表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

逢魔奇譚

逢魔奇譚 鬼ころし

作者: 葵 嵐雪

 さて、ご来場の皆様、お久しい方も、初めての方もよろしくお願いいたしやす。さて、皆様、鬼ころしという酒をご存知でございやしょうか。なんでもね、昔の酒は甘いのが普通でございやしたが、この鬼ころしという酒は辛口で、それはもう鬼すらもころせるほどの辛さという事で鬼ころしという名前が付いたそうでございやす。

 まあ、今では普通に呑む酒も辛口が多くなってきやしたが、鬼ころしという酒には、そんな由来があったのでございやすよ。けど皆様、それだけではございやせんよ。昔から鬼退治、鬼払い、などなど、鬼に関する事は多くありやす。それほどまでに鬼とは退治されたり、払われるものだと決まっているものでございやす。

 なにしろ鬼でございやすからね、昔から鬼は悪党の代名詞とも言えやしょう。けど、その鬼が必ずしも悪いものと決まっているワケではございやせん。中には変わった鬼も居るものでございやすよ。さて、今回お話いたしやすのは、そんな鬼の中でも、最も変わった鬼の話でございやす。



 さて、場所は出羽の国境にある峠の茶屋でございやす。そこには横に背負い箪笥を置いた、渡り巫女が旅の一休みとばかりに休んでおりやした。その巫女は美しく、天女と間違えるような、見目麗しい渡り巫女でございやした。

 その渡り巫女が出てきたお茶を手にした時でございやした。丁度、旅人が巫女とは反対方向を向いて座ってきたのでございやす。まあ、ここは峠の茶屋でございやすから、旅人が一休みするには格好の場所でございやすから不思議ではございやせん。

 ですが、不思議だったのは、その旅人が深めの笠を取らずに茶と餅を頼んだのでございやした。その日は雨も降らす、良い天気でございやした。普通の旅人なら笠を取って休むものでございやす。けど、その旅人は笠も取らずに女中に注文をしたのでございやすから、不思議と言えば不思議でございやす。

 けど、たかが、それだけの事でございやすから、女中もまったく気にせずに旅人にも注文された品を出しやすと店の中に戻って行きやす。そんな時でございやした。旅人は自然と辺りを見回しやすと巫女に向かって話しかけてきやした。

「お前さんに仕事だ」

 小声で巫女だけに、そんな事を伝える旅人でございやす。どうやら渡り巫女の関係者なのは確かでございやしょう。渡り巫女も、その言葉を聞いても、まったく動じる事無く、ゆっくりと休むかのようにお茶を口にしてから話を続けてきやした。

「口伝とは珍しいですね。どうやら、相当厄介な仕事のようですね」

「あぁ、かなりな。とりあえず、人を一人消してもらいたい」

「まるで私が人斬りのようにおっしゃいますね」

「斬って済む程度の相手なら、こんな仕事はお前さんには回ってこねえよ」

「それはそれは厄介な事で」

 まるで他人事のように言う巫女に旅人は静かに懐から何かを取り出すと巫女の横に置きやした。そんな旅人に対して巫女は、やっぱり他人事のように話を続けやす。

「これは?」

「前金だ」

「それはそれは、厄介な事ですね。総大社もかなり迷惑に感じてる人なんですね」

「まあ、今回は総大社だけでなく、陰陽道家元おんみょうどういえもと土御門神道つちみかどしんとうが大きく関わってやがる。どちらかと言えば、土御門神道からの依頼とも言えるだろうな」

「それはそれは……」

 さて、ご存知では無い方が多いと思いやすので、少しご説明しやしょう。この時代、陰陽寮を独占しやして、実権政権を握っていやしたのが土御門家でございやした。なにしろ、全国の陰陽師を統括する事がやるされやして、陰陽師である限りは土御門家に逆らう事は、幕府を敵に回すのと同じでございやした。

 それだけ、土御門家の力は絶大であり、外見に神道の形式が見受けられる事から、陰陽師を統括する特権を得た土御門家の勢力を総称して土御門神道と呼ばれるようになりやして、その名は大きく広まりやした。それはもう、将軍家の儀礼にも取り入れられて、幕府の官僚とも呼べる存在になっていたのでございやす。

 つまり土御門神道とは、この時代の陰陽師達を従える事が出来た勢力でございやす。または陰陽師達の家元とも言える勢力でございやした。

 そんな土御門神道の名が出てきたからには、今回の事に陰陽師が関わっている事は確かな事は巫女にもすぐに分かりやした。なにしろ、この時代の陰陽師は土御門神道から発する免状があれば、関所も通過できやして、何処にでもいけたのでございやすから。

 そんな免状が広くに渡り、武家に仕える陰陽師だけでなく、市井を周り、民百姓に広まって行きやして、土御門神道に認められれば陰陽師としての恩恵を受けられるだけでなく、民間信仰として流行るほどでございやした。それだけ、陰陽師という存在は民にとっても身近な存在と言えるというワケでございやす。

 つまり、土御門神道とはでやすね、陰陽師達の棟梁であり、家元の言える権力者であり、幕府の官僚なのでございやすよ。そんな土御門家からの依頼でやすからね。巫女も旅人から渡されやした前金を素早く仕舞い込みやすと、まるで何事も無かったかのように話を続けるのでございやした。

「それにしても、人を始末しろとは、随分と物騒な話でございますね」

「まあ、それも仕方ないさ。その陰陽師、賀茂保胤かもすねたけと名乗ってやがらあ。ただでさえ、土御門家とは仲が悪いと言われてる賀茂の名を名乗ってるもんだから土御門家が目を付けても不思議じゃねえ」

「けど、たかが一人の陰陽師。そんな人が今の土御門神道の脅威になるとは思えないのですが」

「確かに、陰陽寮を独占している土御門家に対抗する事なんて出来ないだろうな。まあ、それは今の話ならな。だが、その賀茂保胤ってやつは本気で土御門家に対抗しようとしてやがる。そのために、この出羽と越後ではかなり名を上げてきやがる。まるで別の勢力を作ろうとしているみたいにな」

「なるほど、そういう事でした」

 話を聞いて納得した巫女でございやすが、皆様には事情が分りやせんでしょうから、少し、そこのところを話しやしょう。まずは江戸でございやす。ここは何度も出てきたとおりに幕府が置かれており、当然のように土御門家の研究所を兼ねた邸宅があったのでございやす。そして京都でございやすが、こちらには土御門家の宗家がございやした。だから江戸から京都にかけては土御門家が最も勢力を発揮した土地といえやしょう。

 そして陸奥でございやすが、こちらには恐山のイタコ衆が岩城、磐城まで勢力を伸ばしてございやすから、東山道のほとんどはイタコ衆が勢力を聞かせているのが現状でございやす。

 そして、肝心の陰陽師でございやすが、この時は民間信仰と言われるほど流行ってございやしたからね。土御門家の免状さえされば、どこでも活動が出来やした。これも土御門家の力とも言えやしょう。そのため、各地に陰陽師が居たものでございやす。

 さて、ここで問題になってくるのが場所でございやす。京の都には土御門家の宗家がございやす。そして江戸には幕府の官僚として有職故実の屋敷がございやしたから、京都から東にかけては問題はやりやせんでした。

 だからこそ、土御門家が西に目を向けるのは当然の事でございやした。畿内はもちろん、山陰道、山陽道、南海道。そちらには自らの門下にある陰陽師を多く派遣しやした。そして西海道でございやすが、ここには朝廷から大宰府が置かれてやしたので、当然のように朝廷にも深く関わりを持っている陰陽寮の上位を独占していた土御門家の勢力を入れるのは簡単でございやした。

 よって、これで全国に土御門家の陰陽師達が多くに渡って民に信仰を広めたのでございやすが、先程の話に出て来やした、出羽と越後はちょっとだけ事情が違っていたのでございやす。出羽、正確には羽前うぜんでございやすね、それと越後でございやすが、この二国はちょうと道の端とも言える場所なんでございやす。

