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絶望の先に、あるものは。  作者: 七影志狼
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02

「ん・・・凛斗(りと)か。ああ・・・お早う」


「春輝・・・相変わらず朝から辛気臭すぎだよ・・・」


「・・・悪かったな」


 他人を寄せ付けず、拒絶のオーラを全身から漂わせて登校している春輝の背中を叩いて挨拶を交わした少女の名は渡良瀬(わたらせ) 凛斗(りと)。今の春輝に話しかける数少ない一人だ。


「ね、ところで考えてくれた?」


「・・・何を?」


「もーっ忘れたの!? オカルト研究同好会に入会するかどうかって話!」


 凛斗は学校でオカルト研究同好会―――略して〝オカ研〟―――を立ち上げている。ただし「オカルト研究」とは名ばかりで神秘学(オカルティズム)の研究は全くしていない。会員のそれぞれが趣味を優先していて、ただ集まって遊ぶだけの場というのが正しい。しかも正会員は二人で入り浸っている部外者一人にダラけ人間で有名な顧問という何で存続できているのかが謎な同好会。そこ春輝は誘われているのだ。


「・・・別に興味ねえよ。優先したい趣味なんてないし」


 本当は走りたい―――――という言葉を意識して飲み込んだ。口にすればするだけ傷が疼いて仕方がないのだから。


「辛気臭くて、教室で一人、授業中はともかく休み時間ですら喋らないのがほとんど。そんな春輝を幼馴染としてほっとけるわけないでしょー!」


 事故以来(あれから)すっかり元気のなくなった春輝のことが心配なの、と暗に訴えた。それが男女の好意か幼馴染の好感かは定かではないにしろ、ほっとけないと凛斗は言う。だがそれを、


「ほっといてくれよ・・・。もう、俺のことは、放っておけ」


 好意も善意も何もかもを拒絶する。

 義足を装着してリハビリを終え、転校して地元に帰って来てから三ヶ月が経った今でも、いや今までずっと春輝はこうだ。教師からもクラスメイトからも距離を取り、話しかけられても適当に相槌を打ち、好意的な相手にも「ほっといてくれ」と拒絶する。今や春輝は完全に孤立していて、口を開くこともない毎日を過ごしている。


 ―――――そんな春輝を見るのが、凛斗は何よりも辛い。明るく元気で前向きな、走ることは大好きだった以前の春輝を知っているからこそ、尚更に。だからこそ、拒絶を押し切って強行手段をとる。


「ほっとかない! 放課後に無理矢理にでも連れて行くからね!」


 ビシッ、と。春輝の顔の前に指を突き付けて宣言する。そして春輝を置いてさっさと登校していった。


「凛斗・・・。お前はなんで、俺にかまうんだ・・・」


 聞く相手のいない独り言を呟く。何故、と。幼馴染の善意を疑問に思いながら。

 何もかもを拒絶して、悲しみを抱えたまま絶望に沈む。目の前にあるもの全てを見えないと、知らないと、解らないと、一人でふさぎ込む。その目は涙に歪み、その手は顔を覆い、口からは嗚咽を漏らし、偽物の足は跪いたまま機能しない。

 彼が何も見ないから、何も見えない―――――。



 ―――――市立凪乃(なぎの)高等学校。

 以前通っていた私立青蘭せいらん学園高等学校を退学になった春輝が編入した学校で、生まれ育った地元にあるため中学までの同級生の半数はここに通っている。春輝と直接の関わりがあったかどうかは別としても、すっかり変わってしまった春輝へは誰もが接し方に困っている。結果、ますます春輝は孤立する。


 週始めの月曜日でやる気がイマイチな同級生たちも、春輝が近づけば道を開ける。それほどにその辛気臭さ(オーラ)は規格外で、話しかけるかけない以前に、近づけない。


「あ・・・お早う、戸川くん・・・」


「お早う」


 教室で席の近いクラスメイトの女子が勇気を出して挨拶する。春輝も無視こそしないが、「お早う」と返しただけで続かない。続ける言葉を探している相手に「なに?」と追い打ちして会話を打ち切る。相手は何も言えないか「ごめんなさい」と返して終わる。それが春輝の日常。


 授業中も、休み時間も、昼休みになっても春輝に話しかける同級生は現れない。義足になったことへの野次馬もいつしか消えた。たった三ヶ月で出来上がった殻。誰も近づかず、誰も入らず、誰もいない、殻。それを割るのは外か内か―――――?


 迎えた放課後。

 クラスメイト達が談笑しながら帰宅したり部活に行ったりとしている中、一人黙々と帰り支度をしている。結局、朝の挨拶以外には一言も喋らず、誰も話しかけることはなく、誰にも話しかけることもなかった。

 教材を鞄に入れ、ベルトを肩にかけ―――――ようとして、やめた。手に持っていた鞄を机の上に置いて椅子に座り直す。次々に教室から人がいなくなっていく流れに乗らず、窓の外を眺めて座る。やがて誰もいなくなり、日直から鍵を預かり、皆が帰った教室に一人だけ残る。まるで誰かを待っているかのような―――――。


