二つの殺人
「チリホットドッグふたつ」
「かしこまりました」
深く頭を下げ、私はさほど広くない店内を見渡す。店は昼時ということもあり、客は少なくなかった。
「レベッカ、ホットドッグふたつね」
私はカウンターから顔を覗かせると、返事が聞こえてきた。と、レベッカがコーヒー豆を片手に出て来る。
「今日も大繁盛ね?」
私が意地悪そうにそう言うと、彼女は苦笑いを見せながらコーヒーを注いでいく。
「私の料理がおいしいからかしら」
「自分の料理を褒めちゃだめよ」
「あら」
私達はくすりと笑う。
「エッグサンドイッチください」
オープンテラスから聞こえた方へ顔を向けると、女性が手を挙げている。
「いってらっしゃい」
レベッカが私にウィンクをした。
オープンカフェのこの店は、いつも客の足が絶えることがない。自画自賛しているレベッカの料理がおいしいと口コミで評判となり、オープン一年目にしてこの盛況ぶりは拍手ものだ。
「アスリーン、チリホットドッグふたつできたわ」
「はいはい」
料理を受け取った私は、笑顔を振りまきながら歩いた。今年で四十一になるというのにウェイトレスをしている。
元々スーパーの店員をしていた私は、彼女の父親が新しくカフェを始めると聞き、よかったら働いてみないかと誘われた。
はじめはいい年をしてウエイトレスなんてと思ったけれど、やってみると意外と面白い。
色々な人との会話が楽しめるし、何より昔からの顔なじみのようにお客さんが声をかけてくれる。私は楽しみを与えてくれたレベッカに感謝しながら毎日楽しく働かせてもらっていた。
「アスリーン、ちょっと、これ見てみろよ」
そう言ったのは、レベッカの父親であるエディの友人、ハンスだった。
彼はこのお店のオープン初日から出入りをしていたので、私とも仲良くなっていた。
彼はカウンターの上にあるテレビに指を差す。私はビールを彼の前に置き、顔を上げた。
「連続殺人だってよ。まったく、せちがらい世の中だぜ」
ビールジョッキを片手にハンスは溜め息を吐く。まだ昼になったばかりだが、彼が朝から飲むのは当たり前になっていたので、私は気にも留めずそのままテレビを見つめた。
「本当ね。早く犯人を逮捕してほしいわ」
ブラウン管の中では、少し化粧の濃い女性キャスターが真剣な表情で原稿を読んでいた。
「ピーター・ウォルシュは、午後十時頃、自宅を出て車に乗り込むところを頭に一発、心臓に二発の銃弾を受けたらしく、検死結果では失血死と断定されました。その二時間後、彼の恋人であるマリア・ロングスターも自宅に帰宅直後、心臓に四発もの銃弾を受けて即死。着衣に乱れがあり、犯人と争った形跡があるようです。」
私達は食い入るようにテレビに見入った。それに気がついたレベッカがカウンターをトントンと叩く。
「何見てるの?」
私はテレビから目線を外さないまま答えた。
「連続殺人だって」
それを聞いたレベッカも、カウンターから出てテレビを見つめた。女性キャスターは真剣な表情を保ったままだ。
「マリアは犯人と争った後、近くにあった直径三十センチほどの石で、骨格が変わる程に顔面を幾度となく殴られていたそうです」
「酷いことするわね」
レベッカは腕組みをして眉をしかめる。少し吐き気を覚えた私はテレビから目を離し、大きく息を吐いた。
「よっぽどの恨みがねぇとできないだろうな」
ハンスがビールを一口飲むとそう呟いた。女性キャスターの隣りに座る男性キャスターも、彼女と同じくこちらを睨みつけている。
「ピーターは翌日の午前八時に隣人によって発見され、マリアも同じく翌日に新聞を届けにきた人によって発見されました。目撃者は一人もなく捜査は難航している模様です。現在わかっていることは、同じ拳銃を使っていたということ、つまりは同一犯による可能性が高いとされています」
「警察は何をしてんだよ。そんな奴に街をうろちょろされちゃ敵わんぜ」
半分程入っているビールをぐいっと飲み干したハンスは立ち上がり、小銭をカウンターへ置くと、「また来るわ」と言い残し店を去っていった。
「犯人がわからないということは、電話が来るかもしれないわね」
レベッカが私の背中を軽く叩いてカウンターの中へ戻って行った。
「あり得るわね」
そんな時だった。エディが事務所から出て来た。嫌な予感が脳裏をかすめ、私は下を向いた。
「アスリーン。電話だ」
エディは、店内を見渡しながらそう呟くと、「カウンターは俺がやっておくから」とレベッカの肩を叩いた。彼女は小さく頷くと、コーヒーを作り始めた。
暗い表情で事務所に入った私は、電話に手を伸ばすも手が止まる。一呼吸おき、受話器を取った。
「アスリーン・バルドーですが」
私が話し始めると、レベッカがコーヒーを持って来てくれた。私は無理に笑顔を作る。
「・・・ええ。その事件なら今さっきテレビで拝見しましたが、ええ、そうですか・・・わかりました」
