Ep・巫女
空は快晴で、秋晴れの涼やかな風が街路を通り抜けていた。
連邦軍の本部基地近く、にぎやかな街通りの一角にある喫茶店。
すこし洒落たその扉を押して、栗色の髪の女性が、店内へ静かに立ち入った。
昼下がりの店内は五分の入り。寄ってきた店員とひと言ふた言会話し、それからひとりである場所を目指して歩いて、椅子を引いた。
「お待たせしたかしら、アシリアさん」
「いえ。それほどでも。お忙しいところ、ありがとうございます。サクヤさん」
「こっちこそ。無理を通してもらって、悪いわ」
四人掛けの席へちょこんと座って、紅茶のカップを傾けていたアシリアは、春の日差しのように微笑んだ。サクヤも微笑み返し、席につく。こちらは、秋の気配。
「どうぞ」
すでに置かれてあったカップにポットから紅茶を注ぎ、アシリアは丁寧に勧めた。
サクヤは礼を述べて受け取り、ひと口啜りこむ。
「ん……ダージリン?」
「ええ。最初はストレートで……。次はフレーバー・ティーを嗜むのが、ふふ、通な愉しみ方かと」
「私も紅茶を覚えようかな」
「あら、それじゃあ、次からご一緒されますか?」
サクヤはすこし肩をすくめて、もうひと口紅茶を啜り、カップを置いた。
それから窓の向こう、快晴の空になにかを見つけようとするみたいに目を向けた。
「いろいろ、今回も、裏で立ち回ってみたけれど」追懐する口調で、頬杖をついた。「やっぱり、駄目ね。なにもかもが後手後手で……。人間は私の想像の上を、いつも進んで行く。空の上の鳥みたいに」
「天照の巫女ともあろう方が……。あなたこそ、天高くより見下ろしているのでは?」
「ま、世間一般ではそうなんでしょうけど。私は……後悔することの方が多いわ。アーリィは救ってやれなかったし、あなたのクラティナも、危うく……、あ、彼女、どうしてる?」
「ええ。わたくしもびっくりいたしましたけど、数日で生えてきましたわ」苦笑するみたいにアシリアは笑った。「寝て起きたら戻っているなんて……。これでまた、邪神の組織の可能性が、ひとつ広がったわけですけれど」
「まだ、続けるのね。摂理に反して」
「ええ。でも、それを申し上げるなら、邪神との戦いこそが……。ライア司令も同じことをおっしゃってましたけど、あの方の言は極端としても、真実の一端は含んでいます」
「天照は人と共に在る。それは、すべての天津神も同じ。ま、こんな議論は、いまはいいわ」
「そうですね」
「連邦軍は宇宙艦隊の過半を失い、ライア司令の離反による内部の混乱はいまも続いている。人類の未来は、なかなか、今後も安泰ってわけじゃないから。取り付けられる協力は、ちょっとでも得ておかないとね」
「まあ、現金ですこと」アシリアはまた苦笑する。「わたくしとしても、連邦の安定は、大切に思っているのですよ? でも、しばらくはだいじょうぶでしょうし、これから先は……」
「そうね。あの子が成長して、どんな活躍を見せてくれるか。頭の痛い現状だけど、それだけが楽しみよ」
それからふたりは、なにげない話題で会話を続けたようだ。
地上で流行っているものだとか、行きそびれた海の話。
アシリアは塩湖に行った話を自慢したようだが、サクヤにはピンとこなかったようだ。肌に悪そうとでも思ったか。
どこにでもある、午後の風景。
それに溶け込んだ時間が流れた。
「……さて、そろそろかしらね」
しばらくして、サクヤは紅茶を飲み干すと、席を立った。
「あら、もうそんな時間」アシリアは腕時計に目を落とした。「次はもっとごゆっくりと……」
「そう、予定が合えば。なんの用向きもなしに、こうやって会ったりしたいかな」
「ふふ。それでは、また。……あら」
「この払いは持ちます」サクヤは伝票を取り上げて、レジへ向かっていった。
栗色の髪が支払いを済ませ、扉を抜けていった。
その姿と入れ違うように、ひとりの少年が店内へ現れた。
それを見つけたアシリアの口元が、自然と笑みの形になる。
思わず笑顔になってしまう人。
そう、大事な人だから。