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絶望の先に、あるものは。  作者: 七影志狼
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09

「んおっ・・・朝か・・・」


 日頃の習慣からか、目覚まし時計の鳴るいつもの時間に目を覚ます。寝起きのために薄く開けた目でベッドの脇に誰かが立っていることを知る。


「んむ・・・りょーた・・・?」


「お早うございます春輝さん。昨夜はお楽しみだったみたいッスね」


「お楽しみって・・・何を・・・」


「またまたぁ、何もなかったとは言わせないッスよ!」


 つい、と。涼太は人差し指でそれを差す。だが指差されたのは春輝ではなくその横。つまりそれは、依然として眠っている凛斗。


「んん・・・? ・・・・ッ!? いやっ、ちがっ、これはそのっ・・・!」


「いやいや、隠さなくていいッスよー。前々からお二人はお似合いだと思うとったんス。おめでたいことじゃないッスかー」


「だからこれはっ・・・!」


 どうみても恋人同士にしか見えないその様相から、二人が交際を始めたのだと勘違いし捲し立てる涼太に対してどう反論して勘違いを正そうかと春輝が考えている最中に、渦中の中心人物である凛斗が目を覚ました。


「うな・・・?」


「凛斗! ちょうどよかった。今から涼太に事情の説明を―――――、」


 同じベッドで寝ていること(こんな状況)の説明を当事者の口からも説明を頼む―――と、春輝が口にするよりも先に、爆弾を投下する。


「あ~・・・春輝ぃ・・・昨日は気持ちよかったよぉ・・・」


「ちょっ・・・おまっ・・・!」


 おそらくは「一緒にいてくれたおかげで気持ちよく眠れた」という意味だったのだろうが、どう聞いても昨夜行った情事の感想にしか聞こえないその発言に正直春輝は動揺を隠せない。それを聞いた涼太もそのままの解釈をし、にんまりと笑みを浮かべて部屋を出ていく。


「馬にフルボッコにされる前にお邪魔虫は退散するッス。でわでわ、思う存分ハッスルしてください」


 バタン、と。春輝の弁明を聞くこともなく、春輝が凛斗の発言を否定する前に、勘違いを正すより先に、涼太は出て行ってしまった。涼太が朱莉にこのことを暴露するかどうかは知らないが、春輝的にはもう暴露されたも同然だった。


「だから違うっていうのに・・・!」


 ならせめて主犯格ともいえる凛斗へ文句をぶつけようかと振り向けば、早くも二度寝に没頭していた。


「・・・・うがーっ!」


 もう、叫ぶしかなかった。



 まるで台風一過のように翌日は雲一つない快晴となり、念願のプライベートビーチでの海水浴を行うことにして持ち寄った水着に着替えていた。春輝と涼太の男二人の着替えはすぐに終わり、二人ともトランクスタイプの海パンを履いている。


