府庫塔
央里国2話目です。新たな登場人物が現れます。きつく当たるというより、なんだか性格が子どもっぽい人になってしまいました。
府庫塔。央里国王城 白堊城の敷地内、その隅に立つ、地上8階、地下4階からなる塔であり、別名 知識の墓場 と呼ばれている。
府庫塔は、央里国内の本全てが所蔵されており、学術書、歴史書、兵法書、魔術書、物語、絵巻物など、本の種類は多岐に渡る。
更には、央里国の政に関する案件について記した資料や、戦争や国交の報告書、国が建てた国内の建造物の図案、歴代の王の日記、王族の者が趣味で集めた書物、時にはこんなものが残っていていいのかと焦るような機密文書など、紙に文字が書かれたもので、それが央里国に関する物であれば、なんでも揃っているのだ。
そして、その府庫塔に在する図書管理役の職務は、府庫塔の書物の貸出や閲覧の手続き、依頼があれば過去の政に関する資料を探したり、汚れたり、頁が破れたりした書物や資料の修繕。古くなった書物の復元、編纂、時には改竄や処分も行う。そして、危険な魔術書や禁止図書の回収、管理と、ここまで言うとたくさんあるように思えるが、実際は閑職だ。
そもそも書物の貸出や閲覧と言っても、府庫塔が城内にある以上、利用者は王族もしくは宮仕えの官吏くらいしかいない。過去の資料を探して欲しいという依頼も滅多に来ない。利用者が少ないため、書物や資料が汚れたり、頁が破れる事もほとんどなく、修繕を行う必要もないのだ。古くなった書物の復元や編纂も定期的に行えば、毎日行う必要もない。ましてや改竄や処分が必要な書物や資料なんてそうそう無い。
危険な魔術書や禁止図書の回収や処分に至っては、無いのが普通だ。
故に、図書管理役は、終業時刻まで日がな1日、府庫塔で本を読んでいるのが実情だ。
だいたい、国の政治や法律を取りしきる光官、国の外交や貿易を取りしきる風官、国の軍事や戦闘を取りしきる火官、国の治水や交通を取りしきる地官、国の祭典や儀式を取りしきる水官、これらの部署は白堊城に隣接する場所にあるというのに、府庫塔だけは城の敷地内とはいえ、城から離れた敷地の隅にある時点で、府庫塔が国に重要視されていない事は明白だ。
「なんだってそんな所に私が・・・」
何か取り返しのつかない失態を犯して、火官から図書管理役に降格、じゃなくて人事異動されるなら仕方ない。しかし火官として宮仕えを始めて6年、目立った失態なんて犯してはいないし、むしろ近年は功績を挙げる事の方が多く、鳳凰軍246名のなかで上位45名にのみ与えられる席官位の14席にまで登りつめたのだ。
火官の長である火長であり、鳳凰軍の大将軍や、その第2補佐官で凰軍の将軍も王の勅命とはいえ、これはおかしい納得いかない、と王に奏上してくれたが、勅命は勅命だ。くつがえる事はなかった。
「まあ行くしかないか」
不満も不平もあっても、所詮私はしがない、いち官吏だ。国の、王の命令ならば「拝命します」と
答えるしかない。
府庫塔の観音開きの扉を開けて、重い足取りのまま中に入る。
そして、圧倒された。
「う、わ・・・」
鼻に届く紙とインクと墨の匂い。目に届く頭が回りそうなほどの大量の本。1階から8階まで吹き抜けになっていて、壁全てが本棚だ。その中には隙間なく本が詰め込まれおり、その本棚に添うように廊下があり階段がある。
「確か、図書管理役の仕事場って最上階の8階だって・・・」
つまり、足で8階まで登れと。
螺旋状の廊下と階段を見上げる。吹き抜けになってはいるが、高過ぎて8階は視認できない。
目に遠視魔術かければ見えるだろうけど。さすがにそれはなぁ・・・。
「あ、身体強化の魔術使えば8階まで登るのも楽かも」
いや強化じゃなくて、身体の負担軽減魔術の方がいいかな?