 羽前は東山道では日本海に面する最西端でございやす。そして越後は北陸道の最東端でございやす。しかも、この二国は繋がっておりやして、街道も違っておりやす。しかも、この二国と江戸の間には東山道が通っているのでございやす。つまり、この二国は江戸の土御門神道、恐山のイタコ衆、この二つから見ると、最も目が届かない場所とも言えるのでございやす。

 このまま東に勢力を伸ばしやすと、すぐにイタコ衆から目を付けれて潰される事なのは目に見えている事でござやしょう。なら西はと言いやすと、このまま北陸道を進みやせば、畿内に付くまでに、相当な勢力を作る事が出来やしょう。

 つまり、この場所は誰にも邪魔されずに陰陽師の一派を作りには最適な場所でございやして、そのうえ、土御門家は長年に亘って賀茂一族である幸徳井かでい家と争って、幸徳井家を蹴落として陰陽寮を独占したのでございやす。つまり、土御門家は賀茂一族から見れば敵も同じ、それを堂々と賀茂の名で陰陽師をやっているのでございやすから、土御門家としても放っておけば後の災いになると思っても不思議では無いのでございやす。

 そんな賀茂一族と思われる陰陽師が、目の届き難い羽前と越後で名を上げているのでございやす。そうとなっては陰陽師を取り仕切る、土御門神道としても放っては置けないと手を打つのが普通でございやしょう。なにしろ、土御門家にとっては賀茂家は敵と言っても不思議では無いぐらい争ってきたのでございやすから。

 そうでやすが、ここで巫女にも疑問に思った事があったのでございやしょう。巫女は小声で監視役の旅人に話すのでございやした。

「事情は分かりました。ですが、土御門神道の力なら、たかが陰陽師を一人だけ始末するのは簡単な事ではございませんか?」

 当然の疑問と言える事でございやしょう。土御門家は陰陽師を取り仕切る宗家。そんな土御門家が腰上げて、総力を使えば、影で陰陽師の一人や二人、始末をする事は簡単な事だと思われるでございやしょう。

 けど、そこで旅人は一気に餅を口の中に放り込みやすと、一気にお茶で流して話を続けてきやした。

「確かにな、土御門家も最初はそう思って、何人かの腕利きの陰陽師、それに剣客を集めて、賀茂の殺害を企てたんだが、いざ実行してみると、誰も帰ってきやしねえ。それどころか、全員が神隠しにあったように消えちまったんだから、その賀茂保胤は相当な力を持っている事が分かったんだがな、どうも、その力が陰陽師達にも良く分からないらしい。だからこそ、総大社に話が周ってきたというわけさ」

「なるほど、それで」

 話の経緯を理解した巫女が話の続きを促しやす。どうやら巫女には話の続きがある事が既に分っているようでやした。そんな巫女に旅人は顔色一つ変えずに話を続けやす。

「それで、総大社の調べでは、どうも禁呪きんじゅを使っている事までは分かったんだが、詳しい事までは分からなかったそうだ。そんな訳で、総大社もお前さんに白羽の矢を立てたといういワケさ」

「そうでしたか。ですが、その賀茂についてはまったく調べていないワケではないのでしょう」

「そりゃあそうさ、それが俺の仕事だから。それに、今回は土御門家や総大社の威信が掛かってる。おかげで紙に残す事は出来ない。調べた事は全て俺の頭の中にあるし、こうして話せば、この事を知っているのは俺とお前さん、それから報告する総大社と土御門家の上役だけとなるわけだ。まあ、お前さんなら口を滑らせないと総大社が判断したからこその白羽の矢というわけさね。だから、これから言う事はしっかりと聞きな。一度しか言わねえぜ。他の誰かに聞かれてもマズイからな」

「分かりました、それでは、どうぞ」

 本当に分っているのか分からないほど、他人事のような返事をする巫女でございやした。まあ、旅人も旅人なら巫女も巫女と言える事でございやしょう。なにしろ、人に聞かれてはマズイ話をしようってという時にでやすね。当事者達が他人事のように話すのでやすから、これはよっぽどのマヌケか、相当な数の修羅場を潜り抜けてきたつわものにか出来ない事でございやすよ。

 なにしろ下手に口にした事が漏れたら自分の首が飛びやすからね。つまり、絶対に聞かれてはマズイ事を、まるで他人事ように話すのでございやすから、二人とも、相当な数の修羅場を潜り抜けてきた事は確かな事でございやしょう。

 せやすから、二人とも何事も無いように、周囲を警戒しながらも、呑気に団子を口に運びながら巫女は旅人の話を聞くのでございやした。

「今、賀茂保胤は羽前から移動して越後に向かってやがる。そして、周囲からは鬼退治の賀茂とか呼ばれているらしい。なんせ、病人の身体から病気の元になってやがる鬼を引っ張り出しては退治して、病気を治しているらしい。その見事さといえば百姓町人、それに大名にまで、その名は知れ渡っているようだ。そんな賀茂が羽前を西に向かって来てるらしい。越後に入るのも時間の問題だろうな。後はお前さん次第だな。俺は、このままお前さんに同行して監視役に周らせてもらうぜ」

 小声で早口にそんな言葉を口にしてきた旅人に対して、巫女は呑気にお茶をすすりながら旅人に言うのだった。

「分かりました。それと、その賀茂保胤の居場所は分っているんでしょうね?」

「あぁ、足取りはしっかりと掴んでる」

「なら、案内してもらいましょうか。それに一度は、その鬼退治を見ておかないといけないようですね。なので鬼退治を見てから、今後の事を話す事にしましょう」

「分かった」

 それから渡り巫女と監視役の旅人が同時に立ちやすと、二人とも勘定を椅子の上に置いてからすぐに、北陸道の越後に向かうのでございやした。



 さて、そんな巫女達が到着しやしたのは越後の国、黒河藩、柳沢様が治める場所でございやした。どうやら、賀茂保胤の名はここまでも広まっているようでございやして、二人が賀茂の居場所を突き止めるのは簡単でございやした。それでも、旅人の仲間とも思われる、同じく旅人姿の人物と合流しやすと、その旅人は二人に向かって報告をするのでございやした。

「賀茂保胤は今のところは、ここに宿を取っているようです。それに陣屋の柳沢様にも賀茂保胤の名は知っておられるようでございます。なので、柳沢様もそのうち賀茂保胤を陣屋に招くとの噂も広まっております。ですが、今のところは町人達に頼まれた仕事をこなし、何人もの病人を救っているようでございます。それに、賀茂保胤が土御門神道から免状を発してもらっていない事は関所で確認しました。どうやら本気で土御門神道に対抗するために、ここを本拠地に勢力を伸ばそうとしているのは確かでございます」

 そんな報告を黙って聞いていた二人でございやしたが、巫女と同行していた旅人は言葉を発しやしやせん。そう、ここからは巫女の仕事でございやすから、巫女と同行した旅人は巫女の仕事を見届ける義務があるのでございやす。だからこそ、ここでは余計な事を口にしないのでございやした。

 そして報告を聞いた巫女はこんな事を尋ねやした。

「次に、鬼退治をして病気を治すのは何処の誰か、何日後か、それは分っていますか?」

 巫女がそんな事を尋ねやすと、既にその辺も調べが付いているのでございやしょう。報告に来た旅人はあっさりと答えたのでございやす。

「賀茂保胤が次に鬼退治をするのは、米問屋、柿崎屋の孫でございます。よわい五つになりますが、どうも、その孫が医者でも分からない病気になっておりまして。そこで、柿崎屋が名が広まってきた賀茂保胤に頼んだようでございます。賀茂保胤も用意があるといって五日ほどの猶予をもらってから鬼退治をすると宣言していますから。三日後の柿崎屋で賀茂保胤の鬼退治が行われるのは確かでございます。しかも、賀茂保胤はもっと名を広げるために、その鬼退治の様子を群集に披露しているようでございます。調べるには打ってつけかと」

 最後はそんな言葉で締める報告の旅人でございやすが、そんな報告を聞いた巫女が同行して来た旅人に向かっていうのでございやした。

「なにはともあれ、まずは、その賀茂保胤の鬼退治を見てからにいたしましょう。なので、この近くに宿を取っておいてください」

「宿なら既に確保しておりますので、そちらに」

「それはそれは、手際が良い事で」

 報告してきた旅人がそんな事を言いやすと、巫女は手際の良さに感心するかのように笑みを浮かべやすと、そんな事を言いやした。それから、巫女達は既に手配されてある宿に向かって歩き出すのでございやした。



