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深い闇に  作者: Spark
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第4話 透視をする者

不思議な能力に目覚めたのは、身内の死を目の当たりにしてからだった。

 

私の母親が何者かに殺された。第一発見者は私だった。

当時六歳だった私は、母親がなぜ顔が真っ赤に染まっているのかわからなかった。玄関に仰向けに倒れたままの母親の体を、私は父親が帰って来るまで揺すっていたそうだ。

 

家の中は物色した形跡があり、警察の見解は泥棒と鉢合わせした母親がもみ合いになり殺されたということだった。母親の衣服は乱れていた。

 父親は私をずっと抱き締め泣いていた、と思う。ベッドに横になったままの母親の手は冷たく、固まってしまっていた。真っ赤に染まっていた顔は綺麗に拭かれ、いつもの母親の顔に戻っていた。

 泣き通しの父親を横に、私はそっと母親の顔に触れた。そして全身に電気が走った。母親の顔が頭をよぎる。いつもの穏やかな顔ではなく、必死にもがく顔だった。


「私がいないと思って、勝手に持ち出して売ろうとでも思ったの?指輪を返して!」

その瞬間、母親の顔が青ざめる。


ゴン。


鈍い音が私の耳に届いた。驚いた私は手を引っ込める。それに気がついた父親が私を抱き寄せた。

「一体どうしてこんな事に・・・」

父親はそのまま私を抱き締め、泣き続けた。

「指輪・・・」

その一言に父親の泣き声が止む。


 「・・・なんだと?」

「指輪・・・返してあげて?」

父親の引きつった顔を今でも覚えている。私の涙が頬を伝い、父親の腕に落ちた。

「何を言ってる?」

「ママが言ってたでしょ?指輪を返してって。」

突然、息が苦しくなった。父親が私の首を絞めていた。唾液が父親の腕にかかる。声を出すことも出来ずに、私は父親の目をジッと見つめた。

「うう・・・」

幼い私でもこのままでは死ぬとわかった。しかし、それでもいいと思った。母親と離れて暮らすことなんて考えられなかったから。

 私は静かに目を閉じる。大好きな父親に殺されるのならとも思った。

「アスリーン・・・」

父親の手の力が抜け、私はそのまま地面に突っ伏した。

「私は・・・」

咳き込む私は部屋を飛び出す父親を止めることができなかった。そのまま私は冷たくなった母親と一晩を過ごした。



 次の日の朝、母方の祖母が私を引き取りに来た。その顔は暗く沈んでいた。

「アスリーン。今日からおばあちゃんと一緒に暮らそうね」

「パパは?」

祖母は無表情で私を見つめる。何か言いたそうな、そんな顔だった。

「パパは・・・ちょっとお仕事で遠くへ行くことになったの。だからおばあちゃんと待っていようね」

私は元気に頷いた。

「パパが帰って来るまで、良い子にしてるね!」

祖母は無言で私の手を引いた。


 

