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屁たれたちの挽歌  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
10/19

10 開戦

 


「おえ本田、もうすぐやさかいにな、左に寄っとけ。ほんでちょっとスピード落とせ。そろそろやで……おえ本田っ!聞こえへんのか!スピード落とせっちゅうとるんや!左に寄れっちゅうとるんや!」


「本田」


 藤原が本田の顔を覗き込むと、本田は唇を異様に歪ませながら笑っていた。


「うひっ……うひひひひっ」


「おい健、あかんわ。こいつ、完全に頭飛んどる」


「な、何やと……」


「うひひひっ……だ、誰にも負けへんで……ぼ、僕が一番なんや……」


 東三国の標識が見えてきた。


 しかし本田は車線を変える事なく、そのままアクセルを踏み倒す。


 あっと言う間に東三国を通過した。


「あ……あかん、切れとる……おい健、こんまま行ったら梅田まで行ってまうぞ」


「ん……んなアホな……」


 健太郎が頭を抱えた。


「頭吹っ飛ばしたら(しま)いやんか」


 言うか言わないか、直美がSIGを本田の頭に向けようとした。


 健太郎が慌ててそれを止める。


「何すんのよ健太郎、こうでもせんかったらこいつ、止まらへんやろ」


「いや直美ちゃん、それは最後の手段にさせてくれ」


「おもんないな、ほんだらどないすんのよ」


「おえ藤原、本田の頭、本気でどついたれ」


「よっしゃ!」


 藤原が一切加減なしで、本田の後頭部を殴った。


「がっ……」


 その衝撃は、本田の意識を一瞬で飛ばした。


 しかし右足だけはしっかりとアクセルを踏んでいる。


 そこに続けて健太郎が腹にエルボーをかました。


「ごっ……」


 飛んだはずの意識が、腹への衝撃で戻ってきた。


 口からは今朝の朝食が勢いよく吐き出される。


 しかしまだ車のスピードは緩まない。


「直美ちゃん、今や」


「よっしゃ!」


 背後から直美のチョークスリーパーがきまった。


「ごげげげ……」


 本田が舌を突き出したまま痙攣し、そのまま失神した。


「ほいっ」


 直美が首を抱えたまま、本田を後部座席に投げ飛ばした。


 そして素早く運転席に飛び移る。


「スピンターン決めるでっ!」


「おおっ!」


「頼むでっ!」


 ――と、その時だった。


 直美の目の前にガードレールが現れた。


 直美がブレーキを踏み倒す。

 ロックしたタイヤが白煙をあげる。


「あかんっ!みんな、気合入れてしがみつきっ!」


 車はそのまま、ガードレールに激突した。




「……あかんわ、全然動けへんわ」


 直美が何度もキーを回すが、エンジンは全く反応しなくなっていた。


「……ったく、このアホのせいでえらい大回りになってしもたで。おかげで俺の計画ぶち壊しや。こんなんやったら初めから阪神高速(はんこう)使った方が早かったやないか。ジープもおしゃかにしよってからに」


「……ごめん」


「まあええやんか、とりあえずみんな無事で何よりや。よし、必要な(もん)持って戻ろうや、東三国まで」


 坂口が間に入ってそう言った。


「そうですね……っておえっ!何やあれっ!」


 健太郎が東三国の方角を指差して言った。


「あ……」


 すぐそこにまで、先ほどの白い(もや)がやってきていた。


「……」


 健太郎がゆっくりと(もや)に向かっていく。



 ゴンッ!



「お、おおっ……」


 健太郎の額に何かがぶつかった。


 驚いて(もや)に手を上げて叩くと、カンカンと音がした。


「何か分からんけど……向こうには戻られへんようやで」


「う~ん、なんかうまいこと敵の術中にはまっていっとるなぁ……しゃあない、新御堂筋(しんみ)使うんは諦めようか」


「私はその方がよかったけどね。市街戦やなんて、かっこええやないの」


「腐っててもしゃあない。健、いくぞ」


 藤原が健太郎の肩を叩いた。


「……よっしゃ、ほんだら降りるか!」


 それぞれの武器を持った五人が降り口へと向かう。


 ショットガンを持つ健太郎を先頭に、ゆっくりと降りていく。


「おえ……気ぃつけよ……気配がやたらとするぞ……」


 健太郎が小声でそう言った。


 汗が額から頬へとつたう。


 舌を唇に這わせながら、健太郎が一歩一歩確かめるように歩いていく。


 その時直美が、健太郎の肩を荒々しく掴んだ。


「変態親父、私と代われ。何ちんたらちんたらと歩いてんねん。そんなにびびっとるんやったら車ん中で寝とき。私が先に行く。どの程度のやつらか知っときたいしね。銃は……いらんね、まずは肉弾戦で」