 それから三日後でございやす。とうとう賀茂保胤の鬼退治が始まるようでございやしょう。柿崎屋には沢山の人だかりが出来ておりやして、賀茂の指示でございやしょう。外からでも見られる場所を選び、大衆の目に見せるために塀すらも取っ払ったようでございやす。おかげで柿崎屋には沢山の人だかりが出来やして、そんな人だかりの一番前には巫女と監視役である旅人の姿がございやした。

 そんな人だかりで賑わっているのでございやす。人々の目は自然と病気で苦しんでいる柿崎屋の孫に向かい、賀茂保胤の登場を今か今かと待っているのでございやした。そして準備が出来たのでございやしょう。とうとう賀茂保胤が姿を現しやすと、期待する声が沢山も上がりやして、そんな声を無視するかのように賀茂保胤は病人である、柿崎屋の孫が寝ている横に座りやすと、鬼退治用の刀でございやしょう、刀を横に置いて邪魔な袂を後ろに払ってから、いよいよ賀茂の鬼退治が始まるようでございやした。

 賀茂保胤は、まず片手で印を組やすと、そのまま小声で何かを口にしているようでございやした。まあ、これから鬼退治をする場所でやすから、あまり近寄る事は出来やせん。それにこれだけの野次馬でございやす。当然、賀茂が何を言っているのかは聞こえないのは当然でございやしょう。そう、ただ一人は除いてはでございやす。

 それからすぐに変化が現れやした。賀茂の術が効果を発揮したかのように、柿崎屋の孫は苦しみ泣き出しやす。そんな孫の姿を柿崎屋の主人夫婦と姑夫婦は心配そうな顔で、遠くから見ていやした。

 そんな時でございやす。突如として動きが止まった柿崎屋の孫でございやす。傍から見れば、まるで死んだようにも見えた事でございやしょう。だが、賀茂はすぐに横に置いてあった刀を手にすると、一気に刀を抜き去りやす。それから賀茂は気合のこもった声で最後の仕上げにかかるのでございやした。

「オンッ!」

 その言葉を合図に孫に掛かっていた布団が吹き飛び、孫の身体が光やすと、まるで孫の身体から引っ張り出されるかのように一匹の鬼が姿を現しやした。その光景だけでも、見物人達はそれぞれに声を上げやす。

 だが、賀茂はそんな声などを気にする事無く、現れた鬼と対峙しやす。鬼は人と同じ位の身長でございやしたが、赤い肌をしており、頭には二本の角、そして長い爪を持っておりやした。どこから、どうみても鬼と言っても良いでございやしょう。そんな絵に描いたような鬼が現れたのでやすから、そりゃあ、観衆からも声が響き渡りやす。そんな観衆の中で巫女は一人、鬼を見透かすような目で見ているのでございやした。

 そんな巫女に構う事無く、賀茂保胤の鬼退治は続くのでございやした。

 現れた鬼から数歩下がった賀茂は、すぐに刀を構えて鬼の攻撃に備えやす。一方の鬼はまるで猛獣のように大きく吼えやすと、威嚇するかのように頭の角を賀茂に向かって振るいやす。そんな鬼の威嚇にまったく動じる事が無い、賀茂保胤でやすが、巫女はしっかりと目にしやした。賀茂保胤が誰にも気付かれないほどに、口元では笑みを浮かべている事を。

 巫女が賀茂を見ているうちに鬼退治の方では大きな動きがあったようでございやす。刀を構えているのも関わらずに鬼が賀茂に向かって、腕を大きく振るって爪で引き裂こうとしやす。だが、賀茂も黙っているわけがございやせん。

 賀茂は一気に身を沈めやすと鬼の爪を避けやした、そして、すぐに鬼の腕を狙って刀を振るいやす。振るわれた刀は見事に鬼の右腕を切り裂き、斬った時の衝撃で飛び跳ねた鬼の腕が群集の目の前にある庭に落ちやすと、その右腕は黒い煙を上げて消えて行くのでございやした。

 腕を斬り落とされた事で悲鳴のような咆哮をあげる鬼でございやすが、賀茂にとっては、この一瞬が絶好の好機でございやした。賀茂は一気に鬼に向かって駆け出すと、軽く飛び上がり、そのまま鬼に向かって刀を一直線に振り下ろすのでございやした。

 刀によって真っ二つに切り裂かれた鬼は断末魔の咆哮と共に黒い煙を上げやす。そして苦しみながら、少しずつ、黒い煙となって消えて行くのでございやした。

 そして見事に鬼を退治した賀茂保胤は刀を鞘に収めやすと、群集からは歓声が上がりやした。中には「さすがは鬼退治の賀茂だっ!」と叫ぶ声も多く聞こえやす。そんな歓声を聞きながらも賀茂保胤はすぐに柿崎屋の孫に近づきやすと、そのまま額に手を当てて、満足げに頷くと柿崎屋の主人達を呼び寄せやす。

 そんな光景に群集の歓声も一時的に止みやすと、賀茂の言葉を待つかのように誰もが口を紡ぐのでございやした。そんな賀茂が笑みを浮かべながら、柿崎屋の主人に向かって言うのでございやす。

「鬼と化した病魔は退治しました。これで大丈夫でございましょう。現にお孫さんの熱は下がっておりますゆえ。後はゆっくと養生すれば、すぐに元気になるでしょう」

 そんな言葉を聞きやすと、柿崎屋の奥方でござやしょうか。すぐに自らの子に近づくと、そのまま額に手を当てて熱を見やす。それから奥方は、よっぽど嬉しかったのでございやしょう。子を抱き上げると、そのまま抱きしめて涙を流しやした。その光景だけでも、子供の具合が良くなった事が分かるというものでございやす。

 そして、そんな光景に群集からは賀茂を賞賛する声が響き渡り、柿崎屋の大旦那は感心したように、賀茂に向かって礼を言うのでございやした。

「いやはや、あれほどの高熱を出していた孫をお救いくださってありがとうございます。これも、全て賀茂様のおかげでございます。ささ、加茂様、奥に祝いの席を用意しておりますので、どうか、我らの酌をお受けください」

「そこまでされては断れませんな。分かりました、ここは一つ、お言葉に甘えさせてもらいましょう」

 そんな会話を聞いていた観衆から再び賀茂に向かって賞賛の声を拍手が上がりやす。さすがは賀茂の噂を聞き、こうして見に来ていた観衆だけあって、賀茂を賞賛する声は相当大ようでございやした。

 柿崎屋の孫は既に別の部屋でゆっくりと養生しているようでございやす。そして、肝心の賀茂は柿崎屋の大旦那に誘われるように奥へと足を運ぼうとしますが、途中で足を止めると見学の群衆へと目を向けやす。いや、正確には、その中にいた巫女に目を向けやした。巫女も賀茂の目を見ているので、自然と二人はお互いに見詰めあう形になりやした。

「賀茂様?」

 せやすけど、途中で柿崎屋の大旦那が声を掛けてきたので、賀茂は再び大旦那に笑みを向けやすと、そのまま奥へと下がりやす。そんな賀茂を見学の群集は見えなくなるまで、歓声と拍手を送るのでございやした。



「それで、どうだったい?」

 賀茂の鬼退治を見学し終えた巫女達は、近くの飯屋に入ると、そのまま昼飯を注文して、丁度昼飯を食べてる時でございやした。監視役の旅人が、そんな事を聞いてきやした。そんな言葉を聞いて、巫女はゆっくりと食事を噛み、喉を通してお茶を頂くと、とんでもない事を言い出しやした。

「カラクリは分かりました。今晩、賀茂保胤に仕掛けます。なので、その監視をお願いします」

「ぶっ!」

 思わず口の中に放り込んでいた米を吹き出してしまった、監視役の旅人でございやす。そんな旅人の行動が分っていたのでございやしょう。巫女は見事に席をずらしており、飛び散った米が一粒とも当たる事はございやせんでした。