 目を覚ますとソファで眠ってしまっていた。

「ブリジッド?」

起きた私は娘を探す。台所にはいない。

「まだ帰ってないのかしら?」

いつもと変わらない日常だったが、こんなに体が重いのはなぜなのだろうか。テーブルに置かれた家族の写真が目に入る。

「ビル。彼女を捜すことにしたわ。また犠牲者が出ないとも限らない。被害者も、できることなら彼女も救いたい。だからお願い。私に勇気をちょうだい」

そう言って写真を持ち上げた瞬間、インターホンが鳴った。ブリジッドが帰って来たと思った私は、寝癖を直さないまま玄関に出た。


「先ほどは失礼しました」

立っていたのはテリーだった。さっきのことを謝りに来たのかもしれない。私は瞬間的に後ろを向き、寝癖を強引に直すとドアを開けた。

「本当に申し訳ありませんでした。あの、お話があるんですが」

「・・・どうぞ、入ってください」


 私がリビングへ向かって歩くと、テリーも後に続いた。

「あれからずっと考えていたんですが、一人思い当たる節があるんですよ」

テーブルについた彼は小さくそう呟く。私はコーヒー豆を持ったままテリーと向かい合わせに座った。

「本当に?」

「ええ。実は、ピーター・ウォルシュは離婚しているんです」

「離婚・・・」

私はコーヒー豆をテーブルに置き、一言一句聞き逃すまいとテリーを見つめる。

「離婚した相手の名前は、ナターシャ・デイビス、現在は別の男性と再婚しています。ですが、ピーターが死んだ二日後に離婚したようです」 

「どうして?」

「理由はわかりません。尋ねようにも行方がわからないんです」

テリーは溜息を漏らしながら首を大きく振った。私は犯人の顔を知っている。顔さえわかればどうにかなると思った。

「ナターシャの写真はないんですか?」

テリーの反応は同じだった。

「いえ、それが一枚もなくて我々も困っているんですよ。前の夫に聞いても全て燃やしたと」

「どうしてそんなことを?」

「私も不思議と思い尋ねたのですが、写真でもあいつの顔を見たくないからと言うんですよ。何を聞いても彼女のことなんて思い出したくないと」

頭を無造作に掻いたテリーはやりきれないようにテーブルに拳をぶつける。

「ひとつ、聞いてもいい?」

「はい?」

「テレビでもやっていたけど、怪しい人物は浮上していないって言ってたわよね?彼女は容疑者として名前が上がっていなかったの?」


 質問にまたもや頭を掻いたテリーは、ポケットからタバコを取り出し、灰皿を出した私に頭を下げる。

「そうなんです。目撃者もいなく、ナターシャを犯人と断定するのは難しくて。それにピーターと離婚したのは三年も前の事なので、ただ行方知れずというだけで犯人と決めることもできないんです」

「二人は離婚してから会っていないんですか?」

「いえ、何度か会っているようです。」

「仲は、悪くなかったと?」

「そのようです。しかも、しかもですよ?マリアとピーターを会わせたのはナターシャらしいんですよ」

「それ本当?!」

身を乗り出した私に驚いたテリーはタバコの灰をテーブルにこぼす。

「ああ! すいません」

私は置いてあった布巾で灰を拭いた。

「気にしないで、それで?」

先を急ぐ私は布巾を握り締める。

「ナターシャとマリアは友人だったそうで、別れてからもピーターの事を心配していた彼女は、思い切ってマリアに会わせたそうです」

「よく・・・わからないわね」

「同感です」

「どうして別れた夫のことをそこまで心配しなければならなかったのかしら?それなら別れなければよかったのに」

テリーは頷きながら手帳を取り出す。私も思わず手帳に視線を向ける。

「当時近所に住んでいた人に聞いても本当に仲が良かったと」

「警察はピーターとナターシャが続いていたと考えているのね?」

「この状況では、ナターシャが犯人だと思わざるを得ないんですが。証拠もないですし。」

そう言ったまま腕を組んだテリーは難しい表情を見せる。

「あの、似顔絵。レベッカが描いた似顔絵をナターシャの前夫に見せてはどう?」

あっとした表情のテリーが顔を上げる。

「そ、そうですね!」

似顔絵の事を忘れていた訳ではなさそうだった。テリーは似顔絵を見せて、もしそれがナターシャだったとしても、何の証拠にもならないと思っているんだろう。

「まぁ、警察の方が見せても意味がないというなら、その必要もないと思うけれど」

「いえ!そんな!実は似顔絵を車に入れているんですよ!」

「あら、そうなの?驚いた」

「・・・」

バツが悪そうなテリーは立ち上がった。

「私はこれから元の夫の所へ行って見せてきますので、連絡します」

「わかりました」


 それからテリーは足早に家を後にした。彼を見送った後、居間に戻った私はタバコに火をつけ、ゆっくりと息を吸った。

 

 何の進展もない事件。ナターシャという人物が浮上しているのにも関わらず、警察は彼女を全力で捜査していない。前の夫の事も気にかかる。写真や彼女の物をすべて燃やしたなんて、いくらなんでもおかしすぎる。そう考えるとナターシャと元夫が二人でピーター達を?いや、それは違う。私は女性しか見ていない。

 

