私をパーティから追放するですって? ぶっ殺してやる!!!!
その日、俺はついに決断した。
長かった。本当に長かった。
回復魔法は成功率三割。しかも成功してもなぜか傷口が薄く発光するだけで、治るまでに時間がかかる。補助魔法はだいたい味方の足元で爆発する。祈れば雨が降る。晴れていても降る。洞窟の中でもなぜか湿る。
うちの僧侶、ミリアは、どう考えてもポンコツだった。
「……ミリア」
「はい、勇者アレク様」
「お前を、このパーティから追放する」
焚き火の向こうで、ミリアがぴたりと止まった。
戦士のガロンが目を閉じ、魔法使いのユフィは「ついに言った……」と顔を覆った。みんな薄々、いや、はっきり思っていたことだ。今まで言えなかっただけで。
ミリアはうつむいたまま、静かに言った。
「……私を?」
「ああ」
「この私を?」
「ああ」
「パーティから?」
「ああ」
「追放?」
「ああ」
「ですって?」
顔が上がった。
にっこりしていた。
逆に怖かった。
「ぶっ殺してやる!!!!」
「なんでだよ!!」
ミリアは僧侶服の袖から、どこに隠していたのか分からない黒光りするナイフを抜いた。
「待て待て待て! なんで僧侶がナイフを持ってる!」
「聖職者にも護身は必要です!」
「護身の目が完全に殺しに来てるだろ!」
ミリアが地面を蹴った。
次の瞬間には目の前にいた。
「速っ!?」
「死んでください!」
「嫌だよ!」
俺は反射で聖剣を抜いた。きぃん、と澄んだ音が夜に響く。勇者としての勘が叫んでいた。受けろ。でないと死ぬ。
だが、遅かった。
ミリアのナイフが、信じられない角度で俺の剣の腹を打った。
軽い音だった。
なのに、俺の腕がしびれた。
「な――」
「甘いです」
「剣が飛んだああああああ!?」
聖剣が夜空へ美しい弧を描いて飛んでいった。
勇者の剣が。
僧侶のナイフに。
弾かれて。
意味が分からなかった。
ガロンとユフィが同時に後ずさる。
「おい勇者、あいつ本当に僧侶か?」
「俺が知りたいよ!」
ミリアはナイフを逆手に構え、静かに近づいてくる。目が据わっている。普段は回復魔法を唱えるたびに噛む女とは思えない圧だ。なんだこの覇気。なんで追放された瞬間だけ完成形になるんだ。
「落ち着け、ミリア。話せば分かる」
「分からないから刺すんです」
「その理屈で僧侶が務まると思うなよ!」
「もう僧侶じゃありません。元僧侶です」
「その肩書きの変化、今そんなに重要か!?」
俺はじりじり下がった。
剣はない。真正面から戦ったら終わる。ここは説得だ。言葉だ。勇者の本領は人の心をつなぐこと。たぶん今こそそれが試されている。
「いいか、ミリア。追放はたしかに言いすぎだった。だがこれは、お互いのためで――」
「死んでください」
「話を最後まで聞け!」
ミリアがまた一歩踏み出した、その時だった。
空気が変わった。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
夜の森が静まり返る。焚き火が縦に揺れ、黒い霧のようなものが地面を這った。
ガロンが顔を引きつらせる。
ユフィが震えた声を漏らす。
「この気配……まさか」
「ああ」
俺は唾を飲み込んだ。
来る。
黒いマントをはためかせ、角を戴いた男が闇の中から姿を現した。赤い瞳。王冠。圧倒的な魔力。見間違えるはずがない。
「勇者よ――ついに見つけたぞ」
魔王ゼグドールだった。
「貴様らの放つ邪悪な気配を辿ってきた。今宵こそ決着を――」
「いや待て」
「む?」
俺は片手を上げて制した。
「邪悪なの、俺たちじゃないです」
「は?」
俺は震える指でミリアを指差した。
魔王がそちらを見た。
ミリアはナイフを構えたまま、静かに息をしていた。
魔王の表情が固まった。
「……僧侶?」
「ああ」
「僧侶なのに邪悪ってどういうことだ?」
「こっちが聞きたいわ!!」
ミリアが魔王を見た。
「新手ですか?」
「違う! 余は魔王だ!」
「じゃあついでに殺します」
「ついでで殺される立場ではないぞ余は!?」
ミリアの殺気が一段階上がった。
空気がびりびり震えた。
魔王が一歩下がる。
「な、なんだこの圧は……! 勇者! 貴様いつの間にこんな化け物を飼っていた!」
「飼ってねえよ! パーティメンバーだよ! さっきまで僧侶だったんだよ!」
「さっきまでだと!?」
「追放したらこうなったんだよ!」
「最悪のタイミングで最悪の地雷を踏んだな!」
魔王が額に汗を浮かべた。
そして、次の瞬間。
