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珠洲風

3話目です。府庫塔からいきなり別の場所に移動しています。バタバタした内容ですみません。そんな作品ではありますが、お読み頂けたら幸いです。思うところがあって、タイトルを変更いたしました。

 「ムカつくー!!!」

 ガンと叩きつけるようにして、私は夕食の鶏肉の煮こみに箸を突き立てた。

 「さらちゃん行儀が悪いですよ」

 「だって珠洲風すずか!あの男、党条とうじょう たから、本当に嫌な奴なんだぞ!!」

 「でも更ちゃんは、その党条さんが出した仕事をこなしたんでしょう?」

 「ああ。終業時刻ギリギリまでかかったけどな」

 「それなら、党条さんも更ちゃんの事を認めてくれたのでは?」

 「そんなわけあるか!あのチビ、私がまとめた書類見て、まあこれくらいできなきゃ図書管理役なんて名乗れるわけねぇしな、とかぬかしやがったんだぞ!あんな本当にやる必要があるのかも怪しい仕事を大量にやらせておいて!」

 「更ちゃん、いくらなんでも上官にチビは・・・それに更ちゃんは女性にしては背が高いほうなんだから、党条さんも別に背が低くはないと」

「いーや、アイツは私より2cmセンチも小さい!」 

 「それ、たいして変わらないと・・・」

 「違う!私より2cm低いって事は、170無いって事だ!!つまりアイツはチビで性格悪くて腹立たしいムカつく男なんだよ!!」 

 「悪口が増えてませんか・・・?」

 「悪口じゃない!全部まごうことなき真実だ!!!」

 私の剣幕に、珠洲風は苦笑う。そんな姿すら1枚の絵画になるのではないかと思うくらいに、この異腹妹いもうとは美しい。

 金瀬かなせ珠洲風すずか。私より2歳年下の腹違いの妹であり、央里国の外交、貿易を取りしきる風官ふうかんの長、風長かぜおさに、わずか15歳で任じられた。珠洲風も私と同じく13歳になる年に官吏登用試験に合格している。それから2年足らずでまつりごとの五大部署のひとつの長を任せられるなど、異例の大抜擢だったため、当時は、良きにしろ悪きにしろかなりの大騒ぎになった。

 私は珠洲風なら、それくらいできるんじゃないかとも思ってたから風長に任じられたと聞いた時も、あまり驚きはなかったがな。

 この妹は、どちからといえば天才肌だ。なにせ彼女が風官を目指した理由は、自分の名前と同じ(風)の文字が入っているから自分は風官にならなくてはいけない、という謎の使命感にかられたからだ。そんな理由で実際に風官になってしまい、果ては風官のいただきである風長の位についてしまった事が、珠洲風の天才性を証明している。そのうえ彼女は、背に届くほどの長さの光り輝く黄金の髪にすきとおった海色の瞳、雪のように白く滑らかな肌と蕾がほころぶかのように薄紅に色づいた唇、そして、老若男女問わず、誰もが一瞬呼吸を忘れるくらいの美しい顔、しっかりとしたふくらみをもつ胸に細くくびれた腰回りとすらりと伸びた長い足、文字通り天女のような美しさを持つ女性でもあった。

 天は二物を与えずなんて言葉が東大陸のどこかの国にはあるそうだが、私の知る限り、珠洲風はそれが嘘であることを証明する人物のひとりだな、間違いなく。

そんな事を考えながら、何とは無しに珠洲風の顔を観賞していたら、足音が聞こえて来た。しかし、慌てる必要はない。この足音は聞き覚えのある物だ。それに、珠洲風がハッとして服や髪を整えている。

となれば、来たのはアイツか・・・

入るぞ、と 声をかけて入って来たのは、思ったとおりの人物。

 「おい綺羅、なんでお前が風長のやしきにいるんだ?」 

 「仕事終わらせて、妹の邸に遊びに来て何が悪い。そう言うお前こそなんでここにいるんだ?片岡かたおか。終業時刻はとっくに過ぎて、官吏たちは皆、城の敷地内の官舎か、それぞれの邸に帰ってる時間だぞ」

 「俺は仕事だ。副官として、不備があった書簡を風長にお届けに上がったんだよ」

 片岡かたおか勇斗ゆうと。珠洲風の副官、つまり風長の副官。私とは同期で、もともとは珠洲風の先輩であり上官だったのだが、珠洲風が風長に任じられた時、珠洲風自身に望まれて副官になった。

 ちなみに、副官になる事を了承した理由を聞いてみたところ、

 「金瀬は天才で有能のくせしてヌけてやがる。近くで見とかないとぜってえ馬鹿をやらかす」

 こんな風に、姉である私を前にして、ヌけてるだの馬鹿やらかすだの、随分はっきりと言いきってくれた。

しかし珠洲風は、そんな片岡のことを出会った当初からやたらお気に入りで、勇斗さん勇斗さん、と懐いている。 

 「だって勇斗さん有能だし、頭もキレるし、腕もたつし、仕事に関してはとても厳しいけど上手く出来たら褒めてくれるし、美形ではないけれど整った顔立ちをしているし、身体つきも男らしくてたくましいし、少し腹黒いところも素敵だし、とにかく全てが格好かっこいいですもの!!」