 似顔絵がナターシャだったとしても、警察が動いてくれるとも限らない。今まで何度も透視を依頼されてきたが、いつも似顔絵を描いても初めから信じることをしなかった警察。本当に頭が固いというかなんというか。

 時計を見ると三時を過ぎていた。小腹が空いた私はどこかで軽く食事をしようと車の鍵を探した。


 車を走らせてすぐ、ラジオからノリのいい曲が耳に入ってくる。

「なんていう曲かしら?ブリジッドならわかるだろうけど・・・誰が歌ってるか全然わからないわね」

タバコに手を伸ばした私は、ハッと手を引っ込めた。禁煙しようと決めたのに。

「ダメね。ガムか何かなかったかしら?」

赤信号で止まり、私はダッシュボードの中を調べた、が出てきたのは書類やらゴミやらだった。

「・・・掃除しなくちゃね」

私は溜め息混じりで車を発進させた。


 オープンカフェが目に止まり、私は近くの駐車場に車を止め、日当たりのいい席に着いた。

「いらっしゃいませ」

人当たりの良さそうな青年が注文を取りに来た。まだメニューを見ていなかった私は慌てて、考える。

「あぁえっと・・・コーヒーと・・・サンドイッチください」

「かしこまりました」

ウエイターが席を離れると、私はジッと目の前にある信号機を眺めた。赤になるのが早い、これでは足腰の弱い人には酷だ。

「お待たせしました」

私はサンドイッチを一口頬張ると、ふとブリジッドの事を思い出した。

彼女はビルがなぜ死んだのか、私に聞いたことがない。私を気遣ってくれてのことなのかどうなのかはわからないが、一度も私を困らせたことがなかった。



 ブリジッドは、第一発見者だった。


 まだ幼かった彼女は、ビルが寝ていると思ったのか彼の体をずっと揺すっていた。昔の私みたいに。

買い物から帰宅した私は、ビルとブリジッドが大好きなシュークリームを片手に居間へ入った。


「ブリジッド? どうしたの?」

ブリジッドが振り返り、不思議な顔を見せていた。傍にビルがうつ伏せに倒れている。

「ビル? ビル!」

シュークリームの箱を落とし、私は彼に駆け寄り抱き起こした。

「なに・・・これ?」

手に暖かく、べっとりしたものがついた。言うまでもなく血だった。腹部に大量の出血を目の当たりにした私は、言葉を失った。彼はもう息をしていなかった。

「パパ起きてくれないの」

ブリジッドが私の袖を掴み、瞳から大粒の涙をこぼした。

「ママ?」

ブリジッドの言葉で我に返った私は、携帯ですぐさま救急車を呼んだ。

「夫が、夫がお腹から血を流して! はい! 早く来てください! 息を、息をしていないんです!」

私は彼を抱きかかえたまま半分絶叫した。その声に驚いたブリジッドも私の隣りでわんわんと泣いている。

「どうして!何があったの!」

ピクリとも動かない彼を、救急車が来るまで私は抱き締めていた。


 ビルを殺した犯人は、強盗だった。留守中に自宅へ忍び込んだが、運が悪くビルとナターシャが帰ってきたのだ。咄嗟にブリジッドを隠し、彼は勇敢にも強盗に飛びかかった。しかし、隠し持っていたナイフで腹部を刺され、死んでしまった。

 

 この事件はある刑事によって解決したと言ってもいいだろう。名前はジョン・ケント。彼はとても優しく、そして強い信念を持っていた。私は彼と知り合いだった。いくつかの事件に協力していたからだ。

 

 私はこの事件の捜査に協力した。犯人を捕まえたい、ただそれだけだった。ジョンは私の気持ちを察してくれたのか、快諾してくれた。そして犯人を捕まえた・・・。しかし私の心は晴れない。

あの時、あの場所に私がいたら、ビルは死ななかったのではないかと思ってしまうからかもしれない。

 それからも私はジョンに、警察に協力し続けた。私と同じような悲しみを持つ人を、犯人を捕まえるという事で少しでも和らげたらと思ったからだ。

 ジョンは去年退職したそうだ。そしてすぐに亡くなった。ガンを患っていたらしい。今考えると、彼だけが、私の事を認めてくれていた気がする。


 

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