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深い闇に  作者: Spark
3/16

第3話 警察署の憂鬱

朝日が昇っても眠りにつくことができなかった。


 壁に掛けられた時計を見ると、針は六時を指している。私は無言で起き上がると、部屋を出た。

 少し腫れた目を擦りながら居間に降りると、テーブルには焼け上がったトーストとスクランブルエッグが乗っている。ふと視線をずらすと、台所でレベッカが忙しそうに動いていた。

「あら、おはよう」

 彼女はエプロンを腰に巻き、せっせと動き回っていた。額にはわずかだが汗を掻いていた。

「おはよう。昨日は泊まっていってくれたのね。でも、お店はいいの?」

「大丈夫よ、私がいなくても支障はないわ」

 レベッカの白い歯がこぼれる。

「ありがとう」

イスに座ると彼女はコーヒーを置いてくれた。そしてやっとそれに口をつけることができた。

「レベッカの入れてくれたコーヒーはいつもおいしいわね」

「私は料理の天才よ?天才はコーヒーを入れるのも上手なの」

「ふふ、そうね」

彼女の冗談が私を元気にした。

「トーストが冷めたらおいしくないわ。早く食べちゃって」


私は小さく頷くとトーストをひとかじりする。バターの溶けた匂いが口に広がる。

「こんなおいしい朝食を食べたのは久しぶりだわ」

綺麗に食べ終えた私はコーヒーに口をつける。

「いつも何を食べてるのよ?」

「トーストよ」

「あら、それじゃあ他人が作るとおいしく感じるの?」

「レベッカが作ると倍おいしいのよ」

「それはそれは」

そんな事を話していると、ブリジッドがすごい寝癖で起きてきた。美人とはほど遠い顔をしている。

「う〜ん、いい匂い」

「おはようブリジッド。今用意するから座って」

「・・・う〜ん」

隣に座ったブリジッドは、寝ぼけながら私の顔を見つめる。

「なに?」

コーヒーを飲みながらブリジッドの顔を見つめ返す。

「寝てないでしょ?」

「少し寝たわよ。大丈夫、ありがとう」

優しくそう微笑むと、ブリジッドも微笑みを返してくれた。その優しい笑顔に私は一瞬ビルを思い出してしまう。

「何があったのかは聞かないけど、体だけは壊さないようにね」

「・・・ええ」

台所でレベッカが私達を見守っていた。



「始めましょうか」

ブリジットを学校へ送り出すと、私達は居間へ戻りソファに座った。気合いを入れる為、私は頬を二回軽く叩く。

「わかったわ」

小さく頷いたレベッカはスケッチブックを広げ、私と向かい合わせに座る。

「いいわよ」

スケッチブックを広げたレベッカは私を見つめる。

「輪郭は・・・少しぽっちゃりしているわね。でも太ってはいない。髪は・・・綺麗なブロンドで、腰まで伸びてる。前髪はちょうど眉毛のところで揃えているわ」

レベッカは何度も頷きながら私の言葉を絵にしていく。

「二重の青い瞳で、鼻が通っていて・・・美人よ。ただ、目の下にクマあるわ」

「クマ・・・ね。こんなところ?」

いつもながらレベッカのスケッチには圧巻する。私が思い浮かべている顔にそっくりだ。いや、そのままだ。

「相変わらず、すごい腕前ね」

レベッカが自慢気に笑う。

「そうかしら?でも、名前は・・・わからないのよね?」

「ええ、ピーターもマリアも、彼女の名前を言ってないの」

「そう・・・」

「それじゃ、警察に行きましょうか?」

私は立ち上がると頭を掻いた。

「もう少し休んでからの方がいいんじゃない?」

レベッカが困った表情で私を見る。しかしそんな悠長な事を言っていられない。

「早く解決してもらいたいのよ。亡くなった二人のためにも。彼女のためにも」

「・・・そうね」

レベッカはスケッチブックを閉じた。



警察署に着いた私達は昨日と同じ部屋に案内された。

「いつ来ても嫌な雰囲気よね」

レベッカが身震いをする。私も頷きながら、テリーを待った。

「すいません。昨日は、大丈夫でしたか?」

彼は一人で部屋へ入ってきた。正直嬉しかった。ウィルの事はどうしても好きになれなかったからだ。

「大丈夫です。早速ですが、これを見ていただきたいんです」

レベッカが私に頷き、スケッチブックをテリーに渡す。

「・・・」

無言のままそれを開いたテリーは、目を大きくさせた。

「これは?」

「私が見た犯人の顔です」

「ここまで細かくわかるものなんですか?」