「いやしかしまあ、こうして女の子の着替えを待つのはいいもんスね」


「ま、否定はせんな。けどそんな風に言うと遊び人に聞こえるぞ? それともあれか? 行く先々で女の子と遊んでんのか?」


「まさか。自分が行くところなんて山ん中ッスよ? 花も色気もねぇッスわ」


 ケタケタ、と。涼太は自らを笑い、己の女気のなさを笑う。そんなサバサバとした笑顔につられて春輝も笑みを浮かべる。男二人でそんな風に笑ってると、待ち人が来た。


「おまたせー」


「お、お待たせしました・・・」


 その声に振り向けばそこには二輪の花が咲いている。まあ水着に着替えた凛斗と朱莉なのだが、年頃の男子学生には十分すぎる花だ。


「へえ」


確変ボーナスゲットぉっ!」


 一方はその活発さを絵に描いたかのように映える空色のビキニ。露出の多い水着で腰に手を当てて立つその姿は、眩しくも思える。

 一方はその清楚さを損なわずビーチに似合う白色のワンピース。スタイルに自信がないのかもじもじするその姿は、可憐な百合のよう。


「二人ともよく似合ってる。サイコーだ!」


 下心のない真っ直ぐな褒め言葉に「当然!」と胸を大きく張る凛斗に、「ありがとうございます」と頬を赤らめながら朱莉は礼を述べる。


「・・・・・」


 そこで春輝は凛斗を注視する。視線を上から下まで動かし、観察すると一言。


「凛斗ってなかなかにスタイルいいじゃないか。胸も結構―――――」


 あるからビキニがよく似合ってる、と言おうとしてその前に凛斗の拳が春輝の顔に深々とめり込んでいた。


「小さくて悪かったわね! これでも気にしてるんだからピンポイントで見ないでよ!」


「ちっ・・・小さいっなんてっ、一言も、言ってないだろ! 胸にコンプレックス持ってんならそもそもビキニなんて着るんじゃねえ!」


 痛む鼻を押さえながら早とちりのパンチに苦情を口にする。見られたくないのならそんな挑発的な水着を着るな、と。だが春輝は知らない。胸にコンプレックスを持っている凛斗が頑張ったのは春輝のためであることを。


「凛斗さんが小さいというのなら、此方(こなた)はないじゃないですか・・・」


 小さいと言いつつも普通にある凛斗と比べると、確かに朱莉の方が小さい。そのおかげでワンピース水着がより一層似合っているのだが、それとこれとは別の話。


「大丈夫ッスよ朱莉さん! デカけりゃええってもんやないですし、朱莉さんも立派にあるッスよ」


「・・・・えっち」


 直後、パァンッという乾いた音が響く。「褒めたのに・・・」と呟く涼太の頬には立派な紅葉が出来上がっていた。かくして春輝は鼻血、涼太は紅葉をはられるという状態で、海水浴に出発する。海までは歩いて十分もかからない距離だ。

 プライベートビーチに来た一行はさんさんと降り注ぐ太陽の下、各々で楽しんでいた。庶民派の凛斗と涼太は広々とした海を独占することに味わったことのない解放感を覚え、二人の姿を眺めながら朱莉は波打ち際に足を踏み入れて涼を取っている。そんな三人の様子を尻目に、春輝は浜辺で横になって日光浴をしていた。


「春輝は泳がないの?」


「アホか、義肢にとって海水なんざ天敵じゃねーか。俺は俺なりに楽しんでるから、気にせずに遊んで来い」


「う、うん・・・」


 ちょっと気まずい様子の凛斗だったが、春輝の言葉に従い海へと戻って行った。チラチラと振り返るその姿に、春輝は苦笑する。


「変に気にしやがって・・・変わらん現実を気にしたって意味ないだろうに」


 だがそれが凛斗の優しさでもある。両足を失い義足となった今でも凛斗は昔のままに接してくれるが、今のように妙な気遣いも見せる。意図せず口にした言葉が、相手を傷つけてはいないかを気にしているのだ。


「まだ気にしてるし・・・。しゃーねえ、少し場を外すか」


 波打ち際で朱莉と涼太と遊びながらも、相変わらず春輝のことを気にしている。このままでは思い切り遊べないと考えた春輝は、少し間を開けるために散歩することにした。

 サクサクと一歩一歩砂浜を歩いてゆき、とりあえず一番端まで赴いた。元々はここで引き返すつもりだったのが、そこから森の方へ足を向けたことで予定外に興味をそそるものがあった。


「おっ。洞窟はっけーん。入ってみるか」


 浜辺から上ってすぐの、木々に囲まれた岸壁に地下へ続く洞窟を発見した。何の装備もなく洞窟に入ることは危険を伴うのだが、そんなこととは知らずに一人で進行する。


「別荘周辺以外は手付かずのままって言ってけどホントだったんだな」


 ここへ来る途中の船上で、朱莉はそんなことを言っていた。農業や漁業を行っているわけではない個人所有の避暑地だから最低限の手入れ以外は行っていない原生林です、と。その言葉通りに春輝が見つけた洞窟も雑草やらコケやらがそのままだった。

 好奇心に従い、壁沿いに奥へ奥へと進んでいくと、入り口からの光が僅かに届く程度のところで行き止まりとなった。特に枝分かれしているような横道もなかったので、この洞窟はここまでということだ。