「あーもう! なんで今日に限って日直と掃除当番が重なるかな! しかもゴミ捨てのじゃんけんにも負けるなんて!」


 日直の仕事と掃除当番、加えてゴミ捨てを終えた凛斗はその表情に焦りを浮かべて春輝の教室へと向かっていた。学校内は既に放課後の喧騒を抜けて、グラウンドから部活動に勤しむ生徒の声が聞こえるだけの無人の城と化していた。


「こんなんじゃ春輝待ってないよね・・・。無理矢理にでも連れて行くって言ったのにどうしよう~・・・」


 幼馴染の凛斗でさえ拒絶する今の春輝が待ってくれている姿が想像できなかった。焦りながら息を切らして教室に辿り着けばそこは誰もない空の箱―――――ではなかった。誰もいない教室で一人、春輝はそこにいた。居眠りをしているわけでもなく、自分の世界に陶酔している様子もなく、ただそこにいた。座って、窓の外を、正確には校庭で走る陸上部の様子を眺めていた。


「春輝・・・」


「ん・・・凛斗か」


 教室の入口に凛斗の姿を確認し、春輝は席を立った。鞄を肩にかけ、義足とは思えないほど違和感なく歩いて近づいてくる。


「・・・遅かったな。連行するんじゃなかったのか?」


「待ってて・・・くれたの?」


「・・・・気が向いただけだ」


 ふい、と。そっぽを向いて凛斗の横をすり抜けて教室を出る。その仕草は、昔の春輝のままだったことを凛斗は思い出し、頬が緩むのを止めようとはせずに笑顔で春輝を「連行」する。


 三階にある資料室だった部屋。収められている資料の諸々を別の教室へ移動させるのを手伝ったことで、その見返りに力尽くで頂戴した空き教室が、オカルト研究同好会の研究室だ。


「こんちわー! あれ? 今日は姫だけ?」


 ガララッ、と。部室の扉を開けて中に入ると、窓際の机に脚を組んで座る女生徒が一人だけいた。短いスカートで足を組んで少々際どい恰好(かっこう)ながら、どこか優雅で、気品を失わせない女生徒。着物姿で扇子で口元を隠せば更に映える大和撫子(やまとなでしこ)な最上級生。名を鬼灯(ほおずき) 朱莉(しゅり)

 鬼灯様、朱莉様、女王様などと様々に呼ばれる中、凛斗にだけ〝姫〟と呼ばれている女生徒で、凪乃高校では知らない人はいないといえるほどの有名人。


「凛斗さん、その姫というのはやめてください。此方(こなた)には朱莉という名前がちゃんとあるのです」


「でも女王様って呼ばれてるじゃない」


「あれは・・・! 一部の殿方にのみです。そうでなければあんな破廉恥な恰好など・・・!」


 凛斗の言葉に朱莉は顔を真っ赤に紅潮させてそっぽを向く。どうも朱莉の中での女王様とは国を治める立場の人間ではなく、クラブの女王様のイメージが強いようだ。


「ところで、そちらの方がいつも仰ってる幼馴染の方ですか?」


「うん。ほら、春輝」


 横にずれて春輝を前に出す。必然的に春輝は朱莉と向かい合うことになり、朱莉の着ている制服から上級生であることを察し、一応の敬語で挨拶する。


「・・・戸川 春輝、です。・・・よろしく」


 凪乃高校では学年によって制服が一部違う。男子はネクタイの色が、女子はリボンの色が、下から緑(一年)・青(二年)・赤(三年)と区別される。

 春輝のネクタイと凛斗のリボンは共に青で、朱莉のリボンは赤。故に朱莉は春輝にとっては先輩にあたる。


「・・・聞いてた話とずいぶん違うようですね・・・。

 初めまして、ですよね? 此方(こなた)は鬼灯 朱莉と申します。あまり先輩と呼ばれるのには慣れておりませんので、気兼ねなく話してくださって結構ですよ。よろしく、春輝さん」


 鬼灯様、朱莉様、と呼ばれる身でありながら、(うやま)わられることには慣れてないと言う。にっこりと上品な、そして無邪気な笑みを浮かべて右手を差し出し握手を求める。差し出された手を空で切らすのは失礼と考え、その手を握る。柔らかくて、温かい、手だった。


「わかりまし――・・・わかった、鬼灯さん」


 敬語で話そうとして言い改める。ただし最低限の礼儀は失せずに、「さん」と敬称を付ける。だがそれにも、朱莉はどこか不満げな表情を浮かべる。


「朱莉。此方(こなた)の名前は朱莉というのです。|気兼ねなく呼んでください(・・・・・・・・・・・・)春輝さん」


 目を細め、口を尖らした様子で文句を言う。鬼灯(みょうじ)は一個人のものではないと、だから一個人のものである朱莉(なまえ)を呼べと、笑顔で訴える。有無を言わせない雰囲気と我を通す強引な求めに動かされたのか、三度目の挨拶を紡ぐ。


「・・・よろしく、ほおず――・・・朱莉、さん」


「はい。よろしくお願いします、春輝さん」


 今度こそ満面の笑みで挨拶を交わす。まるで水底にいる春輝を自らの立ち位置まで引っ張るかのような押しの強いやり口に、凛斗は「なるほど」と感心する。

 今の春輝に同情や遠慮や譲歩は無意味と、多少強引でも引かなければ元の春輝は揚がらないと、凛斗は再認識し同時に証明された。



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