06
「痛ー・・・湿気が多いとより一層疼くなぁ・・・」
放課後を迎えてオカルト研究同好会へと顔を出した春輝は、一番乗りでありことに首を傾げながらも一人顔をしかめていた。雨が降ることで増した湿気の影響で常日頃から感じる疼痛が増大してしまっているのだ。
「すみません、遅くなりましたね」
「ちわッス。遅刻は取るんスかね、ここ?」
「ん? おお来たか。遅刻欠席なんざ別にこれといった活動をしてるわけでもなし、気にしなくていいんじゃねーの? 凛斗の奴もまだ来てねぇし」
名ばかりの溜まり場であるが故の、気ままで自由な同好会。それがオカルト研究同好会なのだから。
「ところで、足が痛むのですか? 春輝さん」
「ああ、雨降ってるとどうしてもな。鎮痛剤、持ってはいるけど飲めば快復するわけでもないしなー」
さすり、さすり、と。両義足の付け根をさする。確かに鎮痛剤を飲めば今現在においては痛みは和らぐが、薬の効果が切れたときにまだ痛むだけの話。結局はほとんど意味がないことから、余程酷くない限りは服用は控えているのだ。
「やーっごめんごめん。遅くなっちゃった」
朱莉と涼太が来てから五分も経たないうちに、凛斗がやってきた。これで全員が揃ったものの、特に何かをするという予定がない。
「で、揃いはしたが今日は何するよ? またトランプでもするか?」
〝二日連続は流石に飽きるぞ〟と春輝の顔に書かれているのを読んだのかは定かではないが、挙手して発言する人物がいた。凛斗である。
「春輝は凪乃高校の七不思議は知ってる?」
「七不思議っつーとあれか、独りでに動く人体模型とか走る金次郎像とかか? どこにでもある眉唾モンだよな、それ。俺が通ってた前の学校にもあったぞ」
「凛斗さんひょっとして・・・あの古井戸の話ですか・・・?」
少し青ざめ引きつった顔をする朱莉の言葉に「大正解!」とでも言わんばかりにサムズアップに笑顔を浮かべる凛斗。対する朱莉は当たってしまった自らの予想にため息をつきながらげんなりと項垂れてしまう。
「古井戸ってどんな話なんスか? 定番すぎる七不思議しか自分は知らないッスから調べる気も起らなかったんスけど、ちゃうなら興味があるッス。詳しくプリーズ!」
「俺もだ。定番から外れるものがあるのなら興味あるぞ」
「お? 興味出ちゃった? じゃあ知らない二人のために最初から話すけど―――――」
凛斗の話とはこうだった。
凪乃高校が建っているこの場所には前身とも言える別の学校があった。校舎も木造で藤ノ村女学校という名前で、年号も昭和の一つ前である大正だった頃の、百年近く前のお話。
学校で他の生徒からイジメにあっていた女学生―――仮にA子としよう―――は毎日のように掃除当番を押し付けられていた。その日も一人で教室の掃除をしようと敷地内にある井戸へ水を汲みに行き、その際に誤って井戸の中へ落ちてしまった。着ていた服は当時の流行で行灯袴という和服で、加えて冷たい井戸の水は彼女の体温を一気に奪い取り、助けを待つ余裕もないままに哀れA子は溺死してしまった・・・。
―――――だが、これで済んだのであれば七不思議などに数えられずに事故として扱われて終わりだ。話はここで終わらない。
夜になってもA子が帰宅しないことを不審に思った両親は警察に通報。周囲を捜索したり同級生に聞き込みを行って得られたのは「教室を掃除するのに残っていたのを見たのが最後」という手ががりのみ。
そこで学校内をくまなく捜索し、彼女が落ちた井戸へ行ってみれば水を汲むための桶とA子が履いていたであろう履物の片方だけ見つかった。こうなれば井戸に落ちてしまったのではないかと井戸の中に下りて調べても、彼女の遺体が発見されることはなかった。
結局A子は行方不明者として処理され、一時の悲しみを経て忘れられていった。
そしてA子が行方不明となってから三年の月日が経過した頃、一つの噂が流れ始めた。
〝夕暮れの教室にずぶ濡れの女学生が現れる〟―――――と。
その女生徒は夕暮れの誰もいなくなった教室に突然現れ、室内をしばらく徘徊した後で井戸の方へと向かい、そこで忽然と消えてしまうという。
物好きの誰かが調べれば井戸で行方不明になった(死んだ)女生徒がいると分かり、噂話はさらに過熱。そして時を同じくして井戸の水が一夜にして枯渇し使用不可能となってしまった。そこで噂好きの女生徒が井戸の調査に首を突っ込み―――――その翌日、涸れた井戸の傍で溺死していたのが発見された。