「なんだもう行き止まりか。案外奥は狭いな。・・・ん、なんだこれ?」


 そこでキラキラ光る石を発見した。壁に埋め込まれたようにあり、掴んで引っ張ると簡単に取れた。赤紫色の綺麗な貴石だ。


「綺麗な石だなぁ・・・記念に貰っとこ」


 歪な形だが拳で包める五センチほどの石を片手に来た道を引き返していく。その背後で春輝の体に防がれて届かなかった光に反射する輝きが、幾つも煌めいていた―――――。


「あら、おかえりなさい春輝さん」


 みんなのいる場所へ戻るとビーチパラソルの下に朱莉が、涼太は砂浜に大の字で、凛斗は海面をぷかぷかと浮いていた。


「何やってんだアイツは・・・」


 何が楽しいのか浮かんで波に翻弄されている凛斗を見て呆れていると、横になっていた涼太が起きて近づいてきた。


「お帰りッス春輝さん。・・・何持ってんスか?」


「これか? 散歩先で見つけたもんだ。綺麗な石だろ?」


 拾ってきた石を涼太に手渡すと、それをマジマジと観察する。すると―――――、


「春輝さん! これルビーの原石ッスよ!」


「そうなのか?」


 ルビー。紅玉。コランダムの変種。要するに宝石の一種だ。


「しかもこの大きさ・・・これかなりの発見スよ! どこで見つけたんスかこんな大物!」


 これが加工すれば宝石になれるほどの一品かどうかはさておき、もし出来るのならば産出されるのも珍しい大発見だ。


「すっげー初めて見たわ・・・」


 鉱石に目がない涼太はもう興奮しっぱなしだった。宝物だと称している虫入り琥珀も珍しいものだが、発見した時と同じぐらいの輝きを目に宿している。


「春輝さん! これ是非にでも加工しましょうよ! 宝石にできるかどうかは知りませんけど、出来れば価値も輝きも倍増するッスよ!」


 原石のままよりかは加工した方が価値も値段も上がる。目を爛々と輝かせて勧める涼太の言葉に春輝の気分はイマイチだった。


「ま、気が向いたらな。俺はこのままでもいいし」


「えー・・・勿体ないッスよー」


「それならあとで自分で掘りに行けばいいだろ。あ、いいのかな、朱莉さん」


 春輝が発見したものだから場所も自分の物―――という錯覚に陥っていたが、この島の持ち主は鬼灯家。故にこの島で取れる全ての物の所有権は朱莉にある。


「産業規模で採掘するのでないのなら、別に構いませんよ。この島をこのままに保持するために此方(こなた)は採掘するつもりはありませんので」


 春輝のように個人で取るのなら構わない、と許可を出す。それに春輝は胸を撫で下ろし、涼太は「ありがとうございます!」と深々と感謝する。


「おーい凛斗ー! 次行くところが決まったから、そろそろ戻るぞー!」


 依然として浮かんでいた凛斗を呼び戻し、海水浴は終わった。

 先ほど行った散歩コースを今度は四人で連れ立って行く。朱莉だけは体を冷やさないためにかパーカーを羽織っているが、残りの三人は水着のままだ。十分も経過しないうちに目的の洞窟に辿り着き、皆して入って行く。


「うわー・・・綺麗なとこだねぇ・・・」


此方(こなた)も入ったのは初めてです。こんな所があったのですね」


「すげえ・・・これ光ってんの全部ルビーの原石や・・・。こんなん真面目に掘ったら一代で財成せるで・・・」


 驚きのあまりいつも砕けた敬語ではなく素の涼太が顔を出している。「真面目に掘る」という涼太の言葉に「掘りませんよ」と朱莉が否定の言葉を口にするが、その言葉は涼太には届いていなかった。


「ここで俺はこれを取ったんだ。ちょうど・・・ここだな」


 やがて行き着いた行き止まりで、春輝は原石を取った場所を指し示す。埋まっていたものを取ったのだからそこには(くぼ)みが出来上がっているが、よくよく見ればその奥にも赤く輝くものをが見える。