 一方の監視役である旅人は、巫女の思い掛けない言葉に米を吐き出しただけでなく、そのままむせ返っておりやした。そんな監視役がお茶を一気に飲んで落ち着きやすと、今では昼食を再開させておりやした。そんな巫女に監視役が更に尋ねやすが。

「今晩仕掛けるって、そりゃあ、いくらなんでも早急で無謀ってものじゃねえか。お前さん、あの賀茂保胤に勝つ算段でもあるんかい?」

「今は食事の最中です、話は後にしましょう」

 そんな事を言われて監視役の言葉ははぐらかされてしまいやした。それでも、巫女との付き合いが長い事もあったのでございやしょう。監視役の旅人も再び目の前にある飯を口に運ぶのでございやした。

 そんなのんびりとした巫女達の食事が終わりやすと、監視役の旅人はもう一度だけ巫女に尋ねやす。

「いくら、祝いの席で酒で酔っている賀茂保胤に仕掛けるのは難しいだろう。なにしろ、あれだけの腕だ。術だけじゃあねえ、剣術も相当な物だ。その所為で、総大社や土御門神道の連中もやられてる。そんな賀茂にどうやって仕掛けるつもりなんだ?」

 そんな質問に巫女はお茶を飲みながら、呑気に答えてきやした。

「簡単です、今晩、賀茂の帰り道を追跡します。当然、賀茂は私に気付いて、とある場所に誘導するでしょう。だからあなたは、私の後を付けて一部始終を賀茂に気付かれないように見ていてください。そこで、ここからが一番肝心なところです」

「おっ、その場所で賀茂を始末しようというのかい?」

「そんな簡単な相手で無い事はあなたが言ったとおりです。なので……そこで何があっても、すぐに報告には行かないでください。そして、次の鬼退治を見学してください。そこで賀茂保胤を始末します」

「どうやら始末をする算段がしっかりとあるみたいだな。それで、賀茂を始末した後は、俺はどうすれば良いんだ?」

「鬼を追ってください。それで、全てが分かるでしょう」

「鬼ねぇ~。まあ、この一件は全てお前さんに任せてあるんだ。俺は言われた通りに監視させてもらうよ。それじゃあ、気をつけてな」

「あなたも、絶対に賀茂に見付からないようにしてくださいね」

「はんっ、そんなドジを俺がするかよ」

 そう言うと旅人は一足先に勘定を置いて、店を後にするのでございやした。そして、一人残された巫女も店を後にしやすと、すぐ傍にある甘味所に入って行くのでございやした。



 上刻じょうこく、賀茂保胤は一人、宿に向かって帰る途中でございやした。どうやら、鬼退治で病魔を倒した孫の回復が早く、賀茂保胤は相当柿崎屋の主人達からもてはやされ、こんな時刻まで宴が続いたようでございやした。

 そんな賀茂保胤の後を付ける姿が一つ。かなり気配を消しており、常人には気付かないでやしょうが、賀茂はしっかりと後を付けてくる気配をしっかりと察しておりやした。だからでございやしょう。賀茂は途中で道を変えやすと、わざわざ酔っ払ったように千鳥足で歩き続けやした。

 まあ、そんな姿を見せられて尻尾を出すような追跡者では無い事は賀茂も承知の上でございやしょう。せやけど、ここで少しでも酔っ払った気配を見せておけば、後で追跡者も油断するというものでございやす。だからこそ、賀茂はそんな芝居をしながらも、道を変えやすと、途中で横に現れた階段を登り始めやした。

 もちろん、追跡者も賀茂に気付かれない距離を保ちつつ、賀茂の後を付けやす。そして、賀茂は鳥居を潜り、とある神社の境内へと辿り着きやした。そこで賀茂は酔っ払ったように提灯を投げ出しやすと、その場に座り込みやす。それから、わざわざ腰に下げていたひょうたんを見るかのように振りやすと、大声で叫びやす。

「どうだ、何処の誰かは分からぬが、一献付き合わぬかっ!」

 どうやら追跡者に向けた言葉なのでございやしょう。賀茂保胤はそんな言葉を大声で言いやすと、追跡者が立ち上がり、階段を普通に上ると鳥居を潜り、賀茂の後ろに立ちやす。

 追跡者が姿を見せた事で賀茂は座りながらも振り返り、追跡者を見やすと笑みを浮かべやした。

「やはりお主か、昼間に見かけた時は天女のような美しさに見取れてしまったわ。どうだ、どうせなら酌でもしてもらおうか。お主のような美しき巫女に酌をしてもらえるのなら上々というものだ」

 そう、姿を現したのは渡り巫女でございやした。そんな巫女が笑みを浮かべながら賀茂との話を続けるのでございやした。

「お酌ぐらいならしても構いませんが、その前に聞きたい事があります。どうせなら、それに答えてからにしてもらえませんか」

 そんな事を言って来た巫女に対して賀茂は笑い出し、まるで巫女の心中を見抜いているかのように言うのでございやした。

「俺が始末してきた土御門家のやつらか? あぁ、あいつらなら、確かに俺がやった。だが、どんな事をやっても死体は出てこんよ。まあ、お上でも、将軍様にでも訴えても無駄だと思うがのう。せいぜい、無駄な事はせずに、ここを去るか、俺に酌をして去るかの、どちらかだな」

 そんな事を言ってきた賀茂に巫女は真剣な顔付きになると、少し声を落として話を続けやす。

「やはり……あなたの仕業でしたか。どうやら、何かしらのカラクリがあるようですが、それについても喋ってもらいましょう。それに、あなたの目的もです」

「目的? そんなのは決まってらあ。俺は幸徳井家の末席に居た者だ。だが、土御門のやつらは幸徳井家の当主、幸徳井友博様が亡くなると。土御門の連中は、これを機にと陰陽寮の諸職を独占しやがった。それ以来、幸徳井家は土御門の配下になるしかなかった。だがっ! 俺はそんな土御門の下に居るつもりは無い。だからこそ、元である賀茂の姓を名乗り、こうして鬼退治をして勢力を作ろうとしてるわけだよ」

「随分とお喋りになりますね。そこまで土御門家を恨みに思っているようですね」

「当然だっ! 土御門のやつらは幸徳井家から全てを取り上げただけでなく、配下にさせられたんだ。今の幸徳井家は暦注しかやらせてもらえない、完全な土御門の家臣だ。そんな土御門の下に付くぐらいなら、俺がここで新たなる勢力を作り、幸徳井家ではなく、加茂家の名で再び陰陽寮を独占してやる。二度と土御門なんかに役職なんてやるものか、土御門神道が何だというのだっ!」

 そんな事を叫んだ賀茂保胤に対して巫女は数歩だけ歩み寄りやす。そんな巫女の行動に賀茂の片手が動きやすが、すぐに巫女が止まったので、賀茂もワザとらしく、動かした片手で袂から杯を取り出しやすと、巫女に向かって言うのでございやす。

「土御門の弔い合戦ならいつでも受けてやるぞ。だが、お前さんのように器量良しの巫女をむざむざ死なせるのはおしいからな。どうだ、ここは土御門の連中なんて放っておいて、俺と手を組まんか?」

 そんな提案をする賀茂でございやしたが、巫女はそんな賀茂の言葉を鼻で笑いやすと、まるで自分が土御門家のような口調で言うのでございやした。

「残念ですけど、あなたのように土御門神道に牙を向こうとしている人と手を組む気はありません。それよりも、ここであなたが殺した人達の無念を晴らさせてもらいます」

「そいつあ、残念だ。お前さんのような巫女なら手を組んでも良いと思っていたんだがな」

「戯言を」

「まあ、良いさ。敵討ちをしたいのなら掛かってくるがいい」

 賀茂がそんな言葉で会話を終えやすと、立つ事も無く、ひょうたんから杯に酒を注いで、まるで巫女をバカにしたような行動をしたのでございやす。当然、そんな態度を取られれば土御門家の者なら怒り心頭になる事でございやしょう。だからこそ、巫女も怒ったように袂から一枚の札を出しやすと、それを刀に変えて賀茂に斬りかかって行くのでございやした。