軍事にたずさわる火官は、身体が資本の戦闘が仕事なので、戦闘訓練の他にも身体に関する魔術の修練を積む。
建国の頃には7人だけだった魔術師。しかし今では、種族問わず央里国で魔術を使えないものは少ない。しかし、使える者が多いだけで魔術師と呼べるほど極めているものも少ないのだ。
私も火官で修練する身体魔術と自分の戦闘法を生かすための魔術しか使えないし。
「つか遠ッ!」
遠い、遠いよ!仕事場、最上階じゃなくて1階にしろよ!これから毎日、始業時刻に間に合うようにこの階段登らなきゃならないのか、私は!
くそう、身体強化でも負担軽減でもなく脚力強化の跳躍力上昇にして跳べば良かった!
それなら8階まで4、5回跳ぶだけで済んだのに!心中で文句を並べながら、それでも登り続けて10分後、
「ふぅ・・やっと着いた」
「遅いぞ、新入り」
パタンと本を閉じる音に、階段の手すりに凭れるようにしながら俯けていた顔を上げれば、そこには閉じた本を片手で持ったまま仁王立つ、ひとりの男。
薄茶の少し長めの髪は西の装具であるバンダナでまとめているが、纏っているのは東の衣装を簡略化したもの。切れ長の碧の目がこちらを見下ろしている。
顔立ちは端正で体つきも悪くない。府庫塔の図書管理役なら文系の細身だと思ってたけど、この体はきちんと鍛えられている。戦闘ができる体だ。
・・・って私はまた何やってんだか!
初見であろうと、相手が戦う事ができるか否かを推し諮ろうとしてしまう。完全に火官としての職業病だ。それにしてもこの人、なんで、なんで
「なんで、卓の上に立ってるんですか?」
「気にするな。男の事情だ」
「いや、気になります」
「なぜだ?」
なぜって、あんた・・・
「女の事情です」
とでも言っとこう。どんな事情かは自分でも分からんが。
「ちっ」
舌打ちしやがった。
「俺は党条宝だ。お前が綺羅更咲か」
「そうです。本日付けで鳳凰軍凰軍第14席火官綺羅更咲、府庫塔図書管理役に任命されました」
「ああ、管理長に聞いている。俺は図書管理番だ。この部署は総勢5人で、管理長に俺、そして管理番がひとりに管理役がふたりだ」
管理長 管理番 管理役。府庫塔にも階級はあるようだ。それにしても5人って少なすぎやしないか。
「それで、お前が6人目になる、かもしれない」
ムカつく発言だな、この野郎。私が職務を全うしない奴だと言いたいのか?それに いつまでも卓の上に立ってんなよ。行儀が悪いぞ。
「閑職と評判の図書管理の職務はそんなに大変なものなのですか?」
「ハッ!」
嘲笑された。ムカつく男だ。
「前の職場に未練たらたらで今の職場に不満たらたらな奴が、図書管理が閑職か大変か分かるほど仕事する気あんのかよ?」
「なっ!」
カッと頭に血がのぼるのを感じた。うるさい!と怒鳴りそうになるのを、唇を噛む事で耐える。だいたい仕事をしている様子がまるでしない人になんでそんな事を言われなくてはならないのだ。
「分かりました」
そっちがそこまで言うのなら、やってやろうじゃないか!
「では、党条管理番。私に仕事を下さい。図書管理役として働きます」
働いてそれをこなして、この男に図書管理は閑な職務ですねって茶ァ飲みながら、縁側のおじいちゃんおばあちゃんよろしくのほほんと嘲笑ってやる!
