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深い闇に  作者: Spark
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第8話 娘の無事を

車に乗り込んで発進しても、私はずっと窓の外を見ていた。できることなら今すぐ警察署へ行って、ブリジッドの傍にいてやりたいと思った。


 車を発進してからしばらくして、携帯が鳴った。

「もしもし」

「・・・ウィルです」

声を聞いた瞬間に、背筋が少し寒くなってしまった。嫌っているわけではないが、なんだか少し距離を置きたくなってしまう人だ。

「えっああ。どうも」

「今よろしいでしょうか」

ウィルの冷たい声が響いた。何を考えているのか、何も考えていないのか、とにかく冷たく感情がこもっていない声だ。

「事件の事で・・・」

「え?何かわかったの?」

「いえ、そうではなくて」

「え?」

「・・・最近何かおかしなことはありませんでしたか?」

「おかしなこと?」

「はい。どんなことでもいいんですが」

「・・・そういえば、おかしな電話がかかってきたわ」

「電話?」

「ええ、ボイスチェンジャーで変えた声で、これ以上関わるなって」

「そうですか・・・わかりました」

「えっあっ」

「はい?」

「事件の事、何かわかったんじゃないの?」

「ああそれは・・・今からそちらに行かせていただいてもよろしいですか?」

「今から?」

「はい」

「・・・わかったわ。待ってるわ」

「お願いします」

電話を切り、深く呼吸をする。

「レベッカ、家までお願いできる?」

「何かわかったの?」

「さあ・・・」

「さあって、テリーからでしょう?」

「いいえ、ウィルよ」

「え?」

「今から家へ来るって」

「電話だと話せないことなのかしら」

「進展していたらいいんだけど」


 

 家についてすぐ、インターホンが響いた。

扉を開けると、いつにも増して無愛想な顔がそこにあった。

「どうぞ」

「失礼します」

冷たい声は相変わらずだった。

 違和感を感じたのはその時だった。いつもなら当たり前のようにいるテリーの姿がなかったからだ。当然彼もいるであろうと思っていた私は、前を黙々と歩くウィルに質問しようとした。

「あの」

「こちらに来たのは言うまでもなく、ピーターとマリアの事件についてです。少し進展があったのでご報告をと思いまして」

「あれ、テリーはいないの?」

部屋へ入ってきたウィルに向かってレベッカはキョトンとしながら聞いた。

「・・・はい、彼は別の事件の捜査に行っています」

「別の事件、ですか」

「はい、何か?」

「ああ、いえ別に」

「本題に入ってもよろしいですか?」

「ああ、どうぞ座って」

「失礼します。まずはこの写真を見て頂きたいのですが」

「これは?」


 写真には一人の女性が優しくこちらに微笑みかけていた。あの時見た、そうナターシャだ。首にかけた大きなハートのネックレスが、私の目に飛び込んできた。

「この人、あの似顔絵にそっくりじゃない」

レベッカが前のめりになる。小さく頷いた私は、ウィルの冷めた瞳を見つめた。

「この写真、どこで?」

「ブラッドの家です」

「ああ、ナターシャの前の夫?」

「はい」

「えっでも、写真などは全て燃やしたと」

「多分燃やし忘れたんでしょう」

「どういうこと?」

「昨日、捜査の為に彼の家に行ったんです。そしてこの写真を見つけました。そこで、あなたに透視していただきたいのです」

「でも何を?」

「彼女が今どこにいるかです。私の推測では、既に死亡していると思うんですが」

その言葉に背中が一瞬凍りついた。死亡している?なぜそんな推測を?彼は何かもっと大事な事を知っているのではないか?

