第10話 誰の仕業
いつも騒がしいほどよく話す彼女が沈黙を守ったまま運転をしていた。横顔は至って冷静に見えるが、その真意はわからなかった。
「レベッカ?」
彼女の態度に思わず呼んでしまった私は、言葉を探しながら話し出す。
「あの、どうかしたの?」
無言を貫いていた彼女は、考えが固まったのか、ハンドルを強く握り締め、口を開いた。
「もし、もしもよ。ブラッドがブリジッドを誘拐したとするなら、なぜそんなことをしたと思う?」
「どういう事?」
思いもよらない言葉だった。冷静に考えてみると、理由が思い浮かばない。
「普通、誘拐犯なら身代金を要求してくるんじゃないかしら」
「そう、ね」
「でもそんな電話は来ていない。とすると、ブラッドがブリジッドを誘拐した理由は?」
その時、自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。レベッカの次の言葉を聞きたくなくなった。
「私の、せいなの?」
瞳に涙が溜まった。それを見せまいと、私は窓の外を見つめる。
私が勝手な行動をした結果、この世で一番大切な娘が危険に晒されてしまった。すべて私のせいなのだ。目の前が暗くなる。
「アスリーン!」
レベッカの怒鳴り声に、溢れ出そうになっていた涙が引いた。顔を戻すが、彼女は前をしっかりと見据えたままだった。
「あなたがしっかりとしていないでどうするのよ!・・・私も言わなくていいことを言ったわ。ごめんなさい」
「あなたは悪くないわ・・・そうよね、しっかりしないと」
「私がついているじゃない」
私は強く頷くのが精一杯だった。
警察署に来る回数がここの所増えている気がする。雰囲気は相変わらずで馴染めない。しかし今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「ウィル!」
背中を見つけた私は、ウィルの元へ走り寄った。その姿に少し驚いた表情で彼が振り向く。
「早かったですね」
「ブラッドはどこにいるの?会わせてくれるわよね?」
彼を問い詰めるが、絶望的な言葉が返ってきた。
「先程帰られました」
「どうして?」
「身元確認を終えてすぐ出て行ったみたいです。あなたからの電話を受けて、すぐに彼の所へ行ったのですが、一足遅かったみたいです」
「そんな・・・ちょっと待って。身元確認?」
「はい」
それを聞いた私は、とんでもないことを口走った。
「私も、ナターシャに会うことはできますか?」
正確に言えば、「会う」ではないが、他に言葉が見つからなかった。
「なぜでしょう」
「確認したいことがあるんです」
何か考えるように腕を組んだが、すぐにほどき私の目を見つめる。
「見ない方がいいと思いますが」
「どうしてですか?」
「マリア・ロングスターのような死に方をしているからです」
マリアと同じ死に方・・・顔の判別が出来ないと言っていたのだ。それを聞いたレベッカが疑問を投げつける。
「それじゃあどうしてナターシャだとわかったの?」
「傷です」
「傷?」
「はい。ナターシャの腹部に手術の跡がありました。ブラッドがそれを見て彼女だと。それと彼の家にあった髪の毛を採取してDNA鑑定をしていますし、間違いないかと」
そのままレベッカは黙ってしまった。
ブラッドはいなかった。それならば彼の顔を知るにはこれしかなかった。
「ブラッドの持ち物でも、写真でもいいから、何か持ってない?」
また考えるように腕を組むウィルだったが、平静を保ったままのようだ。
「何かあったんですか?」
彼は私の様子を伺うように聞いてきた。
「ええ、もしかしたら、ブリジッドはブラッドに連れて行かれたかもしれないの」
この返答にさすがのウィルも、目を丸くさせた。何を言ってるんだという表情だ。
「・・・わかりました」
ウィルは何も聞かず、胸ポケットから一枚の写真を出した。
「ブラッドの写真です」
私は写真を見つめた、あの男だ。ネックレスはしていないが、間違いなくブラッドだ。
「間違いない?」
レベッカが私の顔を窺う。私はしっかりと頷き、息を大きく吸った。
「間違いないわ。ネックレスをしていた男よ!」
「ネックレス・・・?」
私の言葉が引っかかったのか、またも胸ポケットに手を入れた。と、思ったら手を引っ込み歩き出した。
「えっちょっと」
「立ち話も何ですから」
そう言うとウィルは小さな部屋に入って行く。それに続いて私達も駆け足で入った。
中に入るが、カーテンが掛かっているせいで室内は暗かったが、私はそんなことに気を配っている暇はなく、イスに座ったウィルに詰め寄った。
「申し訳ないんだけど、のんびりしている暇はないのよ」
「さっき言ってたネックレスっていうのは、これの事ですか?」
落ち着きましょうと言わんばかりに、ゆっくりと胸ポケットから一つの袋を取り出した。中には私が見たネックレスがそこにあった。
「これ、ナターシャの?」
「それはわかりませんが、遺体の近くに落ちていました」
「遺体の近く・・・」
「何か事件と関係があるかと思いまして。それと、遺体は水の中に入れられていたため、損傷が激しく、死亡推定時刻もはっきりとは断定出来ていません」
「そう、なんですか」
聞いてもいないことまでも言ってくれるとは思っていなかった。私は信頼されているのだろうか?