縁側のおじいちゃんとおばあちゃんはのほほんと笑いはするだろうが、嘲笑いはしないだろう。と突っ込んでくれるものはいない。
「ほぉ、いい度胸だな。新入り」
党条管理番はニヤリと笑う。悪どい顔が似合う男だ。
「ならやってみろよ!」
そして、彼は自分の背後を振り返る。今まで気づかなかったが、そこには高く積まれた紙がある。紙の色から、それが古い物だと分かる。
「これは?」
手にとってみると、適当に走り書きがされている。思いついた事を思いついた時に書いたという感じだ。
「これは、5代目央里国王が政に関する思案を走り書きした紙だ」
驚いて、手に取った古紙を見つめる。
政に関する資料ではなく、単なる走り書きが捨てられる事なく残っていたのか。しかも4代も前のものが。
「お前の仕事はこれらの走り書きをちゃんと資料としてまとめ、実際に5代目が政に使用した政策とボツになったものを選別する事だ」
それは・・・この大量の紙を全て読み、5代目の政策に関する資料も全て読み、走り書きの内容と実際の政策の内容を照らし合わせ、政策と走り書きが関係しているのか、そうでないのか資料をもとに調べあげろという事か。しかも走り書きという事は同じ内容に関する事がひとつの紙ではなく、別々の紙に書かれている可能性もある。それを確認するには古紙に書かれている走り書きの内容をひとつひとつ覚えながら他の古紙の走り書きと比較しなければならない。そして、古紙の走り書きをどうにかまとめられたとしても、今度はそれが5代目の政策として実際に施行されたか調べなければならない。それには5代目の在位期間の政策がどんなものだったのかひとつひとつ、事細かに知り理解しなければならない。
気が遠くなるような作業だ。
「なんだ無理なのか?閑職の図書管理の仕事なんて大変じゃないんだろう?」
「・・・ッ当たり前です!5代目の走り書きをまとめて実際の政策と照らし合わせて選別する、単純な作業じゃないですか!」
その単純な作業がどれだけ大変な作業か、そんな事分かっている。しかし、もう後には引けない。
「やってやりますよ!」
ひっつかむ様に空いていた片方の手で古紙を掴む。すると党条管理番はたちまち険しい表情になる。
「歴史のある貴重なものなんだ、丁寧がに扱え!」
「それは失礼しました!」
言っている事は正しいが、コイツに言われるといちいち癇に障る。
ちくしょう、なんとかこの男をやり込めてやりたい。
じっと未だに卓の上に立ったままの男を見上げる。
あ、れ・・・党条管理番ってもしかして?
私は、両手にそれぞれ1枚ずつ持っていた古紙を、積み上げられた紙の上に戻し、気づいた事を確めるべく卓に手をかけた。
「ばッ!何してんだお前!?」
党条管理番の慌てようからして、これは間違いない。
私の口許は自然と笑みの形に緩む。
党条管理番と同じように卓の上に立ち、その事実を確認する。
酷く苦々しげな党条管理番の表情が、愉快でたまらない。
「なるほど。男の事情がどんなものか、ようやく理解できました」
わざとにっこりと笑ってやる。
「気にする事はありません、党条管理番。私も気にしませんし」
そう、気にはしてない。気に入っているだけだ。
「私より背が低いからってわざわざ卓の上に立ってらっしゃらなくてもよろしかったんですよ?」
このムカつく男をやり込める現実がある事に。
「それとも上官は部下が自分より下でなければ落ち着きませんか?物理的にも」
私の笑顔を党条管理番は一瞥し、そして卓から飛び降りた。
「はじめて会った上官にそこまで生意気を言えるとはいい度胸してるな、綺羅更咲」
「お褒めの言葉を頂き光栄です」
「ああ、態度も口も背もそんなにでかいんだ。綺羅、お前にはこの程度の職務じゃ物足りないか?」
「そうですね。もっと歯ごたえのある職務を希望します。私も一刻も早く新しい仕事に慣れたいので」
おのれ、この上まだ仕事を増やす気か。背だけじゃなく心まで小さい男だ。
「じゃあ5代目の走り書きと政策のまとめに加えてその政策がどんな効果を国にもたらしたかをまとめろ。この府庫塔には、歴代の王の政策について記した本がたくさんあるからな」
たくさん・・・つまりそれを全部読め、という事か。
「もっとも、本によって書かれている内容は違うからせいぜい注意して読むんだな」
「ご助言ありがとうございます」
コ・ノ・ヤ・ロ・ウ
見てろ!絶対に完璧にまとめてやるからな!!
心の中でこのムカつく上官の顔に右拳をめり込ませながら、私は走り書きの古紙を丁寧に手に取った。