涸れている井戸の横で溺死をするなど殺人事件に他ならないので、警察が事件解明に動き出す。捜査の結果、女生徒の恋人が別れ話の縺れから殺害に至ったと自白し逮捕された。元恋人は井戸の横に置いておけば事故扱いになるのでは、と思い遺体を運んだのだという。
一人の行方不明者と一人の死亡者に共通している涸れた井戸。当時の校長は元より水が涸れていることもあって井戸を潰して埋めようとしたのだが、作業を行っていた作業員が足を滑らして井戸の淵に頭を打ち付け、死亡。それでも工事を敢行すれば作業員が資材の下敷きになって、死亡。お祓いをした上で再開すれば今度は落雷により、死亡。
祟られているのでは、と誰もが口にするぐらい事故が相次いだために工事は中止され、四人もの命が失われた現場となったその井戸はいつしか「壊すべからず、近づくべからず、関わるべからず」と暗黙のルールが定められ、〝血吸の涸井戸〟と呼ばれるようになり、藤ノ村女学校が廃校になり取り壊されてもなお、同じ場所にあり続けている―――――。
「―――――以上、凪乃高校七不思議が一番目〝血吸の涸井戸〟のお話にございました。わかった?」
「分かったけど話が長い。あと何だその口調は? 語り部口調か。落語家かお前は」
「え? だってこっちの方が盛り上がるじゃない」
「百物語やってんじゃねえんだから普通に喋れ、普通に!」
出だしは普通に喋っていたのに途中から興が乗ったのか口調を変えて怪談風に。涼太は一観客目線で素直に拍手をし、朱莉は怪談話が苦手なのか耳を塞いで部室の隅で縮こまっていた。
「で、そのA子の幽霊ってのはまだ目撃されてんのか?」
「うん。調べてみれば分かるけど、今の校舎と女学校だった頃の校舎じゃ建っていた場所が違うんだよ。確かここから・・・あそこだよ」
凛斗が指差す方向は窓を向いて斜め右の北東。凪乃高校の敷地ギリギリの地点。意図してか偶然か、その周辺は手つかずのまま雑草が伸び放題である意味で異界然としていた。
「あの辺りで夕方に着物姿の女の人が目撃されることがあるの。噂通りにずぶ濡れの人が」
「正確な時間は?」
「夕方としか分かってないんだけど・・・逢魔時が確実じゃない?」
―――――逢魔時。別名を黄昏時。昼と夜が入れ替わる夕暮れの時間帯で、明るくもなく暗くもない薄暗さに前にいる人の顔が見えないことから〝誰そ、彼〟、「そこにいる彼は誰だろう。よく分からない」という理由で妖怪や魔に逢いやすい時間帯とされている。怖がりの人からすれば一番に嫌な時間帯だ。
「なるほどな。よし、誰かさんの話が長かったせいでちょうどいい時間だ。全員参加で行くとしますか」
時計を見れば時刻は六時十分前。雨も上がり、ピッタリな状況が整っている。が、意気揚々と立ち上がる三人に対し、
「嫌です!」
反対者が一人。言わずもがな朱莉である。
「訊かなくても分かるけど、怪談は苦手なのか朱莉さん」
「何が悲しくて七不思議に行かなくてはいけないのですか。此方は絶対に行きません!」
背中を丸めて蹲ったまま、頑として反対意思を提示する。「行くなら三人で行け。此方は留守番するか先に帰るから」と、震える背中が語っている。
「留守番するのはいいけど、こんな時に一人でここにいるのか? 俺ならそっちの方が怖いね」
「う、」
怪談話をされて怖くなっている今、廊下に人気はなく、お世辞にも整理整頓されているのは言えない部室で、じきに逢魔時(嫌な時間)を迎えるこの頃に、一人で留守番する。実に恐怖を掻き立てるシチュエーションだ。
「うう・・・」
考えてみれば確かに怖いと思ったのか、背中が違う意味で震えている。行くのは怖い、残るのも怖い、一人で帰るのも何となく怖い。
「行きます・・・。一緒に行きます・・・。行けばいいんでしょ・・・!」
膝が震えながら、声に怯えが混じりつつ、精一杯の虚勢を張って同行を決めた。
約一名の反対意見を抱えたまま、訪れた〝血吸の枯井戸〟。誰の仕業か「立ち入り禁止」と書かれた立札があり、その朽ち具合から時間を感じさせる。
「ここがそうか。確かにボロいなー・・・」
「雰囲気アリアリっスね。こんな所に一人で来たら間違いなくチビりますわ、自分」