 そんな時でございやす。賀茂に近づいた巫女がある程度の距離に達しやすと、突如として地面が光だしやして、地面には禁呪の呪印が光るのでございやした。

 そんな光景に賀茂は座りながら、後ろに振り返ると巫女を見て言うのでございやした。

「だから土御門のやつらは愚かだというのだ。俺がここに座った時から既に術式を作り出していたんだ。だから後は術式が完成するのを待つだけだったのさ、だからお前さんとも長々と話したんだが、こうもあっさりと引っ掛かってくれるとはな。やっぱり、土御門の連中は愚か者よっ!」

 そんな言葉を口にした賀茂はしてやったりといった顔で巫女を見やす。一方の巫女はというと刀を振り上げた状態で止まっているのでございやした。どうやら地面に描かれた呪印が巫女の動きを止めているようでございやす。

 そんな巫女が賀茂を睨みつけやす。せやすけど、睨みつけられた賀茂は大いに笑うのでございやした。そんな賀茂に巫女は悔しそうに言うのでございやした。

「計りましたね」

 そんな巫女の言葉に賀茂も思い通りになったと言わんばかりに笑いながら答えやす。

「計る? あははっ! この程度の術を見抜けない方が悪いのだ。俺が使ったのが禁呪だと分からないままにな」

「禁呪っ! そんな卑怯な真似をっ!」

「卑怯? 卑怯なのは幸徳井家を蹴落とし、陰陽寮を独占した、お前ら土御門ではないか。それに比べたら、この程度の禁呪などは卑怯と罵られるほどではないわっ!」

 それから賀茂は立ち上がりやすと巫女に近寄り、巫女の顎を取って、巫女の美しさを調べるかのように巫女を見回しやすと、こんな事を言い出しやした。

「本当に残念だ。お前のような美しい巫女まで生贄にしなければいけないとはな。どうだ、今からでも遅くはないぞ。俺のものにならないか」

 そんな賀茂の言葉に巫女はつばを賀茂の顔に掛けて返事にするのでございやした。そんな巫女の返事を受け取った賀茂は巫女から離れやすと、顔を拭いやすと両手で印を組みやす。

「そうか、それは残念だ。それでは、これでお別れだな」

「いえいえ、またお会いになりますよ。もっとも、私の姿は変わっているでしょうけど」

「何?」

 賀茂が何かを尋ねる前に、巫女の両袖から沢山の札が噴出しやした。そんないきなりの事に慌てる賀茂でございやしたが、決して両手の印を崩す事はしやせんでした。そんな札の嵐に見舞われた賀茂はすぐにでも、巫女を生贄にしようと術式を完成させようとしやす。そんな賀茂とは正反対に、巫女は札の嵐でしっかりと顔を見る事は出来やせんが、その顔は笑っているようでございやした。そんな巫女が最後に賀茂保胤に向かって言うのでございやした。

「それでは、再びお会いする時を楽しみにしてますよ。その時まで、あたなの手の内に居る事にしましょう」

 何を言っているのかは賀茂保胤にはまったく分りやせんでした。だが、無数にばら撒かれた札は危険だと思ったのでございやしょう。なにしろ、札の数は尋常ではございやせん。下手をすれば自分が掛けた禁呪が解かれる可能性がございやした。だからこそ、賀茂は一気に術式を完成させようとしやす。

 そして術が完成したのでございやしょう。賀茂は気合の声を共に禁呪を発動させやした。

「はっ!」

 その瞬間、地面に描かれた禁呪の呪印が光り輝きやすと、その光は一気に強くなり、光は巫女と賀茂を飲み込んで行き。最後には光だけしか残らないのでございやす。そんな光が徐々に弱くなって行きやすと、一人の人影が陽炎のように現れ、そして光が完全に消えやすと、辺りは暗闇に閉ざされやすが、丁度、満月に掛かっていた雲が晴れたのでございやしょう。月明かりが神社の境内を照らしやす。

 そして……そこには、賀茂保胤の姿がありやした。賀茂は呼吸を荒くしながらも、顔には歪んだ笑みを浮かべておりやした。どうやら、巫女は完全に禁呪に飲まれたようでございやす。賀茂はそれを確かめるかのように、今までは何も手にしていなかったのでやすが、今では一枚の札をしっかりと手にしてやした。そして賀茂は札を見ると大きく笑うのでございやす。

「あははっ! ざまあみろ、何をしても俺の術に比べれば無力も同然、何をしても無駄なのさ。その証拠が、この札だっ! くくくっ、あははっ、だが、ここまで胆を冷やされたのは初めてだったよ。だから次の鬼退治にはお前を使ってやるよ。くくくっ」

 賀茂は巫女に勝ったかのような言葉を口にしやすと、噴出している大量の汗に気付く事無く、勝利の余韻に浸っているようでございやした。

 まさか賀茂保胤も、禁呪を発動させた状態で巫女が抵抗するかのように札をばら撒くなんて事をしてくるとは思ってもよらなかった事でございやしょう。だからでやす、巫女を見事に禁呪によって倒した事に賀茂保胤は強敵に倒したという感覚があり、また、禁呪に掛かっても、あれだけの事をしてきた巫女に恐怖していたのでございやした。

 けど、結果としては巫女は禁呪によって倒され、賀茂保胤はこうして立っている。それだけで勝敗が分かるというものでございやしょう。そして、賀茂も、強敵に勝った感じがしたのでございやしょう。酒に酔っている事もありやすが、しばらくはそこで勝利の余韻に浸り笑うのでございやした。

 けれども賀茂は気付いていないようでございやした。自分の中に生まれていた……とある感情に……。



 それから十日後の事でございやす。賀茂保胤は藩主、柳沢様の足軽頭である清水孫太夫の屋敷に招かれておりやした。なんでも、清水孫太夫様のご子息が病に掛かり、医者でも手が付けられない状況なので、賀茂の噂を聞いた清水孫太夫が賀茂保胤を屋敷に招いたのでございやす。

 そのため、賀茂保胤は何日かは鬼退治の準備に取り掛かり、それから清水様にも庶民の見物を許すように門を開いて欲しいと頼んだのでございやす。清水様も本来なら武家屋敷を物見舞台のような真似はしたくはなかったでございやしょう。ですが、これで息子の病が治るのならと、そんな賀茂の申し出をお許しになったのでございやす。

 そして賀茂の噂がすっかり広まっている黒河藩でございやすから、清水様が賀茂の鬼退治を見物する事を庶人に許したのでございやす、ですから数日前から賀茂の鬼退治に関する噂がそこら中に広まっているのでございやした。

 清水様も自らの家来に命じて、庶人達が物見が出来る場所を確保されたりと、人数を制限するなどと、賀茂の申し出を行う事でてんやわんやの騒ぎでございやした。そんな騒ぎと準備が終わったのが、十日後の今日でございやした。

 縄で仕切られた場所に物見の庶人達が一気に埋まりやすと、槍を持った清水様の御家来集が物見の人達が無駄に騒がないように、しっかりと警備をしておりやすのでございやした。そんな中でございやす。ご病気であらせられる清水様のご子息が見物人達から見える部屋に移されやすと見物人達はご病気のご子息様を心配する声や賀茂の話で賑やかになりやすが、御家来集が騒がしくなった見物人達を静かにさせやす。

 やはり、こんな見物人に晒されては、ご子息様の病も悪くなるばかりだと御家来集も思ったのでございやしょう。そのため、見物人達は自然と静かに賀茂の登場を待つのでございやした。そんな時でございやす。御家来集の一人が大きく声を上げやす。

「清水孫太夫様、賀茂保胤様、御出ででございます」

 そんな声が響き渡りやすと、見物人達も自然と頭を下げやす。さすがに前回とは違い、今度は武家屋敷、しかも足軽頭という役職を持ったお宅でございやすから、見物人の庶人達は頭を下げるのは当然といえる事でございやしょう。

 そんな中を外廊下を通って清水様と賀茂がご病気のご子息様がおらせられる部屋にまいりやすと、賀茂は清水様に上座に居るように言いやすと、清水様も後は任せたと言わんばかりに頷いて上座の席へと腰を下ろしやす。

