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3.当日

初めに言っておこう。

自慢じゃないけど私の寝起きはいいと思ってる。

まぁ、寝相もいいと思うんだけど…って、そんな話じゃなくてね。


「―――ムリだってばっ!!」


だからこそ断じて朝から声を荒げているのは寝起きで不機嫌だからじゃない。


「黙れ」


――霞とは違って。

私と正反対。

酒を飲んだ訳でもなく、もちろん何かしたわけじゃない。

――けど…。


(――目が据わってるよ…霞さん…)


霞を泊めると毎朝こうだけど――今日は一段と日が悪かったようだ。

ここまで酷いのは初めて見た――。


「ん」

「……」


口数が少ない――ってか喋ってないよね…コレは――。


「ぁん?」

「――っ!!わかった、着るっ、着るからっ!!」


怖いなんてもんじゃなぃ。

死活問題なのです。

こう見えて霞――空手の段持ちだから――。

そういえば彼氏のトコ泊まりに行くと別れるとかって言ってたっけ……あは…――解るかも――。


「………」


(――身体が…早くこの場から立ち去れって言ってる気がす…る)


「…っ!!き、着替えてくるねっ!」


背後でものすごい冷気を感じ、振り返ることもせずにリビングへと逃げて来たんだけど…、まるで肉食獣に睨まれた草食獣の気分…。

あの容姿にあの気迫は…危険だ…。

身の危険を感じたのは動物としての本能だろうか??

今は午前6時。

用意もあるからっていって、7時には起きようねって話したのは昨日の夜のコト。

――まだ…6時間も経ってないんじゃないか?

着替えるのにはちょっと寒いので足元にあったセラミックファンヒータのスイッチを入れる。

暖かい風が身体に当たるようにファンヒータの前に座り込む…じゃなくて、陣取る。

日向ぼっこしてる草食獣っぽぃかなぁ〜。


(――っ!!!!)


なんて、感慨に浸ってる暇なんて草食獣にはないらしく…、扉のガラスに浮かんだ肉食獣の姿に敏感に反応する。

背筋を寒いものが通るんだから…絶対本能だと思う。

不興を買わないように急いで着替える。

淡いワンピースを着てカーデガンを羽織る。

鏡を確認することなく肉食獣の待つ寝室へと向かう。

――背後から襲われたくないし…。


「着たよー」

「ん、ん」


扉をくぐると…なんとか逆鱗に触れることはなかったようだ。

心底ほっとする。

ちなみに、寝起きの霞の言葉を解説すると、一回目の「ん」は「そっか」の意で、二回目の「ん」は「そこに座れ」の意だ。

…ここまでわかるようになるのに何度救急箱の世話になったことか…。


「っ!!」


示されたところに座った途端私の後ろに回りこんだ霞に、草食動物的な立場にいる私の動物的本能なのだろう。

必要以上に身体が強張る。

後ろを振り向きたい衝動をなんとか避け――肉食獣とは目を合わせちゃいけない(挑発しない)――、その場に留まることにも成功する。

――が。

次の瞬間耳元で響いた『ヴォー』という音に動物的反射なのか――、気付いた時には背後を壁に預けていた。

目の前には獲物に逃げられた――じゃなかった、目を丸くしている霞の姿。

その手にあるのは愛用しているドライヤー。

――過剰反応し過ぎなのかな…、私。

音の正体がわかってホッとしたので、壁から離れて指定された元の位置に戻る。

もう一度近くで音がする。

髪に当てられる暖かな風がとても気持ちいい。


(あ〜眠いかも…)


ついついウトウトしてしまう感覚と戦いながら、霞が弄るに任せる。

髪を梳いたり、引っ張ったり。

『痛い』なんて言葉いえるはずもなく。


(私は人形…私は人形…)


とわけのわからない思い込みを続けていると…。

数分と経たず。


「終わり」


と言う声と共に身体を駆け抜ける解放感。

…あ、ぃや、ホント怖いんだって…。


「ありがと」


と言って立ち上がる――のを。


「――いたっ!」


と、髪をつかまれたことによって阻まれる。

霞と向かい合わせに座らされ…霞の手にはたくさんの筆(?)…。


「化粧」


単語を呟くぐらいには起動し始めた霞の手によって人生四回目の化粧が施される。

ちなみに、一回目は成人式。

親に泣き付かれたこともあって振袖を着せられ(スーツのつもりだったのに)、化粧させられた。

二回目は昨日、化粧品を買うときに。

三度目は昨夜。

練習だと言って自分の手でやらされた。

慣れた…とは言わないが、初回とは比べ物にならないぐらい成長はしたんじゃないだろうか?

あ、いや、化粧する方じゃなくてされるほうだけど。

初回…美容師さん泣かせたからなぁ…確か…。

ん、記憶の奥底に封印しておこう。

上を向かされ、下を向かされ、顔にファンデーションやらチークやら、マスカラやらアイラインなどが塗られていく。

…断言しよう。

あまり気持ちのいいものじゃない。


「ん、出来た」


そうこうしているうちに寝起きの機嫌は最悪でも手際のいい霞の手で化粧が施される。

鏡に映った自分は…自分で化粧をした時と違い見れる顔になっている。

――ありがとう――とお礼を言おうと霞を見上げると…上から迫ってくる霞の姿が見えたかと思うと…視界が閉ざされる。


「ん…」


ギュ。


何故か抱きつかれる。

――…寝起きこんなんだと絶対可愛いといわれますよ…霞さん――とは口が裂けてもいえない。

…命の保障がされないから。

まぁとりあえず可愛いのでこっちからも腕を回してギュッ。

うん、柔らか〜い。


(ふわふわして抱き心地いぃーw)


なんだか役得を満喫して――レズのケはないからね――時計を見るとなんと8時半。

財布だとかなんだかを鞄に入れようと手を伸ばすと…鞄が目の前で持ち去られる。

――犯人なんて一人しかいないけど。

勝手知ったるなんとやらで、タンスをあけたり引き出しを漁ったりしてそれらのものを全部詰めると鞄を私に押し付ける。

渡された鞄の中には、財布、手帳、リップ、ファンデーション、ハンカチとちり紙などが入れてある。


(自分で揃えられるけど…)


とは言わない。

朝方は霞にツッコミをしてはいけないと身に染みているから。

笑顔で「ありがとう」と言うと昨日新調したコートを着込む。

鏡を覗き込むと普段とは全く違う自分の姿。


(笑われないといいけどなぁ〜)


髪をいじりながらそんなことを思うと後ろから背中を押される。

振り向くと霞が時計を指しながら仕切りに背中を押している。


「ん、じゃぁ行くね」


玄関までグイグイと押されながら掃きなれないヒールを履く。


「行ってきます」


という私の声に手を振る霞の腕が、扉を閉じる寸前にガッツポーズを作る。


(頑張れかぁ〜)


外は晴れ。

準備は万端。



――クリスマス・イヴ当日。



毎日2話ずつ更新いたします。全部で9話構成になっています。

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