先陣して男二人はこの場の雰囲気と七不思議にかかわること楽しんでいた。が、その後ろでは、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・」
ズルズル。
「ちょっと姫! お経唱える余裕があるなら自分で歩いてよ!」
ズルズル、と。途中から歩くことを拒否した朱莉を凛斗が羽交い絞めにして引きずっていた。どんよりとした雰囲気に消沈した表情にため息を繰り返すその様は、それこそが幽霊ではなかろうかと思わせる様子だった。
「自分が担いで運びましょか―――――て、え?」
歩かない朱莉に苦情を訴え続ける凛斗の姿を見兼ねて代わりに運ぼうかと提案して振り返った涼太の動きが固まった。見てはならないものを見てしまったかのような硬直。そこには、
「何を固まって・・・っっ!」
「~~~~~~~~っっ!!」
全身から水を滴らせて歩く、ずぶ濡れの誰かが、そこにいた。
噂通りに時代錯誤の着物姿で佇む「誰か」は、一番近くにいる凛斗にも涙を浮かべながら震える朱莉に構うことなく歩きだし、硬直する涼太の横を通り過ぎ、背を向けて気づいていない春輝を追い抜かして井戸の傍で立ち止まり、その場で煙のように消えた。落ちたわけではなく、井戸の淵に手を添えた体勢のまま、忽然と姿を消した。
「・・・今の見たか?」
「見ました。マジで出たッスね」
「ホントに出るとは思わなかった・・・。あー・・・背中が冷たい・・・」
忽然と現れ忽然と消えた「誰か」。好奇心による遊びのだけだったはずなのに、心霊現象に遭遇してしまった一同に流れる空気は「引き返して帰る」が優勢だ。
「・・・降りてみるか」
「はぁっ!? マジで言ってんスか春輝さん!」
「そうですよ! 正気ですか春輝さん!」
反対意見が二名に増えた。こうなれば春輝が折れて帰るべきなのだが、凛斗も反対なら一人で降りるつもりで一応訊く。
「俺は降りてみるけど・・・凛斗、お前はどうする?」
「降りる。このまま帰るなんて気に入らない。そういうわけだから姫と涼太はここで留守番。あたしと春輝は井戸の下に降りてみるから、ロープ見張ってて」
「了解ッス!」
「物好きな方々ですね・・・」
持ってきたロープを近くの木の幹に結び、井戸の中へと垂らす。降下に足が使えないために腕力と握力だけで器用に春輝は降りて行った。
「春輝ーっ。無事に降りれたー?」
「ああ、とりあえず無事だ。ふぅん・・・本当にきれいさっぱり涸れてんだな」
屈んで井戸の底を観察してみても窪地に溜まった水すらなく、文字通りの涸れたただの竪穴と化していた。
「ちょっと春輝! 上見ないでよ上!」
「暗くて見えねえよ。わざわざ言うってことは見て欲しいのか?」
「バッ・・・蹴るよ!」
「へいへい。覗きませんて」
心霊現象の中心地であるというのに、妙に和やかな空気が流れていた。
「しかし二人とも物好きッスよね。わざわざこんなロープまで用意して・・・って!?」
呆れながらに涼太が見たもの。それは解れて切れる寸前にまで細くなったロープだった。
「ヤバい・・・! 凛斗さんっ。ロープが切れる!」
「へ? うわぁっ!?」
涼太の声を合図とするかのように細くなったロープは切れ、当然降下中の凛斗は頼りの綱を失くし、真っ逆さまに落下する。
「凛斗!」
涼太の声に反応したのは凛斗だけではなかった。スカートの中までは見えなかったが、上を見上げていた春輝はロープが切れて落下する瞬間を目撃していて、降下予定のすぐ傍にいたことが功を奏して、落下する凛斗を受け止めることに成功した。
代償として決して軽いとは言えない凛斗の体重と落下の衝撃を一身に受けることになった。五体満足の健常者であるのならそれでも問題はないだろうが、春輝の場合は切断面が接合部に強く押し付けられることになるが故に、受け取った腕よりも足が痛む。
「痛っ! ~~~~てぇ・・・」
歯を噛みしめて痛みに耐え、涙を浮かべながら全身を振るわせる。思春期の男子からすれば至近距離にある女子の体が柔らかいとかいい匂いがするとか思えるかもしれないが、それどころじゃなかった。
「ごめん春輝! 大丈夫・・・?」
「ん・・・なんとか・・・」
受け止めた凛斗を降ろし、膝をさする。痛みは未だに有るが、さすることで徐々に痛みは薄れていった。痛みに慣れた、或いは麻痺していったと言えるかもしれない。もしかしたら接合部が腫れていたりするかもしれないが、少なくとも今は大丈夫そうだ。
「凛斗さーん。大丈夫ッスかー?」
