仲よかったんかえ」
「いや……岩崎……雄介……あかん、なんぼ考えても出てこん。俺知らんぞ、お前なんか」
その声に雄介が、振り返って叫んだ。
「どうして、どうして嘘をつくの藤原君!藤原君は僕のたった一人の親友じゃない!」
「親友やと……俺に親友と呼べるやつがおるとしたら、ここにおるデブぐらいの物やぞ……お前なんか知らんぞ……」
「どうして藤原君!ほら、修学旅行の時、班決めで誰からも声をかけられず一人でいた僕に声をかけてくれたじゃない!『俺の班に入らへんか』って!
あの一言がどれだけ、どれだけ嬉しかったか……あの時の君の笑顔、僕は忘れた事はないよ!思い出して、藤原君!」
藤原が腕を組んだ。
修学旅行……確かクソつまらんスキーやったな……班決め?ああ、飯食うテーブルや部屋の割り振りすんのに四人一組で作れって言われてたな、確か……俺は健と本田と一緒で……
「あ」
藤原が声を漏らした。
「分かった分かった、思い出したぞ」
「お、思い出してくれたの、藤原君!」
「ああ、思い出したわ」
「僕にとって学校の行事は全部苦痛でしかなかったんだ。いつも一人、誰も僕に声をかけてくれる事はなかった。教師に無理矢理放り込まれたグループでいつも息苦しい思いをして……
でも修学旅行は違った!教師の命令じゃなくて、君は君の意思で僕を選んでくれたんだ!あれから僕の高校生活は一変したんだ!」
「アホ」
藤原が雄介に向かい、突き放す様にそう言った。
「アホ、あれは俺らのグループが一人足らんかったから声かけただけやないか。別にお前やなくてもよかったんや」
「え……」
「大体お前、今思い出したけどあの後もよぉ俺につきまとってたな。小便する時もくっついてきよってからに……その癖、何か喋ってくる訳でもない……」
呆然と藤原を見る雄介が、信じられない様子で口を開いた。
「じゃ、じゃあ……あれは友情でも……何でも……」
「ない」
藤原が言い切った。
「誰がお前みたいな屁たれと友達になるねん。おい雄介、健の中学時代知っとるか?このデブ、今でこそ恥知らずで迷惑条令筆頭で、どあつかましい人間の屑やけどな」
「……お、おえ……お前、ボロ糞やないかえ……」
「そやけどこいつな、中学ん時はクラスのサンドバッグやったんやぞ。友達も当然おらへんかった。そやけどな、資源をただ浪費するだけの大便製造機であるこのデブは」
「ふ、藤原……お前、どさくさにまぎれて言いたい放題やないかえ……」
「こいつは努力した。殴られん為に考えて、嫌われん為によぉ喋る様になった。媚びとるっちゅえばそれまでやけどな、ほんでも見てみい。今はこない迷惑な大仏になって人生を楽しんどる。
そやけどお前はどないや。確かに頭数、そんだけの理由で俺はお前に声かけた。そやけどお前、その後なんか努力したか?ただ俺の後ろつきまとってただけやないか。お前は何もせんと、俺が声かけるのをずっと期待して待っとった。
その屁たれた性根が見えたから、俺は一回もお前に声をかけた事はないはずや。大体お前の粘着のおかげで、クラスの女がどんだけ俺とお前のからみ妄想しとったと思とるんじゃ、迷惑な」
「……」
「大体卒業してから何年経っとると思とるねん。いつまでも学生時代ひきずり倒しとらんと、はよ友達作れよ」
「……」
「さてと……誤解も無事解けたみたいやし、さあエロダコ、石像らを元に戻したれや。それとも……死ぬか」
藤原が一発銃をぶっぱなした。
弾は雄介のわき腹をかすめた。
「ぐっ……」
雄介がうなった。
「よぉこの手の映画のオチでは首謀者、つまりお前やな、そいつを殺すと呪いが解けて、みんな元に戻るっちゅう事になっとると、坂口さんが言うとった。どや、試してみるか」
そう言ってもう一発、今度は肩すれすれに撃った。
「おえ屁たれ、そう言うこっちゃ。色々誤解はあったみたいやし、お前に同情する気がない事もない。
そやけどな、今お前がやっとるんは何や。自分に力が出来た途端に上から目線で世界に復讐やと……歪んどるにも程があるわい。
言うとったる、お前がどんだけ力を持ったとしてもな、歪み倒しとるお前が世界に君臨するなんて事は絶対にあらへん!もうこの辺でやめとけ。そしたら俺らも穏便に済ましちゃる。涼子ちゃんと藤原の母ちゃんも自由にしたれ」