「どうして死んでいると?」

「・・・私の勝手な推測です」

「その推測を教えてください」

「・・・」

それからほんの、ほんの少しだが沈黙が続いた。彼が何を考え、何を言おうとしているか、私には全くわからない。

「ナターシャは、誰かに殺されているのではないかと思っているんです」

「殺された?」

「ブラッドです。彼女の物を全て燃やして捨てたなんて、どう考えてもおかしい」

「私もそれは思いました。でも証拠はあるんですか?」

「ありません。ですからあなたに透視をしていただきたいのです」

「・・・彼女の居場所がわかるかどうかはわかりませんけど、やってみます」


 気持ちを落ち着け、写真に触れようとした瞬間、電話が鳴った。

「ああ、私が出るわ」

「お願い」

レベッカは受話器を持ち上げる。電話が終わるまで待とうと手を引っ込めた。

「はいもしもし?えっブリジッドですか?いえ、まだ戻っていませんが」

ブリジッドの名前を聞いた時、私は思わず立ち上がった。レベッカがそれに驚いて視線をこちらに向ける。

「え・・・!わ、わかりました」

受話器を置くと、彼女は私の隣りに座った。真剣な眼差しに、私は言葉を発することができずにいた。

「落ちついて聞いて、ブリジッドが警察署からいなくなってしまったらしいの」

「いなくなった?」

「ええ、警察署に来てから気分が優れなかったみたいで、警察の人も逃げるような素振りはまるでなかったから、少し外へ出て来るよう許可したらしいの」

「一人で、ですか」

後ろからウィルが落ち着き払った声を出した。

「外に出た時、警察官が一緒だったらしいんだけど」

「どこへ行ったかは?」

「そこまでは・・・」

「ブリジッド・・・」

心が張り裂けそうになるのを必死で堪え、私はテーブルに置かれた車のキーを乱暴に握った。

「ちょっと、どこに行くつもり?」

私の腕をしっかりと掴んだレベッカだったが、動揺しているのがわかった。震えていたのだ。

「ブリジッドを捜しに行くのよ!」

「どこにいるかわからないのよ!それに何かわかったら連絡するって警察が言っているし、待っていないと・・・」

「だからって、指くわえて待っていろって言うの?何か起こってからじゃ遅いのよ!」

「待ってください」

「透視は後よ!」

動揺している私はウィルに突っかかりそうになるが、彼の表情は変わっていなかった。

「いえ、お願いします」

「な・・・」

「彼女の言う通りです。今ここを離れて娘さんを捜しても、見つけるのは不可能に近い。それならここで連絡が来るのを待った方がいいと思います」

「でも・・・じっとなんてしていられないわよ!」

「連絡が来たらすぐに車で行けばいい。警察だって馬鹿じゃない。必ず娘さんを見つけるはずです」

「その警察にいてブリジッドはいなくなったのよ、馬鹿でしょう!」

「アスリーン!落ち着いて!」

レベッカが私を強く抱き締めた。私は次々に溢れ出る涙を止めることができなかった。

「ブリジッド・・・どうして・・・」

「とにかく、連絡を待ちましょう。大丈夫、きっと無事よ」

「・・・ええ」


 

 それから何十分が経っただろうか、電話は一向に鳴る気配がなかった。私はふと、机に置かれた写真を見つめた。

 とても穏やかな表情を見せるナターシャ。彼女は今どこで何をしているのか、正直今の私にはどうでもいいことになっていた。ブリジッドの笑顔が脳裏をよぎる。彼女の笑顔を思い出すだけで涙が溢れそうになるが、必死に奥歯に力を込めた。

「コーヒーでも飲みましょうか」

レベッカが立ち上がり、台所へ向かおうとした瞬間、電話が鳴った。がウィルの携帯電話だった。私達は大きな溜め息を漏らした。淡々と電話で話すウィルを私はぼうっと見ていた。


 「わかった。今から向かう」

「何かあったの?」

少しでも気を紛らわそうと、私は話しかけた。

「女性の遺体が発見されたそうです」

「え?」

「ナターシャである可能性が高いらしいです」

「え・・・」

「私は現場へ向かいますが、お二人は警察からの連絡を待っていてください」

「わ、わかったわ」

「それじゃあ失礼します」

彼は一礼をすると、早足で家を出て行った。

私は呆然と窓の外を見つめていた。

「ナターシャなの?」

レベッカが小さく呟いた。私はふと写真を手に取る。

 

 写真を眺めていると、携帯の着信が鳴った。

「ブリジッド!」

慌てた私は叫びながら電話に出た。

「私です。テリーです」

「テリー?」

がっくりと肩を落とし、イスに腰を落とす。

「突然電話をしてすいません」

「いえ・・・何かあったの?」

「実は、ついさっき・・・ナターシャと見られる遺体が発見されたんです」

「そう、やっぱりナターシャだったの・・・」

「それ・・・い・・・」

「もしもし?」

電波状況が悪く、会話がうまく聞き取れない。きっとこちらの声も聞こえていないのかもしれない。そうしていると、電話が切れてしまった。

「テリーから?」

「ええ、やっぱりナターシャみたいよ」

「・・・そう」

嫌な沈黙と、こんなときに不謹慎だと思うが、

その死体がブリジッドではなくてよかったと心のどこかでホッとしていた。

「もうなにがなんだかわからなくなってきたわ」

イスにもたれかかるように座った私は、戸棚に置かれたブリジッドの写真を見つめた。

「・・・!そうよ!」

「ど、どうしたの?」

レベッカが私の声に驚き、背筋を伸ばす。

「写真を、ブリジッドの写真!」

私は言葉半分で写真を手に取った。

「ブリジッド・・・」

気を落ち着かせ、私は静かに目を閉じた。


 

 

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