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絶望の先に、あるものは。  作者: 七影志狼
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「―――――ふぅん。ふぅ~ん。ふぅ~~~~~~ん」


 案内を終えた春輝を待っていたのは、とんでもなく不機嫌で凍るような目つきで春輝を睨む凛斗だった。


「事情は分かった。入会したいって言うのなら無碍(むげ)に断りはしないよ。しないんだけど。それで、なんで密着してんの?」


 ズビシッ、と。腕を組んで足を組んで座っていた凛斗が二人を指差して追求する。言葉通りの意味で春輝と有栖は密着して立っているのだ。より正確を期すならば、突っ立っている春輝に対して有栖が腕を組んで密着している、というのが正しい。


「納得のいく説明を要求しますが、返答は如何に?」


「えっと・・・それはだなぁ・・・なんというか・・・ええっと・・・。~~~~・・・だあああっもうくっつきすぎだ! べたつく! 離れろ! 頼むから!」


 いい加減に耐え切れなくなった春輝が笑顔で腕を組んでいる有栖に対して離れろと要請する。しかし有栖は笑顔のまま、


「やだ」


 すっぱりと断った。


「お前の意見なんざ聞いてねぇんだよチェシャ! さっさと離れろ!」


 無理矢理にでも引き離そうと腕を振り回すうちに腕から手がすっぽ抜け、軽い有栖の体が飛んだ。このままでは壁に背中を打ち付けてしまって危ないと考えた涼太が椅子から立ち上がり庇おうとしたが、その心配は用をなさなかった。


「よっ・・・と」


 短距離ながらも飛ばされつつあった有栖は空中で体を回転させて打ち付ける予定だった背中を足先へと変更し、壁に着地して床へと降りた。


「にゃはは・・・改めて自己紹介するよ。ボクは藤林 有栖。特技は今みたいに体が軽いことでハルとは前の学校で同じ陸上部の特待生だったんだよ。みんなに呼ばれていたあだ名はチェシャ。今はハルしか呼ばなくなったけど、これからよろしくね!」


 特技を実演してみせるという中々に奇抜な自己紹介を行った。既存のメンバーは面を食らいながらも三者三様に「よろしく」と挨拶をして自己紹介をして、有栖のオカルト研究同好会への入会は完了した。


「ところで春輝は有栖とどういった関係なの? あだ名で呼び合ったり腕組んで密着するとか・・・彼氏彼女(カレカノ)な関係だったりするわけ?」


「さっきも言ったろ? 前の学校の陸上部の仲間だ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」


 訊かれたことに淡々と事実を述べる。第三者がどういう風に感じるかは別として、春輝が自覚している限りでは友人であり部活仲間以上の関係ではないのだ。


「冷たいなー・・・同衾(どうきん)した仲じゃない」


「どうきっ・・・!?」


 ※注:〈同衾〉とは一つの寝具の中に一緒に寝ること。特に、男女が性的な関係を持つこと、である。


「人聞きの悪いことを言うな! 同室になっただけだろ! 合宿所で! 大部屋で! 全部で二十人! 確かに部屋ん中で間仕切りとかはなかったけど、お前の布団の中に入った覚えも入られた覚えもない! 襲った事実なんか皆無だ!」


「じゃあ潜り込んでたら襲ってくれたの!? 惜しいことしたなー!」


「やかましいわっ」


 有栖の人聞きの悪い冗談に対して声高らかに全力で否定し、呆れながらも真剣にツッコミを入れる。事実無根であるため即座に否定しないと春輝の面子にかかわることだ。


「つまり、友達以上恋人未満ってこと?」


 二人のやり取りを見ながら凛斗がそう位置付けすると、有栖は「恋人候補がいいなぁ」と呟いたのを聞いたのか、即座に春輝が「友達だ。それ以上でもそれ以下でもない!」と訂正させる。有栖にとって春輝は好いた相手で目標であるが、春輝にとって有栖は部活仲間の延長線上の良くて親友の位置付けだ。双方の交わらない主張に、二人の考え方にある温度差に、ひとまず凛斗は胸を撫で下ろした。