 そして賀茂は前回と同様に手にしていた刀を脇に置きやすと、片手で印を組んで小声で呪を唱えやす。その呪が効いてきたのでございやしょう。ご子息様は次第に呼吸が荒くなり、大量の汗を掻いて、とても苦しそうなご様子でございやす。

 そんな様子に、さすがに見物人達からも心配する声が上がりやす。なにしろ、ここは清水様の屋敷で、清水様のご子息が苦しそうになさっておらせられるのですから、庶人達が心配の声を上げるのは当然といえやしょう。

 そんな見物人達が心配の声を上げる中で、ご子息様は更に苦しみを態度に出して行きやすが、突如として動きがピタリと止まりやすと、まるで人形のように無表情で、死んだかのように静かになりやした。

 その様子を見た賀茂保胤はすぐに刀を手に立ち上がると、片手の印を崩さないままに刀を抜きやすと、そのまま仕上げに掛かりやす。

「オンッ!」

 気合のこもった声と共にご子息様の様子に変化がございやした。前回と同じく、突如として掛けてあった布団が弾き飛ばされやすと、ご子息様の身体が光をおび、その光から、まるで引っ張られるように太い腕が姿を見せやす。

 それから頭、身体と、段々とご子息様の身体から鬼が出てきやす。そして鬼の全貌が露になりやすと、清水様だけでなく、見物人達からも驚きの声が上がりやす。当然、鬼でございやすから見慣れていない者なら誰でも声を上げて驚く事でございやしょう。ですが、今回は何故か賀茂保胤も驚いていたのでございやした。

 それはそうでございやしょう。なにしろ、現れた鬼は、柿崎屋の時とは違って、身体の大きさが二周りほど大きく、片手には抜き身の刀を持っていたのでございやすから。更に言うなら、前回の鬼は髪は短かったのでございやすけど、目の前に居る鬼は黒くて美しい長い黒髪をしているのでございやす。

 けれども、髪の間から出ている二本の角といい、顔付きといい、肌の色といい、鬼である事は確かでございやす。そんな鬼が鬼灯のように紅い瞳を賀茂に向けやす。その鬼の一睨みは賀茂の後ろに居た御家来集が腰を抜かすほど恐ろしいものでございやした。

 そんな鬼を前にして賀茂保胤は驚きながらも、すぐにいつも通りとばかりに鬼に向かって刀を構えやす。そんな賀茂に対抗するように鬼は賀茂に向かって威嚇の咆哮を上げやす。その声は清水様だけでなく、見物人達すらも恐れさせるほどの声でございやした。

 そのためでございやしょう。清水様を始め、見物人達からも早く鬼を倒せと言う声が上がったのは。それも仕方ない事でございやす。ここまで恐ろしい鬼を目の当たりにすれば、誰だって恐怖して怯え、賀茂をはやし立てるものでございやす。

 一方の賀茂は鬼と対峙しているものの一歩も動けずにおりやした。そんな賀茂が独り言のように呟きやす。

「何故、このように、強大な力を持った鬼が。いや、あの巫女がか、あの巫女の仕業か。そんな訳がない、あの巫女は我が術中にはまったのだ。そうだ、あの場を制したのは我なのだ。ならばこれは決まってる。そうだ、見掛け倒しだ。そうに違いない。これがあの巫女がやった最後の悪あがきだ。そうだ、なら恐れるに値しない、いつも通りに倒せば良いだけだ」

 そんな思考をいつの間にか口にしてた賀茂の考えがまとまったのでございやしょう。賀茂は鬼に向かって刀を構えて、少しずつ鬼との間合いを詰めて行きやす。そして賀茂は禁呪を使いやしたが、その禁呪は効果を発揮しやせんでした。

 どうやら賀茂は鬼を操っていたようでございやす。だからこそ、前回もあっさりと鬼を退治する事が出来たのでございやしょう。けれども、今回は何度も禁呪で鬼を操ろうとしても、決して鬼は動きやせんでした。

 そんな状況に賀茂が苛立ちを見せた時でございやす。鬼が突如として長い爪で賀茂を切り裂こうと腕を振るってきたのでございやす。突然の事なのは賀茂も清水様も見物人達も同じでございやす。けれども、鬼と対峙している賀茂にとっては一大事でござやす。そのため、賀茂はしゃがみ込んで鬼の爪を避けるのが精一杯でございやした。

 そのため、鬼の爪は廊下と柱と畳に爪跡を残しやすと、振り抜いた腕を宙に上げやす。そのため、鬼の前面はがら空き、つまり賀茂は鬼を倒すのには絶好の機会とも言えやしょう。ただ、周りを見ていればの話でございやしたが。

 賀茂は鬼が腕を振って前面ががら空きなった事で斬り込める判断したのでございやしょう。刀を振り上げるとの同時に一気に間合いを詰めて鬼に斬りかかりやす。だが、ここで賀茂にとっては予想外の事が起きやした。

 なんと、鬼はもう片方の手に持っていた刀で、賀茂の振り上げた刀を弾き飛ばしてしまったのでございやす。なにしろ、鬼の大きさは賀茂の比ではございやせん。せやすから、その怪力も確かな物だったのでございやしょう。だから鬼にとっては賀茂の刀を弾き飛ばすのは簡単な事でございやした。

 そして、刀を弾き飛ばされた賀茂は、その衝撃で畳の上に倒れ込みやす。さすがに、鬼の怪力で両手で力一杯に持っている刀を弾き飛ばされてしまったのでございやすから、賀茂自身にも、相当な衝撃があったようでございやす。

 そんな賀茂がすぐに上半身を起こしやすと、弾き飛ばされた刀を探しやす。けど、刀は遠く、外廊下の天井に突き刺さっておりやした。せやすから、この状態から鬼を振り切って刀を取りに行くのは至難の技と言えやしょう。

 そのため、賀茂は別の武器を探しやすと、丁度部屋の欄間に槍が掛かっておりやした。それを目にした賀茂は槍を取るために、すぐに起き上がって駆け出そうとしやす。けど、既に周りが見えていない賀茂でございやす。そのため、鬼が先程、振り払った腕を賀茂に伸ばしていた事に気付いたのは、賀茂が鬼の手に捕まってからでございやす。

 鬼の手は大きく、賀茂の胸から背まで指が届きやした。そのため、賀茂を握り取ったと言えやしょう。そんな大きな鬼でございやす、捕まえた賀茂を握り締めたまま、持ち上げる事なんて簡単な事でございやした。

 そして鬼は目線の高さまで賀茂を持ち上げやすと、もう片方手に持っている刀を賀茂の腹に押し当ててきやした。そんな状況に賀茂は周章狼狽しゅうしょうろうばいの如き振る舞いで叫びやす。

「こんな、こんなバカな事があってたまるかっ! なぜだっ! なぜこうなったのだっ! こんなはずではない、こんな事になるはずがないのだっ! それなのに、それなのに、何でだっ! なぜこのような事になるっ!」

 最早、賀茂にも何も分からない状態に陥っているのでございやしょう。それから鬼は賀茂にだけに聞こえるように呟くのでございやした。

「再びお会いしましたね。ですが、これでお別れです。あなたに恨みはございませんが、これも私の役目ですので」

 賀茂の耳に聞こえてきたのは確かに、前に倒した美しき巫女の声でございやした。それで賀茂も全てを悟ったのでございやしょう。賀茂は鬼に向かって叫びやす。

「そうかっ! やはり、お前の仕業かっ! この外道がっ! 覚えておれよっ! 我が身が滅んでも土御門への恨みは消えはしないっ! 我が怨念をこの世に残して土御門を滅亡させてやる」

「残念ですが、あなたの恨みすらも、この世には残せません。人を呪わば穴二つ、と申します。あなたが今までにしてきた事を思い返せば分かると思いますが」

「くそっ! おのれ、土御門――――――っ!」

「では、お別れです」

 その言葉が二人の交わした最後の言葉となりやした。

 鬼は賀茂の腹に突きつけている刀で一気に賀茂の腹を貫くと、賀茂は血を吐き、今まで暴れさせていた両手がだらりと落ちやす。鬼はそれだけではなく、刀を賀茂の腹から抜き取ると、そのまま賀茂の頸を取ったのでございやす。賀茂の頸が畳の上に落ちると、見物人達から悲鳴が上がりやす。