「あたしは大丈夫ー」
「替えのロープか梯子を借りてくるんで、しばらくそこで待っていてくださーい」
その言葉に次いで砂地を踏みしめて歩いていく音が遠ざかっていったので、登れなくなる心配はないな、と安堵する。
「凛斗、これ見てみろ」
そこに春輝が声をかける。狭いながらもちょうど凛斗の立っている背中側で、声のトーンが何やら真剣味を帯びている。
「何かあった・・・て、なにこれ?」
振り向いた凛斗が見たもの。懐中電灯の光に照らされたそれは、人一人なら楽に通れる横穴だった。その地面周辺には石の欠片が散乱し、よく見てみると穴の入口には石と土で境目が出来ていた。
「自然に出来たもの・・・?」
「違うな。見ろ、所々だけど木で補強してある。明らかに人工物だ」
周囲を照らしてみるとトンネルと呼ぶには拙いが、人の手が入った痕跡が見られる。ただしそれも長い年月が過ぎた今ではほとんど意味を成していない。人のいない家がすぐ朽ちるように、出入りのない坑道もまた然り。つまりここは―――――いつ崩れてもおかしくない危険地帯。
「行ってみる?」
「ただ待つのも暇だしな。行ってみるか」
危険であることを微塵も考えずに、二人は横穴へと進んでいく。久しく入らぬ人の振動にサラサラ、と。土が崩れる。
「何なんだろうね、ここ」
「・・・確かこの辺一帯って山を削って拓いた場所・・・だったよな」
「うん、正確には山ほどは大きくない丘だけどね。それまでは丘とかで隆起している場所が多くて住みにくい土地だったってのを何かで読んだ気がする」
「その拓いた丘の一つにさ、坑道があった可能性はねえかな」
「坑道?」
「ああ、地下坑道だ。この辺が鉱山だったのかは知らねえが、人のいない土地だからこそ何の問題もなく穴を掘ることができる・・・筋は通るだろ?」
実際にあったのは鉱山ではない。一帯の開拓者たちが鉱脈でもないかと探しはしたのだが見つからなかった、というのが真実だ。水も豊富で湧き水も多かったことから採掘は諦め、田畑を作ることになったという。事実、凪乃高校が位置している場所は、他の住宅地と比べると少し高いところにある。
「その坑道の名残に気づかず井戸を掘って使っていたのが、何らかの理由で坑道と井戸が繋がってしまった。それなら一夜にして井戸が涸れたってのも納得できる。それなら最初に死んだ女学生の遺体が見つからなかったのも、こういうわけだな」
先を歩く春輝が懐中電灯でそこを照らす。地面に横たわるそれは、汚れて朽ちて元の色が何だったのかも判らない布らしきもの。それを纏って横たわる白いモノは、
「人の―――――骨」
「最初の女学生だろうな。井戸に落ちて着物を着ていたから溺れて、底に沈んでいた時に坑道が繋がって流れてしまったんだな。そして幽霊が出て、事故が相次いで、誰も近寄らなくなった。見つからないわけだ」
人はもちろん、動物も入れる場所ではなかったせいか、遺骨は奇跡のように原形を留めていた。肉体が朽ちる前に坑道に流れたのか、当時の体勢のままで横たわっている。
「そりゃこんな所にいりゃ化けて出たくもなるな。それか見つかりたかったか?」
返答を求めていない質問をした後、屈んで布らしきもので遺骨を包んで風呂敷のようにして持ち上げる。それを見て凛斗は違う意味で青ざめていた。
「それ・・・持って帰るつもり?」
「見つけた以上は供養してやりたい。それともここに置いておくか? 祟られても俺は責任取らんぞ」
「春輝って違う意味でお人好しだよね・・・」
ため息混じりに賛成する。電車で高齢者に席を譲るといった親切心はないが、物を言わぬモノに対する親切は昔からあった。交通事故で死んだ犬猫然り、耳の欠けた狛犬然り。ある意味では春輝らしいと言えば春輝らしい。
「無事でしたか。涼太さんが呼んでも全然反応しないから何かあったのか心配しましたよ。ところで、それは一体・・・何を拾ってきたのですか?」
「井戸の底に落ちてたさっきの幽霊の遺骨」
風呂敷を開けて頭蓋骨を見せる。しかもちょうど真っ暗な眼窩と目が合う形で朱莉を見つめる。
「・・・・・・きゅう」
「ああ!? 朱莉さん、気をしっかりー!」
遂に朱莉は意識を失った。ただでさえ怖がりな彼女にとって、心霊スポットに近づくだけで精一杯だったのに、人骨に見つめられては限界だったのだろう。遺骨を包み直して保健室へと朱莉を運んでいく。