 コンコン、と。そこで部室のドアがノックされて一人の女子生徒が入ってきた。その顔は見覚えがあり、改めて名前を聞いたクラスメイトだった。


「あの、有栖ちゃんいますか?」


「アカネー!」


 訪ねてきたクラスメイト、藤林 朱音の姿を確認するや有栖は朱音に抱きついた。見方によっては過剰に見えるスキンシップも慣れていれば対応できる。春輝がそうであるように朱音もまた抱きついてきた有栖の勢いを手慣れた様子で相殺(そうさい)する。


「あ、こんちにわ戸川くん」


「よう、藤林じゃないか。どうした、何か用なのか?」


 何の用かと問われた朱音は抱きついている有栖を指差しながらフルフルと首を横にする。


「有栖ちゃんを迎えに来ただけだから用ってわけじゃないの」


「そうか。―――あれ? 苗字が同じってことは・・・もしかして二人は兄弟なのか?」


「せめて姉妹って言ってよ・・・。従姉妹だから厳密には違うけどね」


「そう! 今ボクはアカネの家に居候してるんだよ。でもアカネ、迎えに来たって何で?」


 抱きついたまま有栖は朱音に訊ねる。心当たりがない、と顔に書いてあるような邪気のない表情だった。その顔を見てため息をつきながら「やっぱり・・・」と朱音は呟いた。


「やっぱりお母さんが朝に言ったこと忘れてたんだね? 編入祝いと歓迎会を一緒にやるから早く帰ってきなさいって言われてたじゃない。放課後になるなりどこかに行って、いつまでたっても帰ってこないから迎えに来たんだよ。今日一日のほとんどで戸川くんと話してたからここにアタリを付けてきたの」


 その推察は見事に的中したので学校内を探し回る手間が省け、即座に目的を達することが出来たのだ。


「あ、そうだったそうだった。おばさんにそんなこと言われてたっけ。じゃあボクは帰るね、ハル!」


 抱きついていた朱音から離れ、軽い足取りで春輝の傍までやってきた有栖はその流れのままに春輝に顔を近づけ―――――、


「チュッ」


 その右側の頬に唇で触れた。


「―――――っ!?」


「あああああっ!?」


 西洋圏では挨拶に等しい行為でも、春輝には予想外の不意打ち。過剰なスキンシップでもここまではなかったため、何をされたのか飲み込めた瞬間、顔を赤くして固まってしまった。反して凛斗は突拍子のない行為に思わず椅子から立ち上がって大声を上げた。


「にゃははっ。バイ!」


「それじゃ失礼します!」


 春輝の意識が回復する前に、凛斗に掴みかかられる前に、しでかした張本人は脱兎の如く退散していった。春輝の意識が回復したのはそれから十数秒後の凛斗に(すね)を蹴られた衝撃によるものだった。


「どういうことなのかな春輝? 友達だって言ったよね? 彼氏彼女(カレカノ)な関係じゃないって言ったよね? 納得のいく説明をお願いしたいんだけど?」


「外国の方じゃ挨拶の代わりだっていうじゃねぇか! そりゃあされたのは初めてだけどさ・・・っていうかそもそも何でされた俺が弁解せにゃならんのだ! 被害者じゃねぇか、むしろ俺は!」


「春輝さん。その緩んだ顔では説得力がありませんよ」


 指摘されて気付き、慌てて右手で口元を覆い隠すが時すでに遅し。胸ぐらを掴まれて本気で怒っている凛斗に引き寄せられ、されるがままに凛斗と身長を合わせる体勢となった。先ほどまでの不機嫌な顔とは比べようにならない程に吊り上った目付きで睨まれて威圧されるおかげで、春輝はもう冷や汗が流れっぱなしだ。


