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絶望の先に、あるものは。  作者: 七影志狼
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 ―――――桜舞い散る春。冬を越えた動物が暖かな太陽に目を覚まし、寒さにじっと耐えた植物が蕾が芽吹いて花を咲かして実を付けるこの季節。学生、総じて人間においてこの季節はある意味で新しい年の始まりだ。


「俺もとうとう三年か。高校三年生・・・また一歩大人に近づいた気分だ」


「そうだよねー。高三っていうとグッと大人になった気分だよ」


 実際、社会人から見れば高校三年生は子供と変わらない。本人たちの体感が違うだけだ。小学六年生で大人になった錯覚のように、中学三年生が大人びた雰囲気を持つように。


「そういえば春輝は卒業したらどうするの?」


「今日が高三の新学期でもう卒業の話か? 気が早すぎる・・・と言いたいところだけど、すぐにそうなるよな。一年なんて長いようで短いもんだし。んー・・・とりあえずは進学するつもりだな。どこの大学に行くとかは決めてないけど」


「進学して何するかとかも決まってないの?」


 凛斗の言葉に先日の皇旅館で見えた道を思い出す。叶えたかった夢を諦めたから次の、というのは我ながら移り気激しいな、と苦笑する。だが異なるアクセスでの実現方法はあっても、叶えることの出来ない当時の夢に縋りついていても無意味であることを春輝は学んでいた。


「いや、そっちは考えてる。あやふやだからまだ確定はしてないけどな」


「どんな? どんなっ?」


「内緒」


「けちー。教えてくれたっていいじゃんよー」


「ははは。いずれな」


 笑い合いながら二人は歩き慣れた道を歩いていく。


「俺のクラスはどこですかー、と」


 学校に到着した春輝は掲示板に大きく張りだされたクラス表を見る。三年生の欄の、一番端から順に見ていって、「戸川 春輝」と書かれている名前を見つける。


「三組か」


 何となくだが感慨深くなる。まだ春頃だったとはいえ、転校してきて去年では空いているクラスに編入されただけだったし、新しいクラスについて考えれる心のゆとりはなかった。三年の今日になってようやく、春輝は進級した気分を味わっているのだ。


「同じクラスだよ春輝! ほら!」


 感慨に(ふけ)っていた春輝に横から抱きついてきた凛斗は面を食らった春輝に自分の名前のあるところを指差す。そこは確かに、三組の生徒が記されている場所だった。「わ」行だから一番端だったが。


「ハルー!」


「うわっ!?」


 内外で喜んでいる凛斗を余所に、後ろからの襲撃者。背中に飛び掛かってきた件の犯人は、言うまでもなく有栖だ。


「また同じクラスだよハルー!」


「チェシャ! 乗るな! 重い!」


「ぶー。ボクそんなに重くないもん!」


 春輝の背中に乗ったまま頬を膨らませる有栖。確かに有栖は太っているわけではないし、細身の体に加えて陸上部でほぼ毎日走っていることでその体は引き締まっている。


「人一人分は俺にとって十分に重いんだよ!」


 一般的に見て軽いとしても、人間一人分はある。背中に荷重され、義足へと伝わるその重量は、普段以上に接合部が軋みを上げる。


「そうだよ有栖っ。春輝の義足(あし)のこと考えてよ! あたしだっておんぶしてもらったことないんだから、有栖がやっちゃダメー!」


「止める理由はそれかよ!?」


 嫉妬だった。彼女である凛斗(じぶん)を差し置いて、やってもらったことないことをして欲しくない、という可愛らしい嫉妬だった。


「ちぇー。リトのけちんぼー」


 ぶーぶー、と。文句を言いながらも素直に春輝の背中から降りる。春輝の体を考えろと言われたためか、春輝の背中を踏み台にして飛び離れたりはせずにそのまま地面へと降りた。


「ふー・・・」


 背中に伸し掛かっていた重量がなくなった春輝はちょっとジジ臭く一呼吸つき、腰に両手を添えて背筋を伸ばし、身体を伸ばすのを兼ねて深呼吸をした。

 朝っぱらから一悶着あった春輝だったが、それを終えれば連れ立って割り当てられた教室へと向かった。苗字の五十音順に付けられた出席番号で宛がわれた座席だから戸川と藤林と渡良瀬では座席が離れてしまったのは仕方がない。