「仕方あるまい! 余の最強魔法で消し飛ばす!!」
両腕を広げる。空が割れる。黒い雷が集束し、巨大な魔法陣が森の上空を覆った。
見ただけで分かる。やばい。あれは国が一つ終わるやつだ。
「待て魔王! ここ森! 俺もいる!」
「知るか! 余が死ぬよりマシだ!! 終焉黒滅砲!!」
「技名が物騒すぎる!」
闇の奔流が落ちた。
世界そのものを押し潰すような黒の極光。
山すら裂く、魔王最強の一撃。
ミリアは、ため息をついた。
「うるさいですね」
ナイフが閃いた。
ただ、それだけだった。
闇の奔流が、真っ二つに割れた。
左右に裂けた最強魔法が、俺たちの脇を通り抜け、遠くの山を二つ消し飛ばした。
沈黙が落ちた。
俺は口を開けたまま固まった。
ガロンは膝から崩れた。
ユフィは「もう帰りたい」と泣いた。
魔王は王冠を押さえながら後ずさった。
「……今、何が起きた?」
「俺に分かると思うか?」
「余の最強魔法だぞ?」
「ナイフ一本で切られたな」
「現実か?」
「残念ながら」
ミリアはこつ、こつ、と歩いてきた。
「邪魔するなら、あなたも刺します」
「勇者!」
「なんだ!」
「助けろ!」
「こっちの台詞だよ!!」
ミリアの視線が俺に戻る。
「まずはアレク様からです」
「待て待て待て! 魔王、頼む! 今だけ休戦しよう! 助けてくれ!」
「勇者が余に助けを求めるな!!」
「うるさい! この場で一番偉いのミリアだろもう! いいから協力しろ!」
「ぐ……正論なのが腹ただしい!」
俺は魔王の肩を掴んだ。
「二人で説得するぞ!」
「どう説得する!」
「知らん! だがやるしかない!」
俺たちは並んでミリアに向き直った。
「ミリア、落ち着け!」
「そうだ! 短慮はよくない!」
「お前が言うのか魔王」
「今は細かいことを言うな!」
ミリアは無表情だった。
「……追放したんですよね」
「それは謝る!」
「余は関係ないだろ」
「お前もなんか謝れ!」
「なんで余が!?」
「場の流れだよ!」
魔王はしぶしぶ咳払いした。
「そ、その……なんだ。余も不用意に最強魔法を撃って悪かった」
「殺す気満々だったじゃねえか」
「貴様も剣を抜いていただろうが!」
「それは正当防衛だよ!」
「余だって正当防衛だ!」
ミリアが一歩進む。
俺と魔王が同時に一歩下がる。
「言い訳はいいです」
「よくない! めちゃくちゃよくない!」
「余、降参したい」
「俺もだ!」
さらに一歩。
だめだ。説得になってない。目が完全に仕留める側の目だ。ここで俺と魔王は、ほぼ同時に悟った。
勝てない。
「逃げるぞ」
「うむ」
その判断は完璧に一致した。
「えっ、勇者!?」
「ガロン! ユフィ! 各自で生きろ!」
「見捨てるのかよ!?」
「今は自分の命を大事にしろ!」
俺と魔王は全力で駆け出した。
後ろから声が飛ぶ。
「待ちなさい!!!!」
「待つわけないだろ!!」
森を裂くように走る。枝を飛び越え、岩を蹴り、勇者と魔王が並走するという絵面は、たぶん歴史書に載せてはいけない。
「勇者! 左だ!」
「お前詳しいな!」
「この辺に魔王城の抜け道がある!」
「なんで逃走ルートを共有してるんだ俺たちは!」
背後で木が倒れた。
「近い近い近い!」
「僧侶の追跡速度ではないぞ!」
そこで俺は根に足を取られた。
「うわっ!?」
盛大に前へ倒れる。
終わった、と思った。
だが次の瞬間、腕を強く引かれた。
「何をしている勇者! 立て!」
「魔王!?」
「ここで死なれると余まで巻き添えだ! 急げ!」
「理由は最低だがありがとう!!」
魔王は俺を乱暴に引っ張り起こし、そのまま背中を押した。俺たちはまた走る。後ろから飛んできたナイフが、さっきまで俺が倒れていた場所の木を貫いた。幹が爆ぜた。
「僧侶の投擲じゃない!」
「もはや伝説級の暗殺者だ!」
息を切らしながら、俺は叫んだ。
「魔王!」
「なんだ!」
「今日のところは共闘だ!」
「不本意だが認める!」
「生き延びたらまた戦おう!」
「まず生き延びられる気がしない!」
背後からミリアの声が響く。
「どこまで逃げても無駄です!!!!」
「声が近い!」
「なぜ余たちにだけこんな目が!」
俺は半泣きで走った。
魔王も半泣きで走っていた。
その夜、勇者と魔王は人生で初めて心から分かり合った。
――どんなことがあっても、一方的な追放だけはしてはいけないと。
無事に生き残れたら、これだけは語り継ごうと思う。
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