「さあ、何か言うことはある?」


「弁解・・・弁解は・・・弁解はできない!」


 しようがない、という言い方はせずに敢えて出来ないと答えた。その言葉に凛斗は「ああん?」と凄みを利かせるが、それを受け流して言葉を続ける。


「さっきのは予想外だったし不意打ちではあったけど、防ぐことだって避けることだって出来たはずだ。それをしなかったのは確かに俺の落ち度。それでも俺はチェシャのことを友達以上には思ってない、それは絶対だ! それに俺は―――――、」


 勢いのまま「俺は凛斗のことが好きなんだ」と告げようとしたが、寸でのところで踏み止まる。勢いに流されるのは簡単だが、元より自分自身がはっきりと自覚していないままでは不誠実だし凛斗にも失礼なのでは―――これらの理由は思考が落ち着いてから改めて考えたこと―――と思い、刹那の判断で口を閉ざした。


「それに俺は、その続きは?」


「今は関係ないことだから言わない。だけど今言ったことは事実だ」


 じぃっ・・・、と。お互いに一歩も引かずに睨みあう。そこに涼太が手を上げて立ち上がり、


「裁判長! 被告人の執行猶予を求めます!」


「発言を認めます。弁護人は理由を述べなさい」


 なぜか寸劇の裁判ごっこになってしまった。なお配役は被告人はるき検事りと弁護士りょうた裁判長しゅりの四人設定。裁判官(だれか)が二人足りない。


共犯者ありすと共謀する動機が分からない以上、先ほどの行為が被告人はるきの故意によるものなのか意図していなかったものなのかの判断がつかないからです!」


「要求を認めます。検事りとは口頭弁論をやめなさい」


「でもっ姫・・・!」


「・・・・・」


「わかり・・・ました・・・」


 一瞬でこの場を即興劇に仕立て上げられたことで、凛斗は場を壊さないように裁判長しゅりの命令に従い春輝への追及を止めた。渋々といった表情で引き下がり、パイプ椅子を手に取り窓際でその身を委ねた。


「本日の裁判は閉廷とします」


 コンコンッ、と。テーブルをボールペンの頭で叩き、幕引きを合図する。

 人は新しい環境に放り込まれたとき、即興劇に放り込まれた役者のように本能的に舞台を破綻させないように行動する―――――と何かの漫画で読んだ気がするな、と春輝は考えながらも小声で二人に「ありがとう」と述べて部室を出ていった。部室に残っているのは口を(つぐ)んだ凛斗と役柄を終えた涼太と朱莉の三人だけ。


 しばらくはそのままに、三人が三人ともだんまりを決め込んでいたが、時間にして十分ほど経過したところで朱莉が口を開いた。


「嫉妬、ですか? 凛斗さん」


「っ・・・!」


 ストレートに凛斗の核心を突く。回りくどく言われたところで黙秘を通そうとしていた凛斗だったが、直球で貫かれては反射的に反応してしまった。


「有栖さんは春輝さんのことが好きなのでしょうね。それはもう好きで好きでたまらない、というのが見てるだけでわかります。春輝さんにあれだけ突っかかったのもそれが原因なのでしょう?」


「わからな―――・・・ううん、その通りだよ、きっと。有栖がね、春輝にくっ付いているのも、春輝が有栖と仲好く話すのも、見てるとすごく嫌な気持ちになるの。だから有栖があんなことした時に、〝やめて!〟って思った。うん、あたし有栖に嫉妬してる。春輝を取られたくないって思ってる。ああ、やっぱりあたし、春輝のことが好きなんだ」


 春輝のことが好きなのだと自覚して、幼馴染として接しながら機会を見計らって―――という考えは脆くも崩れ去った。有栖は自分と違って正面から堂々と春輝にアタックしている。形振り構わずいられなくなるほど、それに凛斗は危機感を覚えたのだ。