 いくつか簡単な説明の後、春輝たち在校生は体育館へと移動する。在校生にとって春が進級による新しい年の始まりであるように、入学式を迎えた新入生にとっても新しい年の始まりである。

 入学式も無事に終わり、教室へと戻った春輝たちは新しい担任の紹介―――顔見知りではあるが―――や、連絡事項等のオリエンテーションを終えれば解散となった。明日からは早速授業が始まるが一週間ほどは昼までの短縮授業だという連絡もしっかり受けて、帰り支度をする。


「凛斗、今日はどうするんだ? オカ研、やるのか?」


「ん? やらないよ? そこまで真面目な同好会(ところ)じゃないよ、オカ研(うち)は。涼太にはメールで伝えてたけど、言ってなかったっけ?」


「・・・・」


 パカッ、と。携帯電話を開いてメールチェック。「新着メールはありません」。


「ないならないで、それでいいさ。んじゃま、帰るか」


「そだね。・・・腕組んで帰る?」


「なんで?」


「見せつけるため。春輝にはあたしという彼女がいますよーっていう宣言」


「バーカ。いちいちそんなことしなくても手ぇ出してくる物好きなんかいねえって」


「えー。そうかなー・・・?」


 チラリ、と。凛斗はさっさと帰ってもぬけの殻となった有栖の席を見る。有栖の春輝に対する好意が人間のから異性のに変わったことを凛斗は知らないが、友人以上恋人未満の立ち位置は変わっていないことは知っている。喧嘩して春輝と凛斗が別れる寸前まで行ってしまえば有栖が出張ってくる、或いは春輝が有栖にすり寄る可能性はゼロではない。ゼロではないのだが、


「(まあ春輝が有栖を親しい女友達としか見てないみたいだし、それはないか)」


 ほぼ無いだろう、と結論付ける。

 この先、春輝と凛斗が喧嘩することはあるだろう。そうなれば互いに居心地悪く気まずいことになったりするかもしれない。それでも別れることはないかな、という半ば確信にも似た安心感のようなものを抱いている。


「(それに春輝は浮気するような性格じゃないし、根性も甲斐性もなさそうだし。というかそんなにモテないっしょ)」


 ケラケラ、と。心の中で笑いながら、ばっさりと自分の彼氏の評価を一刀両断する。有栖に先取りされるかもしれない、後追いしてくるライバルが現れるかもしれない、と一人で焦って一人で嫉妬していたかつての凛斗が嘘のよう。


「何やってんだ凛斗。用があるなら先に帰るぞ?」


「帰る! 帰るから待ってよぉ!」


 帰り支度をして、鞄を机の上に置いたまま考え込んでいた凛斗を置いて帰ろうとした春輝に慌てて追い縋り、一緒に帰る。そんな本人たちからすれば日常と変わらないことに、幸せなオーラを感じ取った同級生の一部から「リア充め・・・」という半ば呪いのような恨み言が、〝現実(リアル)で充実した生活を送っている奴め〟と言葉にせずとも発せられる怨嗟(えんさ)のような視線を向けられるが、二人そろって気付くことなくスルーした。


 翌日からは在校生にとっては短縮とはいえ普通の授業=学生としての日常が始まり、もちろん春輝たちも例外ではない。そして新入生にとっては新しい日常の始まりであり、その一つとして部活や同好会の勧誘合戦がある。


「おー・・・始めて見たけど中々に活気があるなー・・・というか騒がしいな」


 短縮授業を終えて帰宅の準備をして、オカルト研究同好会の部室へと向かっている最中に窓から外を眺めていた春輝はそんな感想を漏らした。中庭では文化部や屋内の運動部、それに同好会に所属している生徒たちが一年生たちを相手に説明やパフォーマンスを躍起になって行っている。春輝が立っている廊下の窓からでは見えないが、運動場では屋外の運動部もまた勧誘を行っているのだろう。


 あたしたちオカルト研究同好会には縁のないイベントだよね、と凛斗は言い聞かせるように呟き、今日も今日とて平々凡々な駄弁るだけの放課後を過ごして終えた。


「そういえばさ、凛斗。お前、推薦取れたらいいなって言ってたけど進学する大学決まってんの?」


 いつものように一緒に帰っている最中、春輝はそんな質問をした。上機嫌に隣を歩いていた凛斗は「何でそんなこと訊くの?」と言いたそうな顔をしたが、理由を問いただすことなく質問に答える。