「頼もしいのぉ直美ちゃんは」


 そう言ってしゃがみ込んだ健太郎が、直美の足をさする。


 その瞬間、健太郎の額にSIGの銃口が押し付けられた。


「……おい変態脂肪。石像よりも先に死にたいか……ここでぶっぱなしてあんたが死んでも、誰にも分からへんのやからな……やめるか死ぬか、()よ選び」


 直美の人差し指がトリガーに行く。


「じょ、冗談やがな……」


 健太郎が汗びっしょりになりながらゆっくりと手をあげた。


 ふんっ、と鼻で笑ってSIGをホルスターに戻した直美が、大股で歩いていく。


 降りきった所で直美の目の前に、両腕を差し出した一体の石像人間が現れた。


「これが……石像っちゅうやつか」


 健太郎が声を漏らした。


「出たな化け物っ……!」


 直美が右エルボーを頬に叩きつけた。


 そしてバランスを崩した石像に、メリケンサックを装着した拳で顔面に連打した。


 顔が見る見る崩れていく。


 素早くしゃがみ込んだ直見が足を払って石像を倒す。


「うおおおおおおおっ!」


 石像に馬乗りになり、腹に拳を数十発ぶちかますと、やがて粉々に砕けた石像の動きが止まった。


「ふうっ……」


 直美が帽子を脱いで額の汗を拭う。


「流石に、こんだけ粉々になったら再生するとしてもええ時間かかるね。中々ええ手ごたえやったわ。これやったら……そうやね、五・六体ぐらいやったらまとめてでもやれそうやわ。うん、大丈夫。ほんなら行くよ!」


 直美が目を爛々と輝かせながら市街に入っていく。


「おい健……」


「なんや」


「お前が戦力にしたいっちゅうてたんが、よぉ分かったわ」


「そやろ、それも素手やで。しかもあないに喜々として」


「……僕、やっぱり怖い……」


 坂口は粉々になった残骸に向けて何やらしている。


「坂口さん、何してはりますん?」


「ん?ああ、復活せんようにな、聖水かけとるんや」


「……」


「は、はあ……」




 再び石像が現れた。


 直美が戦闘態勢に入る。しかしこれを健太郎が遮った。


「直美ちゃん、ちょい待ち。いっぺん俺がやっちゃる」


「ほおおっ、せいぜい頑張りや」


「おおさっ!」


 健太郎が、体重を乗せた重いストレートをぶちかます。


「がっ……!」


 石像は何らダメージを受ける事なく襲い掛かってきた。


「うりゃああああああああっ!」


 さっきの直美と同じ要領で、左右の拳を繰り出す。


「があああああああっ!」


 健太郎が叫びながら腰から砕けた。


 バトルグローブから血が流れていた。


 対して石像は、一切ダメージを受けている様子はない。


「あかん、藤原まかせた!」


「よっしゃ!」


 藤原が素早く割って入り、石像の顎に掌底を食らわした。


 そしてバランスを崩した石像めがけて拳を繰り出し、最後に蹴りを見舞った。


「ごっ……!」


 藤原が弁慶の泣き所を抑えて、そううなった。


 脛のプロテクターが砕けていた。


「な……なんやこいつら、全然太刀打ち出来ひんやないか」


「……もう、なんやの男二人がよってたかってみっともない……ちょっとのいて!」


 直美が顔面を連打する。顔面があっさりと砕けていく。


「ほいっ!」


 最後に蹴りを一発入れると、石像はあっと言う間に砕け落ちた。


「お……おえ藤原……な、直美ちゃんの拳って、一体どないなっとるねん……」


「拳だけやない……蹴りもや……プロテクターが砕けたんやぞ……大の男が二人でかかってもびくともせんかったのに、あの()一人でああもあっさり……」


 健太郎と藤原が、抱き合って後ずさる。


「あ」


 直美がいぶかしげな顔でそうつぶやいた。


「な、何や、どないかしたんか直美ちゃん」


「何か変な感じやって思てたけど……やっぱりそうやったわ」


 そう言って直美がグローブを脱ぐと、特殊セラミック製のメリケンサックが粉々になっていた。


「ひ、ひいいいっ!」


 再び健太郎と藤原が抱き合う。


「お、おえ藤原……お前、金属バットで課長の頭どついた時、バットがひん曲がったって()うてたわな」


「お、おお……」


「今更やけど、直美ちゃんって何者(なにもん)なんや……」


 直美はひょうひょうとした顔で言った。


「こんなんなしでもいけるって事やね。大した事ないやんか、石像人間って()うても。でも、あの粉々に砕く時の感触は……癖になりそうやね。また再生するんやったら、一体家に置いときたいわ。なぁ健太郎、帰りに持って帰ってよ」


「無茶言わんといてぇな直美ちゃん」


「何よノリ悪いなぁ。そうや、プロテクターも別になくてもいいか、動き悪なるし。今の内に取っとくわ」


 直美がプロテクターを外し、身軽になった体でスキップして進む。


 坂口は再び聖水をかけていた。




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