第13話 逆転
「ぐぁ!」
痛みは感じなかった。何が起こったのかと静かに目を開くと、ブラッドがうつぶせに倒れていた。
こめかみに銃弾を浴びた彼は、ピクリとも動く気配がない。
「だ、大丈夫ですか?」
現れたのはテリーだった。額から汗を流し、銃を握っている。
「テリー!」
「間に合ってよかった」
レベッカが腕を押さえながら立ち上がる。私は倒れたまま動かないブラッドを半ば放心状態で見つめた。後ろにいたブリジッドはまだ震えたままだ。
「ブリジッド?」
我に返った私は彼女の手を握る。だがその瞳にはレベッカが映っていた。
「来るのが遅いんだから」
レベッカは安堵の表情を見せているのか、後ろ姿ではわからなかったが、明るい声からすると少しは元気を取り戻したようだ。
「すいません。現場からは少し遠かったものですから。まずは早くここから出ましょう」
レベッカの手を取り、二人が部屋を後にしようしたので私は慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってテリー。そこの段ボール箱に女性の死体が入っているのよ」
「ええ?誰のですか?」
驚いた表情でテリーが振り返る。
「わからないの。教えてくれなかったし」
「ふぅむ・・・ちょっとすいません」
レベッカから手を離し、段ボール箱へ近づくテリーと同時に私も後ろから覗き込んだ。
「やっぱりあなただったのね・・・」
その女性は私が見た、紛れもない二人を殺害した女性だ。
「これ見て!」
彼女の腕には無数の注射跡があった。やはり麻薬をやっていたようだ。
「麻薬をやっていたようですね」
「その麻薬欲しさにピーター達を殺したってブラッドが言ってたわ」
「・・・」
何か考えているのか、テリーは無言で女性を見つめている。
「お、お母さん・・・」
ブリジッドがか細い声で私を呼んだ。思わず彼女の方へ目を向けると、怯えた顔がそこにあった。
「どうしたの?」
彼女の視線はテリーへ向けられていた。
「・・・あぁ大丈夫よブリジッド。彼は警察官だから」
レベッカがブリジッドの肩に手を置く。それでも彼女の怯えた表情は和らがない。
「とにかく、ここを出ましょう」
テリーはレベッカの肩を抱き、部屋を出ようとした。私はブリジッドを立たせようと腕を掴む。
「だめぇ!」
ブリジッドが絞り出すようにそう叫んだ。
「ブリジッド?」
「逃げて!」
ブリジッドがそう叫ぶと同時にテリーがレベッカのこめかみに銃を突きつけた。
「あなた何を!」
その場の状況が把握できない私は、次の言葉が見つからなかった。ただただテリーの行動に驚いていた。
「ブラッドの奴、なんで始末してなかったのかなぁ」
「なんですって?」
レベッカが苦痛に顔を歪める。撃たれた腕をテリーが強く握り締めていたからだ。
「そうしたらあなた達を殺す必要はなかったのに」
テリーの言葉に、私は全てのピースが揃ったと感じた。
「ブリジッドを外へ連れ出したのはあなたね」
「ええ、娘さんはお母さん想いですよ。外でお母さんが待ってるからって言ったら、のこのこついて来たんですから。ブラッドも簡単に彼女を眠らせることができたと言っていました」
「あなたが裏で動いていた」
「あなたには隠し通せませんね」
「ブラッドに麻薬を横流ししていたのね」
「そこまで知っていたんですか・・・警察官の給料もたたが知れていましてね」
それはただの当てずっぽうだったが、彼は私が全て知っていると踏んだのか、隠そうとはしなかった。
彼は警察官という立場を利用して、押収した麻薬をブラッドに横流しをして、利益をもらっていたのだ。
テリーはレベッカの腕をきつく握り締めながら、不適な笑みをこぼしていた。
「いつから私が怪しいと?」
「ブラッドにも言ったけど、口紅よ」
「口紅?」
彼は子どものようにキョトンとした顔を見せたが、すぐにその表情は消えた。私はそのまま続ける。
「あなたは、ナターシャの物はブラッドが全て処分したと言っていたのに、突然見つかったなんておかしいと思ったのよ」
「あぁそうですか」
私が真面目に話をしているというのに、テリーは話半分で聞いているように感じた。少し前の彼はもうここにはいない。
「私の電話番号をブラッドに教えたのもあなたね」
「彼に教えろと言われまして。しかしまさか脅迫電話なんかかけるとは」
「知らなかったって言うの?」
「もちろんですよ。はじめは勝手な事をしてくれたと思いましたが、ちょうどよかった・・・ピーターとマリアを殺したのはナターシャ、そしてそのナターシャをブラッドが殺し、自殺した・・・それと、そうだなぁ。そこの女はブラッドから麻薬を盗もうとして殺された・・・どうですか?」
「何がよ」
腕に激痛が走っているはずのレベッカが、テリーを睨みつける。しかし彼の腕を掴む力が弱まることはなかった。
「私の筋書きもまあまあいけるんじゃないですか?」
「私達は関係ないのよ。それでも証拠は作れるっていうの?」
私は震えるブリジッドの肩を抱き、あえてテリーを挑発させるようなことを言った。そうして冷静な判断が鈍れば、私達に逃げ出す隙を与えてくれるかもと思った。
「大丈夫。その辺も考えました」
そう言ったテリーは胸ポケットから小さな袋を取り出した。中身は白い粉・・・つまり麻薬だ。
「あなた方はブラッドから麻薬を買っていた。そしてブラッドが自殺した事を知り、半狂乱になって殺し合った・・・。まぁ少し強引ですが、安心してください。私は警察官です。証拠ならいくらでも出ますよ」
「出るじゃなく、作るの間違いでしょう」
私の挑発は続く。レベッカの顔から血の気が引いていくのが見ていてわかる、時間がない。
「ははは、そうですね」
「笑えないわよ」
必死に冷静さを保とうとレベッカが彼の言葉を遮る。
「・・・少し話が長くなってしまいましたね」
テリーの顔が一変した。銃口を静かにレベッカのこめかみに当て直す。
「ミス・レベッカ。あなたの画力はたいしたものでした」
「あなたに褒められても嬉しくないわ」
「この状況でそんな言葉を吐けるとは。あなたに恐怖はないんですか?」
「私はあなたと違って人間なのよ。恐怖くらいあるわ」
「それは心外だなぁ。私だって人間ですよ」
撃鉄を起こし、見開いた瞳でレベッカを眺めた。
「できれば苦しむことなく殺してあげたいのですが、うまくいかないかもしれませんので、恨まないでくださいね」
「・・・もう恨んでるわよ」
「レベッカ!」
彼女の元へ行こうと私は立ち上がった。
「動くな!」
銃口がこちらを向く。いつ銃弾を浴びてもおかしくない。テリーの目が血走っているのがわかった。
「焦らなくても大丈夫ですよ。すぐにあなたも殺してあげますから」
そう呟くとゆっくり銃をレベッカのこめかみに戻す。
「・・・!」
「レベッカ!」
撃たれたのはテリーだった。左肩に銃弾を浴びた彼は、床へ突っ伏しながらも振り向いた。
「だ、誰だ!」
そこには銃を構えたままのウィルが立っていた。