「あたし、大和神社(いえ)を継ぎたいから神道学科のある大学に行くつもりだよ。でも女だから神主にはなれないから巫女が限界。けれど巫女になるのに資格なんかいらないから、なろうと思えばすぐになれるんだけどね。でも知識がないと何もできないじゃん? 巫女のバイトをしてるのと変わらないのは意味がないから、ちゃんと大学は出ようって決めてるの。一番近いところでも県外だから実家通いは出来ない距離だけどね」


 そうなると今度は凛斗がこの町を出ていくことになる。確定していないとはいえ凛斗が決心している以上、それはやがて訪れる未来だ。


「(この町を出ることになるのか・・・。そっか)」


 質問に答えた凛斗が改めて理由を春輝に訊いたが、「気になっただけ」と答えてそれ以上は話が続けられることはなく、他の話題に移ってやがてそれぞれの家に帰った。

 家に帰り、鞄を部屋に置いて、部屋着に着替えてからも、春輝は自問し続けた。本当にそれでいいのか、と。縋っているだけではないのか、と。凛斗への愛情を挿げ替えてはいないのか、と。


 旅行先で見つけた進みたい道。小難しいことではなく単純に「凛斗とこれからもずっと一緒にいたい」という想い。それは凛斗が歩んでいくのと同じ道を、連れ立って歩いていくということ。そして凛斗が神道学科の大学に進学するというのなら春輝もそこに進学して二人して故郷に帰ってくる。そんな遠くておぼろげであやふやな未来を幻視する。


 だが、それは依存ではないのかと囁く自身もまた、春輝の中には確実にいる。かつて抱いていた夢はもう取り返しがつかなくなってしまったけれど、これからを生きるためには目標を立てていないと、春輝はまたいつか必ず(つまづ)いてしまう。そのための目的―――言い換えれば夢―――を身勝手に、都合よく、考えるのを放棄して、自らの未来への選択を凛斗に丸投げして、尚且つ身を任せて引っ張って行ってもらおうとしているのではないか―――――という葛藤に、堂々巡りをした頭はオーバーヒートした。


「ああもう! 頭がこんがらがって訳が分からなくなってきた・・・。選択を委ねるわけじゃないけれど、母さんに相談してみるか・・・」


 階下から漂ってくる夕ご飯の匂いに釣られながら、一段一段慎重にゆっくりと階段を降りて行く。リビングはいい匂いであふれてはいたものの、完成はしていなかったのでソファーに座りテレビを見ながら時間を潰して夕飯を待つ。


「いいと思うわよ」


 夕食を食べ終えて食後の一服にコーヒーを飲んでいた時に、春輝は悩んでいたことの全てを都へ相談した。口を挟むことなく静かに聞いてくれていた都が、全部を聞いてその上で出した答えというか返事が、「いいと思うわよ」の肯定だった。


「軽っ。いやまあ、煮詰まってたから聞いてもらいたかっただけなんだけど。でも母さん、俺が依存してるとは思わないのか?」


「はーくんが悩んでるそれは、依存なんかじゃないわよ。むしろすっごい素敵なことだと私は思うわ」


 間違っているのかどうか、依存かどうかで悩んでいた春輝には、都の言う素敵なことという意味が分からなかった。


「素敵な・・・こと?」


「だってそうじゃない。凛斗ちゃんと同じ道を歩くことを、はーくんが、自分で、選んだんでしょ? それは依存なんていう半端なことで思い付けることじゃないわ。大好きな女の子とずっと一緒にいたいから、同じ大学へ行きたい。そして一緒にこの町へ帰ってきたい。同じ道を歩き、同じ世界に生きて、ずっと寄り添っていたい。胸を張っていいのよ。そう思えることはとっても素敵なことなのだから」


 ストン、と。都の説明は春輝の心に綺麗に落ち着いた。欠けていたピースが(はま)ったような、そんな感覚だった。中でも依存ではないのだと言ってもらえたことが大きい。委ねているのではないと、丸投げしているのではないと、そこを否定してもらえたことが何よりも嬉しかった。