 けれども、清水様は違いやした。さすがは武士というべきでございやしょう。自ら刀を抜き、家臣一同にも槍を持って鬼を討てと命じやす。けれども、鬼は首の無くなった賀茂を離しやすと、とのまま外へと飛び出し、槍を持っている家臣達が怯えている中を疾走し、見物人達を飛び越しやすと、そのままどこかに消えていきやした。

 そして、後に残されたのは呆然とした清水家の者達と見物人達、そして……賀茂保胤の御首級と腹を貫かれた胴体だけでございやした。



 陰陽師、賀茂保胤が鬼退治に失敗してからというもの、少しの間は賀茂保胤の名は鬼退治に失敗した陰陽師として笑い話にされていやしたが、三ヶ月も経てば誰しもが賀茂保胤などという陰陽師などを忘れるというものでございやす。そんな三ヵ月後でございやした。

 場所は上野こうずけにある峠の茶屋になりやす。そこには、横に背負い箪笥を置いた巫女が休んでいやした。その巫女がのんびりとお茶と団子を口にしていた時でございやした。旅人が巫女とは反対方向を向いて座りやすと、茶屋の主人に餅とお茶を頼み、旅人はお茶で喉を潤すと、誰にも気付かれないように懐から、紙で包んだ小判を巫女に向かって差し出すと、小声で巫女に話しかけるのでございやした。

「ひとまずは報酬だ。さっさと仕舞いな」

 旅人がそういうと巫女は差し出された小判を素早く懐に仕舞うのでございやした。それから、旅人は煙草に火をつけてから巫女に尋ねやした。

「まったく、今回はかなり驚かされたよ。お前さんの言うとおりに、賀茂を殺した鬼を追いかけて行くと、鬼が泉に飛び込みやがった。そして、そこからお前さんが出てくるもんだから、こっちも驚きもんだぜ。上には賀茂を始末した事だけは話してきたが、そろそろ詳しいカラクリを話してもらおうか。もう体は大丈夫なんだろう?」

 そう旅人が尋ねやすと、巫女は静かにお茶を口にしてから答えてきやした。

「そうですね、そろそろ詳しい事をお話しましょうか。あまり、報告が送れて上の方がじれても私にとっても、あなたにとっても面白くありませんから」

「なら、さっさと話してくんな。こちとら、泉から引き上げたお前さんを、お前さんが言ったとおりに、近くの宿の預けて、そのまま賀茂討伐が成功した報告だけをしに行ったんだからな。早く報告しねえと俺がどやされらあ」

「分かりました、順を追って説明しましょう」

 巫女はそういうと串に刺さった、残り一つの団子を食べやすと、店の女中に追加を注文し、追加した団子が来てから、話し始めやした。

「まず、一番重要なのは賀茂保胤が使っていた禁呪です。総大社でも調べたみたいですけど、実際に見たらすぐに分かりました」

「その禁呪が鬼退治のカラクリってワケかい?」

「えぇ、賀茂保胤は禁呪で人を札に封じ込めると、今度はその札を病人、特に病状が酷いところに人を封じ込めた札を貼り付けていたのです。そして、封じ込めた人と病気の原因となっているものを合わせて表に出していたのです」

「その表に出したってのが、あの鬼ってワケかい?」

 巫女は簡単に「えぇ」と答えると、団子を一つ口にして、のんびりとお茶を飲むのでございやした。それから巫女は話を続けてきやした。

「つまり、賀茂保胤は人を封じ込めた札と病気の元である病魔を合わせる事で、自分に都合の良い鬼を作り出していたのです。後はその鬼を操りながら、鬼を殺す」

「それで病気が治って、めでたしめでたしってか」

「まあ、そんなところですね。病魔、病気の元を他の人に移し、そのうえ合わせる事で姿を鬼に変えて操る。芝居としてみれば面白いかもしれませんが、実際に鬼にされた人には惨い事としか言えないですね」

 巫女がそんな事を言うと、旅人は紫煙を吐き出すと、何かが分かったように軽く膝を叩いた。

「なるほど、つまり賀茂に向けられた刺客は全て、賀茂の鬼にされたというわけか。それで、誰も帰ってこなかったんだな」

 確かに旅人の言う通りでございやしょう。土御門神道が賀茂保胤に向けた刺客は全て、賀茂が鬼退治をするための道具と成り果ててしまっていやした。けど……賀茂のやった事はそれだけではございやせん。

 それが巫女には分っているのでございやしょう。少しだけ悲しげな顔でお茶を見詰めながら話を続けやす。

「刺客達は土御門神道が放ったのですから、返り討ちに遭ってもしかたないでしょう。ですが、賀茂が名を上げる前、その時には罪の無い、土御門とも関係無い人を封じ込めて、鬼にしていたんです。いくら土御門神道に対抗するためとはいえ、禁呪を使って、罪も無い人達を殺してきたのは確かな事です」

「そりゃ、そうだ。無名だった時の賀茂保胤は鬼にする人をどこからか、さらうか騙して札に封じ込めるしかないからな。まあ、土御門神道が動き出したら、鬼にするやつらが勝手に来るんだから楽だったろうよ。どちらにせよ、賀茂は人を鬼に変えて殺してきた事は確かな事だな。ついでに病気も治るんだから、確かに一石二鳥、見世物にはぴったりだ」

「まあ、そんなところですね。そこで私は一計を案じて、賭けに出たのですよ」

 そう言って呑気にお茶をすする巫女、その隣では驚きの顔をしている旅人がおりやした。どうやら、巫女の言葉が旅人にとっては相当な驚きに値する物だったのでございやしょう。だからでやしょうね、旅人は驚いた後に呆れた声で巫女と話を続けやす。

「賭けに出たって、確実に勝てる算段があったんじゃないんかよ?」

「あら、私は確実に勝てるとも、勝てる算段があるとも言ってはいませんよ。なにしろ、相手は禁呪を使ってきますからね。こちらとしても、賭けに出るしかなかったのです。ですが、賀茂保胤の力量は分ってましたから、成功する可能性の方が大きかった、というだけです」

「まあ、分の悪い賭けじゃないけど、失敗する可能性も大きくは無いけどあったという事か」

「そんなところですね」

 何にしても、巫女としては確実に勝てる勝算は無かったのでやすから。少しでも、巫女は勝てる策に身を投じたのでございやしょう。それだけ、賀茂保胤は優れた術者であった事は分かるというものでございやすが、その賀茂を倒した巫女も凄いと言えやしょう。

 けれども、旅人は驚きはしやせんでした。なにしろ、巫女の力量は知っておりやすから、今更になって、その程度の事で驚く事には値しないのでございやしょう。それよりも、そんな巫女が賭けに出なければ勝てなかった、賀茂保胤がいかに優れた陰陽師だったというのが分かるというものでございやす。せやすから、旅人は改めて賀茂保胤が強敵だったという事を感じた事でございやしょう。

 それでも、巫女が見事に賀茂を倒したのも確かでございやす。けれども、ずっと見ていた監視役の旅人でも分からない事がありやす。今度はそれを巫女に尋ねるのでやした。

「それで、お前さんが使った賭けというのはどういうものなんだ?」

 そんな質問をした旅人は紫煙をくゆらし、巫女ものんびりとお茶を口にしやす。なんとも、まあ、呑気な光景でございやすが、話しているのは、ここから一番大事なところに入るのでございやした。

「虎穴虎子、あえて賀茂の禁呪を受ける事で、禁呪そのものを私も物にしたんです」

「もっと具体的に言ってくれ」

「私が賀茂の禁呪に掛かった時に札をばら撒いた事は見てましたね」

「あぁ、もちろん。お前さんが言ったとおりに賀茂に見付からないように見てたぜ」

「あの大量の札が私を守ったのです。つまり、私は札に封じ込められたけど、理性と意志はしっかりとあった。他の方みたいに操られる事だけは阻止したのですよ」

「なるほどな。だから鬼になっても理性と意思は、はっきりとしてた。だから賀茂に操られる事も無く、賀茂を殺せたという事か」

「ええ、まあ、それだけではなく。自らの力で鬼の力を強化してましたけどね。後は私に掛かっている禁呪を祓うために、神霊泉に飛び込んで、私にこびりついている禁呪を綺麗に浄化したというワケです。それに長い事、禁呪の札に閉じ込められてましたからね。私の力が尽きる前に神霊泉に飛び込む事が出来てよかったですよ」

