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絶望の先に、あるものは。  作者: 七影志狼
3/35

03

「あなたの噂は耳にしています、春輝さん。両足とも義足・・・だそうですね? それは事故で?」


「ああ。あの事故で・・・俺は死んだ。両足がない俺なんて・・・死んだも同然だ」


 両足が存在すること―――――五体満足であることが生きる前提であると、両足を失った今は生きていないと、そう呟く。


「そんなこと言わないでよ春輝! 春輝は今を生きてるじゃない! 確かに両足(あし)はないけど、義足で立ててる、心臓も動いてる! なのにどうしてそんなこと言うの!?」


 生きているのだから今をちゃんと生きろ―――――言葉足らずだが凛斗はそう訴えた。

 凛斗の言葉は確かに春輝に届いたものの、凛斗の正論を聞いた春輝はギリ、と歯を軋ませる。遠慮のない真実は間違いなく正論だ。だがその正論を、今の春輝は受け入れられない。


「凛斗・・・お前に・・・お前に何がわかるんだ・・・!

 両足(あし)を失くして、走れなくなった俺に何の価値がある! 俺は走るのが楽しかった! 走っているときが一番生きていると実感できた! あの事故は俺から走りを奪った。この義足(あし)じゃ走ることができない!

 ああ、確かに俺は生きているよ。心臓は確かに動いているよ。だがそれに何の意味がある! 凛斗・・・立派な両足(あし)を持ってるお前が・・・知ったような口を聞くな・・・っ!!」


 春輝の言葉は八つ当たり以外の何物でもない。

 走ることが何よりも大好きだった春輝にもたらされた理不尽。何も悪いことをしていないのに、悪意は向こうから勝手にやって来た。

 運が悪かった―――――言葉にすればそれだけなのだろう。

 しかしそんな言葉だけで綺麗さっぱりと万事解決できるほど、春輝は人間が出来てはいない―――――。


「っ―――――、帰る」


 肩にかけていた鞄を下すこともなく、背を向けて春輝は帰った。その姿に凛斗は呼び止めることができず、その背中を見送るしかできなかった。自分がやっていることはただのお節介で、迷惑なのではないか、という迷いが凛斗の足を止めたのだ。


「・・・・・」


 悲しそうに俯き、ため息をつく凛斗の肩に朱莉が手を置いた。振り向いた凛斗を満面の笑みで迎え、言葉を紡ぐ。


「大丈夫・・・ではないですね。確かに春輝さんの言葉も解ります。

 とても大切なモノを失ったことへの悲しみ、失ったモノを持っている誰かへの鬱積(うっせき)や怒り・・・。だけどそれに意味がないことを誰よりも分かっているのは春輝さんですよ、きっと。

 だからこういう時は身を引く、或いは距離を置くなんてことはせずに、互いに意地をぶつけて相手の意地を砕くのみ。相手より強く我を通したほうの勝ち―――――だから諦めないでくださいね、凛斗さん。

 凛斗さんの言葉はいつかきっと春輝さんに届きますから」


「うん・・・そうだね。諦めちゃ何も始まらないよね・・・。っ―――――よし! 女は度胸! やってやろうじゃないのさ!」


 気合一発、鼓舞せよ乙女。〝男は度胸、女は愛嬌あいきょう〟なんて言葉は打ち砕いて、女は度胸だと、自らに喝を入れ―――――椅子に座った。


「・・・追いかけないのですか?」


 その姿はフォローした朱莉の予想外の行動で、目が点になり、呆気に取られた。鞄を持って全力疾走で追いかけていくのを想像していたのだから。


「今追いかけても春輝は意固地になるだけで余計に(こじ)れるよ。昔からそうなんだ。(かたく)なで、真面目で、負けず嫌い。今の春輝があの頃とどれだけ違っているのかは分からないけど、急がなきゃいけない理由はないし、時間をかけてやるよ。

 でもね、姫。あたしは諦めないよ。何日でも、何か月でも、何年かかっても、必ず春輝を元に戻す。あの頃みたいに明るくて前向きな春輝に、必ず―――――!」


 グッ、と。拳を握り、決意を固める。取り戻せない過去だけを見続ける後ろ向きな春輝を百八十度修正して現在を見て、前を向かせる。その決意を胸に、凛斗は己に誓った。何があっても諦めない―――――と。


「ひょっとして凛斗さんは・・・春輝さんが好きなのですか?」


「うぇ!? ちょっ・・・いい、いきなりなに、何を・・・おわたっ!?」


 不意打ちを超えた奇襲に、顔を真っ赤にさせて慌てふためき、勢い余って椅子から転げ落ちてしまった。クスクス、と。上品に笑う朱莉を睨むも、その顔は赤く染まっていてまるで覇気がなかった。