「凛斗さんがどう考えているのか此方(こなた)には分かりません。ですが凛斗さんが本気で春輝さんのことは好きなのでしたら、ぼやぼやしていると盗られてしまいますよ」


「文字通りの泥棒猫ッスね。それに凛斗さん、昔からよく言うじゃないッスか。〝恋は戦い、そしてそれは早い者勝ちである〟って」


「そう、だよね。早い者勝ち・・・うん、そうだよね! ありがとうっ姫、涼太! 今日今すぐは無理だけど、あたし諦めずに戦うよ。有栖なんかに春輝は渡さないんだから!」


 そして凛斗もまた部室を出ていった。モヤモヤしていたものが一気に晴れたのか爽やかな表情で決意に満ちた瞳をしていた。


「・・・ところで今の言葉、此方(こなた)は聞いたことがないのですが・・・?」


「あるわけないじゃないッスか。今さっき自分が作った言葉なんスから」


「涼太さん・・・」


「嘘でも信じればそれは真実になるんスよ、朱莉さん」


 あははは・・・、と。乾いた笑い声をあげて引きつった笑みを浮かべる朱莉に対して、してやったりと満面の笑みを浮かべる涼太は二人して笑い合う。


 ―――――そしてここに。新たな戦いが幕を開けた―――――。




 一方で凛斗に宣戦布告される相手となってしまった有栖は、従姉妹である朱音と一緒に歩いていた。


「いやー・・・今日はいい日だったよ。転校した先がハルの地元の高校だなんて幸先いいよね」


 にゃははは、と。清々しく有栖は笑い、笑顔で鼻歌を奏で、帰り道を上機嫌に歩く。


「有栖ちゃんは戸川くんのことが好きなの?」


「そだよー。ハルが近くにいてくれたらね、胸の中がポカポカするんだ。安心できるっていうのかな、よく分からないけどすごく落ち着くの。だから大好き!」


 有栖にとって春輝の存在は一日一日を生きるための活力源のようなものであり、そこに好きな相手だから、という理由を付けている。それを失ってしまえば精神的なエネルギーを補給できなくなってしまう。いわばガソリンだ。それ故に春輝が転校してしまった後はガス欠となってしまい、勉強に身が入らなくなってしまったのだ。


「(でもそれって異性の好きというより人の好きなんじゃ・・・? でもでも何だか荒れそうな感じ。渡良瀬さんも戸川くんのことが好きって聞くし、修羅場ったりするのかなー)」


 自らの好奇心に従い、朱音は凛斗のことを有栖に伝えなかった。本心を明かすのなら、同じ男を好きなった同士で有栖と凛斗に仲良くなって欲しいな、と考える。


「(転校したばかりの氷みたいに冷たい戸川くんは好きだったけど、今の戸川くんには興味ないから私は関係ないけど・・・面白くなりそうだなー。(あお)りはしないけど)」


 などと、思惑を巡らせながら二人は連れ立って歩いていく。有栖は自らの生きる糧として春輝を求め、朱音は自らの好奇心を満たすために修羅場を求める。


 ―――――そしてここにもまた。新たな戦いが幕を開けた―――――。





 さらに一方で春輝もまた、考え事をしながら帰宅した。「ただいま」と挨拶し、自室に戻ってベッドに飛び込む。仰向けになって天井を眺め、考え事を続行する。


「(さっきは・・・危なかったな・・・。あのままだった口を滑らして凛斗に好きだっていうところだった。自分でもよく分かってないのに勢いで告白するわけにはいかんし・・・恋愛感情ってのはほんとに難しいなぁ・・・。でもチェシャにこんな思いをしたことはないんだよな。有栖に〝チェシャ〟ってあだ名を付けたのは確かに俺だけど、異性というより親戚みたいな和やかさがあるんだよなー。ああ・・・分からん・・・)」


 そこで大きく欠伸をし、そのまま瞼を閉じた。精神的にか肉体的にか、ひどく疲れていたらしく眠りは直ぐに訪れて夢を見ない程度には熟睡した。そのまま寝入ってしまった春輝は夕食というよりも夜食を取る羽目になってしまった―――――。


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