「じゃああたしはこれを貰っとこっと。記念にはなるよね」


 せっかく来たんだから、と凛斗は足元にあった原石を取り出した。それは二センチほどと春輝の原石よりは小ぶりだが、付いてる岩が少ない綺麗なものだ。


「うーわー・・・目に見えるもんやったら春輝さんのより大物はないかー・・・。しゃあない、これで我慢するかー」


 そう言って涼太が妥協して取った原石は凛斗のよりは大きいが、それでも春輝のよりは小さいものだった。結局、一番の大物を取ったのは春輝ということになる。しかし金銭的価値が一番高いものは涼太のものだ。諸々の手間賃はかかるにしろ、原石よりは加工して宝石にした方がお金にはなるのだから。


「朱莉さんは取らないのか?」


此方(こなた)はこの場所が分かっただけで充分です。こんな綺麗な場所、下手に取って損なわせてしまう方が勿体ないです」


 お金持ちの余裕のある発言だったが不思議とそこにいやらしさはなく、サッパリとしていた。お金持ちの余裕故の、金銭に頓着しない姿勢だからなのかもしれない。


「さてと、用は済んだんだからさっさと帰ろうぜ。いくら夏だからってこの格好で洞窟の中は寒いし」


 陽の当たらない洞窟の中では気温が低いのは当然。加えて海水浴後の水に濡れた体では余計に寒くなる。海に入っていない春輝とパーカーを着ている朱莉はまだ大丈夫なレベルだが、水に濡れて且つ水着のままの凛斗と涼太は微かに震え、カチカチと歯が音を立てている。


「そだね。う~・・・寒っ」


「ぶえっくしょいっ!」


 露出している腕を手を擦ったりクシャミをする二人のために、一行は足早に洞窟を出ていった。その帰り際、涼太だけが後ろを振り返り名残惜しそうな眼をしていたが、それも一瞬。歩き始めた涼太の目には未練の光は写っていなかった。


「いやーでも思わぬものが手に入りましたわ。これも自分のコレクションの一つに加えるッスよー」


「なんだ、加工するとか言ってたのに売らないのか?」


「どーでしょ? 加工はしますけど金に困らん限りは売るつもりはないッスよ。それに自分は金欲しさに鉱石掘ってるわけやないですし」


 採掘道具を買うにしても採掘場所に赴くにしろお金はかかる。それでも金銭的な見返りを求めていないということは、純粋に鉱石が好きということ。今までに投資した金額は一学生が扱うにしては大きいのだろう。そしてコレクションを売却しても元を取ることはできないのだろう。それでも涼太は鉱石が好きなのだ。人の一生が短く感じるほどの長い年月をかけて作り上げる結晶体。大自然の芸術であるとすら思える鉱石の輝きに、涼太は取り憑かれているのだ。


「でもいつかは鉱石関係の道に進みたいッスね。極端な話、採掘の工員でもいいわけですけど、趣味を仕事にしたいッスわ」


「(趣味を仕事に、か。俺も前なら・・・)」


 そういう道に進んでいたのかもしれない、と心の中で考える。今は途切れてしまったがオリンピック選手を目指して実業団に入っていたのかもしれない。途切れてしまった道、失われた未来、(つい)えてしまった夢への未練は正直に言うとある。しかしそれでも、以前ほど心が軋むような感覚にはならなかった。


「(少しは前を見れているのかね、俺は・・・)」


 前に進んでいる実感はない。だが下ばかり見ていたあの頃と比べれば、多少は前を見れているような気はする。見通しは利かなくとも、それで良かった。


「うう・・・ホントに冷えちゃった。もうひと泳ぎしてこよーっと!」


「自分も! あ、春輝さんこれ預かっといてください」


 言うや否や二人は一目散に走っていき、海へダイブする。もう陽が傾いて夕方になってしまっているが、そんなことはお構いなしだ。


「お元気ですね、お二人は」


「朱莉さんはもう泳がないのか?」


「はい。此方(こなた)は少し疲れましたから、こうして春輝さんと二人でいることにします」


「かははっ。それじゃあ束の間のデート気分を楽しみましょうか」


「デート・・・」


 誰もいない砂浜で沈みゆく夕日を二人で眺める恋人たち―――――シチュエーションとしてはありだろう。他意のない発言だったために気にすることなく春輝は砂浜にごろりと横になり、その隣で朱莉は遊んでいる二人を微笑ましく眺めていた。


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