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深い闇に  作者: Spark
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第5話 娘離れ

「お客様?」

我に返った私は、ウエイターに気付かなかった。口が半分開いているのを注意しに来たのかと、私は青年の顔を見つめる。

「コーヒーのおかわりはいかがでしょうか?」

「え?あぁ、はい」

青年はコーヒーを入れると、一礼をして店の中に戻った。落ち着かない私は、何度もコーヒーに口をつける。さっさと飲んで行こうと思ったとき、携帯が鳴った。

「もしもし?」

「テリーです。前の夫の家に行ったんですが、あいにく留守でして」

「そうですか。はい」

電話を切ると、もう一度コーヒーを飲んだ私は、溜息をついた。

「そんなこといちいち連絡しなくてもよかったのに」

腕時計に目を落とすと、ちょうど四時を回ったところだ。

「また?」

再度携帯の着信が鳴り、頬杖をつきながら出る。

「もしもし?」

「アスリーン?今どこにいるの?」

声の主はレベッカだった。何か急いでいるのか、息が上がっていた。

「今、近くのカフェにいるけど、どうしたの?」

「用ってことじゃないんだけど。テリーから連絡があったのよ」

「あぁ、私にもきたわ。ナターシャのことでしょ?」

「そうそう。それで思ったんだけど、ナターシャって今行方不明なんでしょ?」

「らしいわね」

「ナターシャの持ち物があれば、あなたなら犯人かどうかわかるんじゃない?」

「ああ!」

あっと息を飲んだ私は、電話をつないだままカフェを出た。

「レベッカ!今どこにいる?」

「あなたの家の前にいるわ」

レベッカの最後の声を待たず電話を切った私は、早々と車に乗り込みアクセルをふかした。

私としたことが大事なことを忘れていた。こんなときこそあの力が光るというのに。

できるだけ早く帰ろうと私は少し危ない運転をしてしまった。


 

 家の前でレベッカが腕組みをして待っていた。私の車を見つけると、ホッとしたように笑顔を見せる。

「ごめん!乗って!」

私は助手席の窓を開けて半分叫んだ。

「ちょっと、落ち着きなさいよ」

私はレベッカがまだドアを閉め切らないうちに車を発進させた。慌てた彼女はシートベルトに手をかけた。

「すっかり忘れていたわ。レベッカのお陰よ」

「急ぐのはいいことだけど、あなたナターシャの家がどこにあるか知っているの?」

「え?レベッカが知ってるんじゃないの?」

「知らないわよ」

その返答に私は急ブレーキをかけた。前のめりになったレベッカは大きく息を吐く。

「だからちょっと落ち着きなさいって言ったでしょう?今テリーに電話するから」

車を路肩に止め、電話をかけはじめたレベッカの顔をジッと見つめた。

「ああ、もしもし?レベッカです。突然なんだけど、ナターシャの家がどこにあるか教えてもらえないかしら?」

「と、言いますと?」

テリーの言葉に業を煮やしたのか、レベッカは強く溜め息を漏らした。

「ナターシャの持ち物が欲しいの」

「透視すると?」

「そうよ」

「ですが、前の夫が写真からなにからナターシャの物はすべて燃やしたと言っているんですよ」

「え!それ、おかしいじゃない!」

私はジッとレベッカを見つめていた。

「私もおかしいと思いまして、前の夫の事を調べてみようと思っているんですよ」

「それがいいわ。どんな小さな物でも構わないから。ナターシャの私物を発見したらすぐに連絡をくれれば飛んで行くから」

「はい、すぐに」

眉をひそめたままレベッカは電話を切った。会話をすべて聞いていた私は、無言で車を発進させた。

「おかしいわよ」

レベッカも無言で頷いた。写真だけではなく他の物まですべて燃やすなんて何かやましいことがなければしないだろう。でも、ピーターとマリアの事件とこの事、つながりはあるのだろうか。