 そんな事を話した巫女は串から団子を一つ口に入れやすと、のんびりとお茶を口にするのでございやした。そして、反対側を向いてる旅人も紫煙をくゆらせると、煙草の火を地面に落として消し去ると餅を口に入れてから話を続けてきやした。

「なるほどな、確かにそれは賭けだな。札に封じ込められている間にお前さんの力が尽きてれば、お前さんは他のやつらと同様に鬼となって殺されてたというわけか。だが、賀茂はお前さんの力に恐怖を覚えたんだろうな。だからこそ、早く使ってしまおうとおもったんだろう。まあ、それが結果としてお前さんを賭けに勝たせてくれた原因となるとは思ってもいなかっただろうさ」

「私としても、そこまで楽観的に計算して禁呪を少しだけ破ったワケじゃないんですよ。まあ、あれだけの力をみせれば、何かあると思って、すぐに私を消し去るために、次に使う事は計算に入れてましたが」

「確かにな、お前さんを封じた後の賀茂は少し変だったからな。その結果としてお前さんを封じた札を早めに使おうとしたんだな。後は鬼なったお前さんの力だけだと、禁呪の力を全て祓う事が出来ないから、神霊泉に飛び込んだというワケか」

「えぇ、そんなところですね」

「分かった、上には、そう報告しとくよ。それで、お前さんは、次はどこに行くつもりなんだい?」

 そんな事を言い終えてから旅人は出立の準備をしやす。そんな旅人とは正反対に巫女はのんびりとしたものでございやした。そんな巫女が天気の良い、青空を見ながら言うのでございやした。

「そうですね、せっかくの大金です。このまま信濃へ行って、湯治をしながら、ゆっくりするのも良いでしょうね」

「そうかい、まあ、一仕事終えたんだ。ゆっくりしてな、それじゃあ、俺は行くぜ。次の仕事が出来たら、また探しにくらあ」

「なら、ゆっくりと帰ってくださいね。その方が私はゆっくりできますから」

「あいよ。そっちも、湯に浸かって、のんびりとするが良いさ。なんしても、お疲れさん、後はゆっくりと次まで湯治でも、何でもしてればいいさ」

 そう言いやすと旅人は勘定を長椅子の上に置きやすと、そのまま東海道、甲斐の方を目指して歩き出して行きやした。巫女も静かになったので、のんびりとお茶をしながら今回の事を考えていやした。

 確かに、賀茂保胤が行った事は許される事ではございやせん。なにしろ、人を無理矢理、鬼にしやして、その人を殺す事で自分の名を高めていたのでございやすから。

 せやすが、元を正せば、各地に散らばっていた陰陽師達を活用し、風説を防止しようとして土御門家と幸徳井家に権力を持たせて、陰陽師達を統括しようとしたのは江戸幕府でございやす。それがいつの間にか両家の間には権力争いが生じ、最終的には土御門家が陰陽寮を独占する形となりやした。

 幕府としやしては、民間陰陽師達を統括し、民間信仰を統制できればよかったのでございやすよ。そうすれば、陰陽寮は民間信仰でも裏では幕府が風説の流出を阻止する事が出来るのでございやすから。

 つまり幕府にしてみれば、土御門家、幸徳井家、どちらでも陰陽寮を独占してもよかったのでございやすよ。自分達の思い通りに陰陽寮を操れればよかったのでございやす。つまり、両家の争いは本当の私怨、権力闘争に過ぎなかったのでございやす。

 その結果として土御門家が陰陽寮を独占し、幸徳井家は陥る事になりやした。そんな権力闘争が生んだのは……賀茂保胤という鬼だったのかもしれやせん。

 けど、この権力闘争はどちらが勝っても鬼を生む事になりやしょう。そりゃあ、そうでしょう。負けた者は勝者に従わなければいけない。それが争いというものでございやす。そんな争いの末に人は鬼となり、鬼を生み出すのでございやしょうね。

 どこまで行っても続く恨みの連鎖。これほど悲しいものは無いと巫女は思いやした。けど、巫女はしっかりと分っておりやす。自分一人の力で、そんな悲しみの世界を変える事が出来ないという事を。また、その悲しみの上に発展があるのではないのか、という事でやす。

 そんな巫女が団子を平らげるとお茶で喉を潤し、横に置いてあった背負い箪笥を背負うと、長椅子に勘定を置いて茶屋を後にしやした。そんな巫女が向かうのは、そのまま東山道を西に、温泉が多い信濃へと向かうのでございやした。



 さて、これが鬼ころしのお話でやす、如何でしたでしょうか。楽しい一時を過ごしていただいたのなら幸いでございやす。

 それにしても、分からないものでございやすね。鬼退治の賀茂が実は裏で人を鬼に変えて、その鬼を殺す事で病気を治していたのでございやすから。そりゃあ、病気が治った方は万々歳でしょうけど、鬼にされた方がたまったものじゃあございやせん。

 人を犠牲にして人を助けるのが正しいのか、助からないと思って諦めて人を死なすのが正しいのか、そんな二択を迫られているようでございやすね。さて、皆様、どちらが正しいと思いやすか? えっ、そんなの分からない。そう、その通りでございやすよ。こんな問題なんて、坊さんでも分かりゃあしないってもんでさあ。

 けどね、あっしは思うんですよ。どちらも同じ事は一つ、それは、どちらも悲しい事になるという事でございやす。先程、話した賀茂には、その悲しさが分からなかったのでございやしょうね。土御門に対する恨みが、それだけ強いという事でございやしょう。

 けど、そんな恨みが強ければ強いほど、賀茂保胤を鬼にして行ったのでございやしょう。まったく、人の心には鬼が住んでいるのか、蛇が済んでるのか、それとも、もっと別のものが住んでいるのかが分かったものじゃありやせん。

 けど、願う事なら、皆々様の心には、決して鬼が住まないように願う次第ございやす。

 さて、そろそろお時間でございやす。ご静聴、ありがとうございやした。そして、縁があったら、またご来場くださいませ。皆々様には次回のご来場をお待ちしておりやす。それでは、鬼ころし、これにて幕引きでございやす。






 さてさて……やっと終わったよ。え~、前回の逢魔奇譚から、かなりの時間を空けましたが、こうして逢魔奇譚の五作目、鬼ころしを完成する事が出来ました~。

 ……疲れた。いやね、今回は話を書く事よりも、当時の時代背景や場所選びなどでいろいろと調べ物が多くて、たぶん、この作品に費やした三分の一は、そうした調べ物だと思います。それぐらい、いろいろな資料を見て、いろいろと調べるのが多かったのですよ。だから……疲れた。

 まあ、そんな訳ですので、本文の説明が間違っていても、指摘はしても文句は言わないでくださいね。私もそこまでしか調べられなかったんです。これが私の限界だったんですっ!! なのでっ!! 時代背景や資料に関する文句は無視しますっ!!!! ……あっ、指摘してくださった事はしっかりと読ませてもらいますよ~。けど……文句や苦情は無視するっ!!!! そう、それが私のジャスティスっ!!!! 究極世界での最高たる存在なのですよっ!!!! その存在こそが、究極であり、神の領域すらも超えた存在になるのですっ!!!! さあ、旅立とうじゃないか、そんなフロンティアを目指してっ!!!!

 ……はいはい、いつもの戯言はこの辺で終わりにしときますね。そんな訳で、やっと五作目を上げた逢魔奇譚ですが、次回は……やっぱり予定が立ってない。というか……ネタが無い。よって、どんな話になるか予定が立ってない状態です。つまり……何も無いっ!!!! 

 ……まあ、そんな状態なので、ネタの提供とかも受け付けますよ(笑) まあ、それを採用するかは、こちらで決めさせてもらいますけど。そんな訳で、まったく次回予告になってない次回予告でした。という事で、そろそろ締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、他の作品もよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。

 以上、今期は何度死んだか分からないほど、ダウンした葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