第12話 追い詰めた後
家の鍵は開いていた。なぜブリジッドが開かないと言ったのか、そんなことを考えている余裕はない。家の中へ入った私は、ブリジッドの名前を叫んだ。
「ブリジッド!」
しかし返答がない。一階をくまなく捜すが、気配すらなかった。
「二階かしら?」
レベッカが親指を突き立て二階を指す。私は小さく頷くと、ゆっくりと階段に足をかけた。
ギシギシと鳴る階段を上がると、部屋が二つ見える。すぐ近くの部屋に入るも、人影は見えなかった。私達は一番奥にある部屋を見つめた。ドアは閉まっている。
「・・・」
廊下に置いてあるハンガーをレベッカが持ち上げた。
「何するの?」
「もしもの為よ・・・」
ハンガーを握り締めた彼女を横目に、私はドアノブを掴む。
室内はカーテンで閉め切られており、真っ暗だった。が、うずくまる人影が見えた。
「ブリジッド・・・!」
それが彼女だとすぐにわかった。口にはガムテープを貼られ、後ろ手にロープで縛られている。
「今助けるわ!」
ガムテープを剥がし、ロープを外そうと掴んだ、その時だった。
警察署の外で、ブリジッドが男に後ろから何かをかがされた光景が飛び込んできた。その男は間違いなく、ブラッドだ。
なぜあの時ブラッドがそこにいたのか、私にはわからなかったが、今はそんな事を考えている暇はない。
私はブリジッドを強く抱き締めた。
「お母さん・・・!」
彼女は疲れた表情を見せていた。ずっと監禁されていたのだから無理もない。私を抱き締め返す力がとても弱く感じられた。
「きゃあ!」
叫んだのはレベッカだった。驚いて振り向くと、彼女の右腕から血が流れていた。苦痛に歪んだ顔が私の脳裏に焼き付く。
「レベッカ!」
彼女を抱き起こし、ドアの方へ視線を移した。
「ブラッド・・・?」
彼はドアの前に立ち、不気味な笑みを見せながら銃をこちらに向けていた。
「勝手に人の家に入りやがって。不法侵入で訴えるぞ?」
そう言いながら冷めた目でこちらを見ていた。
「・・・ナターシャを殺したわね?」
「ああ?」
「何も罪のない人を・・・」
その言葉に彼は大声で笑う。
「何を言ってんだよ、ナターシャはピーターとマリアを殺したんだろ?罪はあるだろう」
「違うわ。二人は他の誰かに殺されたのよ」
「え?一体誰に?」
出血を止めようと撃たれた右腕を掴みながら、レベッカが困惑した表情で聞いた。
「口紅よ」
ブラッドの顔が一瞬引きつったのを見逃さなかった。私の推理は合っている。そう確信した。
「あの口紅はナターシャの物じゃなかった」
「どういう事?」
「この家でヘアバンドを見つけたでしょう。ずっとあの女性の事が引っかかっていたの」
「・・・」
ブラッドは無言のまま銃口をレベッカから私へずらした。
「その女性がナターシャだったのよ」
「・・・わかってたか」
そう呟いたブラッドは、静かに撃鉄を起こした。銃口はこちらを向いたままだ。
「あなたはテリーに口紅を渡した。私に透視させるためよ。まんまと騙された訳」
「ああそうだよ。二人を殺したのはナターシャじゃねぇ。そこの女だ」
そう言うと、銃で私達の後ろを指した。恐る恐る振り返ると、大きな段ボール箱があった。
「その中に隠れてるんだよ」
段ボールに銃を発砲する。その銃声に私達は体をビクつかせた。
「・・・彼女も殺したのね?」
怒りに身を任せ、私はブラッドを睨みつける。その隣りでブリジッドが小刻みに震えている。
「それもわかってるんだろ?」
「いいえ、知らないわ」
「ふん、そうか」
「私に脅迫電話をかけてきたのはあなたね?」
「もうお前の役目は終わったのに、まだ口を挟もうとするからだ」
銃口がまたこちらに戻される。ブラッドの不気味な笑みは消えていない。
「それでブリジッドを誘拐したのね」
「お前のせいでな。まったく、ナターシャが容疑者になったんだから、それで終わっておけばよかったのに」
「なぜ殺したの?」
それを聞いたブラッドは、一層冷たい視線を私に見せた。
「俺は本気でナターシャを愛してたんだ。俺は離婚したあいつを元気づけて・・・あいつも俺を愛してた、はずだった」
「はず?」
レベッカが口を挟んだ。だが、彼女の言葉は聞こえていないように彼は続ける。
「あいつは俺の事を何とも思ってなかったんだよ。俺が知らないと思ってコソコソとピーターの奴と会いやがって・・・」
何かを言うと撃たれるのではと思う程、ブラッドの顔は怒りに満ち溢れていた。
「でも、ピーターはマリアと婚約していたんでしょう?」
「そんな事信じられるか」
見る見るうちに彼の顔が怒りに満ち溢れてきた。銃を握り締める手に力が入っているのか、震えている。
「ナターシャの奴、ピーターの写真を持ってやがった。それでわかった、あいつはまだピーターを忘れていなかった」
「それで殺したの?」
「俺は愛していたんだぜ?殺そうとするかよ・・・ナターシャの奴、二人を殺したのは俺だろうって言ってきかなかったんだよ。違うって言ったのに、警察に行くなんて言うもんだから、仕方なくだ。・・・事故みたいなものだよ」
「事故?何を言ってるのよ!事故なんかじゃないわ!」
「はいはい、そうですね」
おちゃらけたようにそう言ったブラッドは、私の額に銃口を向ける。
「話は終わりだ」
「この女性も、あなたが殺したのね」
「そこの女は何もしなくても死んでた。ヤク漬けになってたからな。だが死ぬ前にあることないこと言われちゃ敵わないからな。念の為にな」
それを聞いた私は、なぜこの女性が二人を殺したのかがわかった気がした。
「彼女に麻薬を売っていたわね」
「それも透視したのか?」
「勘よ」
「ハッ面白い、そうだよ。そこの女、金もねぇくせにヤクをくれってうるさくてな。二人を殺したらいくらでもやるって言ったら喜んでたよ」
「それは嘘よ。彼女はピーターを殺す時、こんなことしたくないって言ってた」
「言ってた・・・か。さすがだなあ。でも結局殺したろ?」
ブラッドはやれやれという表情でこちらを睨む。それでも私は恐ろしさを押し殺し、話を続けた。
「あなたは、この女性を容疑者として捜査させようとした。まぁ殺人を犯したのは事実だけど。でもそんな中、ナターシャが疑問を抱いた。そして彼女を殺してしまったあなたは、二人を殺した犯人をナターシャに仕立て上げ、そしてこの女性がナターシャを殺害したように仕向けたのね」
「ああ、そこの女が全ての罪を被るんだ」。
話し終えた頃には、ブラッドの不気味な笑みは消えていた。冷たい視線のまま、私を睨んでいる。
「長話はこれくらいにしておくか。俺は海外に行かせてもらうよ。金はたんまりあるんでね」
引き金を引こうとしたのがわかった。私はブリジッドとレベッカをかばうように抱き締め、目をつぶる。