「初々しい反応で何よりです。凛斗さんが何を決意するもの自由ですが、その反応ならそういうのも心に留めておいたほうがいいかもしれませんね」


 クスクス、と。再び上品に笑う。一方で凛斗はそんなことにかまっている余裕はなく、顔を真っ赤にさせて俯きながら頭を抱えている。

 凛斗と春輝の付き合いは昔から、それこそ幼稚園に入る前からの付き合いである。ずっと一緒にいたせいか凛斗は春輝に恋愛感情を抱いたことはない。隣に、近くにいることが当たり前になる幼馴染はある意味で最も「恋愛」から遠い存在なのだ。


「う~・・・あたしが・・・春輝を・・・?」


 好きなのか、とは言葉を続けずに想像する。脳裏に浮かんだのは振り向き様に清々しい笑顔で、キラリと歯が光る春輝の姿。


「~~~~~・・・!!」


 プルプルッ、と。首を激しく左右に振って想像を振り払う。そんな姿、一度も見たことがないのだから。歯を光らせる爽やかな春輝など凛斗の妄想以外の何物でもない。


「うん! 今、そんなことはいいや! 今は春輝を立ち直らせることが―――――」


 先決、と続けようとして再び考える。立ち直らせることが優先的ではあるものの、それが終わったら? 無事に春輝が立ち直ってくれたその後は? 凛斗の頭の中に妄想春輝が再登場し、今度は少し先へ進む。


「(あたしが春輝の彼女に・・・春輝があたしの彼氏に・・・)」


 今度は世間一般の知識として抱いているカップルのイメージが浮かぶ。そしてそのカップルの顔が春輝と凛斗になり―――――、


「~~~~~・・・!!」


 ポンッ、と。効果音が鳴ってもおかしくない程に顔が真っ赤に染まる。火照った体の熱は高まり、制服の下のシャツは透けるほどに汗を掻いている。だがそれでも、明確なイメージを描くことはできなかった。今現在の春輝と凛斗が好意を持っているであろう春輝とのギャップのおかげでイメージが固まらなかったのだ。

 それでもそんな未来もあるかも、という漠然とした期待感を胸に、考えるのをやめた。これ以上考えても埒が明かないのもあるが、後ろで上品だが爆笑している人を喜ばせないために。




 凛斗がそんな妄想に手を焼いている頃―――――春輝も春輝で考えに(ふけ)っていた。ついカッとなって八つ当たりしてしまった凛斗への後悔を主に。


「凛斗は関係ないのに・・・何をやってるんだ俺は・・・。でも俺から謝ると何か(こじ)れそうだし・・・あいつもあいつで勝気で負けず嫌いだからなぁ・・・」


 ぼんやりと凛斗と春輝がお互いに謝りあって万事解決めでたしめでたし・・・なイメージは固まらず、むしろ喧喧囂囂(けんけんごうごう)と怒鳴りあっている二人のほうが容易に想像できた。


「俺とあいつはいつだって喧嘩腰・・・そういや初めて会った時も喧嘩したっけ」


 ずいぶんな昔を思い出す。強烈に印象深い出来事だったために忘れるに忘れられない初めてを。

 まだ幼稚園に入る前の頃、当時三歳だった春輝は冒険心に火がついて一人で遊びに行った。そこで家から五分ほどの距離にある大和神社(やまとじんじゃ)の長い階段に興味を持ち、三十数段上にある境内まで登り、初めての場所を興味津々に駆け回り、狛犬の上に乗って遊んでいるところを同い年ぐらいの子に見つかった。

 これが凛斗と春輝の出会い。当時は凛斗が大和神社の神主の一人娘だとは知らず、春輝が近所の子供ということもお互いに知らなかった。春輝からすれば遊んでいるのを邪魔した誰かで、凛斗からすれば両親から禁止されていることをしている誰かでしかなかった。


 お互いがお互いに正しいを言い合う口喧嘩になり、取っ組み合いの喧嘩になった。子供同士の喧嘩だから大事には至らなくとも遠慮はない。叩いて引っ掻いて、ボカスカボカスカ。

 騒ぎを聞きつけた大人に喧嘩は仲裁され、ボロボロになりながらも互いに泣かず、探しに出ていた母の戸川(とがわ) (みやこ)に春輝は引き渡されて落着した。

 それからも凛斗と春輝はことあるごとに喧嘩し、それでも仲よく遊び、また喧嘩する。いつしか〝喧嘩するほど仲がいい〟とされ、大きくなって落ち着いてきた頃には気兼ねなく付き合える幼馴染になっていた。そんな昔の思い出。


「ふ・・・。懐かしいな、俺たちは喧嘩から始まったんだ。そういや・・・前の高校(がっこう)行ってた時は昔を思い出したりしたっけか・・・?」


 答えは否、である。しかしはっきりとは覚えていない、で春輝は考えを打ち切った。懐かしい思い出に心が少し、温かくなった気がした―――――。


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