上官が部下に褒められて喜ぶのはどうなんだ、とか、腹黒いというのは美点じゃないぞ、と言ってみても、珠洲風は薄紅にそまった頬に手を当て、うっとりと吐息を漏らすだけで、私の話なんか聞いちゃいなかった。

恋する少女の心にはブラインドがかかっている、そんな事を実感した瞬間だった。

片岡は手にしていた書簡を卓の上に置き、空白になっている箇所を指先で叩く。

「ほら、ここんとこ。印、押すの忘れてんぞ。これじゃ提出できねぇだろが」

「あ、ごめんなさい。今押しますから」

珠洲風は、常に持ち歩いている風長の印を懐から取り出し、印を押す。

「ん、これで大丈夫だ。ご苦労さん」

勇斗が、くしゃりと珠洲風の頭を撫でてやると、彼女は、ぱぁと顔を輝かせる。この笑顔を見たくて何十人もの男が、珠洲風に美辞麗句を並べた恋文や、高価な衣や玉など、趣向をこらした贈り物を渡したが、彼女はにこりともせず、受けとる事もしなかった。

けれど、ただ頭を撫でるだけで、その笑顔をいとも簡単に目にする事のできる男がいる。

珠洲風が心から片岡を好いている証拠だ。

私には、片岡のなにが良いのかさっぱり分からないけど。片岡は友達だけど、それとこれとじゃ話が全く違うしな。

片岡は再び書簡を手にし帰ろうとしたが、思い出したとばかりに振り返った。

その目つきは、少しばかりきつい色を滲ませている。

「それにしても綺羅、お前随分宝 にいの事を悪く言ってたな」

片岡が誰の事を言っているのか、すぐには分からなかったが、宝という名が、さっきまで散々こき下ろしていた上官のものだと気づいて、私はわずかに眉を寄せた。

「宝兄って・・・片岡、あのチビの事を知ってるのか?」

「チビ・・・」

「更ちゃん!」

珠洲風に、咎めるように名を呼ばれ、不本意ではあるが言い直す。

「党条 宝と知り合いなのか?」

けれど、 敬称はつけなかった。

片岡は仕方ないと肩をすくめて、私が上官を呼び捨てにした事には触れずに、問いに答えてくれた。

「イトコだよ。俺の親父の姉の子どもが宝兄だ」

「ええぇぇ!?」

思いもやらない事実だ。しかし、なんだか納得も出来てしまう。なぜなら、片岡勇斗と党条 宝は雰囲気がよく似ているからだ。

「待って下さい。勇斗さんのイトコという事は彼も七武戦衆の血をひいているという事ですか?」

「そうなるな」

確認するような珠洲風の言葉に、片岡はあっさり頷く。

「って事は貴族か」

そんな感じは全くしなかった。なんせ、初対面の時から卓の上に仁王立つという、貴族にあるまじき作法の無さだった。

しかし彼は貴族。しかも七武戦衆。


七武戦衆とは、央里国初代王と共に国の礎を築いた7人の人外の者たちの事だ。彼らは、後に初代王から貴族の地位を賜り、その子孫たちの多くが今でも国に仕える官吏となっている。

片岡家は、その七武戦衆の一家、

『 鬼 』の片岡なのだ。


「党条管理番も鬼の力を持っているのか?」

「もちろん。それだけじゃないぜ。勉強出来て、武術の腕もある。誠実で責任感のある人で、俺もよく面倒みてもらったよ。宝兄は官吏登用試験も次席合格だったんだぞ」

誠実で責任感のあるっていうのは、何かの間違いだとして・・・

鬼の力を持っているのと次席合格っていうのは本当だろう。 片岡が私に嘘をつく理由はないし。けれどそうなると、もうひとつ疑問が出てくる

「なんで、そんな血統も成績も優秀なのが閑職の図書管理なんてしてるんだ?」

普通なら、出世街道を苦もなく、楽に走って行ける立場のはずだ。

「自分で希望を出したんだよ。府庫塔の図書管理がやりたいって」

それはまた、少し見ないくらいの変わり者だ。自分が持っている有益を、溝に投げ捨てるようなものである。

「なんでそんな真似をしたんだか・・・」

「本が好きだからだろ」

「・・・」

それなら仕方ない。府庫塔の図書管理という職務は本好きには天国へ招待されるようなものだ。

それに、

私は珠洲風をチラリと見やる。

「何ですか?更ちゃん」

文句のつけどころが無いくらいの美しい顔に笑みを浮かべて首を傾げる妹。


この子より、遥かにまともな理由なのは間違いないな。




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