「ええ、顔を見ましたから」

「そう、ですか」

テリーはその後三分ほど何も話さず似顔絵とにらめっこをしていた。


「見覚えが、あるんですか?」

レベッカが口火を切った。テリーは目を落としたまま首を横に振った。が、チラリとテリーが私を見た。信用していない目だと直感した。

「信じられませんか?」

私の言葉に慌てたテリーは大きく首を横に振る。

「いえ!・・・ただ、まったく捜査線上に浮かんでいない人物なので・・・」

「やっぱり信じてないんだ」

レベッカがムスッと腕組みをする。テリーはばつが悪そうにスケッチブックで顔を隠すように似顔絵を見た。

「私は、この人が犯人だという証拠を持っていません。信じられないのはわかります」

テリーが顔を上げる。そのとき、レベッカが身を乗り出した。

「信じてないなら初めから頼まないでよ! アスリーンに失礼よ!」

机を大きく叩いたレベッカは立ち上がり、私の腕を掴んだ。

「証拠、証拠って、だから警察は駄目なのよ! アスリーン、行きましょう。何を言ってもムダよ。警察は最終的には自分達しか信じてないのよ。自分達の捜査しか!」

レベッカは強引に私を立ち上がらせた。

「ちょっと、待って下さい!」

部屋を出て行こうとする私達を制止するように、テリーが扉の前に立ちはだかる。

「時間をください! 調べてみます!」

「無理に信じてくれなんて言いません」


これまで何度も警察に依頼され、犯人の顔を見てきた。慣れたことだった。でも、とうとうレベッカの堪忍袋の緒が切れたのか、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

「アスリーンがこれまで犯人を間違えた事がある?依頼されてるのはこっちよ!もう我慢の限界よ!」

「そんな、ちょっと待ってください!」

レベッカは私の手を掴んだまま警察署を出た。テリーが追いかけてくる。

「待ってください!私の話を聞いてください!」

「聞くことなんてないです!」

テリーを背にレベッカが大声を張り上げた。

「こういう力を間近に見たのは初めてなんです!」

私はドアにかけた手を止めた。それを見たレベッカがテリーに振り返る。

「だから、なんですか?」

できるだけ静かに返事をした。レベッカが腕組みをする。

「こんな事細かに似顔絵を描くことができるなんて・・・。現実味に欠けるというか、すごすぎて・・・」

「・・・」

意外な返答に、私達はあっけにとられてしまった。

「・・・はい?」

レベッカが腕組みを外し、私と目を合わせる。

「うまく言葉が出てこないんです・・・」

そう言って言葉を詰まらせたテリーは頭を掻いた。

「・・・信じる信じないはそちらの自由ですが、私は嘘を言った覚えはありません。それだけはわかってください」


私はテリーの返事を待たずに車に乗り込んだ。レベッカもテリーをチラリと見た後に運転席に座った。

「いいの?」

シートベルトしながら彼女は私に質問をした。

「ええ。初めから信じてもらえるとは思ってないから」

エンジンをかけたレベッカはバックミラーでテリーが立っているのを確認すると、車を走らせる。

「警察も進歩がないわよね。何度犯人を透視しても疑ってかかるんだから」

レベッカの話を聞きながら私はタバコの箱を取り出す。気分を落ち着かせるのにはこれが一番だ。

「警察が何もしないというなら私が見つけてみせるわ」

一息ついた私はタバコの火を見つめた。レベッカが驚きながらもハンドルを握る。

「本気で言ってるの?」

「信じてもらえないなら私達がやるしかないわ」

「私・・・たち?」

 呆然としながら車を走らせるレベッカにウインクをする。

「一人じゃ無理なことも二人ならなんとかなるものよ」

「それは・・・そうだけど」

 レベッカの力ない返答に私は思わず吹き出してしまった。

 

 

レベッカに送ってもらい、家に戻った私はソファに寝転がった。そして気がついた。なぜこの事件を早く解決したいのか。

「つらいわね」

 レベッカにも話していないことがあった。彼女の心を私は読んでいた。罪の意識が強く私に流れていた。

―殺したくて殺したわけじゃない―

 その言葉が私の頭をずっと駆け巡っていた。彼女の本心だとわかる。だけど、じゃあなぜ殺したのか・・・考えるだけ無駄というものか。

 

 


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