「そっか・・・よかった。俺は凛斗にもたれかかってるんじゃないんだな」


 そんな情けない人間になっていなくてよかったと、本気で安心した。


「それでね、はーくん」


「ん?」


 胸に手を当てて誰が見てもホッとしている様子だった春輝が呼ばれて顔を上げると、向かいに座る都がニヤニヤしながら春輝を見ていた。


「気色悪いな・・・なんだよ」


「愛してるんでしょ?」


「へ?」


「だから、はーくんは凛斗ちゃんのことを愛しているんでしょ? 凛斗ちゃんのような現実的な夢を持つ子を相手に寄り添いたいなんて・・・。それ、ほとんどプロポーズよ」


「ぷっ・・・ぷろ、ぽーず・・・?」


 意図せず聞き返したが、プロポーズの意味を知らないほど春輝はバカではない。彼氏彼女の関係を越えて夫婦になり、同じ苗字になって生涯のパートナーになること。

 そして思い浮かんだ未来を、満更ではないと思える自分がいた。むしろそうなってほしいと思える自分がいる。


「凪乃の卒業式をジャックして結婚式でも挙げる?」


「するかそんなこと! しないから携帯を取り出すな! 誰に掛ける気だ、そんなことが出来る権力を持ってる人と知り合いでもいんのかよ!?」


「署名を集めて合法的に式を挙げさせるわ。そのための根回しよ」


「頼むからやめてくれ! マジでお願いします!」


 実際に署名を集めたところで、行政への訴えではないので相手にしてもらえないのがオチだろうが、この時の春輝にそんな余裕はなかった。そして同時に、事実上のプロポーズな決心を凛斗の拒まれる可能性を考える余裕もまた、二人にはなかった。


 ―――――一方その頃、凛斗の家ではショックな可能性を一掃する話がされていた。


「春輝くんが進学先を訊いてきた?」


「そうなの。だから大和神社(いえ)を継ぐために神道学科のある大学に行くって言ったら、そっか、だって」


 こちらもこちらで夕食時にそんな話をしていた。違うとすれば食後ではなく食事中であることぐらいだ。


「それはつまり、凛斗と同じ大学に興味があるってことじゃないか? 少なくとも私にはそう思えるぞ」


 モグモグ、と。父親は箸を動かし、口に物を運びながら、咀嚼しつつも話を続ける。その言葉に既に食べ終わっている母親は緑茶を啜りながら口を挟む。


「それって春輝ちゃんがりっちゃんとこれからもずっと一緒にいたいってことね」


「ずっと一緒にかぁ・・・そうなったらいいな・・・」


 そうなった未来を思い浮かべて、幸せそうな顔をする凛斗。温泉での一件も含めて付き合い始めてから凛斗の中でそういった思いは日に日に増している。爆発するほど我慢が限界というわけではないが、それでも「そうなったらいいな」「そうなるといいな」「そうなって欲しいな」と想いは深くなっている。


「凪乃を卒業したら神前で結婚式するか?」


「ぶーーーーっっ!?」


 春輝も投げかけられた同じような言葉に、タイミング悪く飲もうと口に含んでいた緑茶を思い切り噴いてしまった。当然、対面に座っていた父親の顔に直撃する。タオルを取って来なくちゃ、と席を立つ母親を余所に、(むせ)た凛斗は謝るよりも先に父親を睨んだ。


「いきなり変なこと言わないでよ!」


「でも満更ではない、そういった顔をしているぞ? 流石に高校を卒業してすぐは冗談が過ぎたが、それもありだということだな。―――――ありがとう」


 母親の持ってきたタオルを礼を言いながら受け取り、緑茶に濡れた顔を拭く。着ている服にもかかっているので緑茶の匂いがするも、風呂に入る前だったのが幸いした。


「あたしと春輝が結婚・・・。いいなぁ・・・そうなってくれないかなぁ・・・」


 凛斗の頭の中では再びそんな未来の光景がリフレインする。同じ家に住んで一日の始まりから終わりまでを共に過ごす夫婦の姿に加え、結婚式場でウエディングドレスを着た自分とその隣にはタキシードを着た春輝が立っている―――――そんな未来を妄想する。


 なお想像に忙しく、対面に座る両親が「孫を抱ける日も近いかもしれないな」という会話をしていることに、凛斗は気付かなかった。

 結論的に、双方の家で共に快く受け入れてくれるであろう布石は整った。あとは本人たちがどうするか次第。


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