電話を切るとレベッカが私の前にコーヒーを置いた。
「さっきの事件?」
「ええ、テレビで言ってた通り捜査が行き詰まっているそうよ」
湯気が立つコーヒーに口をつけ、タバコを取り出して火をつけようした私は、レベッカに顔を向けた。
「一緒に来てくれる?」
「ええ。甘えん坊ね」
褐色の肌からこぼれる白い歯が私を元気にした。
「ブリジッド?私だけど、今日ちょっと遅くなりそうなの。ごめんね。先に寝ていて。戸締まりを忘れないで。それじゃ」
携帯電話をバッグへしまった私は、シートベルトを着用した。それを確認したレベッカが車を発進させる。
「いい子ね?」
話を聞いていたレベッカが、笑顔でそう呟いた。私は少し照れながら頷く。
ブリジッドは十八歳で、学生だ。成績も良く、今まで何か問題を起こしたこともない。私がどんな仕事をしようとも愚痴をこぼさずにいてくれる。
「私に似て美人だから心配なのよ」
冗談めいたようにそう言うと、レベッカが大口を開けて笑った。
「あはははは! そうねぇ。それじゃあハリウッドからスカウトが来るかもね!」
「ちょっと、私、本気で言ったのよ?」
これから警察に行こうとしている人間がこんなことでいいのかと思いながらも、ブリジッドの話は尽きなかった。
「夫を亡くしてからあの子、私にわがままを言わなくなったのよ。私に遠慮してるのかしら?」
車が赤信号で止まる。私はタバコに火をつけた。それを見たレベッカが窓を開ける。
「いつまでタバコを吸うつもり?」
彼女は優しくそう呟く。私はタバコの火を見つめた。
「・・・いつかしら。まだ止められそうにはないわ。これを吸ってると、あの人の匂いがするの」
「・・・そう」
「でも、もう十五年も経つし、止めないとって思うんだけどね。気がついたら吸っているのよ」
青信号になりレベッカは車を走らせる。
「今度、ブリジッドと三人で食事にでも行きましょうよ」
タバコの火を消した私は彼女の腕を掴んだ。レベッカも笑顔で頷く。
「そうね。私もブリジッドに久しく会っていないから。未来のハリウッド女優を見てみたいわ。でもそんなに美人になったの?」
「もちろんよ。私の娘ですからね」
警察署はいつ来ても空気が淀んでいるというか、来たくない場所はと聞かれたら一番にここが頭に浮かぶ。
四人用の古びたテーブル以外何もない、殺風景な部屋で担当者を待っている間、私達は一言も言葉を交わさなかった。これから何が起こるのか、心が不安で押しつぶされそうになっていた。
「ああ、わざわざ来てもらってすいませんでした。電話をさせていただいたテリー・ジャクソンで、こっちは部下のウィル・ジョンソンです。」
そう言いながら書類を手に入ってきたテリーは、レベッカと同じように褐色の肌がとても男らしい。ウィルは私と目を合わせないようにしているのか、うつむいたまま椅子に座った。
「早速ですが、この写真を見ていただけますか?」
テリーがアイコンタクトをすると、頷いたウィルが三枚の写真を机に並べた。
「事件現場の写真です」
目に飛び込んできたのは、ピーター・ウォルシュが横向けに倒れている写真だった。
瞳孔は開き、一目見ただけで死んでいるとわかる。頭からは血を流し、胸にはおびただしい量の血痕が見える。
「ひどい・・・」
思わず口を押さえたレベッカは横を向いた。
マリア・ロングスターの写真は見ていられなかった。思わず顔を覆ってしまうほどであった。ニュースで顔面を殴打されたのは知っていたが、もはや原型をとどめていない。顔全体が血で真っ赤に染まっており、鼻は潰され、どこに目があるのかすらわからなかった。
「相当恨みがあったんでしょうね」
私は写真を見ずに言った。テリーが首を縦に振り、溜め息を吐く。
「そのようですね」
気分が悪くなるのを抑え、最後の一枚を見る。
「これは?」
それはピーターとマリアが仲むつまじく肩を組んで写っている写真だった。私はそれをまじまじと見つめた。
「二人は結婚を控えていたそうです」
ウィルが淡々と話す。
「結婚を好ましく思っていない人物の犯行と我々は考えているのですが、該当する人物がいないんです」
感情のこもらない口調で話す彼に、少しの嫌悪を覚えた。とてもじゃないけど、こんな写真を見たら冷静に話すことなんて私にはできない。
「共通の友人も全員結婚していますし」
テリーが拳銃の弾が入った袋を二つ取り出した。
「二人の遺体から出たものです」
正直、それに触りたくなかった。すべて見てしまうのが怖かった。この瞬間がとても嫌だった。
触るのをしぶっている私を気遣ってくれたのか、レベッカが立ち上がる。
「申し訳ないんだけど、退室してもらってもいいかしら?」
「ああ、そうですか。それでは・・・三十分後に戻りますので」
それを聞いたテリーはウィルの肩を叩いた。
初めて推理物を書いています。まだまだ新参者ですが、よろしくお願いします。