 ふと彼女の顔を思い浮かべた私は、もしもその彼女がナターシャだとしたらつながると思った。でもそんなうまく事が進むだろうか。

「アスリーン?」

「え?なに?」

「どこに向かって走ってるの?」

突拍子のない質問にもう一度私は急ブレーキをかけた。シートベルトが胸に食い込む。

「私、どこに向かってるのかしら」

「一度、家へ帰る?」

「そうするわ」

脇道に入って家に帰ろうとしたとき、向かいの歩道に見たことがある後ろ姿を見つけた。

「ブリジッド?家はそっちじゃないわよ」

「聞こえてないわよ」

私は一回小さくクラクションを鳴らしたが、彼女は気付いていないのか、家とは反対方向へ歩いていく。

「どこに行くつもり?」

「恋人の所にでも行くんじゃないの?」

「これから?」

「ええ」


 車を発進させた私は、ゆっくりとブリジッドの後を追った。それに気がついたレベッカが私の腕を掴む。

「ちょっと、尾行だなんてやめなさいよ。ブリジッドだってもう大人なのよ?」

「わかってるけど、気になるじゃない」

無言になったレベッカは、困った顔をしてブリジッドの後ろ姿を見つめた。私は気付かれないようにできるだけゆっくり直進する。

その時だった。あまりにもゆっくり走る私に腹を立てたのか、後ろの車がクラクションを鳴らしてきた。

「うるさいわね!」

私は窓を開け、運転しながら後ろを向いて叫んだ。

「急いでいるなら抜かして行きなさいよ!」

その声が聞こえたのか、大きなトラックがものすごいスピードで私の車を抜かして行った。

「アスリーン!」

レベッカが大声で私の肩を叩く。前を向き直した私は血の気が引いた。ブリジッドが走ってこちらに向かっていた。

「あなた探偵には向いていないみたいね」

「・・・そうみたい」

私はハザードを出し、路肩に車を止める。ブリジッドが運転席の窓を叩く。

「どうしてここにいるの?」

私に言った第一声がこれだった。私は焦る気持ちを隠して、窓を下ろす。

「あなたこそ家とは反対方向に進んでいるようだけど?」

それを聞いたブリジッドが下を向いた。

「彼に、会いに行くところなの」

「えぇ?」

正直驚いた。いつも学校が終わったらまっすぐ家へ向かっていたブリジッドに恋人がいたなんて。驚きを隠せない私は、言葉に詰まる。

「え、彼はその・・・学生?」

「ううん。両親は・・・ずっと前に亡くなったらしくて。学校辞めてプールの清掃員をやってる」

「そ、そうなの?」

「お昼に仕事が終わって、それからすぐにバーのウエイターもしてて。会える時間が少ないから」

「今から、会いに行くのね?」

「はい」

「そう・・・あまり遅くならないで」

「うん」

ブリジッドは私をチラリと見てから走り出して行った。私は彼女の背中をずっと見つめていた。それから無言でハンドルを握り締めた。レベッカも前だけを向いていた。



 子離れできない親の気持ちが痛いほどわかる。私は何か気を紛らわそうとレベッカに話しかける。

「そういえば、レベッカ」

「なに?」

「仕事を休んでいるけれど、大丈夫かしら?私クビになってたりしないわよね?」

それを聞いたレベッカは、ポカンとした後に笑い出した。

「大丈夫よ。お父さんだってどうして私達が休んでいるか知っているから」

「でも従業員のみんながよく思わないんじゃないかしら?」

「それも大丈夫よ」

「どうして?」

「玄関で転んで、腰を打って動けないから休んでるって言ってあるから」

「それじゃ私がお年寄りみたいじゃない」

私はしかめっ面をレベッカに見せる。彼女は笑いをこらえながら何度も頷いた。

「ごめんね。他に理由が思いつかなくて」

「どうせならもっとマシな理由にしてほしかったわ」

そのとき、携帯の着信が車内に鳴り響いた。

「テリーだわ。もしかして・・・レベッカ、出てちょうだい」

「いいわよ」

ハンドルを握りながらも、ちらちらとレベッカの方へ目が動く。

「すいません。今から警察署の方へ来ていただけないでしょうか?」

「何かわかったんですか?」

「ナターシャの私物を発見したんですよ」

「本当ですか? 今から向かいます!」

電話を切ったレベッカが私と目を合わす。無言で頷き合うと、私は車を急発進させた。


「もしもナターシャが犯人だとしたら全てつじつまが合うわね」

レベッカが流れる景色を見ながらぼそっと呟く。それが独り言なのか、それとも私に話しかけた言葉だったのかはわからないが、私は深く頷いた。

「今ナターシャはどこでなにをしているのかしら」

レベッカがゆっくりと私に顔を向けた。

「本当に犯人だとしたら、神に祈りを捧げていてほしいわ」

「同感ね」



 

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