「犯人は、まだ特定できていないの?」
本当に私の事を信頼してくれているのなら、この問いに答えてくれるだろうと考えた。
「まだ特定には至っていません」
あっさり、と言ったらよいのか、少しの躊躇もなく答えた。その冷たい瞳が私を見据えていた。彼と同じように私も彼を信頼してもいいのだろうか。
「あの、もうひとつ聞いてもいい?」
「はい」
「最近、女性の死体が発見されてない?」
「マリア・ロングスターの事ですか?それともナターシャ・・・」
「いえ、別の女性よ」
私の透視が正しければ、ブラッドは間違いなく女性を殺している。この事件とどのような関係があるのかは今の時点でははっきりとは言えないが、繋がっているような気がしてならないのだ。
「マリアとナターシャ以外では、いないと思われますが」
まだ発見されていない。ということは、ブラッドは死体をどこかに隠しているのか。
私が黙り込みあれこれ考えていると、ウィルはとんでもないことを口走った。
「ピーターとマリアの事件は容疑者死亡となるでしょう。一応事件のカタはついたと思います」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
何のカタがついたと言うのだろうか。まだ
謎は多すぎる。
私が突然立ち上がっても、彼の顔色は変わらなかった。
「二人を殺害したのはナターシャです。それはあなたが一番よくご存じだと思いますが」
「それは、そうだけど」
言い返す言葉を必死に探すが、見つからない。当たり前だ。私がそう言ったのだから。
ただ俯く私を見つめていたレベッカが口を開いた。
「ちょっと待ちなさいよ」
少し怒った口調の彼女に、思わず私は顔を上げる。ウィルも少し驚いたのか、彼女に視線をずらした。
「ナターシャは誰かに殺されたのよね?」
「ええ、それは間違いないと思われます」
「じゃあカタなんてついてないじゃない。それにナターシャが二人を殺した動機だってわかってないんでしょう?」
一気にまくし立てるレベッカは、ウィルに口を挟むスキを与えなかった。
さっきの私の様に少し俯いた彼は、黙ったままもう一度胸ポケットに手を入れ、銃を出した。それに釘付けになった私達は、一瞬息を飲む。
「なに?」
レベッカが銃とウィルを交互に見ながら質問をする。
実物は何度か見たことはあるが、しかし間近で見るとなると話は別だ。持っていなくても、重厚感が伝わる。
「安全装置は外していません。安心してください」
淡々と話す彼に疑問を抱いた。なぜ、今銃を私達に見せているのか。
「この銃なんですが、透視してもらってもよろしいですか?」
思いもよらない言葉だった。言葉が出てこない私を横目に話を続ける。
「ピーターとマリアの殺害に使用された物です」
「えっこれが?」
「はい」
「でも、どうして・・・」
なぜ今になって銃を?さっきは事件はカタがついたと言っていたのに。ますます彼の行動がわからない。
「お願いできますか」
私の問いに答える気はないのか、ウィルは銃を手に取る。銃口はこちらを向いてはいないが、恐ろしさが私の体を駆け巡った。
しかし、ウィルがどんな理由でこの銃を透視しろと言ったのかはわからないが、見なければいけないと思った。
「・・・わかったわ」
呼吸を整える。ウィルから銃を受け取り、ゆっくりと目を閉じた。
見たことのある顔が飛び込んできた。ナターシャの苦痛に歪んだ顔だった。イスにうなだれるように座っていた。しかしその手には、私が今握り締めている銃があった。
どこからともなく男がやってくるが、逆光になっているせいで顔がはっきりしない。
男が入ってきたというのに、彼女は顔を上げようとしなかった。まるで誰だかわかっているかのようだった。
「本当に、やるの?」
微かにそう聞こえた。絞り出したような声だった。男は銃を引ったくり、彼女の額に銃口を当てた。
「お前に選択肢はないだろう?」
それでも彼女は顔を上げなかった。それに苛立ったのか、男は彼女の胸ぐらを掴んだ。
「お前がやるんだ!」