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大魔王ターニャんの致命的な誤算  作者: 籠崎 莉々
第二部

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第29話 最後の盤上

第2部もだいぶクライマックスです。

森は混乱していた。


「聖女と言えど魔力には限りがある!」


ミルケルの声が飛ぶ。


「波状攻撃で抑え込め!」


だが。


特務兵たちは躊躇した。


「……しかし」


「聖女様に……」


「命令と違う……」


包囲がわずかに鈍る。


それだけで十分だった。


火球が飛ぶ。


風刃が唸る。


氷槍が迫る。


けれど。


ぽふ。


ぱふ。


ぱしゅ。


触れる前に。

届く前に。


すべてが消えていく。


白金色の薄衣が、

まるで世界そのものに拒絶されているかのように。


「な……」


誰かが息を呑んだ。


術式だけではない。


特務兵の剣が振り下ろされる。


白金の薄衣へ触れ――


砕ける。


だが――


二本目。


三本目。


今度は砕けない。


鈍い音を立てて弾かれるだけだった。


リリの杖が軽く動く。


白い火花。


ターニャが前へ出た。


「ほらほら、こっち見なよ!」


剣閃が飛ぶ。


兵の刃を弾き飛ばす。


背後では、リリが淡々と術式を消している。


火球。


氷槍。


風刃。


ぽふ。


ぱふ。


ぱしゅ。


まるで最初から存在しなかったみたいに。

消えていく。


ターニャは横目で見た。


白金の薄衣。

まだ機能している。


けれど。

最初ほど盤石ではない。


なら。

前に立つのは自分だ。


ターニャの銀閃が正確に剣撃の軸を捕える。


「邪魔っ!」


さらに三撃目。


四撃目と飛んでくる。


受ける。

流す。

逸らす。


リリの障壁を抜けた刃だけを、正確に叩き落としていく。


「術式は任せた!」


「はい」


長い旅で積み上げた呼吸。

息を合わせる必要さえなかった。


ターニャが前。

リリが後ろ。


二人で一つの陣形だった。




――戦場後方――


執行部隊の列。


ソフィが呟く。


「……どうするの?」


エリオットは答えない。

ただ戦場を見ていた。


聖女と英雄。


かつて旅をしていた二人。


そして今、互いを守っている。


「俺たちが攻撃しないくらい……」


ようやく口を開く。


「どうってことないさ」


乾いた声だった。


「あとで足がすくんだとでも言えばいい」


ソフィが横を見る。


「……それがあなたの答え?」


拳が強く握られる。


掌から血が滲む。


「どうしようもないだろ」


エリオットは唇を噛んだ。


「俺たちは命令も背負ってる」


視線は二人から逸れない。


「でも……あの人たちも見てる」


ソフィが目を伏せる。


「……エリオット」


「だから今は」


堪えるような声が滲む。


「見守るくらいしかできない」





――再び戦場――


白金色の光が森を照らしていた。


誰も動かない。

いや。

動けなかった。


火は消える。

氷は砕ける。

刃は届かない。


特務兵の一人が声を震わせる。


「……ダメです」


誰へ向けた声だったのか。


「鉄壁です……」


息を呑む。


視線の先。


白い薄衣を纏う聖女と、

その前に立つ銀髪の少女。


「どんな攻撃も……」


兵は唇を噛む。


「あの二人には届かない……」


ざわめき、包囲陣が揺らぐ。


「聖女様に……」


「本当に続けるのか……」


その中で、ミルケルは行く末を見守っていた。


不気味なほど静かに。


やがて、一つの決断をした。


「……やはり、使うしかありませんか」


指が術式を描く。


白ではない。

金でもない。


聖印の奥に隠されていた別種の紋様。


リリの瞳が僅かに揺れた。


「――それは」


ミルケルは冷たく告げる。


聖女拘束術式クレイドル


森が静まり返る。


「女神の代弁者を縛るための楔です」


術式が発動する。

リリの胸元。


淡い光。

――しかし。


ミルケルの眉が動いた。


「……?」


発動しない。


いや。

違う。


術式が――


知らない形に変質している。


リリの胸に浮かぶ紋様。


それはミルケルの知る聖女拘束術式クレイドルではなかった。


「……なぜ」


初めて。

ミルケルの声に動揺が混じった。


そして。

誰にも聞こえないはずの声が。


まるで空白の塔の亡霊のように。


不意に、頭の奥へ落ちてきた。


『人はね』


『盤面を見てるつもりで』


『だいたい盤の外を見落とすんだよ』


それはただの幻聴か、それとも死せるものの残滓か。


ターニャが息を呑む。


ミルケルが目を見開く。


そして――


リリの胸の紋様が、

静かに黒く脈動した。

最後までお付き合いいただけると大変うれしいです。

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